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113.ミッちゃんのレトケレス探し9
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パウパウとサリレの三人には魔道騎士2機を付けているので、全く心配はない。
と、思いつつも白いカラスを召喚する。
「カァ!」
「うん、パウパウの所に行って、子供たちに何かあったら守るように」
少し離れた水辺で、どこかタマゴが産みつけられそうな場所を探している子供たちへとサブロが飛んでいく。
真剣にタマゴを探すパウパウとサリレの三人の傍にサブロは降りて、チタチタとお尻を振りながら歩み寄って行った。
驚かせないように、だろうか。
パウパウがサブロを見つけて、パァっと笑い、サブロが肩に飛び乗って頭を擦りつけて甘えると、声を上げて笑った。
そして今、どちらかといえば、水場での心配はフッバーだろう。
フッバーの海での話を聞いた夜、寝台の中でパウパウと話をした事をウルジェドは思い出す。
「海が怖い病気……そのような物が前世には在ったの?」
「うん。水が怖いとか、海の中に大きな生き物が居ると想像しちゃって、怖くなるとか……色々な切っ掛けでなる病気なの」
ヘッドボードに身を預けたミッちゃんの胸に頭を乗せたパウパウが続ける。
「あのね、町のお仕事って少ないんでしょ?フッバーさん、船に乗れなかったらね……お金、困らないのかなぁ」
前世の知識があるためか、時折、この子は大人びた考え方をするなと、黒漆のように艶のある髪を撫でながらミッちゃんは微笑んだ。
プッバーはランク上げをしていないだけで、金級の実力を十分に持っているだろう。
銀級でもソロだとしたら実入りは大きいし、堅実な男だ。
金には困っていないのだろうとハイエルフは踏んでいる。
「そうだねぇ、仕事していないとヒマだろうし……どうやったら、その海恐怖症って治るんだい?そういう薬とかが前の世界では有ったの?」
今度は手慰みで、随分と伸びたパウパウの髪の毛をサラサラと指の隙間に通して尋ねながら、肌に触れる心地よい感触を味わう。
「ん~。分かんない……でも、水が怖くないとか、海の中に怖い生き物が居ないとか……知らないから怖いっていうのを減らして行く治療をするって、何かで読んだ気がするなぁ」
「知らないから怖いか……確かに、海は広大だからねぇ。しかもフッバーは怖いモノを見て、襲われているから、尚更だな……」
ハイエルフは呟いて、思考に沈んだ。
「んっ……ミッちゃん、やめて」
「ん~なにが?」
「耳、くすぐったいから、遊ばないで」
無意識にパウパウを撫でまくっていたミッちゃんは
「もぅ!ぼく仔ネコじゃないからねっ」と、叱られたのだった。
水際に立つフッバーの背中に、思い直したウルジェドは声を掛ける。
「おい、フッバー、水中の魔物の魔力は察知できんのか?」
「……そういえば、やったことが無かったな」
もともと冒険者で水系の獲物を得意としているのは、あまり居ない。
フッバーが水中の生き物への意識が薄くても仕方が無かったのかもしれない。
気合を入れたら魔力の色が見えると本人は言っていたが、要は切り替えることで見えるのだろうとウルジェドは考える。
四六時中、様々な魔力が見えていたら、気が変になるだろうから、無意識に切り替えが出来るようになったのかもしれない。
「少し意識して試してみたらどうだ?」
「……水の中の生き物か……あいつらって魔力、持ってんのか?」
そう呟くとフッバーは、水面を見つめた。
「どんな生き物でも持っているだろう。ましてや、ダンジョンは魔素が濃いからな」
「あぁ、それもそうかぁ」
フッバーは湖に意識を向けた。
森での探索などと同様に、生き物の気配を探っていく。
……鏡のように動かない湖面を見つめていると、やがて色が変わっていく。
チラチラと動く、小さな黄色味を帯びた粒だ。
一面が、黄色の粒。
なんとなく、ポタージュスープをフッバーは思い出した。
あぁ、そうか。
フッバーは納得する。
─これが、魔素を多く含んだダンジョンの水なのか─
その上を、手の平くらいの青い丸が滑って行くのは、ゲンゴロウだろうか。
動かずに、その場で揺れている淡いピンクの光は水草の固まりようだ。
その間を濃い黄色と青の流線形の群れが、走り抜けるように過ぎ去っていく。
タナゴか?
