薔薇色の毒

もちもち

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1話 毒入りの祝杯

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 ウィスタリア王国、真夏の夜。
 月光が王都の大理石の塔を照らすなか、宮殿では16歳となるルイセル王子の誕生祭が催されていた。

 男たちは重厚な軍服に身を包み、女たちは宝石を散りばめたドレスで腰を揺らす。音楽は高らかに鳴り響き、香が焚かれた広間はまるで甘く酔わせる花園のごとく。

「殿下、よきお年頃になられましたなあ」
「まことに。そろそろ“夜のこと”も覚えられては……ふふ、失礼」

 高位貴族らがワイン片手に囁きあう。王子の若さと清廉さが、皮肉にも“純潔”として注目を集めていた。

 ルイセルは、人々の目線に内心うんざりしていた。口元は礼儀正しく微笑みを浮かべているが、その蒼い瞳の奥には、どこか冷えた憂いがあった。

 そして――その視線の先に現れたのが、ミゼ・アガナ侯爵夫人である。

 腰まで波打つ黒髪、白磁の肌。赤いドレスに深くスリットが入り、歩くたび、ふくらはぎから太腿の内側までが覗く。
 唇の端には挑発的な微笑み。彼女は何度も王子に近づこうとしては、丁寧にかわされてきた。

(またか……)

 ルイセルは視線を逸らす。しかし、ミゼはためらいなく歩み寄ってきた。

「殿下。お誕生日、おめでとうございます」

 ぴたりと距離を詰め、扇をひらりと揺らして、息がかかるほど近づいてくる。

「光栄です、夫人」
「ふふ、冷たいのはお嫌いではなくて?」

 甘やかな香が鼻をつく。
 王子は一歩下がろうとしたが、周囲には貴族たちの視線がある。無礼な態度をとれば、相手に言質を与える。彼女はそのことをよく知っていた。

「……少々、喉が渇きましたね」

 そう言うと、ミゼは侍女に合図して特別なワインを差し出させる。深紅の液体が美しいグラスに注がれる。

「お口に合うと良いのだけれど。わたくしと、お祝いの“口づけ”をひとつ……どうかしら?」

 彼女は自らの唇にグラスをあてた。わずかに口紅がつく。
 そして――そのまま、ワインを口に含み、王子の前へしなだれかかった。

「っ……なっ」

 抵抗する間もなく、ミゼは王子の顎を取り、唇を重ねた。
 甘いワインが、彼女の口から王子の口へと流れ込む。

 ――一瞬の出来事だった。

「ッ……ぐ……」

 喉の奥で熱が弾けた。
 いや、熱だけではない。身体の芯が、一気に火照る。舌の裏が痺れ、心臓が速く打ち始めた。

 ルイセルは、ゆっくりと後ずさった。だが、すでに体の自由が奪われ始めていた。

「まさか……薬を……?」

 低く囁く王子の耳元に、ミゼは囁く。

「まさか。殿下のような方に、そんな真似……すると思って?」

 赤い唇が嘘を吐く。その目は、獲物を見下ろす肉食獣のそれだった。

 次の瞬間、彼女は彼の手を取り、誰もいない小広間へと連れ込んだ。

 室内には香が焚かれ、扉は内側から鍵がかけられた。



 ワインが巡り始めてから十分と経たぬうちに、ルイセルの体は火照りきっていた。
 指先まで敏感になり、衣服の擦れだけでも妙な快感が走る。くちびるを噛みしめ、耐えるように壁に手をつく。

 ミゼは椅子に腰掛け、獲物が堕ちるのをただ眺めていた。

「殿下。お気分が悪いのでは?」

「ふ……夫人……これは……っ」

「何が“これは”なのかしら?」

 彼女は立ち上がり、王子の背後に回る。冷たい指が、王子の背から胸へ、滑るように回される。

「っ、ふ……っ……やめ……っ」

 肩の装飾が外され、衣の首元が緩められた。露わになった喉元に、ミゼはそっと唇を押し当てた。

「……熱いわ、殿下。こんなに汗をかいて……」

「媚薬など……卑劣な真似を……っ」

「そう思うなら、今すぐ私を振りほどいて逃げなさいな」

 耳元に熱い息がかかる。
 だが、力が入らない。抗おうにも、足は震え、膝が笑う。

「……っ……う……っ……」

 唇が、首筋、肩、胸元と次々に移動する。
 ひとたび口づけを受けると、その部分が異常に熱を持ち、苦しみのような快感が疼きをともなって広がる。

(ダメだ……意識が……保てない……)

 理性が、霧のなかに消えていく。
 しかし――王子の眼に、燃えるような光が灯った。

 このままでは、喰われる。
 その一線を越えたなら、自分は“終わる”。

「……っ!」

 ――その瞬間、王子はミゼの手首を掴んだ。

 朦朧とした意識の中、最後の理性で、彼女の体を押し返す。

「これ以上は……させない……っ!」

 額から汗を垂らし、呼吸を荒げながら、ルイセルは一歩下がった。
 だが、脚が震え、崩れるように床に手をつく。

 ミゼは驚いたように眉をひそめた。だが、次の瞬間には、妖しく微笑んだ。

「――やはり、殿下は“上質”ね。これほど耐えるとは」

 そう言い残し、彼女は踵を返す。
 衣の裾を揺らしながら、満足げにその場を去っていった。



 あとに残されたのは、熱と苦悶に喘ぐ王子のみ。

 彼の理性は、ほんの僅かな差で、欲望に勝利した。
 しかしその代償として、身を焼くような苦痛をその夜、長く味わうこととなった――。

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