3 / 11
一層の夜
しおりを挟む
一層の時間は、現実の昼夜とは無関係に進んでいた。
天井の白い光は一定の明るさを保ったまま、和真が階段を上ってから、すでに何時間も経っているはずだった。それでも、この箱庭の空気は重さを増し続け、人々の顔からはじわじわと生気が剥がれ落ちていく。
中央の台座では、五人の男が完全に主導権を握っていた。
台座の上には透明な壺、その中の水。そして白くて味気なさそうなパンの山。男たちはそれを囲むように陣取り、あたかも自分たちの私物であるかのように腕を組む。近づこうとする者がいれば、視線だけで追い払った。
「欲しいなら、対価を払えよ」
リーダー格の大柄な男が、病院着姿の老人を見下ろす。首と腕には粗い刺青が走り、目つきは獲物を品定めする肉食獣そのものだった。
老人は震える膝を両手で押さえ、か細い声で搾り出す。
「少しだけでいいんだ…水を、ほんの少し……」
「だからよ。何ができるか聞いてんだ」
男はゆっくりとしゃがみ込み、老人と視線を合わせた。笑っているが、その目は笑っていない。
「先に進んで、餌を持って帰れるのか? あの階段の向こうでモンスター倒して、ここまで運んで来れるって言うなら——」
老人のこめかみに汗がにじむ。口を開きかけて、何も言えず、そのまま首を横に振った。
次の瞬間、男の手が老人の胸倉をつかむ。
「だったら、タダで水よこせって話じゃねぇよな?」
ドン、と鈍い音が響いた。老人の体が床を転がり、薄いマットに背中を打ちつける。
「うあっ……!」
辛うじて上体は起こせても、足が言うことをきかない。老人は床に手をつき、必死に擦り寄ろうとするが、男たちは鼻で笑いながらパンの山を背にした。
周囲で見ている者たちは誰も止めない。止められない。
視線をそらす者。
眉をひそめながら黙り込む者。
「関わりたくない」とでも言いたげに距離を取る者。
暴力は、一度目より二度目のほうが見やすくなる。三度、四度と繰り返されるうちに、それは「ここでは当たり前のこと」へと形を変えていく。
やがて老人は、台座から少し離れたマットの上に押しやられた。水もパンも手に入らないまま、浅い呼吸を繰り返している。
その様子を、ドームの隅からじっと見ている女がいた。
黒川比奈——看護師。
肩のあたりで切り揃えられた黒髪のショートカット。中性的な印象を与える輪郭と、柔らかな黒目の瞳。整った顔立ちだ。シンプルなブラウスにパンツという出で立ち。まだ二十代前半ほどに見えるが、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。
片腕には、小さな少女がしがみついていた。
少女の頬は涙で濡れ、肩は小刻みに震えている。幼い顔立ちからすると、小学校に上がるかどうかの年齢だろう。名前も事情も知らない。ただ、家族と離ればなれにされ、この地獄に放り込まれた、という点だけは自分と同じだ。
「……見ないほうがいいよ」
比奈はそう囁き、少女の頭を自分の胸元に押し当てた。もう片方の手で、ゆっくりと背中を撫でる。
いつも病棟でしていた動きが、ほとんど反射で出る。震える肩に合わせて呼吸を整え、声のトーンを低く、一定に保つ。
「大丈夫。今日はここで一緒にいよう」
自分で言いながら、「何が大丈夫なのか」分からなかった。それでも、何も言わないよりはましだと思った。
「……お腹、すいた」
少女が掠れた声で呟く。
比奈も同じだった。胃がきゅっと縮むような空腹感がある。けれど、中央の台座を見るだけで、喉の奥が冷たくなる。
「あそこには、今は近づかないほうがいい」
パンと水の山の周りには、刺青の男たちが陣取っている。彼らの視線の先に“女”の姿があるたび、空気が露骨に粘つくのが分かる。
(最低。……でも、こうなるよね)
病院で何度も見てきた。
余裕がなくなった人間は、平気で誰かから奪う。家族のために、恋人のために、あるいは自分だけのために。綺麗事を剥いでしまえば、人間は皆そんなものだ。
ただ——分かっていても、慣れることはない。
比奈は少女を抱き寄せたまま、台座から視線を逸らす。
そのとき、背後から乾いた笑い声が響いた。
「よぉ、ここにいたのか」
