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攻略対象・幼馴染編
【幕間・鷹司晴夏】僕の失態・穂高の激昂・貴志の溜め息
しおりを挟む「ねえ、貴志さん。僕たちこんな格好で何をしているんでしょうね」
穂高が遠い目をしている。
こんな格好――
貴志さんは、高級感のある黒のスーツに光沢のあるグレーのジレ。ワインレッドのシルクタイという華やかな佇まいで、先ほどから人目を惹いている。
穂高は、貴志さんと同じく艶のあるグレーのベストに白のシャツ。バーガンディのシルクタイを締め、センタープレスのきいた黒のハーフパンツという出で立ちで、おとぎ話から出てきた王子さまの様相だ。
かくいう僕は、ワインレッドのシャツに、グレーのハーフパンツ。オフホワイトのサマーニットのベストを着用。
現在、三人で『天球』チャペル近くの庭園を歩いているのだが、散策中の宿泊客からの視線を感じて、とても恥ずかしい。
お盆週間のメインイベントである『クラシックの夕べ』だが、音楽鑑賞をしていない宿泊客や観光客も多数、敷地内にいる。
チェックイン時に全員に案内しているようだが、音楽に興味のない人も世の中にはいる。よって、そのコンサートが開催されていることさえ認識外の人もいるのだと思う。
だから、なぜこんなに着飾った大人と子供二人の三人連れが庭園を歩いているのか、甚だ疑問なのだろう。しかも、色も統一されていて、目立つことこの上ない。
先ほどから、すれ違う人達は、振り返って二度見したり、目を擦って再度確認されたりしている。見世物のように何故か写真も撮られて、とても本当に肩身が狭い。
僕たち三人は、真珠を見失ってしまったのだ。それも、僕の大失態によって。
そして今、歩きながら次の手を考えている最中だ。
…
真珠が僕の手からスルリと抜け出て、逃走したのは二十分ほど前のこと。
僕たち男三人は、誰が一番最初に彼女を捕まえるのか、競争することになった。
最初の頃は三人共だいぶ健闘を見せ、捕獲できそうなところまで行ったのだが、真珠がチョコマカと動き、なかなか捕まらない。
彼女は、足の速さや体力では僕たちにかなわないことを見越して、隠れたり、フェイントをかけてきたりして、上手に逃げるのだ。
彼女本人が言っていたように、逃げるのは本当に得意らしい。
命がけの逃亡劇のように見えて、三人共唖然とするほどだった。
しかも、彼女を追いかける時点で、恥ずかしいことに僕が感極まって泣いてしまったのだ。
――そう、色付いた僕の世界の美しさに感動して。
最初の頃は、それでも泣くまいと必死に我慢していたのだが、気がつくと嗚咽がもれ、遂には号泣していた。
最初に僕が泣いているのを発見して慌てたのが穂高。
そして、穂高が僕を宥めていることに気づき「何事か!?」と慌てて駆け寄ってきたのが貴志さんだった。
自分がこんなに感情を表せるなんて、正直かなり衝撃だった。
泣いた張本人である僕がビックリしているのだ。
周りの驚きは如何ばかりかと思う。
そして、僕の生まれて初めての号泣という大失態によって、僕たち三人は真珠を見失ってしまったのだ。
「僕のせいで、申し訳ありません」
肩を落として謝った。
「いや、大丈夫だ。それよりも真珠にそんなに酷いことをされたのか? それで泣いていたんだな。こんな子供を弄んで、あの阿呆が」
貴志さんは鬼気迫る口調で僕に確かめるが、最後は真珠への愚痴に変わっていた。
思わず苦笑いが洩れてしまう。
真珠にされたこと――思い出すと顔がまた赤くなる。
されたことと言えば、鎖骨のくぼみをクイッと押されただけなのだが、あのくすぐったい感覚が思い出されて何故か気恥ずかしい。ただ、それだけだ。
「晴夏くん、真珠に何をされたの? さっき首を押さえていたけど、そこに……」
穂高も心配そうにしている。
「あれほど人前ではするなと言ったのに、まさかお前も首筋にキスされたとかじゃないだろうな」
貴志さんは真珠に対して、怒り心頭のようだ。
「え? あれほど? お前も? ちょっと貴志さん、それってどういうことなんですか!? 首筋にキスって――貴志さんもされたってことですか!?」
穂高はハッと息を呑み「そうだ! 首、所有印?」と言い出して、ポケットからスマートフォンを取り出すと、ものすごい勢いで何かを検索し始めた。
検索結果を目にした穂高が目を剥いた。
「紅子さんが言っていた、所有印って――まさかキスマークのこと? え? ちょっと、どういうことですか? 貴志さん???」
もう、この場は混沌と化している。
キスマーク?
