握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

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第一章 過去から来た者たち

【第一章完結】19.握力令嬢に小銃は効かない

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「ヴィルヘルミーナ! 小銃が相手では手も足も出まい」と、男が笑っている。

 だが、私はそれほどまで、ピンチなのだろうか?
 もちろん、銃弾を手で摑まえることは不可能だよ。

 しかし、最上階の狙撃手がこの男を狙撃するとか。
 父上が護衛隊と戻って来るとか。いや、私でなく父が死んでしまいそうで、これは却下だ。
 あるいは、あのエマリーが来て、大砲で男もろとも吹っ飛ばしてくれるとか。

 何故、狙撃手は狙撃しないのだろうか?
 おそらく、この木が邪魔で見えていないのだろう。そうなると、後は、父かエマリーが来てくれるとか。そんなことを期待していても……

 しかし、現実は自分の予想とは異なるものだ。
 そして、何故、エマリーが、ここにイリーゼを寄越したのか、理解することになろうとは……

「おじさまは、何をなさっているのですか?」と、可愛い少女の声が聞えた。
 その声は、マスケット銃を構えた男の背後から聞えたのだ。

「な、なに? いつの間に背後を!」
 男の後ろには、剣とナイフを持ったイリーゼが立っており、その目は、恐ろしく殺気を放っていた。
「私たちのお嬢様に、『死ね』ですって」と言うと、いとも簡単に男の頸動脈を掻っ切ってしまった。

「この娘、人を殺すのにためらいが無いわ」と、私は驚いてしまった。だって、13歳の少女だぞ。
 そして、この可愛い少女が襲撃者たちを皆殺しにしてはいけないので、こう叫ぶことにした。
「イリーゼ。一人は吐かせるために、取っておけ。調査する」と言うと、この13歳の少女はほほ笑んでいた。
 そう、あのアバカスで計算をしているときのように。

 そして、あらかた片付いたころに、父が帰ってきたようね。
「ヴィル! 大丈夫か?」
「お父様」と、父と護衛兵を見ると、皆が驚いている。
「ヴィル。お前は我が父と同じ鷹のような眼をしている。さぞ、騎士の血を引き継いでいるのだろう」
 私の目つきがきつくて、護衛兵が驚いているのか……
 伯爵嬢としては、とても傷つくのだけれど。

 捕縛が終わったようで、イリーゼたちが、私のもとに集まっている。
「お嬢様、生きている者たちは、皆、縄をかけております」
「うん、皆の者、誠に大儀であった。礼を言う」というと、イリーゼたちが膝をつき、「滅相もありません」とか、「ありがたき幸せ」とか言っている。

「お嬢様の指揮が的確でしたので、闘いやすかったのです」と、アインス商会の従業員が言ってくれた。
 すると、父の護衛隊長が父を見ているのは、何故だ?

 後のことは、護衛兵に任せることにして、ひとまず、屋敷に入り、落ち着くことにした。
 そういえば、エマリーは、どこで何をしているのやら?

***

「はい、私どもはアインス商会の会長のゲルハルト・アインホルンと娘のエマリーです。ライン宮中伯様」
「ほう、フォルカーのところの商人だったかな?」
「左様でございます」
「で、そなたが我が屋敷まで、送ってくれるというのか?」
「はい、宮中伯様の馬が、寝てしまったと聞き、飛んでまいりました」
「いや、済まない。本当に済まない」
「旦那様、これで帰れますね」

「いや、良かったです」と言ったドイツ騎士団の騎士の「良かった」とは、どういう意味だろうか?

 この件、後で聞いたのだけれど、エマリー達の情報網って、どうなってんだろうか?
 馬が寝たことまで、分かるとは。

 さて、捕らえた襲撃者、つまり、傭兵なのだけれど、当然、貴族を襲ったのだから重罪となる。
 しかし、元締めを見つけなければ、私たちは何度も襲われることになるわけだ。
 傭兵など、カネさえ出せば、集められるのだ。
 何故なら、この帝国には傭兵は余っている状態なのだから。

「ねぇ、エマリー。傭兵の元締めは、貴女の情報網でもわからないの?」
「ブルゴーニュの亡霊のことね。彼らは、どこに拠点を持っていて、誰とコンタクトしているのかは、分からないわ。二重三重の偽名を使って、足がつかないようにしているようね。傭兵を集める際も足がつかない様だし。帝国の内部にも協力者がいると思うわ」
「結局、捕らえたけれど、何もわからないということね」

 さて、その頃、ブランデンブルク辺境伯邸では、辺境伯と二人の息子が会話していた。
「やはり、あの伯爵嬢が握力令嬢で、間違いないと」、そう言ったのは兄のフリードリヒだ。
「騎士たちの話では、手首を握りつぶしただけでなく、顔を鷲掴みして、歯を砕いだいたそうではないか。そんなことが普通出来るか? しかも一瞬で何度もだぞ」
「「父上」」と、二人の息子も首を振っている。
「ハインリッヒ、お前やってみろ」
「父上、何を……無理です」

「あの娘をベルリンに連れて行くわけにはイカンなッ。それより、もっと似合いの場所がある。実は……」
「なるほど、それなら、彼女も気にいるでしょう」
「お前たちもそう思うか」
「「はい、そう思います」」

***

 私は、まだ、社交界シーズンではあるが、命を守るためブランデンブルク辺境伯のお世話になることにした。
 先日の話から、ブランデンブルク辺境伯領の領都のベルリンに行くことになるだろう。
 かなり、発展した都市だ。
 このウィーンから、ブルノを通り、そして、あのプラハへ。プラハからベルリンへと長旅になる。

 ウィーンからラインラントに戻るのも、ベルリンから戻るのも大して変わりはないと思うし、見聞を広めるのも良いでしょう。
 楽しみだわ。


 かくして、私は、ドイツ騎士団の護衛の下、社交界シーズンにも拘わらず、ウィーンを出ることになったのでした。


 第一章 過去から来た者 完
 第二章 握力令嬢、修道女になる に続く。

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