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143.潮と共に消えるもの1
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討伐後のマールジェドは大忙しだ。
まずは港の先端に居るパウパウ達とカウダ=タンニナ、ついでにパティオルを転移で連れて来た。
それを討伐船から遠見魔法で見ていたベネの声が響く。
風の魔法を最大にしたベネ・ウオレオが
「そこに行くから、迎えに来るのじゃっ!!」と、珍しく命令口調で言ったのだ。
港の出入り口あたりまで戻って来た討伐船の船首で、ボヨンボヨンと縦揺れしている領主を、護衛と侍従が抑えようとして一緒にボヨンボヨンしているのを見てウルジェドは、ご機嫌だなぁと羨ましくなった。
「ベネ殿!ワガママなんだから、もう~」と口を尖らせながらも手を振っている白い巨体の元へ転移で飛ぶ。
「ミッちゃぁん!」
マールジェドにポイって感じで磯に置かれた子供は、巨大な魚に息を吞みながらも、すぐに岩場を走り……走れなかった。
あちこちデコボコな岩で、貼り付いた海藻はツルツル滑る。
凸凹の凹んだ所に残る海水が、浅いのか深いのかも分からない。
底は見えているが高低は見てとれないのだ。
「あぅ……」
「にゃぁ……」肩に乗る黒猫が小さく鳴く。
大きなギルマスはズンズンと広い歩幅で怪魚に近寄って行ってしまうし、パティオルも地元民らしく平気で磯を歩いている。
サリレの子供達も陸に横たわる魚に気を取られて、歓声を上げて走り出してしまった。
潮だまりの水をパウパウの体格では跨ぐ事も出来ないので、てちてちと歩くしかない。
駆けだしたダグラスが気付いて戻って、
「わりぃパウのこと、置いてったわ」そう言いながら背中を向けてオンブをしてくれた。
「ありがと、ダグ兄」
「ははっ、いいって!磯、慣れねぇとコェェモンナ」
ニパッと笑って乾いた岩の上をポンポンと歩き、ときどきフジツボをジャリっと踏みしめ、淀みなく進んで行く。
途中でフィリとマルトフも待ってくれて居て、皆で横たわる怪魚の元へと向かった。
「ごめんね!パウパウ」
「夢中になった!ほんと、ごめんな」
「オンブしてもらったから、だいじょぶ!」
後ろでは巨鳥が「ガァギャゴッゴッゴゴ~」と節を付けて吠えているので、見物人は怖がって護岸堤の上に戻ったようだ。
と、ダグラスがクスクスと笑った。
「なぁに?」
「あのデッケェ鳥よぉ、なんか自慢してるみテェじゃね?」
パウパウは、なるほど土管の上のリサイタルかな?と一瞬、考えが過る。
そして、前世の記憶のままに、ダグラスの肩から岩場に横たわる怪魚を見つめた。
……バスだ。
「観光バス?」
「ニャッ?」首を振ったバステトがパウパウの肩の上からパっと消えた。
きっと、なにか面白い物を見つけたのだろう。
「ん?なんか言ったか、パウ」
ん~ん、と首を振りながらも、頭の中には巨大な観光バスのスケール感と巨大な魚を比べている。
「すっごい大っきいねぇ」フィリも語彙をなくして呟く。
「僕たち、こんなのから逃げ切ったのか」ブルッと体を震わせたのはマルトフだ。
「おう、俺ら凄いこと、ヤッタベヤ!」
小山のように巨大な魚の長い尻尾の辺り、フッバー達がカウダ=タンニナと話をしている方に子供達が近づいて行くと、下の何かを見ていたミッちゃんが顔を上げて笑いかけた。
「パウパウ!」
「ミッちゃん!!」
「あ、おぃ」
バシャリと水音を立ててダグラスの背中から滑り落ちると、ミッちゃんの元へと走り……出せない。
沖に近い方が当然、海水が残っていてツルツルと凸凹の罠が生きているのだ。
「バッカだなぁ、パウ。オメの背だったら、膝まで濡れっダロヨ」
「うぅ……」
「あ~、防水符、貼ってれば良かったねぇ」
「う~、ミッちゃぁん……」
夏空号での勇敢な子供は何処へ行ったのか、ハイエルフを見たパウパウは上目遣いでミッちゃんを呼ぶ。
「はいはい」
足首程度の水で濡れることを気に留めずミッちゃんは近づくと、抱っこをせがんで上げたパウパウの腕の下に手を入れて抱き上げた。
「お帰りパウパウ、頑張ったね」
足を精一杯にミッちゃんの胴に回し、腕も首に回して、もう離れないを全身で表したパウパウの目から涙が溢れ始める。
「うぅう……うう、うわぁぁぁん、こわ、こわ、怖かったよぉぉ」
「うん、そうだよね。頑張って、偉いよパウパウ」
わんわんと泣くパウパウの頭を撫でながら、ミッちゃんはサリレの子供達に目をやって、
「君たちも凄かった。レカベットの子を助けられたのも、これを討伐出来たのも、君たちが戦ったお陰だよ」
サリレの子供達の目にも涙が込み上げて来た。
フィリ、マルトフが俯いて泣き顔を見せまいとしている中、ダグラスは顔を空に向けて「おっしゃぁ~!」と大声で叫んだ。
余りにも大きな声だったので、一瞬パウパウは泣き止み、フィリとマルトフは顔を上げ、リサイタル中のタヴィスの吠え声すら止まった。
そこに丁度、転移でベネを連れたマールジェドが戻って来たものだから、タイミングが悪いとしか言いようがない。
ベネは突然の「おっしゃぁ~!」に、流石にビクッと巨体を揺らし、護衛で付いて来た騎士が剣の柄に手を掛けた。
「おぉ、ベネ様、申し訳ありません。子供が騒いでおりまして」
カウダ=タンニナがダグラスの擁護をすると
「いやいや、間が悪かったの。おぉ、小さな勇者達、凄かったとしか言えぬ働きと舟捌き、見事だったぞ」
まさかの御領主様からのお言葉に、ポカンとするサリレの子供達に、
「ほら、お前達、ベネ様からのお褒めの言葉だぞ」と、ギルマスが声をかける。
「あ、は、はいっ!」おたおたとする子供達を見るベネの眼差しは優しく温かい。
「ふっふっふ、プタフォタンは安泰だの、カウダ=タンニナ」
上機嫌に笑ったベネの目は、次はフッバーに向かった。
「おぉ!フッバー殿、勇敢なる冒険者!まさか上空から銛と共に飛び降りるとは思わなんだ」
「あ、いや、それは……」
まさか、間違って一緒に落ちたとは言えないフッバーの言動は不審だ。
うんうんと頷いたベネは、皆に尋ねる。
「で、何かの算段をしておったのかの?」
「あぁ、これですよ」
フッバーが体をずらして、潮だまりに横たわる怪魚の仔をベネに見せた。
「これは……なんと……ふむ」
死の間際に、命を繋ごうとした怪魚に皆が厳粛な心持ちになりかけたとき
「ほら、皆、見て見て。これね、コイツが産み落としたのよ。ね、すごくない?」
厳粛な空気が漂いそうになるのを、ぶった切ってマールジェドが口を挟む。
サリレの子供達が潮だまりを覗き込む。
パウパウもミッちゃんの腕から降りて、それを見た。
「ふむ……さて、これを如何にするかじゃの」
ベネは精一杯に身を屈めて、子供達を見た。
「お前達は、どうしたら良いと思うかの?」
「え?」子供達は狼狽える。
まさか自分達の意見を聞かれるとは思わなかったのだ。
「お、俺は漁師の子だから、処分サすれヤとお、思います」ダグラスが答えた。
「僕は、帝都の学府とか、生き物を調べる所に持っていくのがいいと思う」
マルトフの見たことがない魚だ。
きっと、役に立つ知識を得られると考えての発言だ。
「ぼくも、あの……錬金素材とかに使えるか、調べたらいいかなぁって」フィリは錬金師としての意見。
そして、パウパウは、
「ぼく、海に還したらいいと思う」
え?サリレの三人は、パウパウを見下ろした。
「ねぇ、ギルマス。この魚って何って魚なの?」
「おぅ、コイツは、もっともっと南のダグシナの向こう沖に居る骨鎧魚ってヤツだと思うぞ」
「珍しい?」
「そうだなぁ、幻獣図鑑に載るくらいに珍しいな」
そんな本があるんだ!とパウパウは思った。
それは絶対に読みたい。
それは、それとして……と、パウパウは少し考えた。
「ねぇ?大きな川が海に流れ込む処って、ある?」
「そうだねぇ、とても大きな川は東のポリジアストナにあるよ。どうして?」
ミッちゃんがパウパウを抱き上げながら尋ねた。
「ん~、この魚って、そこまで行って子供を産もうとしたのかなぁって思って。だって、川と海の交わる場所って、餌がイッパイあるんでしょ?」
そして産み落とした親は、また故郷の海へ戻るのだろう。
産まれた子供は餌が豊富な汽水域の保育園で、外海に耐えられるまで暮らすのだ。
周り全部が、骨鎧魚だったら、血で血を洗う地獄の保育園だろうけど。
パウパウの前世の知識でも、わざわざ故郷を遠く離れた海域まで、産卵のために移動をする魚類が居た。
産んだら、また故郷に向けて長旅をして帰って来るのだ。
確か、サメにも、そんな種類が居た気がする。
2,3年に1度の周期で、そのサメは仔を産んだと記憶が告げる。
「わざわざ、そんな遠くへ子を産みに、東の海を……」
何故かカウダ=タンニナは話を止めて、黙り込んでしまったので、パウパウは続けて、
「海って大きな流れがあるんでしょ?それに乗ったら早く着くのかもね」
そして、秋の大満潮に仔を生むための旅の途中だったのかもと、想像をする。
──だとしたら、潮の流れが変わって、ここの近海を通るようになったのかなぁ──まぁ、それは後からミッちゃんに相談しようとパウパウは心に留めた。
「ふむふむ。さて、どうした物かの?フッバー殿は、どう思う?」
「いや、親魚は俺とウルジェドと、マール殿の獲物だが、コイツは俺らが仕留めたんじゃない、口は挿めないですわ」
なんか、それっぽい事を言ったようだが、この男、逃げたのだ。
きっと、錬金素材に~なんて言ったら自分の想いがバレるとか、そんな事を考えたに違いないと、ミッちゃんは生ぬるい視線をフッバーに向けた。
「困ったのう……おぉ、パティオル=アストル居ったのか。この怪魚が死に際に産み落としての、この幼体をパティオルならどうする?錬金素材に使えるか調べるかの?」
パティオルは、この巨大な魚の頭や皮などを調べるために、皆の邪魔にならない裏側を見て回って、戻ってきたのだ。
「え?あ!これですか?」
潮だまりに横たわる怪魚の仔は、流石の体力と言うべきか口をカチカチ鳴らして、しっかり生きていた。
なんだかパティオルの答えを、皆がじっと待つ流れとなった。
「う~ん……未知の素材としては魅力的ですけれど……私なら海に還します。その……私も親、なので」
照れ臭そうに潮で傷んだ頭を掻きながら、パティオルが笑うと、
「よし!じゃぁ、そういう事で還そうかっパウパウ。なっ?」
フッバーが手を叩いて、パウパウに声を掛けた。
「え?」
舌の根の乾かないうちに、もの凄い手のひら返しを見た。
フッバーさん、俺のじゃないから口は挿まないって言ったの、今だよね⁈
「あれ?」「あの……」「フッバーさん?」
サリレの子供達とパウパウ、四人が呆気に取られていると、いきなり
「えいっ!」
マールジェドが黒い潮だまりにジャブッと両手を突っ込んだ。
「叔父上!」
「マールちゃん⁈」
産まれたばかりの仔といえど細かい棘上の表皮だ、マールジェドの薄い肌などズタズタになるだろう。
「大丈夫よ~、身体強化と部分結界してるから」
誰にともなく言うと1m近くある魚体を、ずるぅッと引っ張り出した。
長い原尾をビチビチさせて幼体が暴れる。
「ホントに可愛くないわねぇ……んしょぉ!重たっ」
両方の鰓に指を突っ込んで持ち上げると、そのまま岩場の際までスタスタと行って、あっさりと両手を離した。
「え?」と、声を出したのは誰だったか。
「はい、ボッチャーン!」
皆の感情が整理されないうちに、ボチャーンという水音と共に怪魚の仔は海に戻された。
いや、戻されるというよりも投棄だと、パウパウは思う。
雑なのだ、扱いが。
「じゃぁ、もう来ないでね~」
情緒の欠片もなくマールジェドが手を振ると、皆が我に返って苦笑いだ。
「パウパウは優しいのう」
ベネ・ウオレオが笑ってハイエルフの腕の中に納まっているパウパウに話しかける。
「ううん、違うのベネ様」
パウパウの新緑の目は、さっき、ミッちゃんに会った時に泣いたから赤い。
けれども揺らいではいなかった。
「あのね……きっと、あの魚は生きられないでしょ?ベネ様」
種としての能力が優れていても、生まれたばかりの仔魚だ。
汽水域の保育園で生きる力を付けていない状態で、いきなり大海原に出て、生き延びれるとはパウパウには思えない。
「……そうじゃな、ならば何故、あれを還した?」
ベネ・ウオレオは海の神龍を祖とする龍人だ。
パウパウの言うとおり、あれが生き残る事は万に一つも無いだろうと思っている。
海は、それほど優しい世界でないからだ。
「ん~……」
パウパウは横たわる恐魚を見上げた。
ミッちゃんに抱かれているから、上の方まで見える。
「あのね……ぼく、あの魚が死ぬの見たくなかっただけなの……だから優しくないよ」
生き物が死ぬのは、この大きな骨鎧魚だけで十分だ。と、パウパウは首を振った。
「あの幼魚の死を厭う…嫌だと思う気持ちがあるだけで、十分に優しいとワシは思うがの」
幼魚の死骸を商人ギルドへ持ち込む也したならば、かなりの財が得られたはずだ。
だが、パウパウも、パティオルも、マールジェドも、それを良しとはしなかった。
いつもの夏の空みたいな笑顔ではなく、海を静かに渡る風のような微笑を浮かべて、ベネはパウパウの頭を撫ぜた。
「ふっふっふ。良い子じゃのう。ウルジェド殿、賢くて、強うて、しなやかじゃ、どうかの……
「あげませんよ」
ベネの言葉を食い気味にハイエルフは遮る。
「ぷっ……まぁ、この町に居る限りは、うちの子じゃからの、さて、この骨鎧魚じゃが……
ベネは顔を引き締めて、これからの事を話し始めた。
まずは港の先端に居るパウパウ達とカウダ=タンニナ、ついでにパティオルを転移で連れて来た。
それを討伐船から遠見魔法で見ていたベネの声が響く。
風の魔法を最大にしたベネ・ウオレオが
「そこに行くから、迎えに来るのじゃっ!!」と、珍しく命令口調で言ったのだ。
港の出入り口あたりまで戻って来た討伐船の船首で、ボヨンボヨンと縦揺れしている領主を、護衛と侍従が抑えようとして一緒にボヨンボヨンしているのを見てウルジェドは、ご機嫌だなぁと羨ましくなった。
「ベネ殿!ワガママなんだから、もう~」と口を尖らせながらも手を振っている白い巨体の元へ転移で飛ぶ。
「ミッちゃぁん!」
マールジェドにポイって感じで磯に置かれた子供は、巨大な魚に息を吞みながらも、すぐに岩場を走り……走れなかった。
あちこちデコボコな岩で、貼り付いた海藻はツルツル滑る。
凸凹の凹んだ所に残る海水が、浅いのか深いのかも分からない。
底は見えているが高低は見てとれないのだ。
「あぅ……」
「にゃぁ……」肩に乗る黒猫が小さく鳴く。
大きなギルマスはズンズンと広い歩幅で怪魚に近寄って行ってしまうし、パティオルも地元民らしく平気で磯を歩いている。
サリレの子供達も陸に横たわる魚に気を取られて、歓声を上げて走り出してしまった。
潮だまりの水をパウパウの体格では跨ぐ事も出来ないので、てちてちと歩くしかない。
駆けだしたダグラスが気付いて戻って、
「わりぃパウのこと、置いてったわ」そう言いながら背中を向けてオンブをしてくれた。
「ありがと、ダグ兄」
「ははっ、いいって!磯、慣れねぇとコェェモンナ」
ニパッと笑って乾いた岩の上をポンポンと歩き、ときどきフジツボをジャリっと踏みしめ、淀みなく進んで行く。
途中でフィリとマルトフも待ってくれて居て、皆で横たわる怪魚の元へと向かった。