僕は何のことか分からずに、穂高を見つめる。
僕の視線を感じた穂高は、一瞬しまったという表情を洩らし、言葉を選びながら話してくれた。
曰く――真珠の首筋に貴志さんが印を作った、と僕の母が言っていたのを耳にしたらしい。
僕も真珠の首の痕は知っている。それを作った張本人が貴志さんだということも――昼寝の時、真珠本人も貴志さんとの会話のなかで語っていた。
「印――真珠のここに、あった」
ここ――と言って、僕が先ほど真珠に押された場所を指差す。
貴志さんはスーッと僕たちから目を逸らし「色々と大人の事情があったんだ。かなり反省をしている」と言う。
その時のことでも思い出しているのだろうか、かなり動揺しているようだ。
彼自身でもよく分からない、何か特殊な事情があったのかもしれない。
「貴志さん、僕電話で言いましたよね? 『紅葉』に泊まるってお祖母さまから聞いた後、何度も電話をかけて、念押ししましたよね? 『手を出すな』『傷者にしたら許さない』って。あなたが呆れるほど、口煩く。ちゃんと聞いていたんですか!? まさかっ 既に……手籠めに!?」
穂高は、半狂乱気味で涙目になっている。
「ちょっと待て! そんな物騒なことはしていない! お前は本当に、どこでそんな情報を手に入れるんだ!? もっと子供らしいことを話せ」
貴志さんも反撃開始したが、穂高がすぐに対抗する。
「そんなの調べれば、すぐに分かりますよ。生命に課せられた目的からの行動原理なんですから、崇高な使命ゆえのことでしょう? でも、まだ真珠には早すぎます」
貴志さんは頭を抱えている。
「頭が痛い……穂高と話をしていると、まるであの阿呆と話をしているような気分になる。似た者兄妹か」
僕は、彼らの話の半分すら理解できていない。
一体なんの話をしているのだろう。
きっと僕も彼らと対等に話をするためには、色々なことを自主的に学んでいく必要がありそうだ。
穂高はすごい。漢字も既に使いこなしているし、練習の休憩時間には、僕の知らない言語で書かれた文章を読んでいることもあるのだ。
「僕は、貴志さんになら……、あなたになら真珠を預けられるかもしれないと、そう思っていたんですよっ ……昨日までは」
穂高の身体が震えている。これは怒りからの震えなのか、はたまた全く別の感情からのものなのか、僕には分からない。
「預けるとか預けないとか、お前は一体何を言っているんだ?」
貴志さんは、溜め息をついている。
穂高は激昂しながら続ける。
「僕は、あなたのことだけは認めていたんですよ!? でも、突然、他の女性の存在が現れるし、真珠はそのことで泣きそうになっていたと聞くしで、正直どうして良いか答えが出せないんですよ! 自分の気持ちも分からなくなるし、紅子さんはその女を警戒していて……っ 僕は、僕は……気づいたら晴夏くんを脅すような真似もしていたし。未だかつてない混乱の極みにいるんです!」
穂高は目に涙を貯めている。常に落ち着いた物腰の彼が、こんなに取り乱すなんて本当に珍しい。
貴志さんは「晴夏の次はお前が泣くのか。子供の感情の振り幅が恐ろしい」と真顔で呟いている。
貴志さんは瞼を閉じて、右手の親指と人差し指で目頭をつまむ。
「穂高、とりあえず落ち着け。色々な情報が混ざりすぎて意味不明だ。一度深呼吸しろ」
彼の言葉を受けて、穂高が何度か深呼吸を繰り返している。
その間に、貴志さんが語りだす。
「似たもの兄妹だな、お前と真珠は。もっと周りを見ろ。紅と俺の話を聞いていたんだろう。西園寺のことはその通りだ。その話を理解していたということに驚くばかりだが――けどな、それで真珠が泣くか? あいつの俺への評価は大概だぞ。こっちが落ち込むほどにな。それと、紅が何故ここまで西園寺のことを警戒しているのかは正直わからない。あと、聞き捨てならないのは『晴夏を脅した』っていう部分だ。お前は一体何をやっているんだ?」
「僕はただ、真珠を守りたいだけ! それには晴夏くんの協力も必要だと思った。だから、気づいた時には……脅していた……君を」
最後の科白で、穂高の視線が僕をとらえた。
僕は頭を左右に振った。脅されたからじゃない。
「僕も、シィを守りたいと思ったから。別に脅されたとは思っていない」
貴志さんは、僕と穂高の二人のやり取りをじっと見ている。
「それぞれに納得しているなら、俺から言うことは何もないが――あまり暴走するな。手が付けられない人間は、一人いれば充分だ。誰かは言わなくても……分かるな?」
僕と穂高は同時に目を合わせ、貴志さんの方を向いて頷く。
間違いなく真珠だ。周りを振り回して翻弄するが、本人はまったく気づいていない。
彼女以外に誰がいるというのか。
「とりあえず、その話はここまでだ。いまは真珠を捕獲するのが先だ」
穂高が頷く。
僕も「わかりました」と伝える。
貴志さんが僕たちを見下ろす。
「ひとまず本館のモニタールームだ。行くぞ」
そう言って、貴志さんは本館『天球』へと足早に向かう。
僕と穂高も、彼の後をついていく。
貴志さんはその移動中、あちこちに電話をかけていた。
穂高と僕が「何をしているんですか?」と訊る。
貴志さんは、僕たちがドキッとするほど凄みのある笑顔でニッと笑う。
「真珠をおびき寄せる『餌』の準備だ。『真珠、捕獲作戦』決行だ」
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