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第一章 過去から来た者たち
18.握力令嬢出撃!
しおりを挟む「退屈だわ。アンッ」と、私は、いつになっても襲撃してこない敵に苛立っていた。もう、寝てしまおうか?
すると、アンが「お茶と簡単な菓子がございます。『腹が減っては戦は出来ぬ』でございます」と、お茶と残り物の茶菓子と一口サイズにカットされた果物を運んできた。
「皆さんにと思いまして」
さすが、ベテランだ。
戦闘の知識は無くとも、気が利く使用人とは有難い。
私は、イリーゼの方を見て、一つ頷くとイリーゼが、
「はい、随時、交代で休憩いたします」と指示を出した。
ずっと緊張していては、身が持たない。本当に戦場とは大変なんだろうと実感したわ。
そのころ、我が屋敷の襲撃を計画していた者たちは、というと。
「アレクサンドラ様。雇った者たちが、伯爵邸を襲う時間です」
「そうか……先ほど、十数人ほど、屋敷に入って行った者たちが、出てこないが、どう思う」
「分かりません。なんとも」
雇った者たちとは、どういうことか説明しよう。
中世から近代の欧州には、有名な傭兵組織がいくつもあった。
また、個人で騎士や兵士をして稼いでいる者も多くいたのだな。
具体的には、先ほどのスイス人傭兵は歩兵が得意だ。また、騎兵が得意な東欧人などがいる。
そして、多くの傭兵組織とパイプを持っていたのが、そう! ブルゴーニュ公国なのだ。
傭兵とは、カネのあるものが、自己を護るため、あるいは他者を侵略するため、簡単に手に入れることのできる武力ということになるわ。
これは、貨幣経済が発達すると、当然のように現れ、この時代の欧州しかり、日本の戦国時代しかりである。
そして、ブルゴーニュ公国が滅亡したのだから、そこに雇われていた傭兵たちは溢れた。
だから、元傭兵たちは、新しい雇用主、新しい戦場を求めて、帝国内を徘徊している亡霊ということになる。
その亡霊たちを、かき集めて戦場を与えている者。それが、ブルゴーニュ公国の復活を指導しているクレマンティーヌたちということなのだろう。
「来ました。亡霊たちです」
積荷用の馬車が三台やって来て、屋敷のドアの前に停まったため、通行人や他の屋敷の者からは見えない。
「行くぞ!」と一人の男が、声をかけた。
すると、屋敷のドアが数センチ開き、中からは、美しい女性の手が手招きをしている。
「なんだ?」
恐る恐る男たちは近づき、その美しい手を握り、そして引き釣り出そうと思い、一人の男が手を握ろうとした瞬間!
突如、マメとタコまみれの手が出現したと思いきや、その男はその手に引っ張られ、ドアの中に引き釣り込まれてしまったのだ。
“バタン”という音と共に、ドアは閉まった次の刹那には、「うあぁ、痛い」という声が聞えてきた。
やがて、男の声は聞こえなくなった……
すると、また、美しい女の手がドアから、手招きし始めた。
「同じ手に乗るかよ。斧だ。斧を出せ。ドアを叩き潰してやる」と言うと、リーダーは斧を持ってこさせた。
「この斧で、その手をたたき落とすぞ」と言うと、男たちはドアの前に集まったところに、ドアの中から女の声が聞えてきた。
「誰の手をたたき落とすだとぉぉぉ」と、女の低い声が!
はいはい、その声の主が私なのは、もう皆さんお分かりのことでしょうねぇ。残念なことに……
次の瞬間、私はドアは開放し、屋敷の入り口に隊列を組ませておいた短弓の弓手から一斉射撃をさせた。
ドアの前に集まってしまっていた男たちは、まともに弓に射られ、戦闘不能になっている。
してやったり!
「忘れものですわ」と先ほど手をへし折った男を、連中目がけて投げつけてやったわ。
しかし、襲撃者は驚愕したのだ。この男は、手首は折れ曲がり、口からは折れた歯で血まみれになっていたのだから。
「イリーゼ、護衛をお願い」
「はい、お嬢様ッ」
私は屋敷から、護衛隊を率いて自ら出撃する。
「覚悟は出来ているということね」と言うと、いつの間にか高笑いをしていた。
それを見ていたアレクサンドラたちは喜んだ。
「バカめ、外には狙撃手がいるというのに、ノコノコと出てくるとは」
そう、襲撃者たちは、馬車の上にマスケット銃を持った傭兵を配置させていたのだが、銃声がならない。
そうなのだ!
最上階に、長弓の弓手を狙撃用に配置させていたので、音もなく狙撃していたのだ。
そのことを、一階の私たちの元に知らせが届いていたため、安心して通りに出てこれるというもの。
乗馬用のズボンとブーツを履いた私が、一人の男を捕まえると、男は泣き叫んだ。
「痛いぃぃぃ」と。
”バキ、バキ”という、何かが折れる音がした時、男の手首は折れ曲がっていたわ。
「次は顔ですわ」
「やめてくれ。あぁッ、嫌だ」
「これは、歯を折った……」
“メリメリメリッ”と言う音と共に、男の顔は変形していった。
「おい、剣を使え!」と、リーダーらしき男が言うと、襲撃者たちは剣を抜いたため、イリーゼたちが抜剣をして、男たちに斬りかかった。
双方が斬り合う。
「お嬢様、これを」とアンが私の剣を手渡してくれた。
「アン、ありがとう。ふふふ」と言うと剣を抜き、あたり構わず剣を振るった。
私の一振りで、襲撃者たちも後退している。
実戦を積んでいるであろう傭兵の様だったが、私の剣の威力は実戦経験者にも通じるではないか!
何という収穫だ。
そして、斬り合っている最中に、突如、相手の手首を掴んでやるのだ!
“バキバキ”
「くわぁぁぁ」
この激痛に耐えて、剣を握っていた者は、この日は一人しかいなかった。
しかし、片手で私の一撃を受けれるはずもなく、斬り捨てられた。
「圧倒的じゃないか。我がぐ……群は!」
「撤収だ!」と逃げる相手には、最上階からの狙撃の対象となっていた。
「逃げることも出来やしねぇ。もう、俺たちは、俺たちは」
“バキバキ”
私は手首と口をつぶすのは、そろそろ飽きてきた。
しかし、頚部を握りつぶすのは、マズイか?
すると、「これならどうだッ?」と、マスケット銃を取り出した男が出てきた。
どこに隠していたのやら。
まあ、馬車の中に入れていたのだろう。
「チェインメイルでは、マスケット銃の弾は防げない。死ね、ヴィルヘルミーナ」
そう、私は上半身は、チェインメイル。鎖帷子を着ていたのだが、さすがに銃弾は防げないわ。
それを見ていたアレクサンドラたちは、ようやく決着がつきそうで安堵した。
「さて、見つかる前に消えることにするわ」
「へい、姐さん」
***
ここはドイツ騎士団の館。
この中に礼拝堂も病院もある。
さらに言えば、捕らえた奴を収容する部屋もある。それは殺風景な部屋だ。
「旦那様、だれも迎えに来ません。どういうことでしょうか?」
「むぅぅ。おかしい。子供らも孫らも、来やしない」
「ライン宮中伯殿、無実はわかりましたので、もう、お帰りになられては?」
「そうですよ。皆さまも、ご心配されておられると思います」
「むぅぅ。誰か、迎えに来ても良いものを!」
「旦那様、我らの馬車はあるのです。馬車で帰りましょう」
「いや、馬が寝てしまったではないか!」
そう、馬車は自家用車でないのだから、馬が寝ることもある。
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