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127.ミッちゃんのレトケレス探し23
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「これを舟底に貼るのかい?」
ミッちゃんはフィリが作った、防水防汚の錬金符を見て尋ねた。
ハイエルフの転移で漁港に来たサリレの三人が、夏空号を取り囲んで頷く。
「あのね、奇麗な舟の方が速く走れるから!」パウパウが自信ありげに断言する。
「ほぉ、そういうもんなのか」フッバーは小首を傾げて舟を見た。
オッチャン達に陸上げして貰った舟は、既に船台に乗せられていた。
船揚場から丸太で引き上げて、そこからは魔法を使って盤木に乗せるらしい。
「ついでに舟底を掃除できて、よかったわ!」
ダグラスが船体左右に固定のウマ木を噛ませながら笑う。
マルトフとフィリが水魔法で舟底を洗い進めると、ダグラスがヘラをパウパウに手渡して
「よっし、んじゃカッパギで擦ってくぞ」
「うん!」
「あんまりフジツボ付いてないね」
ミズゴケとヌルヌルを落としながらフィリが話す。
「おぉ去年に、新しい塗料に変えてみたんだってさ。ペルナさんトコの塗料なんだわ」
「へぇ、錬金染めの?」
「ペルナお婆ちゃん?」
フィリが手を止めて、ダグラスを見た。
子供達を見守っていたフッバーとミッちゃんは、突然出てきたフィリのペルナお婆ちゃんという言葉に驚いた。
互いに知っていたのかと視線を交わして、何気ない風を装うと子供達の声に耳を傾ける。
ハイエルフは推測と誘導尋問で、
フッバーは世間話の合間に、夫々にウェスとペルナがパティオルの親だと知っている。
そして、関係があまり良くないのだということも。
「フィリ兄ちゃん、ペルナさんのこと知っているの?」
パウパウは手の届く範囲をカリカリさせながら尋ねた。
結構、力が必要だ。
「うん!あ!パウパウのお土産のお陰でさ、墨を教えてもらえたんだっ!大漁旗があれだけ鮮やかだからね、何か秘訣があるのかと思って聞きに行ったらね、しったらさウェスお爺ちゃんがね
「あ~、フィリ。手が止まってるから、水だしてぇ」
マルトフに注意をされて、フィリが慌てて水魔法を使いだした。
(フジツボだ……これ、普通の…前世のと同じ生き物なのかなぁ…)
そんな事を思いながら中々、舟底から剝がれないフジツボと戦っていると
「あ、パウパウ。そいつら、たまに刺すから気ぃツケレヤ」
「刺すの!えぇ~魔物?ダグ兄、早く言ってよぉ!」
「ダグ!ウソ付かないの!」
慌てて舟から離れたパウパウを庇いながらマルトフが言う。
「ワリィ、ワリィ。メンケぇからチョシタンダ」
「チョスなよ!可哀そうだろ」
フィリが怒ってくれるが、チョスってなんだ。
「お~い、暇だから俺も手伝うぞぉ」
フッバーが退屈に音を上げて清掃班に仲間入りをした。
ゴリッゴリっと的確に憎きフジツボを剥がしていくのを、パウパウは憧れの眼差しで見つめる。
やっぱり、冒険者になるなら筋力が必要なのだろうと、思っていると
「退屈だから、私も手伝うよ」
掃除、片付けが出来ないハイエルフまで清掃班に転職した。
「この清掃を魔法で行うとどうなるんだい?」
「魔法でって、そんな魔力の無駄遣い出来る人はいないと思いますけど…」
「う~ん、試しにやってみようか?【洗浄】」
一瞬、夏空号を白い光が包み込む。
片付けが出来ないくせに、何故、清掃班に入ったのか。
案の定、魔法で力押しを始めたミッちゃんだ。
「わぁ!凄い!舟の中が奇麗になってるよ」フィリの声が弾む。
「一挙に洗浄魔法、凄い!」魔法に目を輝かせるマルトフ。
そしてフッバーとダグラスは膝から崩れ落ちている。
