死に戻りの箱庭ダンジョンで、亡き家族を取り戻すため俺は何度でも死ぬ ──絶望から始まる再生の物語──

タイハクオウム

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帰還の決意

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 何体目の蛇を仕留めたあとだったか、数えるのがどうでもよくなってきた頃、俺は岩場の陰を見つけて腰を下ろした。

 背中を冷たい岩に預け、深く息を吐く。
 湿った空気が肺に張り付くようで、呼吸そのものが少し重い。右腕の傷はエナジードリンクのおかげでだいぶ楽になってきたが、全身に広がるだるさは、さすがに無視できない。

 武器らしい武器は、今は何も持っていない。
 二層で手に入れた青いナイフは、赤黒いスライムとやり合ったときに折れて、それきりだ。ここまで来るのに使っていたのは、硬質化した拳と足だけだった。

「……一回、整理するか」

 小さく呟き、意識を内側へと向ける。
 これまで何度か行ってきた要領で、「ステータス」の表示を思い浮かべた。

 視界の前に、薄い板のような情報が現れる。

 ――――――――――
 【レベル】4
 【スキル】硬質化
 【状態】軽度疲労
 【装備】
 ・マジックバック
  (重量を無視してある程度の荷物を収納可能)
 ――――――――――

「……四?」

 思わず声が漏れる。

 赤黒いスライムを倒したあと、ステータスを確認したときは――レベル2だった。
 そこから二層を抜け、三層に上がり、蛇を狩っているうちに、いつの間にか2つも上がっていたということになる。

「気づかないうちに、二回もレベルアップしてたってわけか……」

 死ねばレベルはリセット。積み上げた数字は、あっさりとゼロに戻される。

 それでも、こうやって数字が増えているのを見ると、胸の奥が少しだけ軽くなるのを止められなかった。身体の動きが最初に比べて明らかに滑らかになっているのも、単なる気のせいではないのだろう。

「死ななければ、ちゃんと強くなれる……か」

 当たり前のことを、確かめるように呟いてステータスを消す。

 視線を横に向けると、すぐそばに置いたマジックバックが目に入った。蛇の皮を思わせる質感のバックパック。その中には、これまで倒してきた蛇からドロップしたエナジードリンクが何本も詰め込まれている。

 いくら入れても、あまり重さが変わらない。肩紐を持ち上げるたびに、その異様さを実感する。重量をある程度無視する――という説明のとおり、この世界の理不尽な仕様の中では、数少ない「ありがたい」と思える代物だ。

「欲しいところには、寄越さないくせにな」

 一層の光景が頭に浮かぶ。パンと水だけの広場。わざと量を少なくし、争いが起きるように設計された配給。殴り合い、奪い合い、その結果として生まれた支配と従属。

 二層では、食料も飲み物も一切ドロップしなかった。わざと腹を空かせた状態で戦わせ、焦らせ、追い詰める。

 なのに三層に来た途端、回復用の飲み物と、このマジックバックだ。

 最初から、こうやって「気づいた」やつにだけ使わせるつもりだったのだろう。一部の人間にだけ道具を渡し、残りは飢えたままもがく様を、退屈しのぎに眺めている――神と名乗ったあの存在が、あのだるそうな声で笑っている姿が目に浮かぶ。

 奥歯を噛みしめ、軽く頭を振る。
 今は、あいつの顔を思い出しても意味がない。

「問題は……こっちだな」

 膝の上に置いていた小さな球体を、そっと持ち上げる。さっき、ひときわ大きな蛇を倒したときにドロップしたスキルオーブだ。

 透明な殻の内側で、淡い黄緑色の光がゆっくりと脈動している。指先で撫でると、表面がわずかに波打つような感覚があった。

 赤黒いスライムから手に入れたときと同じ、スキルオーブ特有の感触。意識を向けると、球体の表面に文字がふわりと浮かぶ。

 【スキルオーブ:収納】

「収納、ね……」

 呟き、その言葉の響きを頭の中で転がす。

 収納。しまう。隠す。詰め込む。

 単語から連想されるのは、その程度の曖昧なイメージだ。それでも、この世界のルールを考えれば、おおよその効果は想像がつく。

「物をどこかにしまえる……ってところか」

 目の前から物を消すのか、自分の身体のどこかにねじ込むのか、別の小さな空間に飛ばすのか。具体的な仕組みは分からないが、少なくとも「見えないところに隠せる」可能性が高い。

