死に戻りの箱庭ダンジョンで、亡き家族を取り戻すため俺は何度でも死ぬ ──絶望から始まる再生の物語──

タイハクオウム

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影に笑う者〈前編〉

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 和真が三層で蛇を狩りをしていた頃――
 同じ箱庭のどこか、別の通路で、一人の青年が静かに足を止めていた。

 鞍馬勇樹——大学生。

 二十歳。黒縁の眼鏡は失われ、視力だけが妙に研ぎ澄まされたような裸眼。パーカーにジーンズという、どこにでもいそうな格好。

 けれど、その瞳だけは「普通」から外れていた。好奇心と退屈、残酷な興味と軽い倦怠。その全部が薄い膜一枚で均されている。

 第二層の薄暗い洞窟の中で、彼は小さく首を傾げた。

「……やっぱり、こっちの世界のほうが、性に合ってるな」

 湿った土の匂い。
 視界の端を、ぬるりとした影が横切る。

 スライムだ。

 青でも透明でもない、濁った肉片の塊のようなスライムが、地面を押し広げて近づいてくる。中心には赤い核が脈動していた。

 普通なら、悲鳴を上げて逃げるか、震えながら石を構えるだろう。

 鞍馬は、何も持たなかった。

「とりあえず、一回くらいは“ちゃんと”食われておくべきかなあ」

 独り言のように呟き、足を止める。

 スライムが、彼の足首に触れた。冷たい粘液が、皮膚をゆっくりと覆っていく。

 瞬間、肉を内側からこじ開けられるような痛みが走った。

「……おお」

 鞍馬の口元に、心底楽しそうな笑みが浮かぶ。

「想像してたより、ずっと“リアル”だ。神様、手、抜いてないな」

 痛みで声が裏返ることもない。ただ、興味深い現象に遭遇した研究者のような目で、自分の足がスライムに飲み込まれていく様を眺めている。

 膝まで、腰まで、腹部へ――
 全身が液体の腹に包まれる頃には、視界すら濁った粘液で埋め尽くされていた。

 骨が軋む。内臓を指で押し回されるような圧迫。脳が悲鳴を上げるほどの痛みが、波となって押し寄せる。

 普通の人間なら、恐怖と苦痛で発狂する。鞍馬は、そのどれもを、静かに数えていた。

(視界の喪失まで三十秒。呼吸の違和感は……あ、でも息はできるのか。窒息死まではいかない仕様? じゃあ、致命傷はどこからだろ)

 やがて、脇腹のあたりに焼けるような痛みが集中し、意識が暗転する。

 ――次の瞬間、一層の床に、彼は仰向けに寝転んでいた。

 ドーム状の天井。白い光。ざわめき。
 死に戻りたちの呻き声が、遠くから聞こえる。

 鞍馬はしばらく目を閉じたまま、静かに呼吸を整えた。そして、上体を起こしながら、ぽつりと呟く。

「……いや、最高だろ、これ」

 死の痛みは、確かに残っている。スライムに内臓をぐちゃぐちゃにされた感覚が、まだ腹の奥にこびりついていた。

 それを、彼は「嫌な記憶」とは受け取らない。

「“何度でも死ねる”んじゃなくて、“何度でも死ねって言ってる”ゲームか。センスあるなぁ、あの神」

 周囲を見渡す。

 泣く者、震える者、怒鳴り合う者。暴力グループが中央のパンを囲み、黒髪の女と小さな少女が隅で身を縮めている。

 その光景を、一度さらりと視界に収めてから、鞍馬は階段のほうへ視線を移した。

「さて、と。検証は終わり。次は“効率”の話だ」

 何事もなかったように立ち上がり、彼は再び第二層へ向かう階段を登り始めた。

 淡い灰色の視界の中、鞍馬の足取りは軽い。

 さきほどと同じ通路。同じ湿った匂い。同じ、這いずるようなスライムの影。

 今度は、石を拾う。

 床に転がっていた、先端の尖った破片を軽く振ってみる。重さ、バランス、握り心地。最低限の条件を満たしていると判断すると、彼は近づいてくるスライムに向き直った。

「さっきのは“死に味見”だから……次は普通に、狩り」

 距離を詰める。伸びてきた粘液の腕のような部分を、上半身をひねって避ける。その勢いのまま、赤い核に石を突き立てた。

 鈍い抵抗を押し切ると、スライムは輪郭を崩し、べしゃりと広がって消えた。

 鞍馬は、残骸の中に何か光るものがないかを確認する。何も落ちていないのを見て、肩をすくめた。

「ドロップ率、低いなあ。まあいいや」

 数体、同じように仕留める。そうしているうちに、体の内側で、微かな変化が起きた。

 筋肉が軽い。視界が広い。さっき倒れたときよりも、体の反応が一段階鋭くなっている。

「……はい、レベルアップですね」

 彼はわざとらしく咳払いをしてから、口にする。

「ステータス表示」

 薄い青い光の板が、視界の前に浮かび上がる。

 ――――――――――
 【レベル】2
 【スキル】なし
 【状態】軽傷/軽度疲労
 【装備】
 ・なし
 ――――――――――

「おー、ちゃんと出た」

 口笛の代わりに感嘆を漏らし、しばらくその表示を眺める。

「レベルは死ぬとリセット、スキルは残る、か……」

 神の声を思い出しながら、指先で虚空の情報をなぞる。

「じゃあ、ここから先は“いかに死なずに殺すか”のゲーム、と。いいね。大学の講義よりはよっぽど面白い」

 ステータスを消し、再び歩き出す。
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