船揚げ場で四つん這いになっている二人は声も出せない状態だ。
パウパウは困った顔でミッちゃんを見上げた。
「ピカピカだよ…」
「そう、奇麗になった?」
「うん、フジツボが、ピッカピカ」
はい、とヘラを手渡されて、ミッちゃんは黙ってゴリゴリした。
そうかぁ…うん、フジツボは汚れじゃなくて、生き物だもんなぁ…とブツブツ言うのを、隣でゴリゴリしながら、やっぱりミッちゃんは大雑把だとパウパウは思った。
そんなこんなで、どうにか舟底を奇麗にして、風魔法で徐々に水気を払っていると
「あれ、ウェスさんじゃないか」
ダグラスが漁港の入り口から、ゆっくりと歩いて来たウェスに気づいた。
「あ、本当だ」
「あ!ペルナお婆ちゃんも一緒だっ」
言うや否や、フィリは駆けだした。
「俺らも行こうぜ」
なんだか釣られて子供達が駆けだした。
もちろん、パウパウもだが、遅れるのに気づいたダグラスが、
「ほらパウパウ、オンブしちゃる」
きゃははは!高いパウパウの笑い声が漁港に響く。
何だかダグラスもマルトフも、駆け始めたフィリも釣られて笑い出す。
「アハハ!ペルナさぁん!」
「ウェスさぁ~ん」
「お爺ちゃん!おばぁちゃぁん!」
子供達の笑い声と、老夫夫の名前を呼ぶ声は空にまで響きそうだ。
突然、自分達を呼ぶ声に気付いた二人は、バタバタと駆けてくる子供達に立ち止まってくれた。
そうして、子供達が肩で息をしながら老夫夫に挨拶をすると、二人で眩しそうに微笑んだ。
黙っていると石みたいなウェスさんも、少し口元が上がっている。
「やぁ、こんちは。今日はさぁ網元ントコさ、散歩がてら一番旗を渡しに来たんだわ」
そう言うと、ペルナは作業所にしている倉庫を指差した。
町を象徴する一番大きい旗は、最後に納品をする物らしい。
「一番旗!わぁ、見たい」フィリが目を輝かせる。
サリレの二人もコクコクと頷く。
「こんにちは。ウェスさん、ペルナさん」
「おぉ、ウルジェドさん。今日もシュッとしてんな。明日で良ければ手ェ空いたから家サ来ればインダワ」
約束を覚えていてくれたペルナに、ミッちゃんは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!遠慮なく伺います。あ…」
「アレダワ…チッコイノモキタラエェナンモネェケドヨ」
ウェスの言葉にサリレの三人とパウパウが、歓声を上げた。
子供にとって他所の家、しかも錬金術師と染めの職人の家に行けるのは、楽しいに違いない。
ペルナは、その歓声に少し困った顔をして
「いやぁ、なんも楽しいモンはねぇけどねぇ」と、苦笑する。
「そんなことないよっ!大漁旗。すっごい奇麗だもの」
パウパウの言葉にフィリも頷いた。
「オィペルナ、アレヨ」
「あぁ、そうだね。皆も網元のとこサ、一緒にコ」
何だろうと思いながらも、皆で二人の後をゆっくりと付いて行く。
その間もフィリは嬉しそうにペルナに話しかけては、錬金符を作ってみたことや、墨の自作で失敗したことを話す。
倉庫に着くのが遅かったら、ここで自作の錬金符を取り出して、ペルナに見て欲しくて堪らないという顔だ。
「フィリ、ほら。もう着くからペルナさんの邪魔しないの」
マルトフに言われて、ようやっと話を止めたほどだ。
「フィリ兄ちゃんってホントに錬金ジツ好きなんだねぇ」
「そうだね。血は争えないって事なのかな」
「パティオル先生、天才ってマールちゃん言ってた」そう言うパウパウの言葉に
「そうだなぁ。凄すぎだよなぁ……」
後ろを付いて来たフッバーが、何故かポツリと呟いた。
休憩所代わりにもなっている倉庫には、パウパウを預かってくれた網元と、他のオッチャン達が待っていた。
フッバーとウルジェドを認めて、片手を挙げてくれる。
