握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

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第四章 ヴィルヘルミーナ、海へ!

4-15.反撃のヴィルヘルミーナ

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 私とその騎士が、ヴィルヘルミーナの部屋の前に行くと、既に数人の住人が来ていた。
 これって、城門から、まっすぐにここに来たのか?

 そして、一般住人が棒や石を持った程度にしては、手強い。
 一般兵が棒や木剣で対応しているが、武術経験者を手こずらせるとは、なんかおかしい。

「尻だ! 尻が弱点だ。尻を撃て」と叫んだ。
 しかし、一度では効果がない。
 二度、三度打たれた者が、ようやく活動停止した。

 催眠術兵士にも、精鋭兵と言うものがあるのだろうか?

 そこに、さらに催眠術にかかった住人が現れた。
 その先頭に立つ者はステラだ。

 ステラが一人を捕まえて、眼をのぞき込んでいる。
 すると、催眠効果が上がったのだろうか?
 動きが良くなった。
 例えるなら、疲れた時に、興奮剤を摂取したような感じだ。

「くそ、黒色火薬があれば……」

「ヴィルヘルミーナ! 出てきなさい」と、ステラが、ドアをノックした。
「何故、黙っているのです。出てきなさい」と。

 いるわけないわ。
 本人は、廊下にいるのだから。

 すると、使用人のC子がビビったのか、「お嬢さまは、今、外出中です」と返答したのだ。
「外出ですって。誰も見てないわ。彼女が城門から出て行ったなんて」
――門番まで催眠術をかけていたのか?

 ステラは、ドアを開けようとしているが鍵がかかっており、開けることが出来ない。
 そこに、一般兵が五人、こちらにやって来たのだが、何故か住人と一緒なのは何故だ?

 その一般兵の一人が、なんと抜剣してしまった。
「イカン、これは!」
 私たち騎士は、剣の鞘を使い抑え込んだが、他の兵士が抜剣しようとしている。
「一般兵にまで催眠術が……」
 気が付けば、一般兵の相手をしている間に、一般住人がドアを叩いている。
“ドンドン、ドン”
 使用人C子の悲鳴が聞えそうだ。

「開けなさい!」
「ステラさん、お止めになってください」と、部屋の中から声が聞えた。
「良いですか、クリスタさん」
 なに? C子の名前はクリスタか? C子で正解だったと!

 その時、ステラの背中が空いていた。
「今だ! 尻を狙える」と、ステラの尻を蹴り飛ばした。
 その勢いで、ステラは顔をドアで強打した。

「これで正気に戻るだろう」と、私は内心安堵していたのだが。

「うぅぅ」とうめき声をあげているステラ。
「あれで気を失わなかったのは誉めてあげるわ」
「よくも、お前はぁぁぁ」
 なんと、あの勢いで蹴られ、顔を強打したのに……
 私がたじろいでしまった。
 その隙に催眠術にかかった者が押し込んできた。

 そして、一人の一般兵の様子がおかしくなり。
「う、う、う、うあっ……」
「おい、どうした?」と、騎士が尋ねているが、うめき声を続けている。そして動かなくなり、ついには、
「私は白魔術師だ! 黒魔術師に魔女はどこだ?」と催眠術にかかってしまった。

「皆、眼を見るな! 眼を見て相手の話を聞いたら催眠術にかかってしまうようだ」と、私は怒鳴るように叫んだ。
「分かった。眼を見るな」
「おう!」

 しかし、眼を見ずに闘うということは、相手の動きの基である眼から視線を逸らすので、実はすごくバランスが悪いのだ。
 なので、攻防のレベルが一段低くなり、撃たれるものが出だした。

「ステラぁぁぁ」と、棒でステラの尻を叩くことに成功するも、痛いようだが催眠術は解けなかった。
 なので、一度、催眠術が解けたものも、ステラの言葉で、また催眠術がかかるようだ。
 そして、二度目、三度目は簡単にかかっているわ。
 中毒性があるのか……

 私は、部屋の前のドアの攻防をしていると、新たな増援と新たな侵入者が現れた。
「魔女のヴィルヘルミーナは、ここか?」
「捉えろ!」と、双方の言葉が交錯する。

――尻を叩く以上の刺激とは何か? あれを試してみるか?
 かわいそうだが。

 また、私の評判が下がるが、このままでは屋敷も荒らされてしまうし、死人が出ていないのが不思議なぐらいの攻防だ。

 私は決断した。正体がバレるかもしれないが、皆の命が大事!

