薔薇色の毒

もちもち

文字の大きさ
2 / 13

2話 隠された誘惑

しおりを挟む
 翌日。
 誕生祭の余韻冷めやらぬまま、王宮では引き続き各国使節との面会や舞踏会が催されていた。

 ルイセル王子は、前夜のことを思い返すたび、喉元に残る熱と悔しさに、無意識に手を当てる。

(……毒入りの祝杯か。だが、まだ終わってはいない)

 ミゼ・アガナ侯爵夫人は、必ずまた仕掛けてくる。
 王子はそれを確信していた。



 夜。
 広間では舞踏会が始まっていた。絢爛な楽団の演奏のなか、貴族たちが笑い、踊り、杯を交わす。

 王子はその輪の中心で、神経を尖らせていた。
 再び“罠”にかかるつもりはない。だが、それでも彼は逃げずに立ち続けている。己の誇りと品位のために。

「……やはり、来られていたのね」

 艶やかな声が、肩越しにささやかれた。

 ミゼ・アガナ――
 紅のドレスは、前夜よりさらに深いスリットが入り、背中も大きく露出していた。まるで、その身に布をまとう意味など最初からないとでも言いたげな装い。

 王子はゆっくりと振り返った。

「今夜も“祝福”に来てくださったのですか、夫人」

「ええ、わたくし、殿下にしか興味がないもの」

 冗談めかしたその言葉に、周囲の男たちは少し笑ったが、彼女の目は笑っていなかった。

 そして――踊りの曲が切り替わる。

「殿下、一曲いただけます?」

 ミゼはそっと手を差し出した。逃げれば噂となる。だからこそ彼女は、この場を選んだのだ。

「……参りましょう」

 王子は毅然と、彼女の手を取った。



 舞踏が始まった。

 王子と夫人は優雅に踊る。ステップは淀みなく、観客たちの目には完璧な舞踏のように映った。

 だが――それは見せかけだった。

「殿下。熱は……もう引いたかしら?」

「ええ。冷たい風がよく効きました」

 言葉を交わすふたりの間で、火花のような緊張がはぜる。

 ミゼは王子の肩に手を添えながら、ほんのわずか、身体を密着させてきた。
 胸元が王子の腕に触れ、柔らかい感触が熱を呼ぶ。

「昨日は、惜しいことをしたわ。あと少しだったのに……」

「誘惑に屈するほど、私は未熟ではありませんよ」

 囁く声で牽制する王子。
 だが――ミゼの手は、少しずつ、少しずつ、王子の背から脇腹、そして腰のあたりへと滑ってきた。

 舞踏の手順を保ちながら、まるで偶然を装うように。

「ふふ、ほんとうに……未熟ではないのね。だからこそ……そそるわ」

 そして次の瞬間。

 ――その手が、王子の腰を伝い、裾の内側へと滑り込んできた。

 貴族たちが見守る視線のなか、ほんの指先一本分。
 ミゼの指は、誰にも見えない位置で、王子の内腿をなぞりはじめた。

「……っ」

 ルイセルは言葉を失い、わずかに目を見開いた。
 だが、顔には微笑みを浮かべたまま。

「……っ、夫人……やめなさい……」

「……なにを? ただ踊っているだけですわ」

 指は膝上から、ゆっくりと腿の内側から中心へ。
 まるで獲物の急所を弄ぶように、意図的に際どい位置を往復する。

 王子は微笑みを保ちつつ、喉奥で呻く。
 身体の中心が熱を持ち、嫌でも昨日の感覚が蘇る。

(……見られてはならない……気づかせてはならない)

 太腿に走る快感は、まるで痛みのようだった。
 だが、それでも王子は崩れなかった。ぎりぎりの理性で、手の位置をずらすよう踊りのステップを調整し、距離を操作する。

「ふふ……意外と策士なのね、殿下」

「あなたのような方に、隙を見せれば……食われますから」

「……ええ、よくご存じで」

 舞踏が終わると、ミゼは深くお辞儀をし、そして――
 微笑みながら、指先で王子の中心付近を“最後にひと撫で”してから、去っていった。



 人々の賞賛と拍手。
 だが、王子はその輪の中で、熱を宿した身体を懸命に抑えていた。

 理性は勝った――しかし、敗北もしていた。
 その指の感触は、まるで焼き印のように残り、夜を迎えても消えることはなかった。

 ミゼ・アガナ。
 その女は、獲物を仕留める前に何度も刃を舐めるように遊ぶ。
 そしてルイセルは、彼女にとって最も価値ある“未完の果実”であることを、痛いほど思い知らされた。

(まだ……終わらない)

 王子の誇りと、女の欲望がぶつかるこの夜会は、幕を開けたばかりだった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

処理中です...