握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

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第二章 握力令嬢、修道女になる

2-12.アンゲーリカ

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 ブランデンブルク辺境伯からドイツ騎士団城に手紙が届いた。
「ヴィルヘルミーナに騎士の称号は、いつ出るのか?」と。

「総長様……」
「司祭殿……」
「……」
「「「これは……」」」

「もう彼女は盛式の誓願を行いました。今更、騎士の間違いでしたとは、辺境伯様には言えません。総長様」
「ああ、でも、五月になれば帰るのだ。それまでにでも……」
「では、総長様。第三等級騎士にでもすれば、辺境伯様も納得されるのでは」
「そうだな。今からでも騎士にしよう」
「それが良いかと」
「はい、私も、それが良いかと」

 さて、私は、クライネスのいる孤児院への訪問の日だ。
 先輩修道女の許可を得て、エマリーと商会の従業員を連れて行く予定にしていた。

「場合によっては、彼女の商会が、孤児院の支援をしてくれるかもしれない」と言えば修道院も顔が立つ。

 私たちが、孤児院へ向かっていた頃、街では、クレマンティーヌの部下のジョルジェットが、ある女に声をかけていた。

「あら、おひさしぶりですわ。アンゲーリカさん」
「これは、随分とお久しぶりですね。エレーヌさん」
「アンゲーリカさんは、この街には? 旅行の様には見えませんが?」
「はい、実は、お嬢さまと供に来ておりまして。ハイ」
「まあ、そうでしたの。お嬢様は、今はどちらに」
「ええ、修道院で修業をされておられます」
「そうでしたか。私は、しばらく滞在しておりますので、また、お会いすることも」
「ええ、また乗馬の話など、お聞かせください」
「そうですわね。では、ごきげんよう」

 アンゲーリカ!

 その名前は、私も母も、「アン」と呼ぶ我が家の使用人だ。

 アンが、クレマンティーヌの部下を「エレーヌさん」と呼び、親しく話しているのは、母が落馬した乗馬場で顔見知りということだったのだ。
 乗馬友達だと。

「ああ、私はあの乗馬場では『エレーヌ』でしたか? 三年以上前なので忘れておりましたわ」

***

「お姉ちゃん!」とクライネスが私に駆け寄ってきた。
「お元気にしていましたか」
「はい。シスター」と、孤児たちの大半は、私たちのことを「シスター」と呼ぶのだけれと、このクライネスだけは、「お姉ちゃん」と言うのは何故だろうか?

 私との共通点と言えば、金髪碧眼か……

 さて、今日はエマリーたちアインス商会と孤児院側の話し合いを行う予定なので、修道女たちは子供の相手をしていた。
「お姉ちゃん、クッキーは?」
「もちろん、持ってきましたよ」と言うも、どうせクライネスが独り占めするのだろうから、一人ずつ紙に包んできた。
 これで、全員に渡るだろうし、もっと欲しい子どものために、予備も用意してきた。

「アインス商会の外商をしておりますエマリー・アインホルンです」
「この孤児院の院長をしておりますベルガーです」
「早速ですが、孤児院の年間費用を確認させてください」
と、収支の確認を始めたエマリー達だ。

「要するに、修繕費が捻出できていないので、このままでは建物自体が維持できなくなるということですね」
「はい、三年から五年が限界だと思います」
「食費は削れませんからね」
「はい、薪も高くて……」

 そう、冬支度をしないとこの地方では冬は越せない。
 薪や炭を用意して冬支度をする。隙間風が噴かないように修繕をする。
 これが秋の収穫後にする仕事になる。

 なので、この帝国の人間は思っていた。
「冬の厳しくない地中海の人たちがうらやましい」と。

 しかし、厳しい冬がこの帝国の人たちを鍛えてきたのも事実。この帝国で、哲学や文学、科学に工業が発達したのは、冬の間、想い耽るからだと言う。本当だろうか?

「では、今いる子供たちが成人するまで、支援をさせて頂きますが、出来れば……」
 そう、出来れば、もっと早くたたんで欲しいとは言いづらい。

「エマ姉さん、あれでよかったのですか? 空地に職場を作って働いてもらうとか。宿屋を作るとか。資金になることを支援しても良かったのでは?」
「イリーゼ。あの人たちには、商売は無理よ。まったく世間ずれしていないのですから。物を売ることは無理だわ」


***

「お嬢様、分かりました。アンゲーリカの話によると、ヴィルヘルミーナは騎士でなく、修道院で修業をしていると言っています」
「はい、お嬢さま、私も気になる噂を! この街に『暴力シスター』と呼ばれるシスターがいると耳にしました」

「『暴力シスター』だ?」とクレマンティーヌが言うと、三人は笑い合った。
 それが、誰だかもう明白なのだから。

***

 その頃、アンは修道院の自室で考えていた。
「マリア奥様ッ。今日、あの乗馬場で、よく見かけたご婦人のエレーヌさんとお会いしましたわ。きっと、これも天国の奥様からのプレゼントなのですね」と。



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