死に戻りの箱庭ダンジョンで、亡き家族を取り戻すため俺は何度でも死ぬ ──絶望から始まる再生の物語──

タイハクオウム

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赤黒く蠢く影

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 二層の奥へ歩みを進めるにつれ、確かな変化が身体に宿っていることに気づいた。

 先ほどの戦闘の疲労はまだ残っているものの、呼吸が乱れたままにはならず、足も重くない。筋肉の軋みが減り、手足の動きがわずかに滑らかになっている。

 死にものぐるいで倒したあのスライムが、俺の身体能力を底上げしたのだろう。

 レベルが上がった結果――そう理解するより先に、反射的に呟いてしまった。

「……ステータス」

 洞窟に自分の声が響く。
 返るのは静寂のみ。

 何も起きない。

「…………」

 羞恥が背に貼り付く。俺は誰もいない暗がりの中で、ひとり顔を手で覆った。

 その瞬間、視界の前面に薄青い光がゆっくりと立ち上がる。

 薄膜のような光。触れれば破れそうな透明な板が、宙に浮かんでいる。

――――――――――
 【レベル】1
 【スキル】なし
 【状態】軽傷/軽度疲労
 【装備】
 ・青のナイフ
  (攻撃時に微弱な魔力を付与)
 ――――――――――

「……出るんだ、これ」

 安堵か、呆れか、自分でもわからない感情が胸に渦を巻く。ただ、現実離れした機能が存在している事実が、奇妙な安定を生んだ。

 ゲームではない。だが、完全な現実でもない。その曖昧さが、少しだけ心を落ち着かせた。

 俺は表示を閉じ、さらに洞窟の奥へと歩き出した。洞窟の内部は迷路のように枝分かれしていた。徐々に乾いた石の粉が喉を刺すような空気を感じる。

 その途中で、数体のスライムに遭遇した。いずれも先ほどの個体よりも小さく、動きも鈍い。青のナイフは軽く、狙いもつけやすい。

 スライムの中心――赤い石を捉えて突けば、それだけで崩れて消えた。

 戦闘を重ねるほど、動きはさらに洗練された。体が軽く、視界が広い。筋肉が自分のものではないように反応し、恐怖を引きずりながらも、俺は確実に前進していた。

 だが、その先で待っていた“異常”に気づくのに、そこまで時間はかからなかった。

 通路が大きく開けた場所に差し掛かった時、空気の質が変わった。湿り気が濃くなり、土のにおいに鉄が混ざる。視界の奥で、何かがゆっくりと蠢いている。

 赤黒い。

 その塊は、先ほどまでのスライムとはまったく別の存在だった。

 大きさは人間の胴ほどもあり、壁と床を押し広げて形を変えている。内部は濁った赤、外側は粘性を帯びた黒。体のどこかが脈打つたび、色がわずかに波打つ。

 そして――
 あった。
 中心に、赤黒く硬質な光を放つコアが。

 見るだけで、背筋が凍った。

 スライムがこちらに気づいた瞬間、巨体が波打ち、地面を滑るように接近してきた。

 動きが速い。
 速すぎる。

 俺は避けようと身をひねる。
 だが、間に合わない。

 粘ついた表面が腕に触れた瞬間、鋭い熱が皮膚から肉へ食い込んできた。

 傷口に熱い液体を流し込まれたような痛み。肉が押し広げられ、細胞が軋み、筋肉が強引に裂けていく感覚。

 叫びそうになったが、声にならない。
 喉が強張り、息が空気を拒む。

 スライムは俺の右腕を包み込むように迫り、表面が振動した。振動のたびに、肉が削られ、筋肉の繊維が引きちぎられるような激痛が走る。

 ここで死ぬ。
 そう理解した瞬間、胸の奥が凍る。

 嫌だ。
 死にたくない。

 まだ……。

 取り戻せるなら、何だってする。何度でも死ぬ。それでも、まだ届いていない。まだ……。

「……ここで……終われない」

 歯を噛みしめる。
 体をねじる。

 赤黒い塊の内部で、コアが微かに光るのが見えた。青いナイフを握りしめ、全身の力を振り絞って腕を振り下ろす。

 刃が粘性の肉を切り裂き、コアに届く。だが硬い。金属同士をぶつけたような抵抗が腕に返る。さらに力を込める。

 コアにひびが走る。

 赤黒いスライムが激しく震え、俺の腕を締め付ける。皮膚の下で血が逆流し、血管が膨張し、指先の感覚が途絶える。

「……っ……!」

 限界寸前で、俺はナイフを押し込んだ。

 コアが砕けた瞬間、スライムの身体が崩れ落ちた。黒い液体が床へ広がり、赤色だけがぼやけるように消えていく。

 俺は膝から崩れ落ちた。

 呼吸が荒い。全身から気色の悪い汗が吹き出す。腕は血にまみれ、皮膚が裂け、筋肉の断面が露出している。その部分が脈打つたび、意識が揺らぐ。

 だが――不思議な感覚があった。

 体の内部で、何かがわずかに巡る。先ほどとは比べものにならないほどの熱が血管を流れ、裂けた肉がゆっくりと閉じていく。

 すべてが治るわけではない。痛みは残っている。それでも僅かに立てる程度には回復していた。

「……レベル、上がった……?」

 呟くと、視界にステータスが浮かんだ。

――――――――――
 【レベル】2
 【スキル】なし
 【状態】重症→軽傷/重度疲労
 【装備】
 ・青のナイフ
  (破損・効果低下中)
 ――――――――――

 青いナイフを見ると、その瞬間に刃は粉々に砕け散っていた。武器相手に感謝の気持ちを抱くなんて馬鹿げてる。だが、こいつがなければ、確実に死んでいた。

 その時、黒いスライムが崩れた跡から、小さな光が現れた。

 手のひら大の球体。
 内部に灰色の光を宿している。

【スキルオーブ:硬質化】

 文字が浮かぶ。

「……硬質化……?」

 迷いはなかった。
 俺はそのままスキルオーブを握りつぶした。

 光が掌から流れ込み、骨を、筋肉を、血流をひとつずつなぞるように駆け抜ける。

 身体の奥が、これまでにないほど冷たく、鋭く、整う。強くなった――そう確信した。

 その時だった。

 洞窟の奥から、複数の声が近づいてくる。荒れた複数の男の声。それに混じる気弱な声。

 俺は痛む腕を押さえながら、目を凝らした。この先を進めば、彼らと遭遇する。

 戦う意思はない。

 今の身体でどう転ぶかは分からない。俺は深く息を吸い、痛む体を押し起こした。そして、ゆっくりと声のする方向へ歩き出した。
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