薔薇色の毒

もちもち

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3話 密室の戯れ

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 王宮の夜は深く、静かだった。
 人々の酔いが醒め、灯りが次第に消えゆくなかで、なおも目を光らせている者がいた。

 ルイセル王子。
 そして――ミゼ・アガナ侯爵夫人。



 舞踏の夜から三日。
 王子は己の心と身体の揺らぎに、内密の焦りを覚えていた。

 彼女に“触れられた”感触は、時間が経ってもなお、皮膚に残り、血に混じり、夜を乱す。
 眠りにつくたび、あの指先が、唇が、彼自身を――脳裏に再生され、目覚めては吐息を漏らす夜が続いた。

(……これ以上は許してはならぬ)

 理性はそう告げる。だが身体の奥は、熱と疼きに支配されはじめていた。



 その夜。
 王子のもとに、極秘の伝令が届く。

 ――〈中庭の西塔にて、密やかな祝賀を用意しております。ミゼ・アガナ〉

「……やはり、来たか」

 王子は思案の末、その誘いを受けることにした。
 何度逃れても、彼女は追ってくる。ならば、この手で決着をつけるしかない。
 己の誇りのために。



 西塔――王宮の片隅にひっそりと建つ、古き離れの一室。

 中に入ると、香が焚かれ、厚いカーテンが月明かりを遮っていた。室内は蝋燭の揺れる橙の光に包まれている。

「ようこそ、殿下」

 ミゼはソファに腰掛け、深紅の衣装をまとっていた。前よりもはるかに布の少ないドレス。
 胸元は大胆にあき、脚を組んだ隙間から、滑らかな太腿が露わにされている。

「ひと目のないところで、ようやくお祝いできるわ」

「……そういう趣向でしたか。密会など、聞いて驚く者もおりますまい」

 王子は扉に鍵をかけた。自らの意志でこの密室に入った――その覚悟を示すために。

 ミゼは一瞬だけ驚いたように目を細めた。

「……勇ましい殿下。いよいよ覚悟を決めたのかしら?」

「いいえ。あなたに“終止符”を打ちに来たのです」

 そう言った王子の声には、確かな怒気と覚悟があった。

 しかし――

「では、その“終止符”を打つ前に、少しだけ……味わわせていただけないかしら?」

 ミゼは立ち上がり、そっと近づいてきた。
 彼女の動きには無駄がなく、流れるように王子の前へ滑り込む。

 そして――

「さあ、座って」

 半ば強引に、王子をソファへと座らせた。



 ミゼは王子の膝に片脚をかけるようにして腰を落とした。
 まるで舞姫のような優雅な動作――しかしその実、猛毒に満ちている。

 目の前には、艶やかな顔。
 王子の胸元を、わずかに解いた指先が撫でる。

「……熱いわね」

「……離れなさい」

「いいえ。感じているの、知ってるわ」

 彼女の手が王子の胸元を撫で、ゆっくりと腹部へと滑り降りる。

「昨日の夜、あなたが見ていた夢。――わたしよね?」

「っ……!」

 図星だった。
 だが認めるわけにはいかない。

「……夢は、ただの幻想です」

「いいえ、心が欲したものよ」

 そして――そのまま、ミゼは王子の脚の上で体をすり寄せる。

 太腿に、柔らかな尻が触れる。
 香の匂い、熱を帯びた吐息、唇が王子の首筋をなぞり――

 そして、その手が。
 王子の腿を、再び撫で始めた。

 ――今度は、はっきりと、確信的に。

 太腿の内側を、指先が這う。

 服の上からとはいえ、その指はぬめるように動き、際どく彼自身に触れるかどうかのギリギリで煽り、神経を逆撫でしながら、限界へと誘う。

「……っ、やめろ……っ」

 王子の息が乱れた。
 媚薬のせいではない。己の本能が、脳を焼きはじめている。

「このまま、感じてしまえばいいのに。王子ではなく、ひとりの“男”として……」

 その囁きに、理性がかき乱される。

 だが――王子は、自らの膝の上の女の腰を、強く押し返した。

「……俺は、あなたの玩具ではない」

「そう。それでも……私に抗った男は、あなたが初めてよ」

 ミゼは、体を離し、ソファに軽やかに腰掛けた。
 瞳には愉悦の光。そして、ほんのわずかな寂しさも。

「……なら、今夜はここまで。けれど覚えていて。身体は、心より先に堕ちてゆくのよ」



 王子は重い呼吸を整えながら、扉へと向かう。
 香が残る密室をあとにし、月明かりの下で顔を上げた。

 まだ勝ったとは言えない。
 けれど、王子の理性は、今夜もぎりぎりのところで自我を守り抜いた。

(まだ……堕ちるものか。俺は――俺のままであるために)

 だが、ミゼの残した指先の熱は、王子の芯に焼き付いて離れなかった。
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