握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

文字の大きさ
36 / 126
第二章 握力令嬢、修道女になる

2-17.三十年戦争の火種 その1

しおりを挟む
 
 エッヘン!?

 私たちは、人体実験をしていた『賢い女たち』の小屋を見つけたということで、総長から表彰を受けることになった。
 そして、私は、三等級騎士となることが出来たわ。

 これからは、 ダーメ ヴィルヘルミーナ(Dame Wilhelmina。「女騎士ヴィルヘルミーナ」と言う意味)と呼ぶように!
 よろしいですね?

 また、ヤスミンも民間人ながら活躍したということで、金一封を頂いたようだ。
 無論、ヤスミンを採用しなかった人事担当者が、どうなったか?
 そんなことは、私は知らないわ。

「アンゲーリカさん。何でしたら、うちの騎士で独身の者もいます。再婚になりますが、よろしければ、お手伝いさせていただきますが、如何でしょうか」と、団長がアンの身の上話を持ちだした。
 無論、団長としては好意なのだろうが、アンの正体を知っている身としては「余計なことを」である。

「いえ、団長殿。その話は無かったことにお願いします」と、私の方で断っておいた。
「すみません。団長さま」とアンが答える。
 モジモジとしたところが、熟女だけれど可愛いな。

 さて、巡回中、私はヤスミン工房によく行くようになっていた。
 前にも言ったように、おさぼりだ。

 この日は、エマリーとイリーゼのアインス商会に加えて、クライネスも来ていた。
「お姉ちゃん、クッキー!」
「はいはい、作ってきましたよ」と、クライネスに手渡す。
「おっ、ミーナちゃん。上手になってきたね」と、エマリーが言ってくれた。
「バターも多めに」とは、ヤスミン。
 何のことだろうか?
 バターが多めとは?

 さて、エマリー達の話を聞くことにした。
「連絡事項としては、ウィーンがきな臭くなってきたわ。中規模の傭兵団が入ったみたいね。新教徒の領主を狙っていると思われますので、ご領主様の護衛を強化していただいた方が良いかと」
「うん。エマリー、父にも伝えておくわ。この間の様なことがあってはいけないわ」、そう、我がウィーンの屋敷が襲われたのだ。
 警備は強化しておかないといけない。

 しかし、領地から警備兵を動かすと、領地が手薄になるというジレンマがある。
 だから、傭兵のようにカネで解決できる武力は助かるのだけれども、あくまでカネで契約した者だ。より多いカネを積んだ方に寝返るのは、常識の範疇だ。
 その判断は父に任せよう。

「ヤスミンは、来月にでも、ラインラントへ引っ越ししていただきましょう。ミーナちゃんの領地の武器の手入れをして、領地を護るのも大事ですからね」
「これは、楽しみだなぁ。早く見てみたい」
「ええ、各国の武器を揃えているので、退屈はさせないわよ」
「益々、楽しみですね」
「その時に、クライネスもラインラントへ行って頂戴ね。新しい孤児院を作ることにしたの。その一人目になっていただくわ」
「う~ん、お友達も行けるの?」

 そう、エマリーが「孤児たちが成人するまで支援します」と言った孤児院だが、出来るだけ早く引き取り手が見つかるようにと声をかけているし、別の孤児院が引き取ると言った場合、移籍している。
 また、新しい孤児の受けいれは行っておらず、孤児たちは減る一方なのだが、これで赤字を縮小しているということになる。
 なので、最後の子が成人する時間は圧縮できている。

 当然、小さい子の養子縁組には力を入れているなど、エマリーとしては申すまい……

 それと、エマリーは、現在、行われている宗教戦争の後、大規模な戦争があるかもしれないと考えており、その際、必ず領地に孤児院が必要だと思っている。
 そのノウハウを、今のうちに貯めておきたいのだ。
 次の領主となるヴィルヘルミーナのためにも。

 ということで、来月末には、ヤスミンとクライネスがラインラントの我が領地に行くことになった。

「実は、先ほどのウィーンの話なのだけれど、もしかしたら」
「まさか、ブルゴーニュの亡霊?」
「傭兵だから、その可能性はあるけど、問題は狙いよ」と、エマリーが言うと、私は彼女の顔をしっかりと見た。その顔は冗談ではなく、真剣そのものだった。

「もしかしたら、王家とかバイエルン大公辺りが手を汚さず、何かをしようとしているかもしれないわ」

 このエマリーの言葉を聞いて、王家からバイエルン大公国に嫁いだアンナ・フォン・エスターライヒ夫人のことを思い出した。

「何かする?」
「分からないわ。ただ、バイエルン大公国から接触したようね。傭兵団と」

 確かに、それは変だな。

「あるいは、皇帝の弟のマティアス殿下が、何かをしている可能性もありうるわ」

 それは、頭が痛い。
 皇帝とその弟の不仲は、歴史上最悪の兄弟と言われている。
 そして、弟は新教徒嫌いで、「兄が宗教対策をしないから、帝国が乱れている」と吹聴している。
 じゃあ、自分が何とかしろよ!
 
***

 しかし、何事もなく、ヤスミン達の出発の日がやって来た。
「では、ヤスミン。我が領地のこと。お願いするわね」
「お嬢様、武器のことなら任せてください。どの領地の武器にも負けないぐらい整備いたします」
「それは、楽しみね」

「お姉ちゃん。また、クッキーを焼いてね」
「分かったわ。お安い御用よ」
「うん」

 この孤児の女の子が、私を「お姉ちゃん」と呼び、「クッキー」にすごく執着することについては、よくわからないけれど、昔から、目つきが鋭いので近寄りがたいと言われ続けてきた私には、よく懐いてくれるクライネスが可愛い妹のように感じるわね。

「ふふふ」

 エマリーとヤスミンとクライネスはラインラントへ旅立った。
 イリーゼは数日後、ウィーンの支店に戻って行く予定らしい。

 ここ最近は穏やかだ。
 私の命を狙っている連中も、どこへ行ったのだろうか?

 その平穏を破ったのは、ウィーンからのニュースだ。

 騎士団の連絡は早い。
 馬で、隣の騎士団領地へと伝えるのだから、アッと言う間に帝国内での出来事は伝わる。
「ライン宮中伯が賊に襲われて重体だそうだ」ということも。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...