3 / 126
第一章 過去から来た者たち
3.デビュタント
しおりを挟む遂に、私の社交界デビューの日がやって来た。
私は、社交界デビューは嬉しいものだと、幼いころは思っていた。いや、学園生活を送っていた頃までは。
自分が大人の女性として、世間に見てもらうなどと考えていたのだから。
ところが、母の死に疑問を持った時から、恐ろしいものに変わっていた。
敵の眼にさらすということで、いつ自分も母のように殺されるかもしれないと思うからだ。
いや、母が殺されたと決まったわけではない。
本当に、母が、何か誤って落馬して頭部と頚部を骨折したのかもしれない。
そんな不安を感じている中、ドレスが仕上がったと使用人が知らせてくれた。
この使用人は、そこそこ歳も言っている女性なのだけれど、昔から私の身の回りのことを手伝ってくれて、一番の理解者だと思っている。
「アン、ありがとう。早速、見せて頂くわ」と、言って試着することにした。
声に出さないが、「自分史上、最高の美しさだわ」と自画自賛し、「これなら社交界で恥をかくことは無い」と、思っていたのだけれども、私には、手の剣ダコ以外にも、人と違う問題があろうとは、この時は気が付かなかった。
さて、初めての社交界は、お祖父様主催の舞踏会だった。そして、父も参加している。
参加者は少なく、身内とその知人でお祖父様の面識からは、舞踏会としては小さいものに感じたのは、私に気を使ってくれたのだろうと思う。
それは、私も母以上に愛されていると思い、苦笑してしまった。
会が始まると、私は壇上に上がり、祖父から紹介を受けた。
「さて、皆さん、デビュタントの紹介をいたします。今日、私の孫のヴィルヘルミーナ・フォン・ホーエンツォレルンが社交界デビューしました。今後とも、孫をよろしくお願いします」と。
続いて、ゲストの紹介が行われた。
なんと、バイエルン大公家から、数人のご婦人が出席していたようだ。
そして、祖父と父から私は呼ばれたのは、ご紹介していただけるのだろうと軽く考えていたのだけれど、バイエルン婦人が、大きくため息を付いた。
私はそれに驚いてしまって、なんと言えば良いのか、困惑してしまった。
「ごめんなさいね。ヴィルヘルミーナさんが、あまりにマリアさんの面影があったので」
マリアさん?
「ヴィル、紹介しよう」と、言ったのは父だ。
「バイエルン夫人は、お母さんと学園で同級生だったのだよ」
「そうだったのですか」
それで、母:マリアンヌを『マリアさん』と言った訳だ。
「ええ、何度か、貴女とも、お会いしたのですよ」
「そうなんだよ。我が家にも何度か来てくれて、ヴィルが生まれたときは、祝ってくれたんだよ」
「そうだったのですか。これは失礼いたしました」
「ふふ、良いのよ。堅苦しいことは」
そこに、お祖父さまが、
「それより、アンナ、聞きたい話がある」と言ったが、アンナとはバイエルン夫人のことのようだ。
「分かっておりますわ。ヴィルヘルミーナさんが居ても良いのかしら? 宮中伯」
「構わん。もう子供でもあるまいし。ヴィルも、これから社交界に出て行く身」
「はい、うちの諜報員の話では、マリアさんが落馬したのは、間違いないと」
この時、お祖父さまは、「ふぅ」と息を吐いた。
「そうか、あの子が落馬したのか……」
私は、「そこなんです」と言いたかった。
あの母が、乗馬の講師をしている母が落馬、それも愛馬なんて、ありえない。
父が言った。
「証言者は誰なのです。まさか帝国の関係者では?」
「いえ、証言者はベルギー人の使用人だそうです。それをオーナーが聞いたということになっています」
バイエルン夫人は続けた。
「ただ、証言者がおかしいのです。既に、その乗馬場は辞めて、ベルギーに帰ったとオーナーが言っているのですが、探してみたところ、ベルギーの住所は架空の住所でした」
四人に沈黙が訪れた。
そして、しばらく、誰も話すことが出来なくなっていた。
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
クロワッサン物語
コダーマ
歴史・時代
1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。
第二次ウィーン包囲である。
戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。
彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。
敵の数は三十万。
戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。
ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。
内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。
彼らをウィーンの切り札とするのだ。
戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。
そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。
オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。
そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。
もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。
戦闘、策略、裏切り、絶望──。
シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。
第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる