B級彼女とS級彼氏

まる。

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第一部 第1章 再会してしまいました

第11話〜直接対決、再び〜

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 片側の足に重心を置き、腕を組みながら指をトントンと忙しなく動かして小田桐がふんぞり返っている。私に向けられたその視線はやけに冷たいもので、一体私があんたに何をしたというのかと、又もや逆切れを起こしてしまいそうになるのをぐっと堪えた。

「おだっ――」
「またあんたかよ! 何でいつもいつも歩ちゃんの後をつけ回すんだ!? あんたあれか? 今流行はやりのストーカーってやつか?」

 私が小田桐に言おうと思った事を、慎吾さんが代わりに言ってくれた。そして、またもやあの夜を彷彿とさせるポメラニアンとハスキーの熱い戦いが火蓋を切る。慎吾さんが先制し、小田桐を煽り始めた。誰よりもプライドの高い小田桐は、慎吾さんから浴びせられた言葉に逆上し、徐々に感情的に……

「お前、……誰?」

 ……なることなく、流石の私も肩透かしを食らった気がした。
 戦うも何も、小田桐は慎吾さんの事なんてどうやらこれっぽっちも覚えていないようだった。

「ぼ……お、俺は歩ちゃんの上司だってこないだ説明したろ!?」

 戦わずして敗れた慎吾さんは仕方なく説明をするが、それはもうなんとも憐れで見てられない。

「こないだ? いつ?」
「だからっ!」

 全く相手にもしてもらえていない慎吾さんが、どうにも可愛そうになってきた。そしてやはり、小型犬が大型犬にキャンキャン泣き喚くという構図が出来上がっていた。

「――? おい、それ……」
「え?」

 小田桐が視線を落とし、慎吾さんが手にしているぴよこ饅頭の紙袋を凝視している。よっぽどぴよこが好きなのかとか勿論そんなわけではなく、厳密に言うと、紙袋の中に入っているのが自分の服だと言う事にどうやら気付いたのか、大きな目が更に大きく見開き、みるみる眉間に深い皺を刻んだ。

「おい! これ、俺のじゃねーか! 何でお前がこれ持ってんだよ!?」
「は?」

 慎吾さんは紙袋の持ち手を広げて、再び中をじっと見ている。「寄越せっ!」と乱暴なものいいで小田桐が紙袋を奪い取ると、ガサガサと中身を取り出した。
 自分の服を握り締め、顔を上げた視線の先は勿論私に注がれていて、物凄い睨みをきかせている。そして、もう一つの視線に気付いた私は恐る恐るそっちへ目を向けると、どういうこと? とでも言いたげな慎吾さんは、瞬きもせずポカンと口を開けていた。
 二人から浴びせられるその視線にたじろぎ、私は思わず一歩後ずさった。

「へ??」
「『へ??』じゃないよ! 歩ちゃん一体どう言う事? この人とは単なる同級生だったんじゃないの!?」
「芳野、お前何でコイツがお前ん家に置いてた俺の服を持ってんだ? ああ゛?」 

 二人の標的が今度は私になり、少しずつにじり寄って来る。はたから見ると、二人の男にいい顔をしたが為に自滅してしまった哀れな女の様に見えるであろう。いや、それは少し語弊があるか。なんせ私とこの二人の関係は片や職場の上司であり、片や単なる高校時代の同級生。しかもたった数ヶ月ってだけなのだから。
 しかし、困った。小田桐はどうでもいいが、慎吾さんには何て説明をすればいいのだろう。ついこの間“男の本性とは”について懇々と説明を受け、さらには名指しで小田桐に気をつけろと言われたというのに、その小田桐の服が私の家にあって、しかも自分がそれを着させられたのだと知ったら流石に気分も悪いだろう。別に昔の事を隠すつもりは毛頭ないのだが、今この場で「実は高校生の時、私は小田桐と仲良しだったんです、テヘ」なんてイタイ発言が出来るわけが無い。そう思っていたのは実は私だけだったのだし。

