握力令嬢は握りつぶす。―社会のしがらみも、貴公子の掌も握りつぶす― (海賊令嬢シリーズ5)

SHOTARO

文字の大きさ
75 / 126
第五章 アイルランドの女海賊と海賊団結成

5-3.黒い

しおりを挟む

 正面にイングランド王国の海軍艦が現れた。
 ロイヤルネイビーだ!

 とはいえ、一般の漁船に毛が生えたようなものにすぎないのだ。
 一国の海軍艦としては、物足りない。

 この時代のイングランド王国の海軍は、漁船や商船を改良した程度で、スペイン海軍のように“一国の海軍”と言う代物ではない。

 そして、三隻ある中の一隻が、本船に近づいてきた。

 そこで、エマリーが「ハッ」とした!
「ミーナちゃんとヤスミン、隠れて頂戴。二人を海軍にさらわれるわけにはいかないわ」

 さらわれる!

 私が?

 ここは他国だ。
 ましてや、今は女水夫に変装している。エマリーの言う通り、緊張感を持たないといけないわ。
 なので、水夫の案内で、ヤスミンと二人、コンパニオンから暗い船底へ向かう。
 途中で、ヤスミンも私も革袋を部屋で取り、そのまま、バラストに紛れる。
 たかだか、30メートル弱の中型船。しかも、四階層しかないので、隠れるところとなると、船底のバラストしかない訳だ。

 なんか、黒い昆虫がいそうだわ……

「で、ヤスミン。その革袋には何が?」
「ええ、私の作った傑作品ですよ。マスケット並みの威力のあるアルケプス小銃とか。お嬢様の袋はなにが?」
「こちらは、ドイツ騎士団の黒十字のサーコートとホーバークとヤスミンに鍛えてもらった剣よ」※1

 もしもの時のために、着こんでおくことにした。
 鎖帷子は水に沈むので、よろしくないと思うが。

 そう!

 鎖帷子が沈もうが、あまり関係ないかもしれない。
 ほとんどの海兵も水夫も泳げないのだから。
 それは、21世紀になっても変わらない。

 そもそも、大海原で泳げても、意味がある?
 サメより速く泳げたり、遭難したところから、大陸まで泳げたり出来ることは無い。
 海に落ちたら、あとは海流に流されるだけなのだから。

 さて、甲板ではエマリーと海兵とやり取りが行われていた。
「オーナーのエマリー・アインホルンです」
「私は海軍大佐のジェームスだ。さて、良い船を持っているな」
「おほめにいただき、ありがとうございます」
「さて、船内を確認させていただく」と言うと、海兵が船内に入って行くようだ。
 エマリーは、「まずい!」と思った。
 隠れているとは言え、避けたいものだ!

 そこで出た言葉が、
「あの……大佐殿」
「なんだ?」
「この船は幽霊が出るのです」
「ほう、どんな幽霊が?」
「はい……」、エマリーには幽霊と言うと女騎士:アグネス様しか、思いつかなかった。※2

「女騎士の幽霊です。ドイツでは有名な幽霊でして。ハイ」
「それは楽しみだな。オーナー殿」
「……」

 そして、海兵が階段を降りるのを見て、水夫たちが、身体に隠しているナイフなど、自分の武器を確認したことなど、海兵たちにはわからなかった様だ。
「エマリーお嬢さんの合図さえあれば、いつでも殺しますよ」ということだ。

「ところでオーナー、このキャラベルは我が海軍の船より良い船だ。一つ譲ってくれないかな」と、軽く笑った。

――やはり、来たか。このまま、持って行かれては、バラストに隠れているヤスミンとヴィルヘルミーナ嬢まで連れて行かれるわ。
 そんなことをしては、ご領主様に合わせる顔がない。
 我が家の恥!
 アインホルンの血統にかけても、ここは譲れない!

 エマリーは、二度頷いた。
 それを見ていた水夫たちは、活動を開始した。

「大佐殿。貴方は状況が分かっていないようね」
「オーナー、何を言っているのか?」
「実力が違うということ、そして、財力も違うということを、知るとええわ」

 ある海兵が「うわぁあ」と言うと、身体が中刷りになっていた。
 首に縄がかかっている。

 すると、また、もう一人、さらに一人と中刷りになっている。
「大佐ぁ。あんたのせいやで」と、エマリーが本気になると上方の言葉が出る。
「海軍に手を出して、無事と思うな」
「ふふふ」

 しばらくして、海兵の悲鳴が聞こえた。
「でたぁ。誰か助けてくれ」
 次の瞬間には、コンパニオンから鎧騎士が這い出てきた。

「き、気持ち悪い……」
「幽霊だ!」


***


 カサカサカサ!

 バラストの中に隠れていたヴィルヘルミーナとヤスミンの二人だが、
「ヤスミン、結構、長引く感じね」
「はい、辛くなってきましたね」

 すると、暗闇の中、“コツ、コツ”と足音が聞こえてきた。

「ここは、バラストか。しかし、よく整備されていて良い船だ」と言った海兵は、疑問に思った。
「なぜ、こんなところに、騎士の鎧が置いてあるのか」と。

 グレートヘルムを被り、腕はホーバークに剣を持っている。
 サーコートには、黒十字のマークだ!
「気味悪いぜ」と言い、グレートヘルムを指で叩いた瞬間。
 その鎧騎士は動き出した。
 それは一瞬だった。
 電光石火の動きだった。

 鎧騎士が、海兵の指を掴み、握りつぶすまでは……

“ボキッ”

「うわぁぁぁ」
 海兵はあまりの激痛で、動けなくなってしまった。
 指先などは神経の多いところだ。
 痛みが激しく感じる。

 そして、鎧騎士は、この海兵を蹴り飛ばしたところ、気を失ったようだ。

「お前も始末してやる」と、鎧騎士が話した。
「うわっ、幽霊の話は本当だったのだ」

 そして、海上は、エマリーの商船とイングランド王国海軍船に急接近する船があった。
 それはそれは、黒く染められたキャラック船団が、近づいていたのでした。


※1 ホーバーク 鎖帷子で長袖のもの
※2 第一章 第一話を参照
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【読者賞受賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

☆ほしい
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞受賞(ポイント最上位作品)】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...