いつもと変わらぬかと思えば、壁に掛けてあった大きな平たい鉄鍋が消えていて、壁際には机代わりに白い布を掛けられた魚箱が置いてある。
「オォキタカ!ウェスジジィニペルナサ、ワザワザスマネェナ」
「なんも、散歩がてらダァ」
とペルナは肩掛けカバンから大きな布包みを取り出し、両手できちんと持ち直すと、ウェスの開いている手に乗せる。
当然、杖をついているウェス一人では持てないので、ペルナは補助として手を離さない。
大旗の描き手から、網元へと渡すのが決まりなのだ。
「コトシノホウリョウサキネンスルイチバンオオハタサオオサメスル」
二人が頭を下げながら布包みを網元に差し出すと
「イチバンオオバタ、タシカニウケトラセテモライヤス」
網元も頭を下げて、両手でそれを受け取ると掲げるように持ち上げた。
今度は漁師のオッチャン達が恭しく両手で受け取って、一度、白い布の魚箱に置くと、頭を下げた。
「ホダバ、イチバンオオバタ、アラタメサシテモライヤス」
二人のオッチャン達が布包みを開き、一番旗の両端を持って、ゆっくりと開いて行く。
他のオッチャン達が開いている隅に立つと、別角を手にして地面に付けないようにしながら、また開く。
四隅を持ったオッチャン達が網元に見えるように、それぞれ後ろに下がって大漁旗を広げていく。
誰もが無言。
オッチャン達が震える手で、旗を壁に貼る。
息を吞むことも、吐くことも出来ない程の
豊饒が広がった。
紺碧が空となり、海となり、やがて交わって一つになっていく。
白波が雲となり空に踊り、海に映って波に変わる。
四方から泳ぐ海の者が、翼を得て空を舞う。
鱗を閃かせて切り裂くように走る魚、魚、魚。
描かれた魚のどれもが、躍動し、命が飛び出してくる。
網元とオッチャン達が、静かに魚箱に酒壺と魚と貝の干物を捧げると、誰かが、ようやく息を吐いた。
「なんか、涙でてきた」
ダグラスが呟いた。
「……」マルフトは頷くばかりだ。
フィリは圧倒されて、ただ立ちすくんでいた。
ウェスお爺ちゃんの画力の素晴らしさは勿論だ。
けれど、あの絵を生かしたのは、間違いなく錬金術による顔料。
ペルナお婆ちゃんの錬金が、大旗に命を与えていることに気づいていた。
「こんな事も出来るんだ……すっごいなぁ」
薄っすらと微笑みが浮かべて、フィリは壁に広がった海を見つめた。
「はぁ……」パウパウも、ようやく息をついた。
そして、自分がミッちゃんの手をギュっと握っていることに、気が付いた。
あっと思って上を見ると、ハイエルフは微笑みを浮かべて頷いた。
呆気にとられたような子供達の方を見て、ペルナは笑いながら
「やれ、一段落だぁ。んでな、ちょこっとおいで」と手招きをする。
「なに?ペルナお婆ちゃん」
「うん、これなんだけどね」
そう言いながらペルナは魔法カバンから、沢山の鮮やかな布地を取り出した。
「うわぁ、すっごい奇麗だね」
「小っちゃい大漁旗だ!あはは。可愛いなぁ」
「アレ?これ、うちの図柄じゃねぇべか?」
ダグラスの声にペルナは頷いた。
「これな色見本だったり試し塗りなんだわ、んでな?大きさ丁度いいベサ?子供達のシェブロンにでも出来ねぇかと思ってな」
「わぁ!カッコイイよ、それ!」
古くなった大漁旗を祭りでは、仕立て直して羽織物にして漁師のオッチャン達が着るのだ。
この町の子供にしたら、それはそれはカッコイイのである。
「オメ、ソリャモッテェナクナイカ?」網元が声を上げた。
「ナンモダ、オレノハタ、チッセェノニヨロコンデモラッタホウガエェ」四角い顔を、もっと石みたいにしてウェスが言う。
「ねぇ?これ一枚、競争の舟に飾っていい?」パウパウがウェスに尋ねた。
「オォ、スキニシタラエエ」
わぁっ!
倉庫に子供達の歓声が上がった。
「じゃあさ、町の子に配るべや!」
「プタフォタンの子、皆で大漁旗のシェブロン!カッコイイねっ」
「みんな喜ぶよ!ウェスお爺ちゃん。ペルナお婆ちゃん。有難う」
事情を知っている漁師たち、網元は、まさかのフィリのお爺ちゃん呼びを受け止めているウェス達に戸惑いを隠せない。
「さぁさぁ、これはパウパウちゃんの魔法袋に仕舞って、舟の改造をしてたんだろ?行って来たらいいさ」
「あ!そうだったぁ。じゃあ、またね」
「ありがとうございます。ウェスさん、ペルナさん!」
口々に礼を言って、パウパウのナイナイ袋に大量の布見本を詰め込んで、子供達は倉庫を飛び出していく。
その後ろを、慌てたフッバーが追いかけた。
「ありがとう。ペルナさん、ウェスさん。きっと皆、喜ぶよ。では、明日」そう告げるとウルジェドも子供達に続いた。
残ったのは地元の漁師勢だ。
「ウェスジジィ……」
心配そうに声を掛けた網元に
「フィリは何も知らんのですよ、俺らも言わんと思います」ペルナが首を振る。
ケンドモヨゥ……と、オッチャンの誰かが呟いた。
「オ、オイダシトイテ、イマサラドンツラァサゲテ…ジジババダッテイエッカ」
舫い綱を絞るような声がウェスの口から洩れた。
ミッちゃんはフィリが作った、防水防汚の錬金符を見て尋ねた。
ハイエルフの転移で漁港に来たサリレの三人が、夏空号を取り囲んで頷く。
「あのね、奇麗な舟の方が速く走れるから!」パウパウが自信ありげに断言する。
「ほぉ、そういうもんなのか」フッバーは小首を傾げて舟を見た。
オッチャン達に陸上げして貰った舟は、既に船台に乗せられていた。
船揚場から丸太で引き上げて、そこからは魔法を使って盤木に乗せるらしい。
「ついでに舟底を掃除できて、よかったわ!」
ダグラスが船体左右に固定のウマ木を噛ませながら笑う。
マルトフとフィリが水魔法で舟底を洗い進めると、ダグラスがヘラをパウパウに手渡して
「よっし、んじゃカッパギで擦ってくぞ」
「うん!」
「あんまりフジツボ付いてないね」
ミズゴケとヌルヌルを落としながらフィリが話す。
「おぉ去年に、新しい塗料に変えてみたんだってさ。ペルナさんトコの塗料なんだわ」
「へぇ、錬金染めの?」
「ペルナお婆ちゃん?」
フィリが手を止めて、ダグラスを見た。
子供達を見守っていたフッバーとミッちゃんは、突然出てきたフィリのペルナお婆ちゃんという言葉に驚いた。
互いに知っていたのかと視線を交わして、何気ない風を装うと子供達の声に耳を傾ける。
ハイエルフは推測と誘導尋問で、
フッバーは世間話の合間に、夫々にウェスとペルナがパティオルの親だと知っている。
そして、関係があまり良くないのだということも。
「フィリ兄ちゃん、ペルナさんのこと知っているの?」
パウパウは手の届く範囲をカリカリさせながら尋ねた。
結構、力が必要だ。
「うん!あ!パウパウのお土産のお陰でさ、墨を教えてもらえたんだっ!大漁旗があれだけ鮮やかだからね、何か秘訣があるのかと思って聞きに行ったらね、しったらさウェスお爺ちゃんがね
「あ~、フィリ。手が止まってるから、水だしてぇ」
マルトフに注意をされて、フィリが慌てて水魔法を使いだした。
(フジツボだ……これ、普通の…前世のと同じ生き物なのかなぁ…)
そんな事を思いながら中々、舟底から剝がれないフジツボと戦っていると
「あ、パウパウ。そいつら、たまに刺すから気ぃツケレヤ」
「刺すの!えぇ~魔物?ダグ兄、早く言ってよぉ!」
「ダグ!ウソ付かないの!」
慌てて舟から離れたパウパウを庇いながらマルトフが言う。
「ワリィ、ワリィ。メンケぇからチョシタンダ」
「チョスなよ!可哀そうだろ」
フィリが怒ってくれるが、チョスってなんだ。
「お~い、暇だから俺も手伝うぞぉ」
フッバーが退屈に音を上げて清掃班に仲間入りをした。
ゴリッゴリっと的確に憎きフジツボを剥がしていくのを、パウパウは憧れの眼差しで見つめる。
やっぱり、冒険者になるなら筋力が必要なのだろうと、思っていると
「退屈だから、私も手伝うよ」
掃除、片付けが出来ないハイエルフまで清掃班に転職した。
「この清掃を魔法で行うとどうなるんだい?」
「魔法でって、そんな魔力の無駄遣い出来る人はいないと思いますけど…」
「う~ん、試しにやってみようか?【洗浄】」
一瞬、夏空号を白い光が包み込む。
片付けが出来ないくせに、何故、清掃班に入ったのか。
案の定、魔法で力押しを始めたミッちゃんだ。
「わぁ!凄い!舟の中が奇麗になってるよ」フィリの声が弾む。
「一挙に洗浄魔法、凄い!」魔法に目を輝かせるマルトフ。
そしてフッバーとダグラスは膝から崩れ落ちている。
船揚げ場で四つん這いになっている二人は声も出せない状態だ。
パウパウは困った顔でミッちゃんを見上げた。
「ピカピカだよ…」
「そう、奇麗になった?」
「うん、フジツボが、ピッカピカ」
はい、とヘラを手渡されて、ミッちゃんは黙ってゴリゴリした。
そうかぁ…うん、フジツボは汚れじゃなくて、生き物だもんなぁ…とブツブツ言うのを、隣でゴリゴリしながら、やっぱりミッちゃんは大雑把だとパウパウは思った。
そんなこんなで、どうにか舟底を奇麗にして、風魔法で徐々に水気を払っていると
「あれ、ウェスさんじゃないか」
ダグラスが漁港の入り口から、ゆっくりと歩いて来たウェスに気づいた。
「あ、本当だ」
「あ!ペルナお婆ちゃんも一緒だっ」
言うや否や、フィリは駆けだした。
「俺らも行こうぜ」
なんだか釣られて子供達が駆けだした。
もちろん、パウパウもだが、遅れるのに気づいたダグラスが、
「ほらパウパウ、オンブしちゃる」
きゃははは!高いパウパウの笑い声が漁港に響く。
何だかダグラスもマルトフも、駆け始めたフィリも釣られて笑い出す。
「アハハ!ペルナさぁん!」
「ウェスさぁ~ん」
「お爺ちゃん!おばぁちゃぁん!」
子供達の笑い声と、老夫夫の名前を呼ぶ声は空にまで響きそうだ。
突然、自分達を呼ぶ声に気付いた二人は、バタバタと駆けてくる子供達に立ち止まってくれた。
そうして、子供達が肩で息をしながら老夫夫に挨拶をすると、二人で眩しそうに微笑んだ。
黙っていると石みたいなウェスさんも、少し口元が上がっている。
「やぁ、こんちは。今日はさぁ網元ントコさ、散歩がてら一番旗を渡しに来たんだわ」
そう言うと、ペルナは作業所にしている倉庫を指差した。
町を象徴する一番大きい旗は、最後に納品をする物らしい。
「一番旗!わぁ、見たい」フィリが目を輝かせる。
サリレの二人もコクコクと頷く。
「こんにちは。ウェスさん、ペルナさん」
「おぉ、ウルジェドさん。今日もシュッとしてんな。明日で良ければ手ェ空いたから家サ来ればインダワ」
約束を覚えていてくれたペルナに、ミッちゃんは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!遠慮なく伺います。あ…」
「アレダワ…チッコイノモキタラエェナンモネェケドヨ」
ウェスの言葉にサリレの三人とパウパウが、歓声を上げた。
子供にとって他所の家、しかも錬金術師と染めの職人の家に行けるのは、楽しいに違いない。
ペルナは、その歓声に少し困った顔をして
「いやぁ、なんも楽しいモンはねぇけどねぇ」と、苦笑する。
「そんなことないよっ!大漁旗。すっごい奇麗だもの」
パウパウの言葉にフィリも頷いた。
「オィペルナ、アレヨ」
「あぁ、そうだね。皆も網元のとこサ、一緒にコ」
何だろうと思いながらも、皆で二人の後をゆっくりと付いて行く。
その間もフィリは嬉しそうにペルナに話しかけては、錬金符を作ってみたことや、墨の自作で失敗したことを話す。
倉庫に着くのが遅かったら、ここで自作の錬金符を取り出して、ペルナに見て欲しくて堪らないという顔だ。
「フィリ、ほら。もう着くからペルナさんの邪魔しないの」
マルトフに言われて、ようやっと話を止めたほどだ。
「フィリ兄ちゃんってホントに錬金ジツ好きなんだねぇ」
「そうだね。血は争えないって事なのかな」
「パティオル先生、天才ってマールちゃん言ってた」そう言うパウパウの言葉に
「そうだなぁ。凄すぎだよなぁ……」
後ろを付いて来たフッバーが、何故かポツリと呟いた。
休憩所代わりにもなっている倉庫には、パウパウを預かってくれた網元と、他のオッチャン達が待っていた。
フッバーとウルジェドを認めて、片手を挙げてくれる。
いつもと変わらぬかと思えば、壁に掛けてあった大きな平たい鉄鍋が消えていて、壁際には机代わりに白い布を掛けられた魚箱が置いてある。
「オォキタカ!ウェスジジィニペルナサ、ワザワザスマネェナ」
「なんも、散歩がてらダァ」
とペルナは肩掛けカバンから大きな布包みを取り出し、両手できちんと持ち直すと、ウェスの開いている手に乗せる。
当然、杖をついているウェス一人では持てないので、ペルナは補助として手を離さない。
大旗の描き手から、網元へと渡すのが決まりなのだ。
「コトシノホウリョウサキネンスルイチバンオオハタサオオサメスル」
二人が頭を下げながら布包みを網元に差し出すと
「イチバンオオバタ、タシカニウケトラセテモライヤス」
網元も頭を下げて、両手でそれを受け取ると掲げるように持ち上げた。
今度は漁師のオッチャン達が恭しく両手で受け取って、一度、白い布の魚箱に置くと、頭を下げた。
「ホダバ、イチバンオオバタ、アラタメサシテモライヤス」
二人のオッチャン達が布包みを開き、一番旗の両端を持って、ゆっくりと開いて行く。
他のオッチャン達が開いている隅に立つと、別角を手にして地面に付けないようにしながら、また開く。
四隅を持ったオッチャン達が網元に見えるように、それぞれ後ろに下がって大漁旗を広げていく。
誰もが無言。
オッチャン達が震える手で、旗を壁に貼る。
息を吞むことも、吐くことも出来ない程の
豊饒が広がった。
紺碧が空となり、海となり、やがて交わって一つになっていく。
白波が雲となり空に踊り、海に映って波に変わる。
四方から泳ぐ海の者が、翼を得て空を舞う。
鱗を閃かせて切り裂くように走る魚、魚、魚。
描かれた魚のどれもが、躍動し、命が飛び出してくる。
