死に戻りの箱庭ダンジョンで、亡き家族を取り戻すため俺は何度でも死ぬ ──絶望から始まる再生の物語──

タイハクオウム

文字の大きさ
5 / 11

赤黒く蠢く影

しおりを挟む
 二層の奥へ歩みを進めるにつれ、確かな変化が身体に宿っていることに気づいた。

 先ほどの戦闘の疲労はまだ残っているものの、呼吸が乱れたままにはならず、足も重くない。筋肉の軋みが減り、手足の動きがわずかに滑らかになっている。

 死にものぐるいで倒したあのスライムが、俺の身体能力を底上げしたのだろう。

 レベルが上がった結果――そう理解するより先に、反射的に呟いてしまった。

「……ステータス」

 洞窟に自分の声が響く。
 返るのは静寂のみ。

 何も起きない。

「…………」

 羞恥が背に貼り付く。俺は誰もいない暗がりの中で、ひとり顔を手で覆った。

 その瞬間、視界の前面に薄青い光がゆっくりと立ち上がる。

 薄膜のような光。触れれば破れそうな透明な板が、宙に浮かんでいる。

――――――――――
 【レベル】1
 【スキル】なし
 【状態】軽傷/軽度疲労
 【装備】
 ・青のナイフ
  (攻撃時に微弱な魔力を付与)
 ――――――――――

「……出るんだ、これ」

 安堵か、呆れか、自分でもわからない感情が胸に渦を巻く。ただ、現実離れした機能が存在している事実が、奇妙な安定を生んだ。

 ゲームではない。だが、完全な現実でもない。その曖昧さが、少しだけ心を落ち着かせた。

 俺は表示を閉じ、さらに洞窟の奥へと歩き出した。洞窟の内部は迷路のように枝分かれしていた。徐々に乾いた石の粉が喉を刺すような空気を感じる。

 その途中で、数体のスライムに遭遇した。いずれも先ほどの個体よりも小さく、動きも鈍い。青のナイフは軽く、狙いもつけやすい。

 スライムの中心――赤い石を捉えて突けば、それだけで崩れて消えた。

 戦闘を重ねるほど、動きはさらに洗練された。体が軽く、視界が広い。筋肉が自分のものではないように反応し、恐怖を引きずりながらも、俺は確実に前進していた。

 だが、その先で待っていた“異常”に気づくのに、そこまで時間はかからなかった。

 通路が大きく開けた場所に差し掛かった時、空気の質が変わった。湿り気が濃くなり、土のにおいに鉄が混ざる。視界の奥で、何かがゆっくりと蠢いている。

 赤黒い。

 その塊は、先ほどまでのスライムとはまったく別の存在だった。

 大きさは人間の胴ほどもあり、壁と床を押し広げて形を変えている。内部は濁った赤、外側は粘性を帯びた黒。体のどこかが脈打つたび、色がわずかに波打つ。

 そして――
 あった。
 中心に、赤黒く硬質な光を放つコアが。

 見るだけで、背筋が凍った。

 スライムがこちらに気づいた瞬間、巨体が波打ち、地面を滑るように接近してきた。

 動きが速い。
 速すぎる。

 俺は避けようと身をひねる。
 だが、間に合わない。

 粘ついた表面が腕に触れた瞬間、鋭い熱が皮膚から肉へ食い込んできた。

 傷口に熱い液体を流し込まれたような痛み。肉が押し広げられ、細胞が軋み、筋肉が強引に裂けていく感覚。

 叫びそうになったが、声にならない。
 喉が強張り、息が空気を拒む。

 スライムは俺の右腕を包み込むように迫り、表面が振動した。振動のたびに、肉が削られ、筋肉の繊維が引きちぎられるような激痛が走る。

 ここで死ぬ。
 そう理解した瞬間、胸の奥が凍る。

 嫌だ。
 死にたくない。

 まだ……。

 取り戻せるなら、何だってする。何度でも死ぬ。それでも、まだ届いていない。まだ……。

「……ここで……終われない」

 歯を噛みしめる。
 体をねじる。

 赤黒い塊の内部で、コアが微かに光るのが見えた。青いナイフを握りしめ、全身の力を振り絞って腕を振り下ろす。

 刃が粘性の肉を切り裂き、コアに届く。だが硬い。金属同士をぶつけたような抵抗が腕に返る。さらに力を込める。

 コアにひびが走る。

 赤黒いスライムが激しく震え、俺の腕を締め付ける。皮膚の下で血が逆流し、血管が膨張し、指先の感覚が途絶える。

「……っ……!」

 限界寸前で、俺はナイフを押し込んだ。

 コアが砕けた瞬間、スライムの身体が崩れ落ちた。黒い液体が床へ広がり、赤色だけがぼやけるように消えていく。

 俺は膝から崩れ落ちた。

 呼吸が荒い。全身から気色の悪い汗が吹き出す。腕は血にまみれ、皮膚が裂け、筋肉の断面が露出している。その部分が脈打つたび、意識が揺らぐ。

 だが――不思議な感覚があった。

 体の内部で、何かがわずかに巡る。先ほどとは比べものにならないほどの熱が血管を流れ、裂けた肉がゆっくりと閉じていく。

 すべてが治るわけではない。痛みは残っている。それでも僅かに立てる程度には回復していた。

「……レベル、上がった……?」

 呟くと、視界にステータスが浮かんだ。

――――――――――
 【レベル】2
 【スキル】なし
 【状態】重症→軽傷/重度疲労
 【装備】
 ・青のナイフ
  (破損・効果低下中)
 ――――――――――

 青いナイフを見ると、その瞬間に刃は粉々に砕け散っていた。武器相手に感謝の気持ちを抱くなんて馬鹿げてる。だが、こいつがなければ、確実に死んでいた。

 その時、黒いスライムが崩れた跡から、小さな光が現れた。

 手のひら大の球体。
 内部に灰色の光を宿している。

【スキルオーブ:硬質化】

 文字が浮かぶ。

「……硬質化……?」

 迷いはなかった。
 俺はそのままスキルオーブを握りつぶした。

 光が掌から流れ込み、骨を、筋肉を、血流をひとつずつなぞるように駆け抜ける。

 身体の奥が、これまでにないほど冷たく、鋭く、整う。強くなった――そう確信した。

 その時だった。

 洞窟の奥から、複数の声が近づいてくる。荒れた複数の男の声。それに混じる気弱な声。

 俺は痛む腕を押さえながら、目を凝らした。この先を進めば、彼らと遭遇する。

 戦う意思はない。

 今の身体でどう転ぶかは分からない。俺は深く息を吸い、痛む体を押し起こした。そして、ゆっくりと声のする方向へ歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

アポカリプスな時代はマイペースな俺に合っていたらしい

黒城白爵
ファンタジー
 ーーある日、平穏な世界は終わった。  そうとしか表現できないほどに世界にモンスターという異物が溢れ返り、平穏かつ醜い世界は崩壊した。  そんな世界を自称凡人な男がマイペースに生きる、これはそんな話である。

王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル

ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。 しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。 甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。 2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

処理中です...