握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

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第一章 過去から来た者たち

3.デビュタント

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 遂に、私の社交界デビューの日がやって来た。

 私は、社交界デビューは嬉しいものだと、幼いころは思っていた。いや、学園生活を送っていた頃までは。
 自分が大人の女性として、世間に見てもらうなどと考えていたのだから。
 ところが、母の死に疑問を持った時から、恐ろしいものに変わっていた。

 敵の眼にさらすということで、いつ自分も母のように殺されるかもしれないと思うからだ。
 いや、母が殺されたと決まったわけではない。
 本当に、母が、何か誤って落馬して頭部と頚部を骨折したのかもしれない。

 そんな不安を感じている中、ドレスが仕上がったと使用人が知らせてくれた。
 この使用人は、そこそこ歳も言っている女性なのだけれど、昔から私の身の回りのことを手伝ってくれて、一番の理解者だと思っている。
「アン、ありがとう。早速、見せて頂くわ」と、言って試着することにした。

 声に出さないが、「自分史上、最高の美しさだわ」と自画自賛し、「これなら社交界で恥をかくことは無い」と、思っていたのだけれども、私には、手の剣ダコ以外にも、人と違う問題があろうとは、この時は気が付かなかった。


 さて、初めての社交界は、お祖父様主催の舞踏会だった。そして、父も参加している。
 参加者は少なく、身内とその知人でお祖父様の面識からは、舞踏会としては小さいものに感じたのは、私に気を使ってくれたのだろうと思う。
 それは、私も母以上に愛されていると思い、苦笑してしまった。

 会が始まると、私は壇上に上がり、祖父から紹介を受けた。
「さて、皆さん、デビュタントの紹介をいたします。今日、私の孫のヴィルヘルミーナ・フォン・ホーエンツォレルンが社交界デビューしました。今後とも、孫をよろしくお願いします」と。

 続いて、ゲストの紹介が行われた。
 なんと、バイエルン大公家から、数人のご婦人が出席していたようだ。
 そして、祖父と父から私は呼ばれたのは、ご紹介していただけるのだろうと軽く考えていたのだけれど、バイエルン婦人が、大きくため息を付いた。

 私はそれに驚いてしまって、なんと言えば良いのか、困惑してしまった。
「ごめんなさいね。ヴィルヘルミーナさんが、あまりにマリアさんの面影があったので」

 マリアさん?

「ヴィル、紹介しよう」と、言ったのは父だ。
「バイエルン夫人は、お母さんと学園で同級生だったのだよ」
「そうだったのですか」

 それで、母:マリアンヌを『マリアさん』と言った訳だ。
「ええ、何度か、貴女とも、お会いしたのですよ」
「そうなんだよ。我が家にも何度か来てくれて、ヴィルが生まれたときは、祝ってくれたんだよ」
「そうだったのですか。これは失礼いたしました」
「ふふ、良いのよ。堅苦しいことは」

 そこに、お祖父さまが、
「それより、アンナ、聞きたい話がある」と言ったが、アンナとはバイエルン夫人のことのようだ。

「分かっておりますわ。ヴィルヘルミーナさんが居ても良いのかしら? 宮中伯」
「構わん。もう子供でもあるまいし。ヴィルも、これから社交界に出て行く身」

「はい、うちの諜報員の話では、マリアさんが落馬したのは、間違いないと」
 この時、お祖父さまは、「ふぅ」と息を吐いた。
「そうか、あの子が落馬したのか……」

 私は、「そこなんです」と言いたかった。
 あの母が、乗馬の講師をしている母が落馬、それも愛馬なんて、ありえない。

 父が言った。
「証言者は誰なのです。まさか帝国の関係者では?」
「いえ、証言者はベルギー人の使用人だそうです。それをオーナーが聞いたということになっています」

 バイエルン夫人は続けた。
「ただ、証言者がおかしいのです。既に、その乗馬場は辞めて、ベルギーに帰ったとオーナーが言っているのですが、探してみたところ、ベルギーの住所は架空の住所でした」

 四人に沈黙が訪れた。

 そして、しばらく、誰も話すことが出来なくなっていた。

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