振り向くと、パンを独占しているグループの一人が立っていた。さっき老人を突き飛ばしたリーダーではないが、同じ種類の目をしている。獲物を値踏みする目。
男は片手に水の入ったコップを持ち、喉を鳴らして飲み干した。それから、比奈と少女を見下ろす。
「そんな端っこで縮こまってないでさ。こっち来いよ。飯ぐらい分けてやる」
一瞬、比奈の心臓が跳ねた。
喉が鳴りそうになる。唾を飲み込む音を聞かれないよう、意識して呼吸を整える。
「……ありがとうございます。でも、ここで大丈夫です」
できるだけ丁寧に、距離を保つ言い方を選ぶ。
男は肩をすくめ、愉快そうに笑った。
男の視線が、ゆっくりと比奈の顔から胸元、腰のラインへと滑っていく。少女の存在には、最初から興味を示していない。
「そっか。だったらさ——」
男は、わざとらしく声を落とした。
「大人同士で、色々と“助け合い”ってのもありだろ?」
最後の一言に、周囲の何人かがわずかにざわつく。だが誰も口を挟まない。
比奈は奥歯を噛みしめ、視線を床へ落とした。
少女の肩が、自分の腕の中で強くこわばる。
「……お気持ちだけで十分です。私、ここで妹と一緒にいますから」
嘘だった。
本当は血のつながりなんてない。でも、「妹」という単語を口にした瞬間、比奈の中で少女との距離が一段近づいた気がした。
男は露骨に不機嫌そうな顔をする。
「あとで泣いて頼んでも、知らねぇからな」
吐き捨てるようにそう言うと、空になったコップを指で弄びながら男は背を向けた。その背中からは、怒りとも興奮ともつかない熱が立ちのぼっているように見える。
比奈はしばらく動けなかった。
足元が、じわじわと冷えていく。
太ももが震え、膝が力を失いかける。
震えだしたのが自分か、少女か分からない。
それでも腕だけは力を込め、少女を抱き寄せる。
「……ごめんね。怖かったよね」
少女は何も言わない。
ただ、さらに強く比奈の服を掴んだ。
その少し離れた場所では、別の種類の人間が動いていた。
大学生のようなラフな格好。パーカーにジーンズ。髪は無造作に伸び、黒縁の眼鏡の奥の瞳は、妙に澄んでいる。
彼は食料にも興味を示さず、周囲の人間模様を観察するように、静かな目で一層を見渡していた。
そのすべてを、どこか別世界の出来事のように眺めている。一瞬、彼の口元にごく薄い微笑が浮かんだ。それは共感でも同情でもない、温度のない笑みだった。
「ここにいても、退屈なだけだな。」
誰に聞かせるでもなく、男はそう呟き、迷いのない足取りで階段を上り始める。
周囲は彼にほとんど注意を払わない。ただ一人、暴力グループのリーダー格の男が、少しだけ興味深そうに彼の背中を目で追った。
大学生風の男は、そのまま一度も振り返らず、二層へと消えていった。
彼が後に、ある男の前に立ちはだかることになるとは、このとき誰も知らない。
黒川比奈は、そんな一層全体の動きを、隅から黙って見つめていた。
時間が経つにつれて、一層の中での力関係ははっきりしていった。
中央の台座を中心に、暴力グループが縄張りを広げる。
その外側に、彼らからパンと水を分け与えられることで、かろうじて立場を保つ者たち。
さらに外側に、何も持たずにただ縮こまる者たち。
比奈と少女も、その「外側」の一角にいた。
少しずつ、天井の光が弱まっていく。
昼夜の概念などないはずなのに、人々はその変化を「夜」と呼ぶようになった。
暗闇は、人の心を簡単に折る。
光が弱まるにつれ、台座の周辺では笑い声が増えた。パンと水を自分たちの寝床近くに移し、酒を飲むような調子でそれを口にする男たち。
一方で、壁際には女たちが押しやられている。
そのうちの一人は、昼間から何度も涙を拭っていた女だった。暴力グループの男の一人が、その腕を乱暴に引き寄せる。
抵抗する声と、笑い声と、見ないふりをする沈黙が、同じ空間の中で混ざり合う。
「……っ」
比奈は少女の耳を塞いだ。
指先が震えている。
自分だって怖い。吐き気がする。叫びたい。
本当なら、あの女のもとへ走っていって、「やめてください」と叫びたい。
けれど——。
(ここで私が行っても、あの人も、私も、この子も、誰も助からない)
頭ではそう理解している。
看護師として、何度も「無力」を思い知らされてきた。