「ごめんね!パウパウ」
「夢中になった!ほんと、ごめんな」
「オンブしてもらったから、だいじょぶ!」
後ろでは巨鳥が「ガァギャゴッゴッゴゴ~」と節を付けて吠えているので、見物人は怖がって護岸堤の上に戻ったようだ。
と、ダグラスがクスクスと笑った。
「なぁに?」
「あのデッケェ鳥よぉ、なんか自慢してるみテェじゃね?」
パウパウは、なるほど土管の上のリサイタルかな?と一瞬、考えが過る。
そして、前世の記憶のままに、ダグラスの肩から岩場に横たわる怪魚を見つめた。
……バスだ。
「観光バス?」
「ニャッ?」首を振ったバステトがパウパウの肩の上からパっと消えた。
きっと、なにか面白い物を見つけたのだろう。
「ん?なんか言ったか、パウ」
ん~ん、と首を振りながらも、頭の中には巨大な観光バスのスケール感と巨大な魚を比べている。
「すっごい大っきいねぇ」フィリも語彙をなくして呟く。
「僕たち、こんなのから逃げ切ったのか」ブルッと体を震わせたのはマルトフだ。
「おう、俺ら凄いこと、ヤッタベヤ!」
小山のように巨大な魚の長い尻尾の辺り、フッバー達がカウダ=タンニナと話をしている方に子供達が近づいて行くと、下の何かを見ていたミッちゃんが顔を上げて笑いかけた。
「パウパウ!」
「ミッちゃん!!」
「あ、おぃ」
バシャリと水音を立ててダグラスの背中から滑り落ちると、ミッちゃんの元へと走り……出せない。
沖に近い方が当然、海水が残っていてツルツルと凸凹の罠が生きているのだ。
「バッカだなぁ、パウ。オメの背だったら、膝まで濡れっダロヨ」
「うぅ……」
「あ~、防水符、貼ってれば良かったねぇ」
「う~、ミッちゃぁん……」
夏空号での勇敢な子供は何処へ行ったのか、ハイエルフを見たパウパウは上目遣いでミッちゃんを呼ぶ。
「はいはい」
足首程度の水で濡れることを気に留めずミッちゃんは近づくと、抱っこをせがんで上げたパウパウの腕の下に手を入れて抱き上げた。
「お帰りパウパウ、頑張ったね」
足を精一杯にミッちゃんの胴に回し、腕も首に回して、もう離れないを全身で表したパウパウの目から涙が溢れ始める。
「うぅう……うう、うわぁぁぁん、こわ、こわ、怖かったよぉぉ」
「うん、そうだよね。頑張って、偉いよパウパウ」
わんわんと泣くパウパウの頭を撫でながら、ミッちゃんはサリレの子供達に目をやって、
「君たちも凄かった。レカベットの子を助けられたのも、これを討伐出来たのも、君たちが戦ったお陰だよ」
サリレの子供達の目にも涙が込み上げて来た。
フィリ、マルトフが俯いて泣き顔を見せまいとしている中、ダグラスは顔を空に向けて「おっしゃぁ~!」と大声で叫んだ。
余りにも大きな声だったので、一瞬パウパウは泣き止み、フィリとマルトフは顔を上げ、リサイタル中のタヴィスの吠え声すら止まった。
そこに丁度、転移でベネを連れたマールジェドが戻って来たものだから、タイミングが悪いとしか言いようがない。
ベネは突然の「おっしゃぁ~!」に、流石にビクッと巨体を揺らし、護衛で付いて来た騎士が剣の柄に手を掛けた。
「おぉ、ベネ様、申し訳ありません。子供が騒いでおりまして」
カウダ=タンニナがダグラスの擁護をすると
「いやいや、間が悪かったの。おぉ、小さな勇者達、凄かったとしか言えぬ働きと舟捌き、見事だったぞ」
まさかの御領主様からのお言葉に、ポカンとするサリレの子供達に、
「ほら、お前達、ベネ様からのお褒めの言葉だぞ」と、ギルマスが声をかける。
「あ、は、はいっ!」おたおたとする子供達を見るベネの眼差しは優しく温かい。
「ふっふっふ、プタフォタンは安泰だの、カウダ=タンニナ」
上機嫌に笑ったベネの目は、次はフッバーに向かった。
「おぉ!フッバー殿、勇敢なる冒険者!まさか上空から銛と共に飛び降りるとは思わなんだ」
「あ、いや、それは……」
まさか、間違って一緒に落ちたとは言えないフッバーの言動は不審だ。
うんうんと頷いたベネは、皆に尋ねる。
「で、何かの算段をしておったのかの?」
「あぁ、これですよ」
フッバーが体をずらして、潮だまりに横たわる怪魚の仔をベネに見せた。
「これは……なんと……ふむ」
死の間際に、命を繋ごうとした怪魚に皆が厳粛な心持ちになりかけたとき
「ほら、皆、見て見て。これね、コイツが産み落としたのよ。ね、すごくない?」
厳粛な空気が漂いそうになるのを、ぶった切ってマールジェドが口を挟む。
サリレの子供達が潮だまりを覗き込む。
パウパウもミッちゃんの腕から降りて、それを見た。
「ふむ……さて、これを如何にするかじゃの」
ベネは精一杯に身を屈めて、子供達を見た。
「お前達は、どうしたら良いと思うかの?」
「え?」子供達は狼狽える。
まさか自分達の意見を聞かれるとは思わなかったのだ。
「お、俺は漁師の子だから、処分サすれヤとお、思います」ダグラスが答えた。
「僕は、帝都の学府とか、生き物を調べる所に持っていくのがいいと思う」
マルトフの見たことがない魚だ。
きっと、役に立つ知識を得られると考えての発言だ。
「ぼくも、あの……錬金素材とかに使えるか、調べたらいいかなぁって」フィリは錬金師としての意見。
そして、パウパウは、
「ぼく、海に還したらいいと思う」
え?サリレの三人は、パウパウを見下ろした。
「ねぇ、ギルマス。この魚って何って魚なの?」
「おぅ、コイツは、もっともっと南のダグシナの向こう沖に居る骨鎧魚ってヤツだと思うぞ」
「珍しい?」
「そうだなぁ、幻獣図鑑に載るくらいに珍しいな」
そんな本があるんだ!とパウパウは思った。
それは絶対に読みたい。
それは、それとして……と、パウパウは少し考えた。
「ねぇ?大きな川が海に流れ込む処って、ある?」
「そうだねぇ、とても大きな川は東のポリジアストナにあるよ。どうして?」
ミッちゃんがパウパウを抱き上げながら尋ねた。
「ん~、この魚って、そこまで行って子供を産もうとしたのかなぁって思って。だって、川と海の交わる場所って、餌がイッパイあるんでしょ?」
そして産み落とした親は、また故郷の海へ戻るのだろう。
産まれた子供は餌が豊富な汽水域の保育園で、外海に耐えられるまで暮らすのだ。
周り全部が、骨鎧魚だったら、血で血を洗う地獄の保育園だろうけど。
パウパウの前世の知識でも、わざわざ故郷を遠く離れた海域まで、産卵のために移動をする魚類が居た。
産んだら、また故郷に向けて長旅をして帰って来るのだ。
確か、サメにも、そんな種類が居た気がする。
2,3年に1度の周期で、そのサメは仔を産んだと記憶が告げる。
「わざわざ、そんな遠くへ子を産みに、東の海を……」
何故かカウダ=タンニナは話を止めて、黙り込んでしまったので、パウパウは続けて、
「海って大きな流れがあるんでしょ?それに乗ったら早く着くのかもね」
そして、秋の大満潮に仔を生むための旅の途中だったのかもと、想像をする。
──だとしたら、潮の流れが変わって、ここの近海を通るようになったのかなぁ──まぁ、それは後からミッちゃんに相談しようとパウパウは心に留めた。
「ふむふむ。さて、どうした物かの?フッバー殿は、どう思う?」
「いや、親魚は俺とウルジェドと、マール殿の獲物だが、コイツは俺らが仕留めたんじゃない、口は挿めないですわ」
なんか、それっぽい事を言ったようだが、この男、逃げたのだ。
きっと、錬金素材に~なんて言ったら自分の想いがバレるとか、そんな事を考えたに違いないと、ミッちゃんは生ぬるい視線をフッバーに向けた。
「困ったのう……おぉ、パティオル=アストル居ったのか。この怪魚が死に際に産み落としての、この幼体をパティオルならどうする?錬金素材に使えるか調べるかの?」
パティオルは、この巨大な魚の頭や皮などを調べるために、皆の邪魔にならない裏側を見て回って、戻ってきたのだ。
「え?あ!これですか?」
潮だまりに横たわる怪魚の仔は、流石の体力と言うべきか口をカチカチ鳴らして、しっかり生きていた。
なんだかパティオルの答えを、皆がじっと待つ流れとなった。
「う~ん……未知の素材としては魅力的ですけれど……私なら海に還します。その……私も親、なので」
照れ臭そうに潮で傷んだ頭を掻きながら、パティオルが笑うと、
「よし!じゃぁ、そういう事で還そうかっパウパウ。なっ?」
フッバーが手を叩いて、パウパウに声を掛けた。
「え?」
舌の根の乾かないうちに、もの凄い手のひら返しを見た。
フッバーさん、俺のじゃないから口は挿まないって言ったの、今だよね⁈
「あれ?」「あの……」「フッバーさん?」
サリレの子供達とパウパウ、四人が呆気に取られていると、いきなり
「えいっ!」
マールジェドが黒い潮だまりにジャブッと両手を突っ込んだ。
「叔父上!」
「マールちゃん⁈」
産まれたばかりの仔といえど細かい棘上の表皮だ、マールジェドの薄い肌などズタズタになるだろう。
「大丈夫よ~、身体強化と部分結界してるから」
誰にともなく言うと1m近くある魚体を、ずるぅッと引っ張り出した。
長い原尾をビチビチさせて幼体が暴れる。
「ホントに可愛くないわねぇ……んしょぉ!重たっ」
両方の鰓に指を突っ込んで持ち上げると、そのまま岩場の際までスタスタと行って、あっさりと両手を離した。
「え?」と、声を出したのは誰だったか。
「はい、ボッチャーン!」
皆の感情が整理されないうちに、ボチャーンという水音と共に怪魚の仔は海に戻された。
いや、戻されるというよりも投棄だと、パウパウは思う。
雑なのだ、扱いが。
「じゃぁ、もう来ないでね~」
情緒の欠片もなくマールジェドが手を振ると、皆が我に返って苦笑いだ。
「パウパウは優しいのう」
ベネ・ウオレオが笑ってハイエルフの腕の中に納まっているパウパウに話しかける。
「ううん、違うのベネ様」
パウパウの新緑の目は、さっき、ミッちゃんに会った時に泣いたから赤い。
けれども揺らいではいなかった。
「あのね……きっと、あの魚は生きられないでしょ?ベネ様」
種としての能力が優れていても、生まれたばかりの仔魚だ。
汽水域の保育園で生きる力を付けていない状態で、いきなり大海原に出て、生き延びれるとはパウパウには思えない。
「……そうじゃな、ならば何故、あれを還した?」
ベネ・ウオレオは海の神龍を祖とする龍人だ。
パウパウの言うとおり、あれが生き残る事は万に一つも無いだろうと思っている。
海は、それほど優しい世界でないからだ。
「ん~……」
パウパウは横たわる恐魚を見上げた。
ミッちゃんに抱かれているから、上の方まで見える。
「あのね……ぼく、あの魚が死ぬの見たくなかっただけなの……だから優しくないよ」
生き物が死ぬのは、この大きな骨鎧魚だけで十分だ。と、パウパウは首を振った。
「あの幼魚の死を厭う…嫌だと思う気持ちがあるだけで、十分に優しいとワシは思うがの」
幼魚の死骸を商人ギルドへ持ち込む也したならば、かなりの財が得られたはずだ。
だが、パウパウも、パティオルも、マールジェドも、それを良しとはしなかった。
いつもの夏の空みたいな笑顔ではなく、海を静かに渡る風のような微笑を浮かべて、ベネはパウパウの頭を撫ぜた。
「ふっふっふ。良い子じゃのう。ウルジェド殿、賢くて、強うて、しなやかじゃ、どうかの……
「あげませんよ」
ベネの言葉を食い気味にハイエルフは遮る。
「ぷっ……まぁ、この町に居る限りは、うちの子じゃからの、さて、この骨鎧魚じゃが……
ベネは顔を引き締めて、これからの事を話し始めた。
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