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63.パウパウの夏とタガメ探し 1
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「ミッちゃん、どうしたの⁈」
パウパウが厨房へ入ってみたら、ミッちゃんが作業台に腕をついて、倒れ込みそうになるのを耐えている所に出くわした。
長い銀髪が顔を覆うように流れている。
「あぁ。パウパウ…お帰り」
力なく顔を上げて、邪魔な髪をかき上げた。
心なしか顔色が悪い。
「ただいま、ミッちゃん、だいじょぶ?どうしたの?お腹痛いの?」
「大丈夫だよ、ちょっと気が抜けただけ」
微笑みを浮かべながらハイエルフはパウパウに飲み物を用意した。
この男がパウパウを本当に一人にする事はない。今日も当然、見守り部隊が付いていた。
今回はイワツバメがパウパウを見守っていたのだ。
当然、ミッちゃんは眷属の眼を通して、パウパウがやっていた事を見ている。
ナイナイ袋に着いた加護もあるし、双頭魚も付いている。
着ている服に付与した術が守ってもくれるだろう。
パウパウのお呪いも、絶好調に働いていた。
それでも、
(まさか、魔蟻に乗って崖下りをするとは……)
胆が冷えた。
何か起きたときには直ぐに転移で駆けつけられるとはいえ、正直な所きつい。
胃の腑が持たない。
身が削られる思いをした。
(普段、慎重なのに、やる時が豪快すぎだよパウパウ…)
「…今日は、何をしていたの?」
魔蜜で割った柚子の果実水を嬉しそうに飲むパウパウに尋ねる。
「アギーさんと、カナヘビ探しに行った!」
ちょっと大変だったから達成感で一杯のパウパウは、ムフ~っと自慢げに息を吐く。
「カナヘビなら、裏庭にも居るよね。わざわざ探しに行ったのか」
パウパウの黒い髪の毛を、撫で付けながら笑うミッちゃん。
子供は前髪の生え際に、少し汗を掻いていた。
「え、カナチョロ、裏庭に居るの?ぼく、裏庭、探したのに⁈」
パウパウはショックを受けたらしく、口が半開きだ。
「あぁ、その辺に居ると思うよ。さて、パウパウ汗を流しに、お風呂に行こう」
「だいじょぶ、いま、お風呂しなくても平気」
(よし、これから裏庭でカナチョロを探そうっと)
それどころではないパウパウは裏庭へと意識を向けてソワソワし始めた。
「でも、海のほうに行かなかった?潮風でゴワゴワになっちゃうからね」
「そっかぁ……
パウパウの返事を待たずに、ミッちゃんは手を取ると、つま先をトンと鳴らして転移をした。
連れてこられた場所は脱衣所らしかった。
(グー姉様のトコより小さいけど…)
それでも、ウネビの家でパウパウが兄と使っていた部屋よりも広い。
白い漆喰のような壁にアルコーブ状に開いた窪み。
所々に見事な鳥と蔦の意匠がレリーフされている。
アルコーブの窪みを利用した棚には、グーリシェダの魚のお風呂で見たのと同じ魔道具の箱が置いてあった。
「ミッちゃん、ここって何処のお風呂?」
「私の家の浴場」
「雑貨屋さんじゃなくて?」
「違うとこ」
そう言いながら、ミッちゃんはパウパウを椅子に座らせた。
座面がラタンで編んである、白木フレームの椅子だ。
飾り気がないのに優美な曲線で、絶妙な角度があって、座り心地がいい。
深く座って、足を投げ出す形になったパウパウの靴を、無言で膝まづいてミッちゃんは脱がせていく。
履いていたショートブーツの片足を手に持って、丁寧に革紐をほどいて行く。
「ミッちゃん、ぼく、自分で脱げるよ」
「……」
「……ミッちゃん、なにか……怒ってる?」
なんとなく、雰囲気がピリピリしている気がしてパウパウは尋ねた。
考えたら、ミッちゃんがパウパウに怒ったことなどない。
こんな空気を纏ったミッちゃんを初めて見たと思う。
脱がせたブーツを深い青色の石床に置き、足首の魔道具をゆっくりと外すと、横のテーブルに置いた。
「あの…」
「怒ってはいない…」
銀色の魔道具をしていたパウパウの足首を指でなぞるようにしながら、ミッちゃんは下を向いたまま呟いた。
「…でも、心配したんだよ」
ハイエルフは肩の力を抜くように、大きく息を吐く。
すっと膝立ちになったミッちゃんは、覗き込むように新緑色のパウパウの眼を見つめる。
パウパウは硬質な美貌を裏切るような、柔らかい青紫色の瞳が、不安そうに揺れているのを見た。
「パウパウは、好きな事を、好きなようにしていいんだ。だけど、私が…私たち家族が心配をすることは、覚えておいてくれるかい」
そっと頬を撫ぜて、額のお守りに口づける。
「うん…」
(……あれ?ミッちゃん、今日ぼくがやってたこと知ってる?)
