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攻略対象・幼馴染編
【番外編・真珠】ルーシーと咲子と『貴志クンを囲む会』 中編
しおりを挟む「高荷さん――」
わたしが彼女にそう呼びかけると、彼女はわたしの唇に人差し指を優しく置いた。
女性なのにドキドキしてしまう。
どうしよう。何故か気恥ずかしい。
唇に触れる彼女の指先が離れていくのが、なぜこんなにも名残惜しく感じるのか。謎だ。
「咲――と。どうぞお呼びください。真珠さん」
わたしは「はい、咲お姉さま」と答えるだけで精一杯だった。
「あの……、咲さん? 理香とはどういったお知り合いなんですか?」
その質問に、高荷さんの動きが止まった。
「理香――彼女は、貴志さんが長年お選びになっていた伴奏者の方。『守り隊』でも一目置いておりますの。
ここ数年の彼女の問題行動も存じておりますが、深い事情もございまして……どちらかと言うと彼女は被害者……、それに根は悪い方ではございません。
実はわたくしも以前はピアノを習っておりましたのよ。今では離れてしまいましたけれど……。彼女はその時からの友人――そう申し上げておきますわ。ピアノをやめてから、彼女との交流はなくなっていたのですが『クラシックの夕べ』に参加する彼女に偶然再会して、折に触れては近況を交換する――そんな友人の一人ですの」
なるほど。理香が言っていた「旧知の仲」というのは、そういうことだったのか。
色々と気になる言葉はあったけれど、理香のいないところでわたしが質問してよい話ではない内容だと判断し、わたしは頷くだけに留める。
しばらくすると、徐々に女性が集まり始めた。
なんと、その中には先ほどの俄かファンの5人もいた。
彼女たちは、咲さんのことを「お姉さま」と呼んで敬っている。
どうやって彼女たちを俄かファンから『守り隊』に取り込んだのだろうか。
咲さんは彼女たちの顎の下に人差し指を添わせる。
「貴志さまにご迷惑をおかけしてはなりませんよ。彼の幸せを願ってこその『守り隊』――分かっていただけますわね」
そう言って魅惑の微笑を彼女たちに向けた。
わたしも彼女たちにつられて「はい、お姉さま」と言いそうになってしまった。
この『守り隊』――貴志の抗い難い魅力に取り憑かれた女性達の手で作られたファンクラブのようだが、間違いなくこの高荷咲子さんの女性を魅了する力があってこそ、トラブルもなく上手く機能しているんだと思われる。
貴志の周りには、どうしてこのような人物が集まってくるのだろうか。
やはり、あやつめの人柄の成せる業なのだろうか。
『守り隊』メンバーの一人が、玄関口から咲さんを呼ぶ。
「咲お姉さま、可愛らしいお客様がもうひと方いらっしゃいましたよ」
入り口には、メンバーのお姉さまと共に晴夏が立っていた。
「あら、お姫さまを守る王子さまがもうおひと方増えたのね。どうぞ、さあ、お入りになって」
咲さんは、にこやかに晴夏を招き入れる。
彼はわたしを目にすると「シィ、ひとりで行動しては駄目だ」と注意する。
わたしは晴夏に謝り、心配して追いかけてきてくれた彼に感謝の言葉を伝えた。
そして、わたしが咲さんの部屋にいることは、フロントスタッフが皆に伝えてくれている筈だということも申し添えた。
本日参加予定の『守り隊』メンバー総勢33名が集まり、お茶会が開始となった。今年、訪れることのできなかったメンバーもかなりいるらしく、相当な人数がいることが分かった。
貴志、お前本当にすごいな、と感心しきりだ。
ルームサービスで届けられた数種類のケーキとお茶を味わう華やかな時間だ。
わたしは咲さんが抱き上げてくれたので、そのまま彼女の膝の上に座り、晴夏はその隣に落ち着いた。
晴夏は何故か、とても咲さんのことを気にしている。
彼女を見ては首を傾げ、何事かを思案しているようだ。
そういえば、晴夏は理香のことを何故か知っていたので、彼女のような可愛らしい女性がタイプなのかと思っていたが、実は本当にただ単に年上の女性を好んでいるだけなのかもしれない。
この年齢で年上好きというのは、非常に奥深いなと改めて思った。
咲さんがわたしの口にケーキを運び、食べさせてくれる。
美味しい。
そしてわたしもそのお礼に食べさせてあげたりもする。
女同士なので、こういった遣り取りができるのが楽しい。
ケーキに舌鼓を打っていると、玄関のベルが鳴った。
メンバーの方が玄関に向かい、ドアを開けた瞬間「た……貴志さま!?」という黄色い声が届いた。
貴志の「真珠がこちらに伺っていると聞いた。失礼する」という低い声が響くと共に、足早に彼が室内に入ってくる様子が伝わった。
『守り隊』メンバーが、「貴志さまだわ」「貴志さま!」「本物だわ」と口々に言っている。
わたしは咲さんの膝の上に乗り、密着しながらケーキの食べさせあいっこをしている最中だった。
貴志がその様子をみて、目を丸くして息を呑む。
一瞬彼と目が合ったのだが、わたしはまたすぐに逸してしまった。
咲さんが「ご無沙汰しております。貴志さま。どうぞこちらにいらしてくださいな」と言って、自分の隣の席をすすめる。