それでも、自分が今この瞬間に何もしていないという事実が、胸をずたずたに引き裂く。
「……大丈夫」
もはや癖のように、その言葉が口から漏れた。
何が大丈夫なのか分からない。
けれど、言葉にしなければ気持ちが折れてしまいそうだった。
少女は目をぎゅっと閉じ、比奈の胸に顔を押し付ける。小さな体温が、比奈の心を辛うじて現実に繋ぎ止めていた。
ふと、比奈は天井を見上げる。
透明なドームの向こう側で、誰かがこの光景を見下ろしている気がした。銀髪の男。金色の瞳。自分たちの恐怖と醜さを、ただ眺めて笑っている「神」。
(……見てなよ。あんたがどんな顔して笑ってるのか、最後まで見届けてやる)
心の中でだけ、小さく毒づく。
同じ頃——。
二層の闇の中では、一人の男が、死ぬ痛みをその身に刻みつけながら前へ進んでいた。
そして、先ほど階段を上っていった大学生風の男が、別の形でこの世界を歪めていく。
一層の夜は、まだ始まったばかりだった。
人間の弱さと醜さが、ここからさらに濃く溶け出していくことを、誰も止めることはできない。
天井の白い光は一定の明るさを保ったまま、和真が階段を上ってから、すでに何時間も経っているはずだった。それでも、この箱庭の空気は重さを増し続け、人々の顔からはじわじわと生気が剥がれ落ちていく。
中央の台座では、五人の男が完全に主導権を握っていた。
台座の上には透明な壺、その中の水。そして白くて味気なさそうなパンの山。男たちはそれを囲むように陣取り、あたかも自分たちの私物であるかのように腕を組む。近づこうとする者がいれば、視線だけで追い払った。
「欲しいなら、対価を払えよ」
リーダー格の大柄な男が、病院着姿の老人を見下ろす。首と腕には粗い刺青が走り、目つきは獲物を品定めする肉食獣そのものだった。
老人は震える膝を両手で押さえ、か細い声で搾り出す。
「少しだけでいいんだ…水を、ほんの少し……」
「だからよ。何ができるか聞いてんだ」
男はゆっくりとしゃがみ込み、老人と視線を合わせた。笑っているが、その目は笑っていない。
「先に進んで、餌を持って帰れるのか? あの階段の向こうでモンスター倒して、ここまで運んで来れるって言うなら——」
老人のこめかみに汗がにじむ。口を開きかけて、何も言えず、そのまま首を横に振った。
次の瞬間、男の手が老人の胸倉をつかむ。
「だったら、タダで水よこせって話じゃねぇよな?」
ドン、と鈍い音が響いた。老人の体が床を転がり、薄いマットに背中を打ちつける。
「うあっ……!」
辛うじて上体は起こせても、足が言うことをきかない。老人は床に手をつき、必死に擦り寄ろうとするが、男たちは鼻で笑いながらパンの山を背にした。
周囲で見ている者たちは誰も止めない。止められない。
視線をそらす者。
眉をひそめながら黙り込む者。
「関わりたくない」とでも言いたげに距離を取る者。
暴力は、一度目より二度目のほうが見やすくなる。三度、四度と繰り返されるうちに、それは「ここでは当たり前のこと」へと形を変えていく。
やがて老人は、台座から少し離れたマットの上に押しやられた。水もパンも手に入らないまま、浅い呼吸を繰り返している。
その様子を、ドームの隅からじっと見ている女がいた。
黒川比奈——看護師。
肩のあたりで切り揃えられた黒髪のショートカット。中性的な印象を与える輪郭と、柔らかな黒目の瞳。整った顔立ちだ。シンプルなブラウスにパンツという出で立ち。まだ二十代前半ほどに見えるが、どこか落ち着いた雰囲気を纏っている。
片腕には、小さな少女がしがみついていた。
少女の頬は涙で濡れ、肩は小刻みに震えている。幼い顔立ちからすると、小学校に上がるかどうかの年齢だろう。名前も事情も知らない。ただ、家族と離ればなれにされ、この地獄に放り込まれた、という点だけは自分と同じだ。
「……見ないほうがいいよ」
比奈はそう囁き、少女の頭を自分の胸元に押し当てた。もう片方の手で、ゆっくりと背中を撫でる。
いつも病棟でしていた動きが、ほとんど反射で出る。震える肩に合わせて呼吸を整え、声のトーンを低く、一定に保つ。
「大丈夫。今日はここで一緒にいよう」