少し興味を引かれて、フッバーの眼はアケイロと思われる流線形の群れを追いかける。
沈んだ木は、すでに魔素が抜けているのか、ただ黒い影のように感じる。
それを漁礁代わりにして、小魚よりも大きめの魚が陰に潜んで居るのも、フッバーには見える。
ジグザグに泳ぐ緑色は沼海老のようだ。
しっかり長い触角までが細い緑色で見える。
それを追いかけるのは、何かの魚だろう、朱赤を纏って矢のように速い。
─これは面白いな─
元の目的はカーカルデのタマゴなのだが、初めて見る水中にフッバーは夢中になっていった。
基本、ダンジョンに生息している生き物は魔物だ。
だが、今、フッバーに見えているのは地上の生物と大差のない生き物たちに思えた。
もう少し、沖へ。
もう少し、深くへ。
フッバーのスキルの眼差しは、小さな生き物から、次の生き物、次の生き物と、大きくなって行く。
そして、それに伴って、それらが住む環境へと岸から離れていった。
─だが、恐怖はない─
自分の体は、あくまでも安全な岸辺に居て、意識だけが水中を覗いているのだ。
水深が深くなっても魔力を見ているので、支障は無い。
それよりも、自分がここまで見通すことが出来る方が驚きだった。
─魔素が濃いからか─
そう思いながらもフッバーは心の赴くままに水中を探索し続ける。
あの海で感じた、胸が詰まるような重苦しさも、息が出来なくなる感触も、冷や汗も感じない。
ただ、圧倒的な数の命が湖中にはあった。
怖さはない。
どの命もフッバーの眼を気にすることもなく、敵意を向けることなく生きていた。
だが、かなり深部に意識を向けたときに、それは現れた。
─なんだ?─
フッバーは、すっかり夢中で忘れかけていたのだ。
ここがダンジョンの湖であるということを。
何かが、いた。
巨大な何かだ。
魔力の色は赤を通り越し、深く濃い黒に見える。
とてつもなく巨大な存在が、湖底に潜んでいた。
それは、ゆっくりと意識をこちらに向けた。
─まずい!─
フッバーは慌てて意識を現実に戻す。
かなりの時間、意識だけが湖底にいたからか、体がふらついたのをウルジェドに支えられた。
「どうしたフッバー」
「湖底に、なにか巨大なのが居た。こっちに気が付いたようだ」
鏡のように動かない湖面が、そのとき波を打ち出した。
水辺でカーカルデ探索をしていた子供たちから、キャアという上ずった声がするのが聞こえてくる。
いきなり波立ったのだから、驚いたのだろう。
少し楽し気な響きだ。
「大丈夫かフッバー?」
「おぅ……そうだな、大丈夫だ。驚いただけだ。うん……」
自分の状態を冷静に見たフッバーが答える。
心臓が大きく音を立てている。確かに驚いてはいるが、今の自分が感じているのは恐怖ではないと判断した。
「それにしても、何だろうな。急に波が出てきた」ウルジェドの言葉にフッバーが、
「少し、距離を取ろう」と答えた。
魔道騎士に念話で、子供たちを水辺から離す様に指示をして、そちらへ向かう。
風も吹いていないのに、益々波が三角になっていく。
「なんだろう。急にだよね」
フィリが不思議そうに湖を見た。
マルトフとダグラスも、不思議そうに湖面を見つめる。
「ん~?」
パウパウは首を傾げた。
フッバーは、もう一度、湖中のあれに意識を向けてみる。
流石に2度目は恐怖がある。
だが、もしも、あのヤバイ何かを自分が呼んでしまったのならば、子供たちは守らねばと思ったのだ。
ハイエルフから送られた、片刃曲剣をいつでも抜けるようにして、湖中に意識を潜らせて行く。
─あれだ─
黒い魔力の塊は、湖上に向かって泳いでいるようだ。
巨大な岩ほどの物体が、グイグイと水上に上がって来る。
「ウルジェド!すまないが、俺が呼び出したみたいだ。子供たちを守ってくれ」
シャーンと音を鳴らして、片刃曲剣を抜いたフッバーが、波立つ湖面を睨みながら言った。
膝が震えているのが、我ながら情けない……そう思いながらも、足に力を入れて立つ。
2機の魔道騎士が子供たちの盾となり前に出る。
そして、ミッちゃんは、フッバーの隣に立った。
