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番外編 第一の接触
しおりを挟む王子の誕生日を祝う前夜祭――
それは、本祭よりも“くだけた社交”の場として、貴族たちの密やかな思惑が渦巻く夜だった。
侯爵夫人ミゼ・アガナもまた、透けるほどに薄い紗のドレスを纏い、
金のかんざしを揺らして王宮の東庭へ現れた。
王子ルイセルは、その夜も他の客人と距離を保ち、
庭の片隅、葡萄棚の陰でひとりグラスを傾けていた。
近衛の若者が気軽に声をかけるも、王子はにこりと微笑むだけで、それ以上は何も差し出さない。
――だからこそ、ミゼは歩み寄った。
⸻
「殿下、葡萄酒はお好きで?」
あえて、横から。
あえて、やや屈んで。
ふわりと甘い香が、王子の肩口をくすぐるように漂った。
ルイセルは、視線を横にずらしただけで返事をしなかった。
だが、ミゼは臆さない。むしろそれが“合図”であるかのように、にっこりと笑った。
「この葡萄は、わたくしの館で熟したものですのよ。
殿下のために、熟れすぎぬよう早摘みして冷やして参りました」
言葉とともに、彼女は一歩、彼の懐に入る。
胸元の開いたドレスが、意図的に揺れる。
「どうぞ、ひとくち。……口移しのほうが、お好みでしたら」
王子の眉が、わずかに動いた。
ミゼはそれを“勝ち”と受け取った。
⸻
だが次の瞬間――
「お心遣いは感謝します、ミゼ夫人。
ですが、葡萄は“木にあるうち”が一番美味です。
摘まれた果実は、香りがすぐに逃げますから」
言葉は丁寧。
だが――それは、皮肉だった。
ミゼの笑みが、一瞬だけ硬くなる。
だが彼女は、すぐに反撃を忘れない。
「まあ……それは少し、お若いご意見かもしれませんわ。
果実は“摘まれて”からこそ、真に熟すのではなくて?」
ふたりの目が、正面から合う。
このとき――
初めて、王子の目が“獣の目”を帯びた。
冷たく、感情が読めない深い瞳。
そして、喉奥に熱を封じ込めているかのような、静かな睨み。
(……この子、逃げているのではない。耐えている)
そう思った瞬間、ミゼの背筋に、ぞくりとした快感が走った。
欲望ではない。
執着でもない。
もっと、奥深い“本能の光”が、王子の内側に宿っていた。
⸻
ふたりのやり取りは、それきり。
王子はグラスを置き、すっと踵を返して立ち去った。
残されたミゼは、薄紅の舌先で、自らの唇をそっと舐める。
「……なかなか。いいわ、ルイセル王子。
あなたの中心にある“火”――
いつか、それを私の指で、炙り出して差し上げる」
その夜、ミゼの香水は、彼女自身が気づかぬほど強く残っていた。
すべては、この接触から始まった。
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