貴志と咲さんが並ぶと、これまた美男美女で見栄えがする。
紅子と並ぶのとはまた違った美しさだ。
「咲……、お前はいつまでこんなことをしているんだ」
貴志が苦い表情だ。
「そうですわね。そろそろお役御免をさせていただく時期になって参りましたわ。近いうち、わたしくは『守り隊』から一線を引くことになりましてよ――貴志さまに、心からの笑顔が戻りましたもの。それを契機に……そろそろ幕引きかとは存じております。そんなに心配なさらなくても『咲子』は消えますので、ご安心くださいませ。わたくしの自由になる時間も、そろそろ……終わりになりそうなので……」
そう言ってから、おほほ、と咲さんは笑う。
貴志の隣でも対等に渡り合える、美貌の佳人――わたしは彼女の一挙手一投足にうっとり見惚れている。
どうしたら、こんなに素敵な「淑女の中の淑女」という仕草ができるのだろう。
わたしも将来、こんな女性になりたいものだと思っていると、咲さんがわたしの唇に人差し指をそっと滑らせ、口元へケーキを運んでくれた。
わたしはそれをパクッと食べる。
「真珠さん、次はわたくしの番ですわよ」
咲さんは、食べさせあいっこの順番について促す。
「はい、咲お姉さま。あーんとお口をあけてくださいませ」
わたしは、フォークを持って咲さんに食べさせてあげる。
「とっても美味しゅうございますね。あら? 真珠さん、こちらにクリームがついていらっしゃいますよ」
咲さんが、わたしの唇に残ったクリームを指ですくい、そのまま食べてしまった。
それを隣で見ていた貴志がヒュッと息を吸い込み、茫然自失の態で固まってしまった。
ああ! そうだ、貴志も子供を餌付けするのが趣味だった。
食べさせたくなっているのかもしれない。
でも、すまん貴志よ。
いくら食い意地の張っているわたしでも、同時に二人から食べさせてもらうのは難しい。
また後で貴志の趣味にも付き合うから、今は許せ。
貴志に大変申し訳ないと思いつつ、咲お姉さまから次のケーキの餌付けを受ける。
先ほどまで「貴志の顔が見れない」と騒いでいた脳内も、今は少し落ち着いている。
自分の湧いていた頭の中が、今だけでも鎮静化していることにホッとする。
咲さんには、感謝しなくてはいけない。
彼女のおかげで、貴志の目を見ても逸らさずに済むのだ。
これならば、彼に嫌われることはない――と思いたい。
そう思うと、ホッとした。
するとまた玄関のベルが鳴った。
今度は、理香と兄だった。
理香が本館フロントでわたしの居場所を確認したのだが、咲さんの部屋をその場では教えてもらえなかったようだ。
そこで、彼女は急遽貴志に連絡をとり、慌ててやって来た彼がフロントで咲さんの部屋を確認し、そのまま部屋に直行。
理香は紅子に連絡を入れ、穂高兄さまはガゼヴォを確認したその足で本館に来たようだ。兄は『星川』にわたしを確認しに来たが見つからず、一旦紅子の元へ戻ろうとしたところ、隣室『天ノ原』の前に立つ理香を見つけ、こちらの部屋のベルを鳴らしたとのこと。
「咲ちゃん、この前の―――春の公演以来ね。今日は色々とありがとう」
理香が咲さんに、個人的な挨拶と共に、今朝のことを含めてお礼を告げる。
「理香さん、いいえ。お礼をいただくには、およびませんわ」
咲さんは、そう言ってから、おほほと笑う。
科をつくる様が本当に美しい。
「にぎやかになりましたこと。今日の日は、わたくしの――高荷咲子の、よき思い出となりそうです」
咲さんはそう言って、 楚々と咲く野の花のような笑みを――その花の顔に浮かべた。
わたしが開催せねばと思っていた『貴志クンを囲む会』は、咲さんのおかげでトラブルも起こらず和やかに過ぎていく。
貴志も皆さんとの会話にぎこちなくも応じている。
結果としては、自分のファンだという女性との交流をそつなくこなせていたのではないかと思われる。
わたしは咲さんの膝の上で、彼女と内緒話をするような近さで会話に興じていると、時々貴志から心配そうな視線が送られてきた。
貴志よ。
大丈夫だ。
彼女に対して君に働いたような精神的な青年虐待のような真似は絶対しないぞ――そんな思いを眼差しに込めて、安心したまえ! と自信に満ちた顔でコクリと頷いて見せる。
貴志は、違うそうじゃない、とでも言うような非常にもどかしそうな表情を返してくる。一体どうしたのだろうか。
兄と晴夏は、二人の世界で何かを話し合っているようだ。
仲良しになっていることに驚いたが、兄は紅子のところに入り浸りでレッスンをうけているので、自然と仲良くなったのだろう。
晴夏の満面の笑みを初めて見る相手は、実は穂高兄さまなのではないか? と思ったりもする。
お兄さまがちょっと羨ましい。
最後に、メンバーのお姉さま方と一緒に貴志を囲み、集合写真の撮影もできた。
『守り隊』一同はその集合写真を「家宝だ!」と言って感激に浸り、咲お姉さまには感謝の抱擁をしていた。
わたしもそこに加わってもいいでしょうか。
咲お姉さま。
心底そう思った。
応援ありがとうございます!
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