「あ、お前はパウパウを」
「パウパウたちは岸から離れて魔道騎士に守られているから大丈夫だ」
岸の波が足元を洗いそうなほどに、立ち上がったとき
「来たっ!」フッバーが叫んだ。
波立つ湖面が、大きくうねり、波が一際高くなる。
白い波が泡立つように現れ、そして
ザバァアン!!と、それが現れた。
益々、岸を洗う波が激しく大きく、フッバーとウルジェドの足元すら濡らして行く。
それは、巨大な長い首を持っていた。
「え?水龍?あれって竜?」とマルトフが声をあげる。
「うわぁ……ナニヨあれ?」とダグラスは言葉が続かない。
だが、その立ち上がる波が、もう一度、大きく山のように盛り上がり白い波が引いた時には、平たい甲羅が現れた。
「……カメ?」
パウパウが、ポツリと呟く。
肩の上でサブロが「カ?」と首を傾げた。
かなり長い首を、擡げたカメだ。
大きな黒い目で、じぃっと岸の人間たちを見ている。
「ひうっ……」サリレの誰かが、息を吞んだ音がした。
「うわぁ……クビナガガメかなぁ」
曲頸類。甲羅の中に首を仕舞えない亀のようだ。
甲羅の2か所に角があるのが、カッコイイとパウパウは思う。
「あ…あれは…なんだ?ウルジェド」
「う~ん。多分ステウペンデミスかな?ここでは、初めて見たなぁ」
巨大な魔物ではあるが、基本は水草などを食べる大人しい生態なのだという。が、詳細は不明である。研究する者が居ないからだ。
地上のクビナガガメ系にも大きいのは居るが、今、首を出している魔亀は、かなり大きい。
「はは……湖の主ってぇヤツかな」
シャーっと音を立ててフッバーは剣を鞘に戻すと、子供たちの方へと歩き出した。
巨大な亀から敵意を感じないためだ。
「ったく、亀のせいで靴が……あれ?濡れてないな」
「フィリの錬金符のお陰だな。大したものだ」
なお、ハイエルフが濡れていないのは、自分に結界を張っているからだ。
暫く、こちらを見ていた大魔亀は、興味を失ったのか盛大な波を立てて首から水中に沈んでいった。
パウパウ達は濡れないように離れた場所で、「おぉ~」と声を上げて、亀が帰って行くのを見物し、フッバーが大魔亀が湖底に落ち着いたのを確認してくれたので、最初の目的、カーカルデ探しを再開した。
「凄いの見たね、竜だと思った!」「俺も、水龍かと思ったベヤ!」「ドキドキした!」「ぼく怖かったなぁ」
キャッキャと声を上げて、感想を言い合う子供たちは、ここがダンジョンであることを忘れてしまっているようだ。
皆で、水辺を探索というよりも、散歩をしながら、レトケレスの産卵場所のような杭や木を探すが、見当たらない。
「サブロちゃん、この前みたいなレトケレスのタマゴ、探して?杭とか、沈んだ木が出ている所だよ」パウパウがお願いをすると、サブロは「カァ!」と一声鳴いて、空へ舞い上がった。
自分より、よほど言う事を聞いていてミッちゃんは悲しい。
「あの、ウルジェドさん。カーカルデって、採取依頼なんですか?」
マルトフが移動時間を利用してミッちゃんに尋ねた。
「あれ?言ってなかったっけ?実は今日の獲物はカーカルデのタマゴなんだよ。あれって、表に出ない常設依頼でね、商業ギルドでも冒険者ギルドでも買取してくれるんだ」
「え?そうなんですか」
「うん。カーカルデが銀1級だからね、硬くて倒すのが大変だし、なかなか見つからない。タマゴは季節物だしね」
「へぇ~、シランカッタわ」
「このダンジョンの、この階層だと値段がいいのはカーカルデのタマゴ位なんで、来たついでに皆でお小遣い稼ぎをしようと思ったんだよ」
本当の目的は別ではあるが、小遣い稼ぎが出来れば、この子達も嬉しいだろうという気遣いである。
なにせタマゴ1個で金貨1枚が相場だ。
金貨3枚で平民一家四人が生活できるのに、貴族や富裕層の考える事が分からないとハイエルフは思う。
「卵塊だとタマゴが100個くらい、付いているからね。いい武器や防具が買えちゃうよ!」
こんだけ奇麗な顔のくせに、コイツ結構、下世話なことを言うなぁ……。
話を聞いていたフッバーは、内心で、そう思ったのだった。
と、思いつつも白いカラスを召喚する。
「カァ!」
「うん、パウパウの所に行って、子供たちに何かあったら守るように」
少し離れた水辺で、どこかタマゴが産みつけられそうな場所を探している子供たちへとサブロが飛んでいく。
真剣にタマゴを探すパウパウとサリレの三人の傍にサブロは降りて、チタチタとお尻を振りながら歩み寄って行った。
驚かせないように、だろうか。
パウパウがサブロを見つけて、パァっと笑い、サブロが肩に飛び乗って頭を擦りつけて甘えると、声を上げて笑った。
そして今、どちらかといえば、水場での心配はフッバーだろう。
フッバーの海での話を聞いた夜、寝台の中でパウパウと話をした事をウルジェドは思い出す。
「海が怖い病気……そのような物が前世には在ったの?」
「うん。水が怖いとか、海の中に大きな生き物が居ると想像しちゃって、怖くなるとか……色々な切っ掛けでなる病気なの」
ヘッドボードに身を預けたミッちゃんの胸に頭を乗せたパウパウが続ける。
「あのね、町のお仕事って少ないんでしょ?フッバーさん、船に乗れなかったらね……お金、困らないのかなぁ」
前世の知識があるためか、時折、この子は大人びた考え方をするなと、黒漆のように艶のある髪を撫でながらミッちゃんは微笑んだ。
プッバーはランク上げをしていないだけで、金級の実力を十分に持っているだろう。
銀級でもソロだとしたら実入りは大きいし、堅実な男だ。
金には困っていないのだろうとハイエルフは踏んでいる。
「そうだねぇ、仕事していないとヒマだろうし……どうやったら、その海恐怖症って治るんだい?そういう薬とかが前の世界では有ったの?」
今度は手慰みで、随分と伸びたパウパウの髪の毛をサラサラと指の隙間に通して尋ねながら、肌に触れる心地よい感触を味わう。
「ん~。分かんない……でも、水が怖くないとか、海の中に怖い生き物が居ないとか……知らないから怖いっていうのを減らして行く治療をするって、何かで読んだ気がするなぁ」
「知らないから怖いか……確かに、海は広大だからねぇ。しかもフッバーは怖いモノを見て、襲われているから、尚更だな……」
ハイエルフは呟いて、思考に沈んだ。
「んっ……ミッちゃん、やめて」
「ん~なにが?」
「耳、くすぐったいから、遊ばないで」
無意識にパウパウを撫でまくっていたミッちゃんは
「もぅ!ぼく仔ネコじゃないからねっ」と、叱られたのだった。
水際に立つフッバーの背中に、思い直したウルジェドは声を掛ける。
「おい、フッバー、水中の魔物の魔力は察知できんのか?」
「……そういえば、やったことが無かったな」
もともと冒険者で水系の獲物を得意としているのは、あまり居ない。
フッバーが水中の生き物への意識が薄くても仕方が無かったのかもしれない。
気合を入れたら魔力の色が見えると本人は言っていたが、要は切り替えることで見えるのだろうとウルジェドは考える。
四六時中、様々な魔力が見えていたら、気が変になるだろうから、無意識に切り替えが出来るようになったのかもしれない。
「少し意識して試してみたらどうだ?」
「……水の中の生き物か……あいつらって魔力、持ってんのか?」
そう呟くとフッバーは、水面を見つめた。
「どんな生き物でも持っているだろう。ましてや、ダンジョンは魔素が濃いからな」
「あぁ、それもそうかぁ」
フッバーは湖に意識を向けた。
森での探索などと同様に、生き物の気配を探っていく。
……鏡のように動かない湖面を見つめていると、やがて色が変わっていく。
チラチラと動く、小さな黄色味を帯びた粒だ。
一面が、黄色の粒。
なんとなく、ポタージュスープをフッバーは思い出した。
あぁ、そうか。
フッバーは納得する。
─これが、魔素を多く含んだダンジョンの水なのか─
その上を、手の平くらいの青い丸が滑って行くのは、ゲンゴロウだろうか。
動かずに、その場で揺れている淡いピンクの光は水草の固まりようだ。
その間を濃い黄色と青の流線形の群れが、走り抜けるように過ぎ去っていく。
タナゴか?
少し興味を引かれて、フッバーの眼はアケイロと思われる流線形の群れを追いかける。
沈んだ木は、すでに魔素が抜けているのか、ただ黒い影のように感じる。
それを漁礁代わりにして、小魚よりも大きめの魚が陰に潜んで居るのも、フッバーには見える。
ジグザグに泳ぐ緑色は沼海老のようだ。
しっかり長い触角までが細い緑色で見える。
それを追いかけるのは、何かの魚だろう、朱赤を纏って矢のように速い。
─これは面白いな─
元の目的はカーカルデのタマゴなのだが、初めて見る水中にフッバーは夢中になっていった。
基本、ダンジョンに生息している生き物は魔物だ。
だが、今、フッバーに見えているのは地上の生物と大差のない生き物たちに思えた。
もう少し、沖へ。
もう少し、深くへ。
フッバーのスキルの眼差しは、小さな生き物から、次の生き物、次の生き物と、大きくなって行く。
そして、それに伴って、それらが住む環境へと岸から離れていった。
─だが、恐怖はない─
自分の体は、あくまでも安全な岸辺に居て、意識だけが水中を覗いているのだ。
水深が深くなっても魔力を見ているので、支障は無い。
それよりも、自分がここまで見通すことが出来る方が驚きだった。
─魔素が濃いからか─
そう思いながらもフッバーは心の赴くままに水中を探索し続ける。
あの海で感じた、胸が詰まるような重苦しさも、息が出来なくなる感触も、冷や汗も感じない。
ただ、圧倒的な数の命が湖中にはあった。
怖さはない。
どの命もフッバーの眼を気にすることもなく、敵意を向けることなく生きていた。
だが、かなり深部に意識を向けたときに、それは現れた。
─なんだ?─
フッバーは、すっかり夢中で忘れかけていたのだ。
ここがダンジョンの湖であるということを。
何かが、いた。
巨大な何かだ。
魔力の色は赤を通り越し、深く濃い黒に見える。
とてつもなく巨大な存在が、湖底に潜んでいた。
それは、ゆっくりと意識をこちらに向けた。
─まずい!─
フッバーは慌てて意識を現実に戻す。
かなりの時間、意識だけが湖底にいたからか、体がふらついたのをウルジェドに支えられた。
「どうしたフッバー」
「湖底に、なにか巨大なのが居た。こっちに気が付いたようだ」
鏡のように動かない湖面が、そのとき波を打ち出した。
水辺でカーカルデ探索をしていた子供たちから、キャアという上ずった声がするのが聞こえてくる。
いきなり波立ったのだから、驚いたのだろう。
少し楽し気な響きだ。
「大丈夫かフッバー?」
「おぅ……そうだな、大丈夫だ。驚いただけだ。うん……」
自分の状態を冷静に見たフッバーが答える。
心臓が大きく音を立てている。確かに驚いてはいるが、今の自分が感じているのは恐怖ではないと判断した。
「それにしても、何だろうな。急に波が出てきた」ウルジェドの言葉にフッバーが、
「少し、距離を取ろう」と答えた。
魔道騎士に念話で、子供たちを水辺から離す様に指示をして、そちらへ向かう。
風も吹いていないのに、益々波が三角になっていく。
「なんだろう。急にだよね」
フィリが不思議そうに湖を見た。
マルトフとダグラスも、不思議そうに湖面を見つめる。
「ん~?」
パウパウは首を傾げた。
フッバーは、もう一度、湖中のあれに意識を向けてみる。
流石に2度目は恐怖がある。
だが、もしも、あのヤバイ何かを自分が呼んでしまったのならば、子供たちは守らねばと思ったのだ。
ハイエルフから送られた、片刃曲剣をいつでも抜けるようにして、湖中に意識を潜らせて行く。
─あれだ─
黒い魔力の塊は、湖上に向かって泳いでいるようだ。
巨大な岩ほどの物体が、グイグイと水上に上がって来る。
「ウルジェド!すまないが、俺が呼び出したみたいだ。子供たちを守ってくれ」
シャーンと音を鳴らして、片刃曲剣を抜いたフッバーが、波立つ湖面を睨みながら言った。
膝が震えているのが、我ながら情けない……そう思いながらも、足に力を入れて立つ。
2機の魔道騎士が子供たちの盾となり前に出る。
そして、ミッちゃんは、フッバーの隣に立った。