「さ、お風呂に入ろう、自分で脱げるかい?」
「うん。座ってるからズボン自分で脱げる!」
ミッちゃんの浴室は、脱衣所の床よりも濃い青に金色の星が散る青金石のタイルと、壁面の白地に青と青緑色のグラデーションで描かれた鳥のモザイクが美しい空間だった。
正面の張り出した窓には縦長のガラスが六枚、嵌められている。
(あれって、ガラスじゃなくて金針水晶かな?)
ガラスの下部分に飾りのように金の針が沈んでいるのを見てパウパウは、ここにガルデンが居ない事を残念に思った。
きっと、嬉々として説明をしてくれただろう。
そして、窓から見える景色は、どこまでも空と海の青だ。
夏らしい雲が浮かび、その影が落ちた海の色だけが深い青に見える。
だが、先ほど見たウネビの海とは違う、明るい青に見えるのは陽光が強いためだろうか。
「はぁ……すごい景色…このお風呂って、ミッちゃんが考えたの?」
空色の石のタイルで飾られた湯舟に張った湯が、空色に染まって見える。
ミッちゃんの膝の上で湯舟に浸かって、景色を見ていると自分も空に流れて行きそうな気持ちになってくる。
「いや、こういうのを考えるのが好きな親戚が居るんだ。私の紋が鳥だから、こうしてくれたようだ」
「モン?」
「ほら、服に刺繍されていたでしょ?あれが、紋。私の物っていう標だね」
(だから、壁に鳥が描いてあるのかぁ……)
長い尾を翻して羽ばたく緑色の鳥達のモザイクを改めて眺めた。
窓からの光を受けて、キラキラ輝く鳥は、確かにミッちゃんに似合いだと、パウパウは思う。
「ふふ……パウパウは、どんな紋になるのかなぁ?」
「え?」
「ん?だって、私の家族だからね、紋は必要になるでしょう?」
「そうなの?」
「そうだよ」
首を傾げたパウパウに、当然でしょという顔で眉を上げてハイエルフは笑った。
パウパウが厨房へ入ってみたら、ミッちゃんが作業台に腕をついて、倒れ込みそうになるのを耐えている所に出くわした。
長い銀髪が顔を覆うように流れている。
「あぁ。パウパウ…お帰り」
力なく顔を上げて、邪魔な髪をかき上げた。
心なしか顔色が悪い。
「ただいま、ミッちゃん、だいじょぶ?どうしたの?お腹痛いの?」
「大丈夫だよ、ちょっと気が抜けただけ」
微笑みを浮かべながらハイエルフはパウパウに飲み物を用意した。
この男がパウパウを本当に一人にする事はない。今日も当然、見守り部隊が付いていた。
今回はイワツバメがパウパウを見守っていたのだ。
当然、ミッちゃんは眷属の眼を通して、パウパウがやっていた事を見ている。
ナイナイ袋に着いた加護もあるし、双頭魚も付いている。
着ている服に付与した術が守ってもくれるだろう。
パウパウのお呪いも、絶好調に働いていた。
それでも、
(まさか、魔蟻に乗って崖下りをするとは……)
胆が冷えた。
何か起きたときには直ぐに転移で駆けつけられるとはいえ、正直な所きつい。
胃の腑が持たない。
身が削られる思いをした。
(普段、慎重なのに、やる時が豪快すぎだよパウパウ…)
「…今日は、何をしていたの?」
魔蜜で割った柚子の果実水を嬉しそうに飲むパウパウに尋ねる。
「アギーさんと、カナヘビ探しに行った!」
ちょっと大変だったから達成感で一杯のパウパウは、ムフ~っと自慢げに息を吐く。
「カナヘビなら、裏庭にも居るよね。わざわざ探しに行ったのか」
パウパウの黒い髪の毛を、撫で付けながら笑うミッちゃん。
子供は前髪の生え際に、少し汗を掻いていた。
「え、カナチョロ、裏庭に居るの?ぼく、裏庭、探したのに⁈」
パウパウはショックを受けたらしく、口が半開きだ。
「あぁ、その辺に居ると思うよ。さて、パウパウ汗を流しに、お風呂に行こう」
「だいじょぶ、いま、お風呂しなくても平気」
(よし、これから裏庭でカナチョロを探そうっと)
それどころではないパウパウは裏庭へと意識を向けてソワソワし始めた。
「でも、海のほうに行かなかった?潮風でゴワゴワになっちゃうからね」
「そっかぁ……
パウパウの返事を待たずに、ミッちゃんは手を取ると、つま先をトンと鳴らして転移をした。
