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第二章 握力令嬢、修道女になる
2-10.直接製鉄
しおりを挟むヤスミンは、ドイツ騎士団の館から、この街で借りている職場に戻る最中だった。
「あのクッキーは、バターが足らないな。先ほどの背の高いシスターが焼いたのだろうか? 硬いわ」
さて、職場に着いたヤスミンは、水を用意している。
水は雪解け水から作ったものを使う。
次に炭を用意している。おそらく、この炭もこだわりの逸品なのだろう。
ヤスミンは少しばかり後悔していた。
水も炭も、高いのだ。
「無料で受けるのではなかった」と。
ヤスミンは私の剣を見て、「疲れている」と思った。
「混じり物が多くなっている。これでは、しばらくすると欠ける。あるいは折れる」
そして、炭に火がともされた。
ここからは、真剣勝負が始まる。
そして、勝負であるから、負けることもある。
だが、ヤスミンはここ数年は負け知らずだ。この鉄との勝負に勝ち続けている。
ヤスミンと言う職人は、そういう奴なのだ……
***
「いやぁ、我らのお嬢様は、実に面白いわぁ。今度は孤児院を買うって!」
「エマ姉さん。孤児院を買うってことは、商品は子供なのですか」
「あの正義感満載のお嬢が、そんなことするかい」
「まあ、正義の人殺しですからね」
「わはは。それは聞かなかったことにするよ。イリーゼ君」
「エマ姉さん、そろそろ、バート・メルゲントハイムですね」
ということで、アインス商会の連中が商品を積んで、このバート・メルゲントハイムにやって来た。
「お久しぶりね。エマリー」
「なんと、ミーナちゃん。その格好はなに?」
「『なに』とは?」
「いや、聞いた話では、女騎士になったという噂だったので、修道女のすがたをしているのだから、とっても驚いたのよ」
「えっ? 騎士?」
「そうなんです。お嬢様が、突如、ウィーンからいなくなったのは、騎士の称号を得るためと噂が流れております」
まったく、色んなことを言ってくれているじゃない。世間様は!
でも、ドイツ騎士団の本拠地にいるのだ。
騎士の称号も頂いても、悪くはないか!
しかし、馬に乗るのは、母の落馬事故以来、トラウマである。
さて、エマリー達と孤児院に行く前に、ヤスミンが整備してくれた私の剣を館まで持ってきてくれた。
「シスター。こちらが出来上がった剣です」
「では、見せて頂くことにするわ」と、言って鞘から剣を抜いた瞬間に分かった。
これはただ事ではないということが……
「エマリー……」
「ミーナちゃん、これは武器商人としても、黙ってはおられへんで! 剣の色つやが違うわ」
「お嬢様、た、試し斬りを行いましょう」と、イリーゼも興奮気味だ。
ドイツ騎士団城の騎士の館に向かうと、試し斬り用のストローを貸してもらった。
騎士たちも、何が起こったのかと集まり出した。
「では、斬るわ」と、言って私は試し斬りを行った。
「なんですって!!!」と、驚いた!
まったく引っかかるところがない。
ソードとは、斬るのでなく叩くものなので、「スパっ」と斬れたりはしない。どこか、ひっかかりがあるものだ。
それが普通なのだ。
だが、このヤスミンが整備した剣は、斬れる刃物に仕上がっている。
「エマリー、この剣は力などいらないわ。当てるだけで斬れて行く」というと、騎士たちが驚愕の顔をしている。
「ミーナちゃん。貸してもらっても良いかしら」
「ええ、エマリーも試してみて」
そして、斬った瞬間。
「ええぇ、なに、これは……」と、武器商人のエマリーまで、この始末だ。
当然、イリーゼも、周りにいる騎士たちもと収拾がつかないことになったころ、ヤスミンが一言放ったのだ。爆弾を!
「鉛ぐらいなら切れますね」
先ほどまで、盛り上がっていた格技場が、この一言で静かになった。
だって、鉛って小銃の弾だよ。それを切れるって、何を言っているのだ。こやつは!
だが、ヤスミンは自信があるようだ。その証拠に、手にしていた袋から、「溶かす前の鉛の板です」と鉛を取り出したのだ。
こやつ、初めから、そのつもりで鉛板を用意していたのだな。
「シスター。これを切って下さい」と、鉛板を壁に立て掛けた。
私は、もう、ヤスミンを信用するしかないと覚悟を決めていたので、ためらいなく、スパッと行った。
やや硬いバターの様だった。鉛がだ!
「これは、どういうことなのヤスミン?」
「実は、普通の製鉄法ではないのです。これが騎馬民族に伝わる製鉄法なのです」
それを聞いたが、どう反応して良いのやらと思っていたら。
あっ、エマリーが腰を抜かしてしまったわ。
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