自分で言いながら、「何が大丈夫なのか」分からなかった。それでも、何も言わないよりはましだと思った。
「……お腹、すいた」
少女が掠れた声で呟く。
比奈も同じだった。胃がきゅっと縮むような空腹感がある。けれど、中央の台座を見るだけで、喉の奥が冷たくなる。
「あそこには、今は近づかないほうがいい」
パンと水の山の周りには、刺青の男たちが陣取っている。彼らの視線の先に“女”の姿があるたび、空気が露骨に粘つくのが分かる。
(最低。……でも、こうなるよね)
病院で何度も見てきた。
余裕がなくなった人間は、平気で誰かから奪う。家族のために、恋人のために、あるいは自分だけのために。綺麗事を剥いでしまえば、人間は皆そんなものだ。
ただ——分かっていても、慣れることはない。
比奈は少女を抱き寄せたまま、台座から視線を逸らす。
そのとき、背後から乾いた笑い声が響いた。
「よぉ、ここにいたのか」
振り向くと、パンを独占しているグループの一人が立っていた。さっき老人を突き飛ばしたリーダーではないが、同じ種類の目をしている。獲物を値踏みする目。
男は片手に水の入ったコップを持ち、喉を鳴らして飲み干した。それから、比奈と少女を見下ろす。
「そんな端っこで縮こまってないでさ。こっち来いよ。飯ぐらい分けてやる」
一瞬、比奈の心臓が跳ねた。
喉が鳴りそうになる。唾を飲み込む音を聞かれないよう、意識して呼吸を整える。
「……ありがとうございます。でも、ここで大丈夫です」
できるだけ丁寧に、距離を保つ言い方を選ぶ。
男は肩をすくめ、愉快そうに笑った。
男の視線が、ゆっくりと比奈の顔から胸元、腰のラインへと滑っていく。少女の存在には、最初から興味を示していない。
「そっか。だったらさ——」
男は、わざとらしく声を落とした。
「大人同士で、色々と“助け合い”ってのもありだろ?」
最後の一言に、周囲の何人かがわずかにざわつく。だが誰も口を挟まない。
比奈は奥歯を噛みしめ、視線を床へ落とした。
少女の肩が、自分の腕の中で強くこわばる。
「……お気持ちだけで十分です。私、ここで妹と一緒にいますから」
嘘だった。
本当は血のつながりなんてない。でも、「妹」という単語を口にした瞬間、比奈の中で少女との距離が一段近づいた気がした。
男は露骨に不機嫌そうな顔をする。
「あとで泣いて頼んでも、知らねぇからな」
吐き捨てるようにそう言うと、空になったコップを指で弄びながら男は背を向けた。その背中からは、怒りとも興奮ともつかない熱が立ちのぼっているように見える。
比奈はしばらく動けなかった。
足元が、じわじわと冷えていく。
太ももが震え、膝が力を失いかける。
震えだしたのが自分か、少女か分からない。
それでも腕だけは力を込め、少女を抱き寄せる。
「……ごめんね。怖かったよね」
少女は何も言わない。
ただ、さらに強く比奈の服を掴んだ。
その少し離れた場所では、別の種類の人間が動いていた。
大学生のようなラフな格好。パーカーにジーンズ。髪は無造作に伸び、黒縁の眼鏡の奥の瞳は、妙に澄んでいる。
彼は食料にも興味を示さず、周囲の人間模様を観察するように、静かな目で一層を見渡していた。
そのすべてを、どこか別世界の出来事のように眺めている。一瞬、彼の口元にごく薄い微笑が浮かんだ。それは共感でも同情でもない、温度のない笑みだった。
「ここにいても、退屈なだけだな。」
誰に聞かせるでもなく、男はそう呟き、迷いのない足取りで階段を上り始める。
周囲は彼にほとんど注意を払わない。ただ一人、暴力グループのリーダー格の男が、少しだけ興味深そうに彼の背中を目で追った。
大学生風の男は、そのまま一度も振り返らず、二層へと消えていった。
彼が後に、ある男の前に立ちはだかることになるとは、このとき誰も知らない。
黒川比奈は、そんな一層全体の動きを、隅から黙って見つめていた。
時間が経つにつれて、一層の中での力関係ははっきりしていった。
中央の台座を中心に、暴力グループが縄張りを広げる。
その外側に、彼らからパンと水を分け与えられることで、かろうじて立場を保つ者たち。
さらに外側に、何も持たずにただ縮こまる者たち。
比奈と少女も、その「外側」の一角にいた。
少しずつ、天井の光が弱まっていく。
