パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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128.ミッちゃんのレトケレス探し24

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 防水の錬金符を舟底に貼り付け終えた夏空号は、風魔法の補助を受けて静かに丸太コロを滑り、斜路から海面に着水した。
 パウパウは最初っから舟に乗せられている。
 短い距離だが、丸太の上をゴトゴトしながら滑るのにはドキドキした。

 すぐ横の岸壁の角から見ているハイエルフは、手に汗を握って、もっとドキドキしているが。
 その隣でフッバーは、何やら水面を眺めている。

「マルトフ兄ちゃん、上手!」
「ありがとう。練習してるからさ。操作なら負けないよ」
 ニコっと得意気にマルトフが笑った。

 膝まで水に浸かりながら自作の錬金符を貼り付けた櫓を5本、舟に積み込んでからフィリが船縁ふなべりに手を掛けて、乗り込むと夏空号がグラリと傾く。
「わっ」思わず声を上げたら
「大丈夫、大丈夫」
「だから、フィリは大雑把!こっち抑えてからだって」
「僕だって魔力操作、上手いからね」
 そう言いながらパウパウに浮力符を貼ってくれた。

 マルトフが乗り込むのに手を貸して、最後にダグラスが軽い動作で乗り込んだ。
 舟底に置いてある長いかいで水底を押す様にして舟を押し出すと、夏空号がスッと進んだ。

「うっし、んじゃフィリ」
 試作の櫓を3つの櫓杭の真ん中に差し込むと、角度を調整する。
「じゃ、行くよ!」
 フィリが魔力を流し始めた。
「……」
 何も起こらない。

「あれ?なんでだろう」
 櫓を引き上げたフィリが、じっと錬金符を見て考え込み始めるのにマルトフが声を上げた。
「フィリ!次、次のを試そうよ」
「ンダナ、まだ4本あるしよ」
 その声で新しい櫓を差し込むと、同じように魔力を流し始めた。

 チャプチャプ…船縁ふなべりで海水が揺れる小さな音がする。
「んもぅ!」
 まるでマールジェドのような声を上げて、フィリが櫓を変えた。
 パウパウは船首の方に座って、港を見回す。

 船道と、舟の出入り口。
 大型の討伐船が出られるように外海へと開いた口は大きい。

「ねぇダグ兄ちゃん、競争するとき、舟はどうやって出るの?」
「おぅ、今年は10隻くらいかなぁ。あっこの大っきい船が外に出るからよ。あっこに並ぶんだ」
 ということは、舟は港の中で右に舵を切って出口に向かう事になる。

「そっから、入り江で向き変えて外海のブイまで走らせるんだわ」
「じゃぁさ、方向を変えたりで、舟がぶつかったりするの?」
「おぉ、最初の港を出るトコでゴッチャゴチャになるな。止まっちゃうヤツも居るしよ」

 ならば初めのコース取りが重要だ。
「去年は、どうやってダグ兄ちゃん達は外へ出たの?」
「去年かぁ?俺ら一番、奥の場所に当たったからよ、ぐるぅっと回って船道に行くしか無かったんだわ」
 たまたま他の舟をかわせたという事だ。

「隣村のラキップくん?の舟は、どこ通ったの?」
「ラキップぅ?あ~、どうダベな。おぃマルトフ、ラキップ達、去年、どうやって走ってったっけ」
 フィリを見守っていたマルトフにダグラスは声を掛ける。

「お得意の舟がきしむ位の急旋回だよ。カキッって曲がって船道まっしぐら」
「おぉ、レカベット村の親父らに、あとからガッツリ怒られてたな」
 ニハハとダグラスが思い出して笑った。
「直進しか出来ないってテュンノス本マグロじゃないんだっての」
 マルトフが面白くなさそうにフンッと鼻をならした。
 テュンノス本マグロは泳ぎが速いので、方向を変えるには大回りをする必要があるのだ。

 船体の軽い舟だから出来る芸当だ。
 ならば夏空号は、それをどう補うか。
 コース取りと、無駄のない方向転換をどうするか。
「あ!じゃあさ、ラキップくんの舟ってブイを回る時、大変だったんじゃない?」
「あぁ、速さ殺せなくて、すげぇ沖まで走ってた!審判の船、大慌て‼」
 ゲラゲラとダグラスが笑い、

