握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

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第二章 握力令嬢、修道女になる

2-5.孤児院が!

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 この幼女は、私がいないことを良いことに、クッキーを独り占めしていたようだ。
「あッ、ダメぇ!」と、他の幼女が食べるのを止めるように言っているが、素知らぬ顔でこの娘はクッキーを口にしているわ。

「アノン、ダメだよ。先生に怒られるわよ」

 この娘の名前はアノンと言うのか?
 そんな名前は、このドイツにあるのか?
 いや、そんなはずはない。

 えぇ、つまりだ。“Unknown”で、「知らない」とか、「名無し」という意味だろう。
 いくらなんでも、それは可愛そうじゃない。

「おチビちゃん。お名前は『アノン』なの? 本当のお名前は?」
「私の名前は知らないわ。皆が『アノン』って言うから、それで良いの」

「でも……」と、私には返す言葉が見つからなかった。

「じゃあ、『おチビちゃん(Kleines Kindクライネス キント)』で良いわ。お姉ちゃんが、そう呼ぶなら」
 なんか、悟りでも開いているのか……
 この娘は?

「じゃあ、クライネスね」
「わかったわ。今日から、私はクライネスね」という幼女は笑っていた。クッキーを食べながら……

 もう、明後日のクリスマスにはクッキーは無いだろう。いや、今晩には無くなるだろうよ。

「やめてぇ、アノンンンン」と、他の幼女が叫んでいるが、やぶ蚊を追い払っても、しつこくまとわりつくのと同じで、クライネスをクッキーから離すのは、根本的に無理のようだ。

「クライネス。みんなにも分けてあげて」と、私が言うと驚いたことに。
「お姉ちゃんが言うなら」と、この幼女にも一つ分けてあげたのだ。
――一つだけかよ!


 さて、院長先生と先輩修道女たちは、この孤児院の話を進めていた。

「出来れば、ここを辞めたくないので、他の教会から出資はしてもらえないものでしょうか」と、院長先生。
「それは、なかなか、難しいかと思いますよ」
「子供たちが」

「となると、他の教会の孤児院に引き取ってもらうことは?」
「司祭様と話してみます。引き取れる孤児院があるかどうか」
「お願いします。来年の春ごろにでも、移れるように手配をお願いします」
「分かりました」

 そのような会話がなされていた頃、孤児院に男が三人ほど訪ねてきた。
「どうも、すみません」と、一見、普通のあいさつに見えるが、不真面目に感じる風貌だ。

「はい、どちらさまでしょうか?」と、デリアという職員が対応した。
「教会から聞いてきたのですが、この孤児院を売りに出すと聞きまして、下見に来たのです」
「そんな話は聞いていません」
「いえ、確かにこの通り」と、契約書の様なものを出して、
「では、失礼しますよ」と、三人の男達は孤児院の中に入って来たのだ。

「院長先生。大変です」
「どうしましたか? デリアさん」
「実は……」
「何ですって、教会からそんな話は聞いていません」

***

「おじさんたちは誰なの?」
「おぅ、坊やは何歳かな?」
「四歳だよ」

「おい、四歳の男の子は売れるか?」と、男が言うと、別の男がリストらしき書面を確認しているようだ。
「男の子は要らないですぜ」
「わかった」

 なんだ、この男らは、人身売買でもしているのか?
「もし、貴方たちは、孤児院に何用なのかしら」
「これはシスター。失礼いたしました」と、丁寧なあいさつを私にしたのは、ドイツ騎士団の修道女服を着ていたからだろう。

「今、人身売買の様なセリフを聞いたのだけれども」
「それは聞き間違いです。俺たちは、教会に言われて、ここの下取りをしに来たのです。ハイ」
「孤児院を下取りですって」と、言うものの、この時代は奴隷貿易がある時代。人身売買など、それほどおかしなものではない。
 奉公人契約をしておきながら、騙して奴隷として販売した商人などいくらでもいる。
 奴隷となると高値で売れるからだ。

 一度、奴隷で売買されると、裁判で覆すには、複数人の証言や証拠書類が必要なのだ。
 16世紀には、日本人もスペイン人に騙されて、奴隷で売買されたことを日本人はあまり知らないようだ。

 なので、私は、この男たちが何らかの契約をして、この孤児たちを売買しようとしているのだと直感した。

 さて、素手の私にできることと言えば、あれしかないのだけれど、ここで実演してもよろしいのでしょうかね。


 しばらくして、院長先生とデリアさん、先輩修道女二人が駆けてきた。

「誰が、デカ女ですって? もう一度言ってみろ」と、身長164センチの女が叫んでいた。
 この時代、男子の平均身長が160センチ少々の時代に、この女の背丈は大きく感じる。
 で、この女は誰だ?
 私だ!

「お姉ちゃん、やっちゃぇ!」と、クライネスが言っている。

「痛い。止めろ」と、べそをかいている男は、ドイツ騎士団の修道女服を着た女に、顔を鷲掴みされ頬から血を流し、さらに、女のもう片手は男のベルトを掴み、男の身体は高く持ち上げられていた。
 で、その女は誰だ?
 当然、私だ。

 他の二人が助けようにも、持ち上げられた男を盾のように使われて、私に近づくことが出来ない。

 何故、私が怒りをまき散らしているのかって?
 クライネス、説明してくれたまえ!
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