昼夜の概念などないはずなのに、人々はその変化を「夜」と呼ぶようになった。
暗闇は、人の心を簡単に折る。
光が弱まるにつれ、台座の周辺では笑い声が増えた。パンと水を自分たちの寝床近くに移し、酒を飲むような調子でそれを口にする男たち。
一方で、壁際には女たちが押しやられている。
そのうちの一人は、昼間から何度も涙を拭っていた女だった。暴力グループの男の一人が、その腕を乱暴に引き寄せる。
抵抗する声と、笑い声と、見ないふりをする沈黙が、同じ空間の中で混ざり合う。
「……っ」
比奈は少女の耳を塞いだ。
指先が震えている。
自分だって怖い。吐き気がする。叫びたい。
本当なら、あの女のもとへ走っていって、「やめてください」と叫びたい。
けれど——。
(ここで私が行っても、あの人も、私も、この子も、誰も助からない)
頭ではそう理解している。
看護師として、何度も「無力」を思い知らされてきた。
それでも、自分が今この瞬間に何もしていないという事実が、胸をずたずたに引き裂く。
「……大丈夫」
もはや癖のように、その言葉が口から漏れた。
何が大丈夫なのか分からない。
けれど、言葉にしなければ気持ちが折れてしまいそうだった。
少女は目をぎゅっと閉じ、比奈の胸に顔を押し付ける。小さな体温が、比奈の心を辛うじて現実に繋ぎ止めていた。
ふと、比奈は天井を見上げる。
透明なドームの向こう側で、誰かがこの光景を見下ろしている気がした。銀髪の男。金色の瞳。自分たちの恐怖と醜さを、ただ眺めて笑っている「神」。
(……見てなよ。あんたがどんな顔して笑ってるのか、最後まで見届けてやる)
心の中でだけ、小さく毒づく。
同じ頃——。
二層の闇の中では、一人の男が、死ぬ痛みをその身に刻みつけながら前へ進んでいた。
そして、先ほど階段を上っていった大学生風の男が、別の形でこの世界を歪めていく。
一層の夜は、まだ始まったばかりだった。
人間の弱さと醜さが、ここからさらに濃く溶け出していくことを、誰も止めることはできない。
10
あなたにおすすめの小説
【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜
KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。
~あらすじ~
世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。
そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。
しかし、その恩恵は平等ではなかった。
富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。
そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。
彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。
あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。
妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。
希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。
英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。
彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。
テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。
SF味が増してくるのは結構先の予定です。
スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。
良かったら読んでください!
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる