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第三章 プロイセン公国へ(失われた栄光のために)
3-2.ウィーンの屋敷
しおりを挟む我が領地の屋敷に数カ月ぶりに戻ってきた。
屋敷の前に馬車が停まったのだけれども、イリーゼが「降りてはいけません」と言う。
おそらく、警備の関係だろう。
ある男性従業員が、屋敷のドアをノックしているが、なかなか、ドアを開けてもらえない様だ。
「これも用心しているのね」と、納得なのだが、早くしてくれよ。
こんな時にアンがいてくれたら、「アンでございます」の一言で終わるのだけれども。
そう、我が屋敷でアンを知らない者はいないのだから。
ようやく、ドアが開いた。
しかし、まだ、揉めているようだ。
見るからに、「お嬢さまが、ここにいるはずはない!」とでも言っているようだ。
「イリーゼッ。もう良いでしょう」
「いえ、ここまで来て、もしものことがあってはいけません。私が行きます」と言うと、イリーゼは馬車から駆けて行った。
すると、なんとうちの使用人が、頷いている。
――こ、この娘は、どうやったんだ?
イリーゼが戻ってきて、「さあ、お嬢さま、もう大丈夫です」
「あ、そうなの。で、では」と、私は、この13歳の娘にたじろいでしまった。
末恐ろしい奴だ!
私が、馬車から降りるのが見えたのだろう。先ほどの使用人が駆けてきた。
「お、お嬢さま、おかえりなさいまし」
「ただいまですわ。先ほどは、何を話していましたの?」
「いえ、この屋敷では、武装組織からの襲撃に備えておりますので、用心をしておりました」
ふむふむ。
それは、わかる。
なら、益々、イリーゼが何と言ったか気になるではないか?
しかし、使用人もイリーゼも教えてくれなかった。
なぜ?
そして、自室に入ると、何故か、用を足す瓶が置いてあった……
「あいつめ!」
さて、父上が屋敷に戻ってきた。
護衛兵も増えている。
「お父さま!」
「ヴィル、いつの間に」
「先ほどですわ」
「護衛もなく、バート・メルゲントハイムからか?」
「いえ、アインス商会に護衛をお願いしましたの」
「そうだったのか。せっかく戻ってきてくれたのだけれど、来週にはラインラントへ戻る予定だ」
なんと……
バート・メルゲントハイムからラインラントの領地へは近いのだけれども、ここウィーンは逆方向で、かなりの距離になる。
しかし、今回はお祖父さまのこともあり、やむなしだと思う。
「お祖父さまの病院に行って参りましたわ」
「そうか、残念なことだ。他の貴族たちも、動揺しているようだ」
「やはり傭兵でしょうか? それなりの規模の傭兵団がウィーン入りをしていると聞きましたわ」
「いや、そんな話は聞いていないが」
「バイエルン大公の手の者が手配したと?」
「なんのために?」
「そこまでは……」
とは言え、父上が「その傭兵がお祖父さまを襲った」と、私が思っていると感づいているのだろうけど、お互い知らぬふりをしておいた。
周りに使用人もいるし。
この日は疲れているので、寝ることにした。
翌日。
「旦那様、大変でございます」と、使用人たちが慌てふためいている。
「バイエルン大公が、バイエルン大公が……」
「おい、バイエルン大公がどうしたのだ?」
「はい、バイエルン大公が『ライン宮中伯さまが、選帝侯の仕事が出来ないし、その後継者がいないのなら、自分と選帝侯を変われ』と申されたそうです」
「なんだって!」
「お、お父さま」
我が家の後ろ盾であるプファルツ選帝侯こと、ライン宮中伯であるお祖父さまに代わって、バイエルン大公がプファルツ選帝侯になるだなんて!
そんなことになったら、我が家はどうなるの?
伯父さまや従兄弟たちがいるのに、「後継者がいない」だなんて、なんて失礼な奴なんでしょう。
だから、この時の私は、バイエルン大公の戯言としか思っていなかった。
これが、後の三十年戦争になろうとは、とてもとても……
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