 私は、鍵のかかっているドアに手を伸ばすと、すっと合鍵で開け、中に入った。そして、すぐに鍵をかける。
 ここまでは上手く行った。

「お嬢さま……」と、C子、改めクリスタが震えながら、こちらを向いていた。
「クリスタ! 簡単でいいからドレスアップして! 動けるぐらいの軽装で。コルセットは要らないから」
「はい」
 私は「女騎士の日常」から、動きやすい令嬢の姿に変装した。いや、変装なのか?
 今や、女騎士が日常なのか、令嬢が日常なのか、よくわからないわ。

 準備が出来ると、タンポ槍を護身用に部屋に於いてあるので、それを持ち、出撃することにした。
「バンダナを外すと見えやすいわ。ふふふ。では、クリスタ、ドアを開けて頂戴な」
「はい」と言うクリスタは、不安そうだ。
「大丈夫だ。お前も守ってやる」と言うと、ドアが開けられた。
「ハアァァッ」

「出てきたな。ヴィルヘルミーナ!」とステラが言うと、三人ほど前に出て、催眠術なのか白魔術なのかを発動させようとしている。
「させるかぁ」と言うと、一呼吸で三人の溝落をタンポ槍で突いて吹っ飛ばした。
 まあ、アバラは折れただろう。

 これを騎士や一般兵だとやりづらいが、伯爵嬢を襲ったのだ。すでに、問答無用の重罪なのだ。
 これを遺憾なく使わせていただく。

 リミッターの外れた私は無双していた。
 まあ、タンポ槍だ。先端はふんわりとしている。

「ステラ様! これでは」
「ヴィルヘルミーナ! 私の顔を見ろ」
「いつも俯いていたくせに、何が『私の顔を見ろ』だ」と言うと、私はタンポ槍を長く持ち、正面からステラのスカートを捲った。
 そして、思いっきり尻をつねってやったわ!

「ギャァァァァァ」
 そして、大臀筋のあたりから血が噴き出す。

 男達は見なかったふりをしている……

 うん、まともに大事なところが見えたからね。
「嫌よ、嫌よ。ヴィルヘルミーナ嬢に、また虐められるわ。怖い。怖い」
「私がそんなに怖いの」
「えっ、お嬢さま……私、どうして」
「スカート、おろしなさいよ」と、私が言うとステラは、しゃがみこんでしまった。

「正気に戻ったようだわ」

 ステラは、正気に戻ったので、催眠術にかかった者は尻を叩いて元に戻すとして、気になるのは、ここに首謀者がいるのではと言う疑問だ。

 何故かと言うと、「犯人は現場に戻って来る」というようなもので、ステラが上手く行ったか、どうか確認したいはずだ。
 それとも、身の安全のために、ここにおらず、後日、確認するのか?

 気になるはずだ!

 もし、いるとなると、催眠術にかかったふりをして紛れているはず。
 そして、正気に戻った一般人は、邪魔になるので、追い出されているから、尻を叩かれずに、ここから去ろうとするはずだ!

「正気に戻った者! 動くでない。取り調べる」と言うと、騎士に「一列に並ぶように」と指示した。

「さて、並んでいただいたのはほかでもないですわ。この中に首謀者がいるかも、かもしれないのですわ」と、徐々に口調も令嬢モードに戻ってきた。

「首謀者だって?」と、ざわめいている。

「さて、ステラ」と言うと、いつものオドオドしたステラに戻っていた。
「は、はい、お嬢さま」
「この中に首謀者がいるか。わかるか?」
「いえ」

「では、一人一人に聞きますわ。まず、一番前の彼の尻を叩いた者は、誰ですの」
「はい、私が叩きました。間違いありません」
「良いわ。下がっても」
「次……」と、一人一人確認を初めて、数人目だ。
「彼の尻を叩いた者は?」
 誰も手を上げなかった。

「嘘だ。私は叩かれました。そう、あの女騎士に。あれ、女騎士はどこへ」
――こいつか! 見つけたぞ。

「あら、彼女は、どこへ行ったのかしらね。ところで、貴方は、どなたなの。お名前を教えて頂戴な」
「はい、私は、医師をしております。ベルツです」
「ベルツ先生。貴方が首謀者ですわ。皆、取り押さえて!」
「何故だ。私は尻を叩かれたのだ」

 すると、クリスタが「女騎士:ヴィルマさまは、お嬢さまが出陣するので救援を呼びに、この窓から出て行かれました」と、部屋から出て説明をしてくれた。
 そこには、しっかり、窓が開けられていたが、「開けたままにはしないだろう」とは言わないことにした。
――クリスタ。助かったよ。

「ほう、ベルツ先生。ここにいない女騎士に尻を叩かれたのですか? 私がここに来たときは、まだ催眠状態でしたわ。覚えておりますから」と、私は嘘をついた。
「ううう。ステラ・キルヒナー。魔女に鉄槌……」と、催眠術を使おうと手をかざしたので、すかさず、兵士が棒で背中を叩き取り押さえた。

「縄を! 口と目隠しを忘れずにだ」と、騎士たちの指示のもと、首謀者が捉えられ、一件落着した。

 その時、赤い目のカラスが飛んで行ったこと等、誰も気が付かなかった。

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