連れてこられた場所は脱衣所らしかった。
(グー姉様のトコより小さいけど…)
それでも、ウネビの家でパウパウが兄と使っていた部屋よりも広い。
白い漆喰のような壁にアルコーブ状に開いた窪み。
所々に見事な鳥と蔦の意匠がレリーフされている。
アルコーブの窪みを利用した棚には、グーリシェダの魚のお風呂で見たのと同じ魔道具の箱が置いてあった。
「ミッちゃん、ここって何処のお風呂?」
「私の家の浴場」
「雑貨屋さんじゃなくて?」
「違うとこ」
そう言いながら、ミッちゃんはパウパウを椅子に座らせた。
座面がラタンで編んである、白木フレームの椅子だ。
飾り気がないのに優美な曲線で、絶妙な角度があって、座り心地がいい。
深く座って、足を投げ出す形になったパウパウの靴を、無言で膝まづいてミッちゃんは脱がせていく。
履いていたショートブーツの片足を手に持って、丁寧に革紐をほどいて行く。
「ミッちゃん、ぼく、自分で脱げるよ」
「……」
「……ミッちゃん、なにか……怒ってる?」
なんとなく、雰囲気がピリピリしている気がしてパウパウは尋ねた。
考えたら、ミッちゃんがパウパウに怒ったことなどない。
こんな空気を纏ったミッちゃんを初めて見たと思う。
脱がせたブーツを深い青色の石床に置き、足首の魔道具をゆっくりと外すと、横のテーブルに置いた。
「あの…」
「怒ってはいない…」
銀色の魔道具をしていたパウパウの足首を指でなぞるようにしながら、ミッちゃんは下を向いたまま呟いた。
「…でも、心配したんだよ」
ハイエルフは肩の力を抜くように、大きく息を吐く。
すっと膝立ちになったミッちゃんは、覗き込むように新緑色のパウパウの眼を見つめる。
パウパウは硬質な美貌を裏切るような、柔らかい青紫色の瞳が、不安そうに揺れているのを見た。
「パウパウは、好きな事を、好きなようにしていいんだ。だけど、私が…私たち家族が心配をすることは、覚えておいてくれるかい」
そっと頬を撫ぜて、額のお守りに口づける。
「うん…」
(……あれ?ミッちゃん、今日ぼくがやってたこと知ってる?)
「さ、お風呂に入ろう、自分で脱げるかい?」
「うん。座ってるからズボン自分で脱げる!」
ミッちゃんの浴室は、脱衣所の床よりも濃い青に金色の星が散る青金石のタイルと、壁面の白地に青と青緑色のグラデーションで描かれた鳥のモザイクが美しい空間だった。
正面の張り出した窓には縦長のガラスが六枚、嵌められている。
(あれって、ガラスじゃなくて金針水晶かな?)
ガラスの下部分に飾りのように金の針が沈んでいるのを見てパウパウは、ここにガルデンが居ない事を残念に思った。
きっと、嬉々として説明をしてくれただろう。
そして、窓から見える景色は、どこまでも空と海の青だ。
夏らしい雲が浮かび、その影が落ちた海の色だけが深い青に見える。
だが、先ほど見たウネビの海とは違う、明るい青に見えるのは陽光が強いためだろうか。
「はぁ……すごい景色…このお風呂って、ミッちゃんが考えたの?」
空色の石のタイルで飾られた湯舟に張った湯が、空色に染まって見える。
ミッちゃんの膝の上で湯舟に浸かって、景色を見ていると自分も空に流れて行きそうな気持ちになってくる。
「いや、こういうのを考えるのが好きな親戚が居るんだ。私の紋が鳥だから、こうしてくれたようだ」
「モン?」
「ほら、服に刺繍されていたでしょ?あれが、紋。私の物っていう標だね」
(だから、壁に鳥が描いてあるのかぁ……)
長い尾を翻して羽ばたく緑色の鳥達のモザイクを改めて眺めた。
窓からの光を受けて、キラキラ輝く鳥は、確かにミッちゃんに似合いだと、パウパウは思う。
「ふふ……パウパウは、どんな紋になるのかなぁ?」
「え?」
「ん?だって、私の家族だからね、紋は必要になるでしょう?」
「そうなの?」
「そうだよ」
首を傾げたパウパウに、当然でしょという顔で眉を上げてハイエルフは笑った。
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