 マジックバックとは、役割が違う。バックは運ぶための道具だ。容量が大きく、重さを感じにくい。

 一方で、収納というスキルは――きっと、「隠す」ための力だ。

「俺が使っても、もちろん便利なんだろうけど……」

 オーブを見下ろしながら、視線を伏せる。

 今の俺には、すでにマジックバックがある。物を運ぶ手段としては、それだけで十分だろう。蛇を狩ってエナジードリンクを詰め込み、下層に潜るときの補給にする。自分一人が動くためだけなら、それで完結してしまう。

 だが、一層のことを考えると話は変わってくる。パンと水しかない広場。

 支配する連中と、支配される側。震えながら子どもを庇っていた女性の姿が、自然と脳裏に浮かんだ。

 あの、女の子を庇っていた女性。名前は知らない。話した言葉もない。ただ、自分より小さな子どもを気にかけていた姿だけが、強く焼き付いている。

 あの人に、この収納スキルを渡したらどうなるか。配給のパンの一部を、配る前にこっそりしまっておけるかもしれない。

 マジックバックで一層に持ち込んだエナジードリンクだって、見つからないように隠しておける。

 スキルでしまった物は奪われない。見えない備蓄を、ひっそりと握っている人間が一人だけいる。

 それが、あの女性だったなら――危険を承知で、子どもたちや本当に弱っている人のために、使い方を考えるはずだ。少なくとも、自分一人のためだけに抱え込むようなタイプには見えなかった。

「……俺が持つより、似合うよな」

 ぽつりと零れる。

 本当なら、俺がマジックバックと収納を両方持てば、一番効率よく動けるのかもしれない。物資を集め、隠し、好きなタイミングで使う。自分のためだけなら、その方がきっと楽だ。

 でも――それでは、一層の底辺で震えている連中の状況は、いつまで経っても変わらない。

 この世界を変えたいと思うなら。
 家族のやり直しだけじゃなく、それ以外の誰かの未来も変えたいと思うなら。

 便利なスキルを、一人で抱え込んでいる場合じゃない。

「よし、決まりだ」

 収納のスキルオーブを握りしめ、息を吐く。

 このオーブは、一層まで持ち帰る。マジックバックには、エナジードリンクを詰めるだけ詰めていく。

 それだけじゃない。

「……二層に寄って、スライムも狩っておくか」

 赤黒いスライム以外の、普通のスライム。
 二層で何度か見たあいつらからは、青いナイフがドロップする。一本だけでも、丸腰よりはずっとマシだ。

 あの女の人に収納スキルを渡すついでに、青いナイフも数本、渡せたら―― 一層で、完全な丸腰でいるよりは、少しはマシな状況になるはずだ。せめて、刃物の一本くらいは持たせておきたい。

 マジックバックの口を開け、エナジードリンクの本数をざっと数える。まだ余裕はある。二層でスライムを狩ったあとでも、ナイフを数本放り込むくらいどうということはないだろう。

「みんなが寝静まった頃、だな」

 一層の夜。配給の喧騒が終わり、疲れた人々が床に転がる時間。暴力グループの連中も、油断しきった顔で横になっているだろう。

 その隙を突く。

 ほんの数分だけでいいから話す時間を作る。頭の中で、いくつかのパターンを組み立てる。一つずつ想像してみて、最も危険が少ないやり方を選ぶ。

「……やれることは、やるしかない」

 独り言のように呟き、ゆっくりと立ち上がった。

 マジックバックの肩紐を掴んで背負う。中にはエナジードリンクが何本も詰まっているが、不思議と足取りの邪魔にはならない。

 収納のスキルオーブは、胸元のポケットにそっと滑り込ませた。掌に触れれば、すぐ守れる位置。そんな気がして、そこに落ち着かせる。

 周囲の気配を探る。蛇の気配は薄い。第三層の空気は相変わらず重いが、今のところ不穏な圧は感じない。

「さて、戻るか」

 小さく息を整え、第三層の入口――第二層へと降りていく階段の場所を思い出す。

 ここから先は、帰路だ。

 まず二層に戻り、スライムをいくらか狩って青いナイフを確保する。

 それから一層に戻り、寝静まった広場の影で、女の子を庇っていたあの女性に――スキルと飲み物と、刃物を託す。

 一層に戻ったところで、俺ができることはまだ少ない。暴力グループを正面から叩き潰す力はないし、全員を守り切る力もない。

 それでも。

 収納スキルとエナジードリンク、青いナイフ。その三つを託せるだけでも、一層の未来は少しだけ変わるかもしれない。

 妻と息子を守れなかった自分を、少しでも上書きするために。今度こそ、目の前の誰かの未来を守るために。

 俺は岩陰から身を離れ、第二層へと続く階段へ足を向けた。
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