パウパウは今日も元気

松川 鷹羽

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142.潮と共に満ちるもの8

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 突然、マールジェドが髪の毛1本の乱れもない姿で、滑空するタヴィスの横に現れたとき、フッバーは「ヒィっ?」と銀級らしからぬ声を上げ、ウルジェドは「げっ!」とハイエルフに似合わない声を出した。
 つまり、五月蠅うるさかった。
「ガァギャガガ」タヴィスがウルセェという響きで吠えた。

 そのままタヴィスの横をついて飛びながらマールジェドが「なによぉ!折角、武器持って来たのに」と、不服そうに口を尖らせる。
「いや、ちょっと非常識っぷりが凄くて」
「マール殿?」
「で、どうする気?打つ手は?」
「マール殿の魔法では、どうだ?」

 フッバーの言葉に顔を上げたマールジェドが白い喉を仰け反らせてコロコロと笑った。
「海水、蒸発していい?」
 いや、勘弁してくれコイツらとフッバーは無言で首を振る。

「というわけで、物理攻撃の銛。ウルジェド、身体強化して。重いわよ」
「……いやぁ、私はタヴィスの制御で手一杯だから。フッバーに持たせてくれ」
 重量が増えたら絶対に文句を言うタヴィスへの支援魔法と揚力の補助が必要だ……と、それっぽいことを口からツラツラと垂れ流すウルジェドを、猫の笑顔でマールジェドが見ている。

 内心、ウルジェドが嘘を吐く時って口数が多くなるのは変わっていないなぁと、生ぬるい心の目で見ているのは内緒だ。

「え?俺かよっ」
「あなた以外に、誰が戦えるっていうのよ?じゃぁ……
 マールジェドは中空で、普通に立ち止まり、何処からでもない空間から、ずるぅりと黒い銛を引きずり出す。
 それを両手で捧げ持ったまま、自分の周りを旋回していた巨鳥の上、ウルジェドの後ろへと転移で降り立った。

「ガァギャギャッ!ゴゴゴ!」
 一瞬、ガツンと鳥の高度が下がり、タヴィスはバサバサと羽ばたきながら文句を吠える。
 ウルジェドはタヴィスのための風を強化した。

「うるさいわね。重たいのは銛!私じゃないわよ!はい、フッバー」
 今の鳥の状況をみるに、かなり重量の有りそうな銛を頭越しに渡されるとき、フッバーは自身で出来る最大の身体強化を行った。

 それでも、ズシンッと冷たい重さが腕に来る。
「よし、じゃあ、フッバー、ウルジェド。どうするの?」
「頭と背ビレの前辺りにはタヴィスの爪が通らないからな」
「だが、あれが魚ならば、首の後ろを刺しちまえば……」

 頸の後ろ……自分で言った言葉に、何か引っかかりを感じたフッバーは
「ウルジェド、もう一回、あいつの口を開けさせてくれるか」

 タヴィスの爪が海上を引き裂くように白波を立てる。
「ギャッギャッギャギャギャ」
 浮遊の魔法でタヴィスの頭上に浮いたマールジェドは「なんで、こんな嬉しそうなの?」と呟いた。

「来た!」
 盛大に白い泡を立てながら大口を開けて怪魚が襲い掛かって来た。
 フッバーは、その魔力の色と流れを見る。
 ギャリッと音を立てて口が閉じ、また魚体が沈む。
「ガッゴッゴッギャアゴォ!」
「皮しか裂けない、腹立つかぁ。タヴィスって凶暴ねぇ」
 タヴィスの頭辺りを一緒に飛びながらマールジェドが笑った。


「……ウルジェド、ヤツの首の付け根に、魔力が違う、いや、途切れている場所がある」
 本当にあの巨体からしたら小さな点だ。
 だが、
「あとな、口が空いている時だけ、首の付け根辺りの魔力が薄い」
「なんだ、それは?」

「あの怪魚が顎を開いている時には、体の構造物がずれて首の付け根のもろい部分が出るんだろうよ」
 全ての生き物が体に帯びている魔力がフッバーには見えている。

「……甲冑のバイザーみたいな物か」
「兜の隙間が出るかんじだな」
「ふむ……」

 怪魚を煽り、蛇行をし、誘導しながらタヴィスは入り江を何周もしている。
 港の出入り口から距離も取った。
 夏空号も無事に逃げ込んで、遠見の魔法を使えば漁港の先端で、祈るように両手を合わせるパウパウが見える。

「叔父上!アイツの餌になりそうな物、。口が開きっぱなしに出来るくらいのが良いです」
「あれって音に反応しているの?ならば、出来るだけ岸に近い場所でバシャバシャした方がいいのよね?」
 その言葉に頷くと、マールジェドは岸に向かって飛行をしていく。

「う~ん、馬車くらいの大きさでいいかなぁ……武装、置いてきちゃったからなぁ」
 なにか物騒な事を呟いているが、ウルジェドは聞こえなかった事にした。

「フッバー、ヤツの口に何か詰め込むから、その首の隙間に銛を打ち込め」
「わ、分かった」
 銛を握りしめるフッバーの肩に手を置くと、ウルジェドは結界魔法を展開する。
 物理と念のための魔法防御の合わせ技だ。

 マールジェドは岸寄りの海上に浮かぶと、腕を上げて収納空間に仕舞っていた物を取り出した。
 ガルデンに見せようと思って入れておいた魔道具だ。
 前回、皆から大不評だったので、設計を見直して小さめに作ったのである。
 なお、小さめというのはマールジェド基準なことは、言うまでもない。

 中空に現れたそれは、かなりの水しぶきを上げて着水した後、浮かび上がって来る。
 一所懸命に脚を動かして浮き上がるのが、健気だと思うのは製作者マールジェドのみだろう。

 それの上に降り立ったマールジェドは、可愛い魔道具に魔力を込めた。
「さ、盛大にバチャバチャして、上手に呑まれてね!深き者バティノム

 護岸堤や漁港の防波堤の上から見物人の大きな声が響き渡った。
「うん。可愛いから仕方ないね!」
 歓声では無くて悲鳴だと、誰も彼に注意をする者はいないので、マールジェドの美貌は得意気に輝いている。


 巨大な大王グソクムシバティノムの上に、すっくと立つ叔父を見てウルジェドは
「あ~、あれかぁ」と、渋い顔をした。
 だが、確かにガシャガシャバチャバチャと、誘い出しの働きは本物なので文句はない。
「……あれ、なんだ?」
「叔父上の玩具だ」
 それを聞いたフッバーは、本当にコイツら何なんだと遠い目をした。

 その凶暴な玩具はジャブジャブと多脚を動かして動き回り、そのうち腹の下の腹肢ふくしをヒラヒラさせ、尾扇で水を叩きながら泳ぎ出した。
 背板はいばんを上下させ速度を上げて沖へと進み始めると、マールジェドはフワっと浮き上がって出撃していくバティノムの可愛い背中を見送る。
 上空からはタヴィスに乗ったフッバーとウルジェドが高度を下げて近づいている。

「マール殿!来るぞっ!」
 フッバーの風の声と同時に、水面を切り進む長い背ビレが現れる。
 大王グソクムシバティノムは敢えて深く潜らずに、背甲を水面に出した状態で泳いでいる。

 海水が泡立つように白く濁り、巨大な石のような大顎が海中から現れた。
 ガチィィン!

 不快な金属音が辺り一帯に轟きわたる。
 怪魚は餌を丸吞みしようと、精霊合金の大王グソクムシバティノムを大顎で捕らえ、閉じようとした。
 だが、馬車ほどもある魔道具だ。
 怪魚は呑み込むことも顎を閉じることも出来なかった。
 しかも、今まで何でも破砕して来た牙は役に立たず、口を閉じることが出来なくなっている。
 大顎を全開のままで、怪魚は体をくねらせ、何とか吐き出そうとするが大王グソクムシバティノムは足を咥内でしっかりと絡めて離さない。

 フッバーが鳥から見下ろした怪魚は、あの日の記憶のままだ。
 岩か骨のような不気味な頭と巨大な歯と牙。
 今はそこに魔道具である銀色の大王グソクムシバティノムが噛ませてある。
 それを見て、フッバーは大きく深呼吸をした。


 暴れる怪魚の水音が、ここまで響いて来るなか、ウルジェドが巨鳥を怪魚の上に傾けながら近づける。
「フッバー!今だ打て!」

 その声にフッバーは怪魚の首の後ろ、魔力の色が何故か薄まっている所を狙って銛を下へ打とうとした。
 重い。
 身体強化をしていても重量を感じる銛を握りしめて、怪魚の背ビレを見て、狙いを定めて銛を落とした。

 ガクンッ
 
 衝撃を感じるとともに、フッバーの体も銛と一緒に落ちる。
「あ──」
 脳の命令と腕の筋肉がバラバラだったとしか言いようがない。

 離せ、と脳は叫ぶ。だが、身体強化した筋肉が、何かを掴まないと死ぬと、自分の言う事を聞いてくれない。

「フッバー!バカ野──」
 巨鳥の上からウルジェドが何か叫んでいる。
 フッバーは離れてくれない銛を握りしめる。
 ゴゥと耳鳴りのような風と共に、風圧で自分の体が襤褸ぼろい旗みたいにされている。
 もみくちゃだ。
 空まで見えるのは、どういう事だ。

 サリレのダグラスとマルトフが笑っている。ウルジェドが笑っている。パウパウが笑っている。ギルマスが、サイラが、網元が、漁師のオッチャン達が。
 そして、フィリと一緒にパティオルが笑う。

『忘れんなよガキフッバー。俺らの剣は足搔く剣だからな』

 バリィィィッン‼
 巨大な弦が千切れる音が、続いて腕が千切れそうな衝撃がフッバーを包む。 
 
 銛を手放すことが出来ない冒険者は、縋りつくようにして力の入らない足の下、暴れる地面に膝を付いた。
 酷く細かい、棘が並んでいるような足元だ。
 布の上からでも膝が擦れて刺さるように痛い。

 素手で触れたら裂傷を負うだろう。
 現にザリザリと揺すられて、自分の皮のブーツが傷ついていく。
 こんな状況なのに、何故だか、ぼんやりとフッバーはそれを見つめる。

 刺さった銛から未だに手を離せないフッバーは、暴れて揺れる魚体の上で、揺さぶられるままだ。
 銛が刺さった場所からは、血ではなく何か髄液なのか粘度の高い液体が溢れているようで、海水に混ざることなく漂っている。
 それを見てフッバーは、生き物なんだなと感じただけだ。

「フッバー!」
 タヴィスの上からウルジェドが浮遊の魔法を使って降りてくる。
「……よぉ、ハイエルフ。元気かぁ……」
「お前のお陰で寿命が縮んだわ!この下手くそ」
 文句を言いながらもウルジェドはポケットから出した何かの薬を、フッバーの口に流し込んだ。

 ギャーガゴッゴッゴォと上空でタヴィスが旋回しながら吠える。
「……あれ、笑ってねぇか?」
「あぁ、面白いって言ってるな」

  怪魚がのたうち跳ねると、海水の飛沫が二人に降りかかる。
 下からシュウシュウと音がするのは怪魚のえらから漏れる空気だろうか……だが、大顎はピッタリと馬車程もある大王グソクムシバティノムふさいでいる。

 これは窒息する怪魚の断末魔だろうか……鈍い頭でぼんやりとフッバーは、そんな事を考えた。
「あ~ウルジェド、すまんが手が外れない。銛から俺の手を外してくれ」

 また怪魚が尾を叩きつけるように暴れる。
 だが、潮が引きだしたようだ。
 見る見るうちに現れる岸辺には、護岸堤で見物していた人達が恐々と降りて来始めたのが見えた。
 二人の居る怪魚の背中の海水も膝まであったのが減り始めていた。 

 ウルジェドがフッバーの固まって剥がれない指を1本ずつ外していく。
「今の薬で、だいぶ痛みは薄れたようだが、痺れと強張りが取れねぇ」
「……仕方ないさ」
 ウルジェドの腕に手を置いて、フッバーが立ち上がろうとしたとき、怪魚が巨大な頭を無理やりによじり、巨体を一際ひときわ震わせた。
 原尾を叩きつけ、のたうつと周りの海水が一瞬、真っ赤に染まり、すぐに黒くなって海水に溶けた。

「なんだ⁈」
 大きく足場が動いたために、滑り落ちそうになったフッバーは、思わず何かを手に掴んで海に落ちるのを免れた。
「運ぶぞフッバー」
 気を利かせたウルジェドが、フッバーの腰を掴むと浮遊の魔法を使って、ザボッと水音を立てて怪魚の横へと降りた。あれだけ在った海水は嘘のように引いてウルジェドの膝程度だ。
「助かった、あのまま滑り落ちたら背中がズタズタだった」
「ふむ……、で……これか」

 二人は、もはや身動き一つ取れなくなった怪魚の腹びれから後ろへ視線を走らせる。確か、この辺りで鮮血が吹き出したようにフッバーには見えたのだ。
 
 巨体の自重により、この魚は微かに鰓を動かす事しか出来ないまでに弱っている。
 今は時おり胸ビレがビクビクと上下する程度だ。
 このまま潮が引き、岩盤が完全に出てしまえば息絶えるだろう。

 その腹びれの下、二人の膝程度までしか深さの残っていない場所に黒い鮮血が溜まっていた。

 潮のウネリで、その血が少しずつ、少しずつ、沖へと流れて散っていくのが見える。


「……ウルジェド…こいつ、仔を産んだぞ……」

 なるほど、あの最後の大きな身の捩りと、原尾の叩きつけは、仔を産みだすためだったのかと、ウルジェドは納得した。
 親の巨体と比べれば小さな魚体が、黒い潮だまりに横たわっている。
 本来は、この場所で産まれるのでは無かったのだろう。

 小さいながらも凶暴な口をカカカと開け閉めして、必死にえらを動かしている。
 親と同じような刃の歯が既に揃っているのだ。
 親よりは薄い体色、棘のような側線、陸の生き物とは相入れない目。
 パシャリと小さな原尾が黒い血水を叩く。


「お疲れ!なに見ているの?」
 功労者であるマールジェドが、何処からか戻って来た。
「叔父上、何処へ行ってたんですか?」
「お前達が大変そうだから、網元さんとこに転移して伝えてあげたわよ」

 そう言って指差した漁港の先端に眼をやると、漁業ギルドの職員が白い旗を盛大に振っていた。
 多分、討伐完了とか、そういった意味なのだろう。
 青空の下で真っ白な旗が翻ると、それに合わせたかのように港からも護岸堤からも歓声が響く。

 沖の討伐船も、続々と港へ戻って来るようだ。

「で、何を見てたの?……まぁ!」
 マールジェドが二人の間から黒い潮だまりを覗き込んだ。

「わぁ~、赤ちゃん!すっごい、可愛くないねぇ!」
「……叔父上」
「マール殿……」
 あんまりにも、あんまりなマールジェドの言葉に二人は表情を無くした。

 それを気にも留めずに
「あ!子供達に見せるから、そのままにしておいて、連れてくるからねっ!」
 マールジェドは言い捨てて、転移をした。

 2年間の悪夢が、ようやく終わりそうな厳粛な気持ちは霧散して、フッバーは何だか妙な気持ちになって来た。
「クッくくく……俺の恐怖が……わぁ!可愛くないねぇだとよ。ウルジェド」

 ウルジェドは見物人が近寄らないように、タヴィスに岸辺へ着地するようにと念話をしながら、
「いや、なんか、すまん。叔父上だから勘弁してくれ」
「あぁ、なんか、すごい、な人だから、うん。あはは……」
 余りの緊張が緩んだからか、フッバーは笑えてきた。

 多分、涙が止まらないのは、潮風が目に沁みたからだ。
 そう自分に言い聞かせて、フッバーは引き潮の海に立ち、声を上げて笑い続けた。
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