「……それでも負けたけどねぇ」
 マルトフがドンヨリと答えた。

「だぁぁ!わっかんねぇ。クソっ」
 いきなり、乱暴な声が響いて話題を断ち切る。

 普段のフィリからは考えられない声がして、三人がギョっとしているのに脇目も振らず、自作の符を貼ってある櫓を掴むと舟から飛び降りた。
 バシャン!と派手な水音をさせて、腰まで海水に浸かったのも気にせず、ずんずんと船揚げ場に戻るとそのまま倉庫へ駆けだしていく。
「お、おぃフィリ!」
 慌ててフッバーが追いかけた。

 倉庫から出たウェスとペルナは、フィリ達の舟を見るつもりで此方こちらに歩いて来ていた。
「あ!ペルナばぁちゃん!ばぁちゃぁん」
 焦っているフィリは言葉が乱れていることにも気づかずに、ペルナに走り寄った。

 両手に櫓を5本も抱えてガシャガシャさせた子供に驚きながらも、察したペルナはゆっくりと話しかける。
「フィリくん、どうしたんだい」
「僕の符、動かないんだ。どうして?ちゃんと教わったのに、どうして?」
 大きなテールブルーの瞳が狼狽えて、助けを求めて揺れる。

 たかが子供の舟競争だ。
 だけれど、皆で協力して挑むのだ。
 フィリは勝ちたい。
 サリレの二人と、パウパウとで勝ちたい。
 で勝ちたい。

「落ち着いて、どれ、見せてごらん」
 岸壁の船留杭ボラードに腰を下ろしてフィリを手招く。

「フィリくん、錬金に大切なのは目なんだよ。魔力が墨に均等に混ざっているか、見極めるのが大切なんだワ」
 そう言いながら一本ずつ、丁寧に錬金符を見ていく。

「目……」
 それは母、パティオルからも言われている言葉だ。

「……うん、とても良く書けてンナ。術式は及第点だ」
「でも、動かないんだよ!」
 もう泣きそうな顔でフィリが言う。

 フッバーはフィリの護衛がてら、後ろから錬金符を覗き込む。
「なるほど、ムラがあるのか」と、つい口に出してしまった。

「……ムラ?」フィリがフッバーを振り向く。
「おぉ、凄いな。フッバーさんには見えんのか。フィリくん、墨にムラが出来て、そこで魔力が途切れてるんだよ」
 フィリは自分の符を真剣に見つめる。
 だが、いつもの通り若干の光が走るのが見えるだけだ。
「……僕、見えない。ムラなんて分かんないよぅ、ばぁちゃん」
「フィリくん……」
 奇麗な青緑の瞳が溶けるように、涙がポロポロと流れるのをペルナとウェスは、どうにも出来ない。
 可愛い孫が泣くのを、どうやって慰めたらいいのかが分からない。

「フィリ、泣いてるから見えないんだ。ちゃんと見ろ」
 後ろのフッバーが、そう声をかけた。
「う…っぐ、フッバーさん」
「ほら、魔力を目に込めて、ちゃんと見てやれ。お前が作った自慢の墨なんだろ」
「……うん」
 ぐぃっと拳で涙をぬぐうと、フィリは櫓を握りしめた。


 その頃、夏空号では作戦会議が始まっていた。

進路コース取りかぁ……」
「ツインエ…櫓の2本で速くなってもさ、曲がったりするとき時間が掛かったら、勿体ないでしょ?」
 去年のラキップ達を思い出したマルトフが「あ~」と声をあげた。

「成程ねぇ……方向転換の時に、どれだけ無駄を減らせるか、かぁ」
「うん。曲がりたい方にかいを置いたら、曲がるんでしょ?それは、反則になる?」
「インヤ、補助で使うのはアリ、漕いだら反則だァ」
「じゃぁさ、フィリ兄ちゃんの符が使えたらだけどね……あ!ミッちゃん、来て」
 岸壁から舟を見守るハイエルフを、パウパウは呼ぶ。
「……パウパウ」

 泳げないハイエルフは、渋々と浮遊の魔法で海上を進むと舟に降りた。
「……凄い魔力の無駄遣いを見た」
 マルトフが死んだ魚の目をして呟く。

「なぁに?パウパウ」
「あのね、水に手をつけて水魔法して。ダグ兄、ちょっと深い場所、港の真ん中くらいに行きたい」
 まさかの錬金符の代わりか……

「ヘェイ、船長」船頭ダグラスが巧みなかいさばきで舟を進め、ミッちゃんは風魔法を使って押し出す。
 舟の幅だけ細かい風波が立って、子供達にも吹き付けてくる。
 涼しくなって、皆が笑った。
「ミッちゃん、涼しい!」
 小さな白い歯を見せてパウパウが笑う。
 それを見てハイエルフも微笑んだ。

