死に戻りの箱庭ダンジョンで、亡き家族を取り戻すため俺は何度でも死ぬ ──絶望から始まる再生の物語──

タイハクオウム

文字の大きさ
4 / 11

最初の痛み

しおりを挟む

 二層へ足を踏み入れた瞬間、世界は闇に沈んだ。一層のあの無機質な白光は一切届かず、前方はただ黒く濁ったような空洞が広がっている。

 だが、不思議と何も見えないわけではない。灯りがあるわけでもないのに、自分の周囲だけ淡い灰色に浮かび上がっている。まるで視界が、闇を限定的に押しのけているようだった。

 洞窟の壁は褐色に濁り、湿った土のにおいが空気を満たしている。浅く息を吸っただけで喉がひりつくほどの濃密さだ。

 さらに奥から、何かがゆっくりと地をなぞるような音が響いている。乾いているようで湿っている、その中途半端な気配が、かえって背筋を冷やした。

 足元には大小様々な石が散らばっていた。いずれも角が丸い、踏みしめれば砕けそうなものばかりだ。その中でひとつだけ、小さく鋭い棘のような突起を持つ石が目にとまった。

 光沢はなく頼りないが、拳よりは使える。俺はそれを拾い、手のひらで握りしめた瞬間、皮膚に食い込む鈍い刺激が走った。

 “痛みがある”――それが今の俺に、妙に現実感を与えた。

 俺は洞窟の内部へと進んでいく。迷路のように道が枝分かれし、曲がるたびに空気の重さが変わる。湿り気が強くなるところもあれば、土が乾いたような粉っぽさが増す場所もある。

 視界は常に一定の範囲だけが淡く照らされている。その光は輪郭が曖昧で、どこか生き物の呼吸のようなリズムを刻んでいた。

 奥へ進むほど、周囲の音が増えていく。静寂ではない。しかし生き物の“鳴き声”でもない。何かが体をずらす、平たいものを床に押しつけて滑らせるような音だった。

 そして時折、洞窟の天井から何かが落ちるような柔らかい、水分を含んだ音がかすかに混じる。

 生き物がいる。
 間違いなく、俺以外の何かが。

 胸がわずかに高鳴る。恐怖か、それとも別の感情か。自分でも判断がつかない。

 やがて、その“気配”は音ではなく視界の端に現れた。淡い灰色の視界の縁に、不自然な影がひとつ、ゆっくりと形を持ちはじめる。

 輪郭がぶよぶよと歪み、地面を押し分けながら近づいてくる。やがてそれは、俺の正面にその姿をさらした。

 スライム――そう呼ぶしかなかった。だが俺が知っているゲームのそれとはまるで違う。

 半透明の青色でもなければ、可愛らしい丸みもない。肉の塊のような鈍い茶色が混じり、ところどころ濁った水が内部で淀んでいる。形は安定せず、見るたびに微妙に変わる。

 そして、その中心部には赤い光を帯びた石のようなものが埋まっていた。まるで内臓のように、弱く、しかし脈動するような揺らぎを放っている。

 気味の悪さに思わず息を止める。だが同時に、喉の奥で乾いた笑いがこぼれた。

「……これが、あの可愛げある“スライム”の現実かよ」

 俺は自嘲気味に笑いながら、鋭い石を構えた。スライムは速度のない動きで近づいてくる。跳ねない。ただ地面を押し広げながら、這い寄るように進む。

 その中央にある赤く光る石――そこが弱点なのだろうと、直感が告げていた。ゲーム的な推測ではなく、もっと本能的な感覚だった。

 俺はスライムが距離を詰めるのを待ち、観察を続ける。動きは緩慢で、攻撃と呼べる動作は見られない。ただ体そのものを押しつけてくるだけ。ならば、こちらのほうが先に届く。

 呼吸をひとつ整えて、俺は歩み寄る。スライムの中心部に狙いを定め、石の尖った部分を押し当てる。

 赤い石がわずかに沈む。
 その瞬間、スライムの身体が崩れ落ちた。

 まるで輪郭を失った水溜まりのように、じわりと床へ広がる。その後、跡形もなく消えた。

 息を吐いた。

 喉の奥に重く張りついていた緊張が、ほんのわずかだけ緩む。

「……なんとかなる、のか……?」

 その言葉を飲み込む前だった。
 頭上から、何か柔らかいものが落ちてきた。

 視界が揺れ、肩に衝撃が走る。何かが肩に吸い付いた。瞬間、激しい痛みが左肩を貫いた。ただ圧されたわけではない。

 肉をゆっくりと押し広げられていくような、内側から裂けるような痛みだった。

「……ッ!」

 声にならない息が漏れる。

 スライムだ。恐らく天井に張りついていた個体が落ちてきたのだ。慌てて肩をねじってスライムを床に振り落とし、手に持つ石で中心部を探る。

 視界が揺れ、呼吸が乱れ、痛みが思考を塗り潰しそうになる。それでも赤い光を見つけ、力任せに石の先を押しつけた。

 スライムは崩れ、消えた。
 肩の痛みだけが生々しく残った。

 しばらくその場でうずくまり、呼吸を整える。
 痛みは確かに強い。しかし――死に至るほどではない。

 じわりと体の奥から、奇妙な熱が湧き上がってくる。それは痛みを溶かすように肩を満たし、やがて熱だけが残った。

 不思議と、動ける。
 痛みは、わずかに残る程度。

 肩を押さえながら立ち上がると、床に何かが落ちているのが目に入った。

 小さく、青く光るもの。
 俺が使っていた石ではない。

 それは短い刃を持つナイフだった。金属のようでいて、どこか液体の光沢を帯びている。
 
 そして、俺が握っていた石の先端は丸く潰れ、もう武器として使えそうにない。

 俺は青いナイフを拾った。
 軽い。手に吸い付くように馴染む。

 肩の痛みはわずかに残っているが、もう思考を乱すほどではない。深く息を吸い、洞窟の奥へ視線を向ける。

 まだ先はある。
 まだ痛みも恐怖も待っている。
 だが――もう戻る気はなかった。

 俺は青いナイフを握りしめ、湿った土の迷路の奥へ歩を進めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

アポカリプスな時代はマイペースな俺に合っていたらしい

黒城白爵
ファンタジー
 ーーある日、平穏な世界は終わった。  そうとしか表現できないほどに世界にモンスターという異物が溢れ返り、平穏かつ醜い世界は崩壊した。  そんな世界を自称凡人な男がマイペースに生きる、これはそんな話である。

王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル

ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。 しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。 甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。 2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

処理中です...