網元とオッチャン達が、静かに魚箱に酒壺と魚と貝の干物を捧げると、誰かが、ようやく息を吐いた。
「なんか、涙でてきた」
ダグラスが呟いた。
「……」マルフトは頷くばかりだ。
フィリは圧倒されて、ただ立ちすくんでいた。
ウェスお爺ちゃんの画力の素晴らしさは勿論だ。
けれど、あの絵を生かしたのは、間違いなく錬金術による顔料。
ペルナお婆ちゃんの錬金が、大旗に命を与えていることに気づいていた。
「こんな事も出来るんだ……すっごいなぁ」
薄っすらと微笑みが浮かべて、フィリは壁に広がった海を見つめた。
「はぁ……」パウパウも、ようやく息をついた。
そして、自分がミッちゃんの手をギュっと握っていることに、気が付いた。
あっと思って上を見ると、ハイエルフは微笑みを浮かべて頷いた。
呆気にとられたような子供達の方を見て、ペルナは笑いながら
「やれ、一段落だぁ。んでな、ちょこっとおいで」と手招きをする。
「なに?ペルナお婆ちゃん」
「うん、これなんだけどね」
そう言いながらペルナは魔法カバンから、沢山の鮮やかな布地を取り出した。
「うわぁ、すっごい奇麗だね」
「小っちゃい大漁旗だ!あはは。可愛いなぁ」
「アレ?これ、うちの図柄じゃねぇべか?」
ダグラスの声にペルナは頷いた。
「これな色見本だったり試し塗りなんだわ、んでな?大きさ丁度いいベサ?子供達のシェブロンにでも出来ねぇかと思ってな」
「わぁ!カッコイイよ、それ!」
古くなった大漁旗を祭りでは、仕立て直して羽織物にして漁師のオッチャン達が着るのだ。
この町の子供にしたら、それはそれはカッコイイのである。
「オメ、ソリャモッテェナクナイカ?」網元が声を上げた。
「ナンモダ、オレノハタ、チッセェノニヨロコンデモラッタホウガエェ」四角い顔を、もっと石みたいにしてウェスが言う。
「ねぇ?これ一枚、競争の舟に飾っていい?」パウパウがウェスに尋ねた。
「オォ、スキニシタラエエ」
わぁっ!
倉庫に子供達の歓声が上がった。
「じゃあさ、町の子に配るべや!」
「プタフォタンの子、皆で大漁旗のシェブロン!カッコイイねっ」
「みんな喜ぶよ!ウェスお爺ちゃん。ペルナお婆ちゃん。有難う」
事情を知っている漁師たち、網元は、まさかのフィリのお爺ちゃん呼びを受け止めているウェス達に戸惑いを隠せない。
「さぁさぁ、これはパウパウちゃんの魔法袋に仕舞って、舟の改造をしてたんだろ?行って来たらいいさ」
「あ!そうだったぁ。じゃあ、またね」
「ありがとうございます。ウェスさん、ペルナさん!」
口々に礼を言って、パウパウのナイナイ袋に大量の布見本を詰め込んで、子供達は倉庫を飛び出していく。
その後ろを、慌てたフッバーが追いかけた。
「ありがとう。ペルナさん、ウェスさん。きっと皆、喜ぶよ。では、明日」そう告げるとウルジェドも子供達に続いた。
残ったのは地元の漁師勢だ。
「ウェスジジィ……」
心配そうに声を掛けた網元に
「フィリは何も知らんのですよ、俺らも言わんと思います」ペルナが首を振る。
ケンドモヨゥ……と、オッチャンの誰かが呟いた。
「オ、オイダシトイテ、イマサラドンツラァサゲテ…ジジババダッテイエッカ」
舫い綱を絞るような声がウェスの口から洩れた。
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