7 / 126
第一章 過去から来た者たち
7.過去から来た者
しおりを挟む父は、「過去から来た者」が、私を狙っているかもしれないと言った。
なので、私は、「皇帝派の貴族は大丈夫なのでしょうか?」と、父に聞いてみた。
「ああ、今のところは、皇帝と各選帝侯や貴族たちとは上手くいっているよ。バイエルン夫人がハプスブルク家からバイエルン公爵家に嫁ぐぐらいだからね」
「そう、お父様、バイエルン夫人とは、どういうお方なのでしょう? お母様と同級生と言っておられましたが」
そう、アンネ・バイエルンは、皇帝の妹にあたる人だ。
母とは学園時代の同級生だそうだ。
そのバイエルン夫人が嫁ぐと、何故、上手くいっているのかというと、どうやら現皇帝と前皇帝は、新教徒のルターに興味があるらしい。
しかし、立場上、ローマカトリックから離れるわけにはいかない。
ここが皇帝のジレンマなのだろう。
分家のスペインハプスブルク家から、猛烈な横やりが入った。
スペインでは、カトリック絶対主義なのだ。
カトリックでなければ死刑も簡単に行える。
非カトリックということは罪なのだ。そのカトリックの保護者であるのが、スペイン王:フェリペ2世ということになる。
なので、フェリペ2世は、帝国の世継ぎをスペインに呼び寄せて、徹底的にカトリック教育を叩き込んでいる。
その影響なのか、皇帝は人柄はさておき、スペイン風の横暴な態度を自然と取るので知られている。
だが、徹底的に叩き込まれると人は、浮気をしたくなるものなのだろう。
前皇帝も現皇帝も、新教徒に甘い。
そして、マリア・アンネが新教徒のバイエルン公に嫁いでいるのも、その辺りが理由のようだ。
さらに、皇帝は領主には新教か旧教か選択の自由を与えたため、今、帝国のあちこちで争いが絶えない。
ちなみに、領民個人には選択の自由は無い。
領主が選んだ派閥となる。
そして、今、旧教のカトリックと新教のルター派に加え、カルヴァン派が勢力を伸ばしてきている。
カルヴァン派が勢力を伸ばしているのは、マルチン・ルターが国外追放されたからだろう。これが、今の帝国内の派閥と宗教事情だ。
ということは、皇帝は新教徒よりの考えで、立場上、領主に信教の自由を与えるなど中立的な立場を取っているので、スペイン分家が苛立っているわけか。
それと、母殺しと宗教派閥争いは関係なさそうだが……
しかし、私は誰かに命を狙われている。
これは、どういうことなのだろうか?
「私は、マリアンヌの死は、事故であって欲しいと思っている。だが、マリアンヌを殺した者がいたとして、もっとも可能性の高い者がいるなら」
「いるなら……」と、私は目を見開いて父を見た。
「お祖父さま、いや、プファルツ選帝侯一族を恨んでいる闇の一族がいる」
「お父様、そんな話は聞いたことがありませんわ」
「ああ、プファルツ選帝侯、つまりライン宮中伯が、ライン川の領地を奪われたことがある。そして奪い返した土地を私たち夫婦の領地として管理させたのだ。ブランデンブルク選帝侯の血縁者である私が統治すれば、闇の一族からの復讐を避けられると思ったのだろう。しかし」
「しかし……」
「私とマリアンヌが結婚したことにより、闇の一族はライン宮中伯の血統者が支配していると思ったのだろう。領主は私だが、実質的支配者はマリアンヌだと。事実、我が領地はライン宮中伯の領地に囲まれているわけだしな」
父は、酒を飲み、一つ二つと頷いている。
「お父様、その『闇の一族』とは、正体は誰なのです」
「あぁ、ライン宮中伯に恨みを持つ者、それはブルゴーニュ公国の血を受け継ぐ者たちだ。彼らはブルゴーニュ公国の復活をするために活動しておる」
「ブ、ブルゴーニュ公国ですって」
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クロワッサン物語
コダーマ
歴史・時代
1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。
第二次ウィーン包囲である。
戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。
彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。
敵の数は三十万。
戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。
ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。
内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。
彼らをウィーンの切り札とするのだ。
戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。
そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。
オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。
そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。
もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。
戦闘、策略、裏切り、絶望──。
シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。
第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる