また、桜坂で(完結)

もちもち

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ひとつ分の距離

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放課後の校舎。
窓の外は、冬の陽が傾きかけていて、教室にはオレンジ色の光が射していた。

「……桜崎さん」

速見雄太のその言葉に、真帆は小さく頷いた。

「……帰り、少しだけ歩かない? ゆっくりでいいから」

「……うん」

二人は、下駄箱で靴を履き替えてから、昇降口を出た。
校門の外へ出ると、いつもより静かな住宅街の通学路。
落ち葉がさらさらと風に転がっていく。

どちらからともなく歩き出し、最初の数分は無言だった。

けれど、沈黙は気まずくはなかった。
ただ、心が何かを探していた。

「……最近さ」

雄太が口を開いた。

「俺、よく自分が“変わった”って言われる」

「変わった、って?」

「前は、何でもできる奴って思われてた。でも……実は、いろんなことが分からなかった。人の気持ちとか、恋とか」

彼は少しうつむいて、手をポケットに入れた。

「でも、桜崎さんと話すうちに、ちょっとずつ分かってきたんだ」

「……私も、です」

真帆の声は、風のように小さかった。

「私、最初は速見くんが怖かった。……近づくと、自分が小さく見える気がして」

「そんなこと、ないよ」

「でもね……だんだんと、声をかけてもらえるたびに、少しずつ変われたの。自分にも、何かあるんじゃないかって」

ふたりは立ち止まっていた。
信号もない横断歩道の手前で、道の真ん中で、ただ向かい合っていた。

そして――

「桜崎さん」

「はい……」

「……俺、たぶん、いや、ちゃんと好きなんだ。君のことが」

真帆の目が、ぱちりと瞬いた。

「笑ってるときも、ちょっと緊張してるときも、全部見てきて、気づいた。君の声が、一番好きで、君のとなりが落ち着く」

真帆は口元を押さえて、何かをこらえるように一歩だけ後ずさった。

でも、すぐに前へ――
ほんのひとつ分、ふたりの距離を縮めた。

「……私も、好きです」

冬の夕暮れに、小さな告白の声が落ちた。

「怖かった。でも、ちゃんと好きだって言いたかった。だから……ありがとう、速見くん」

雄太の目が、少し潤んでいた。

彼は、ポケットからハンカチを取り出そうとして――失敗して落とした。

「……不器用だな」

「……うん」

ふたりは顔を見合わせて、ふふっと笑った。

その笑顔には、これまで積み上げてきた時間すべてが滲んでいた。


その後、駅前のベンチで少しだけ並んで座ったふたり。
通り過ぎる人々の中で、彼らの世界だけが、静かに温かく光っていた。

「……なあ、呼んでもいい?」

「え?」

「“真帆”って」

一瞬、真帆の頬が染まり――

「……うん、いいよ。……じゃあ、私も」

「うん?」

「“雄太”って、呼んでみたい……けど、まだちょっと、練習がいるかも」

ふたりはもう一度、笑った。

その笑顔の中に、やっと辿り着いた想いが、そっと宿っていた。


青春の「好き」は、告白よりずっと前から始まっていて、
本当の意味では、これからが本番なのかもしれない。

そんな予感を残して、ふたりの物語は、少しだけ次のページをめくる。
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