「あ、お前はパウパウを」
「パウパウたちは岸から離れて魔道騎士に守られているから大丈夫だ」
岸の波が足元を洗いそうなほどに、立ち上がったとき
「来たっ!」フッバーが叫んだ。
波立つ湖面が、大きくうねり、波が一際高くなる。
白い波が泡立つように現れ、そして
ザバァアン!!と、それが現れた。
益々、岸を洗う波が激しく大きく、フッバーとウルジェドの足元すら濡らして行く。
それは、巨大な長い首を持っていた。
「え?水龍?あれって竜?」とマルトフが声をあげる。
「うわぁ……ナニヨあれ?」とダグラスは言葉が続かない。
だが、その立ち上がる波が、もう一度、大きく山のように盛り上がり白い波が引いた時には、平たい甲羅が現れた。
「……カメ?」
パウパウが、ポツリと呟く。
肩の上でサブロが「カ?」と首を傾げた。
かなり長い首を、擡げたカメだ。
大きな黒い目で、じぃっと岸の人間たちを見ている。
「ひうっ……」サリレの誰かが、息を吞んだ音がした。
「うわぁ……クビナガガメかなぁ」
曲頸類。甲羅の中に首を仕舞えない亀のようだ。
甲羅の2か所に角があるのが、カッコイイとパウパウは思う。
「あ…あれは…なんだ?ウルジェド」
「う~ん。多分ステウペンデミスかな?ここでは、初めて見たなぁ」
巨大な魔物ではあるが、基本は水草などを食べる大人しい生態なのだという。が、詳細は不明である。研究する者が居ないからだ。
地上のクビナガガメ系にも大きいのは居るが、今、首を出している魔亀は、かなり大きい。
「はは……湖の主ってぇヤツかな」
シャーっと音を立ててフッバーは剣を鞘に戻すと、子供たちの方へと歩き出した。
巨大な亀から敵意を感じないためだ。
「ったく、亀のせいで靴が……あれ?濡れてないな」
「フィリの錬金符のお陰だな。大したものだ」
なお、ハイエルフが濡れていないのは、自分に結界を張っているからだ。
暫く、こちらを見ていた大魔亀は、興味を失ったのか盛大な波を立てて首から水中に沈んでいった。
パウパウ達は濡れないように離れた場所で、「おぉ~」と声を上げて、亀が帰って行くのを見物し、フッバーが大魔亀が湖底に落ち着いたのを確認してくれたので、最初の目的、カーカルデ探しを再開した。
「凄いの見たね、竜だと思った!」「俺も、水龍かと思ったベヤ!」「ドキドキした!」「ぼく怖かったなぁ」
キャッキャと声を上げて、感想を言い合う子供たちは、ここがダンジョンであることを忘れてしまっているようだ。
皆で、水辺を探索というよりも、散歩をしながら、レトケレスの産卵場所のような杭や木を探すが、見当たらない。
「サブロちゃん、この前みたいなレトケレスのタマゴ、探して?杭とか、沈んだ木が出ている所だよ」パウパウがお願いをすると、サブロは「カァ!」と一声鳴いて、空へ舞い上がった。
自分より、よほど言う事を聞いていてミッちゃんは悲しい。
「あの、ウルジェドさん。カーカルデって、採取依頼なんですか?」
マルトフが移動時間を利用してミッちゃんに尋ねた。
「あれ?言ってなかったっけ?実は今日の獲物はカーカルデのタマゴなんだよ。あれって、表に出ない常設依頼でね、商業ギルドでも冒険者ギルドでも買取してくれるんだ」
「え?そうなんですか」
「うん。カーカルデが銀1級だからね、硬くて倒すのが大変だし、なかなか見つからない。タマゴは季節物だしね」
「へぇ~、シランカッタわ」
「このダンジョンの、この階層だと値段がいいのはカーカルデのタマゴ位なんで、来たついでに皆でお小遣い稼ぎをしようと思ったんだよ」
本当の目的は別ではあるが、小遣い稼ぎが出来れば、この子達も嬉しいだろうという気遣いである。
なにせタマゴ1個で金貨1枚が相場だ。
金貨3枚で平民一家四人が生活できるのに、貴族や富裕層の考える事が分からないとハイエルフは思う。
「卵塊だとタマゴが100個くらい、付いているからね。いい武器や防具が買えちゃうよ!」
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