 そろそろ港の真ん中という辺りでダグラスは、かいを上げた。
 惰性で夏空号は進む。
「じゃさ、ミッちゃん、舟の後ろで水魔法して?ダグ兄は、こっちで櫂を差して止まってて」
「ヘェイ、船長」
 にやにやしながらダグラスは言う通りにかいを真っすぐに持つ。
 逆側、左舷の船尾でミッちゃんは海水に手を伸ばすと水魔法。

「ただ、水を出すだけでいいのかい?」
「うん」

 どれくらいだろう?と、かなり加減しながらミッちゃんは魔法の水を吐き出した。
 差し舵の要領で、夏空号がくるっと旋回する。
「おぉ!」
 マルトフが声を上げた。
「すげぇな、滑るみてぇに回ったワ」

 試したパウパウも驚いた。
 ドリフト走行のように舟が旋回したのだ。

(どりふと?ドラフト?……なんだっけ)
 パウパウの頭の中で、少し鼻にかかった良い声が響く。
 ──第一巡、選択希望選手……── はて?パウパウは頭の声に蓋をした。

「おぃ、パウパウ、これスゲェなっ!」
 ダグラスは逆側にかいを差し、仕方ないなぁといった顔でミッちゃんが右舷に水魔法。

「おもしろ~い!ミッちゃん、も一回!もいっかい!」
 くるっと舟が回る。
「あははは!凄いよパウパウ」
「フィリの防水符、やるなぁ」
「マサツテーコーが減ったのよ」
「なんだよ、それ」ダグラスが笑った。

 まるで踊っているように、軽々とS字を描いて夏空号は向きを変えた。
「これ、本当にすごいよ。きっとさ、普通の船にも使えるよね」
 しっかり者のマルトフが、真剣な顔で考え始めるのを、ダグラスとパウパウは、ふぅん?と見つめ、ミッちゃんは、ちょっとだけ帰りたいと思っていた。


 夏空号は暫く漁港の中で浮かんでいた。
 フィリ待ちだ。
 みんなが、自分達の錬金術師を待っている。

 休憩場所の倉庫の近く、船留杭ボラードに座るペルナさんの横で、何か作業をしているフィリは、指の大きさ位にしか見えない。
「今日さ、帰ってから大漁旗を選ぼうなっ」
 ダグラスが思いついたように言った。
「うん。あぁ、明日かなぁ、町の子に大漁旗、配るの、どうしようか」マルトフが思案する。

 明日は、近隣から参加する親船に曳航されて他の村の子達が、やって来るのだという。
「ねぇ、いっぱいあるから、他の村の子にも配らない?」
「えっ⁉」
 マルトフが驚いた。

「フィリ兄ちゃんが、いいって言ったらだけどさぁ……」
 パウパウは何となくだが、ウェスさんはフィリに大漁旗を貰って欲しかったのだろうと思ったのだ。

 それはフィリを見るペルナさん、ウェスさんの眼差しが、グー姉様が自分を見つめる目と同じに思えたからだ。

「お祭りだかンなぁ。ウェスさん達がスゲェってのを、見せたいってぇのはあるよな」
「……レカベット村の奴らにくれてやるのは勿体ないけどさっ」
「ぼく、皆が喜んでくれたらいいって思うの」

 そんな話をしながら、皆が見つめている中、作業をしていたフィリが立ち上がり、辺りを見渡した。
 きっと夢中で、自分達の声すら耳に入ってなかったのだろう、とダグラスとマルトフが苦笑する。
 港内に浮かぶ夏空号に気づいたフィリは、ここからでも判るくらいに大きく口を開いて
「お~い!出来た!出来たよっ!これで走るぞぉ!」

 ハーフエルフの少年は風魔法で声を響かせながらピョンピョンと飛び跳ねた。

「ミッちゃん、あそこ。あそこに行こう!フィリ兄が待ってる!」
 すっかり錬金符代わりにされたハイエルフも、苦笑をしながら海水に手を伸ばす。
 慣れたダグラスがかいを操って、フィリが白い歯をみせて笑っている岸壁へと舟を滑らせた。
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