「いや、それは、その」

 いつまでもお茶を濁してばかりではっきりしない私。小田桐はとうとう痺れを切らしたのか、次の狙いが慎吾さんにシフトした。

「お前、何でこれを持ってる」

 自分の服を慎吾さんの目の前に突き出し、小田桐が凄んだ。

「それは……服を汚したから、歩ちゃんが貸してくれたんだよ。あんたのだって知ってたら絶対着るもんか」

 それに怯む事無く慎吾さんも冷静に対応している。

「汚した? ――もしかしてお前、あん時芳野にゲロ撒かれた奴か?」
「ぐっ、……やっと気付いたのか。そうだよ、あん時歩ちゃんと一緒に居た男だよ」

 ここで、やっと慎吾さんとあの時のゲロまみれ星人が小田桐の頭の中で結びついた様だった。あの時の事を思い出したのか、小田桐は口の端をあげて半笑いになっていたが、そんな人を小馬鹿にした様な態度はすぐに急変した。上がっていた口の端がみるみる下がり始め、代わりに片方の眉がクッと上がる。

「お前、まさかあの後芳野の家に行った、――とか言うんじゃないだろうな?」

 わかりやすい小田桐の態度の変化に気付いた慎吾さんは、ここぞとばかりにそこを攻め始めた。

「そうだけど? 歩ちゃんが僕の服を洗ってくれるって言うから、僕はその間シャワーを浴びてたんだ。それが何か?」

 慎吾さんのそのまるであてつけているような言い方に寒気を覚える。そんな風に言っても小田桐には何の効果も無いと言うのに。

「――は? 何だお前、この俺がそんな話聞いて逆上するとでも思ったの?」

 ほら、やっぱり。逆に私が恥ずかしくて居たたまれなくなってきましたよ。ってか、この小学生レベルの詰り合いみたいなやりとりは一体いつまで続くのだろう。すっかり放置されてしまっている私は、ずっとこの二人のやりとりを顔を真っ赤にしながら見届けなければならないのだろうか。そうだとしたら、これはなんと言う羞恥プレイだ。

「いや? あんたが何で歩ちゃんの家に行ったのかって聞くから、僕は答えただけだけど? 何? 他に深い意味でもあったのかな?」
「……別に」

 急に真顔に戻り、小田桐はそっぽを向いた。両手をズボンのポケットに突っ込み、軽く舌打ちをしている。
 しばらく間をあけて、小田桐はもう一度慎吾さんに顔を向けた。その横顔には先ほどまでのいきり立った様子は一切なく、いつもの冷静な小田桐に戻っていた。

「あんた、こいつの何なの?」

 視線は慎吾さんから決して外さず、顎だけを私の方へクッと向ける。

「だから、僕は歩ちゃんの上司だと」
「それはさっき聞いた。だが、単なる仕事仲間の家でフツー風呂なんて入らんだろ」

 具体的に私との関係を聞きなおされた慎吾さんは、私の方を見ながらどう答えれば小田桐を打ちのめす事が出来るのかと考えているようだった。そうしてやっといい答えが浮んだのか、ハッとした顔をして小田桐を見上げた。

「僕は、歩ちゃんの兄だ!」
「はぁっ!?」

 ずっと黙って二人のやりとりを見守ってきたけど、流石にこの発言には無理があり私は思わず声を上げた。よりにもよって、私の兄とは慎吾さんは一体どうしてしまったのだろうか。
 小田桐は一旦私へと視線を移してから、すぐに慎吾さんを見下ろして一際冷静な声で言った。

「――こいつに兄貴は居ない」

 明らかに嘘だと思われる慎吾さんの言葉なのに、小田桐は真顔で返す。なんだかその言い方に別の意味が含まれている様な気がして、お腹の奥がぎゅっと締め付けられる感覚がした。

「いや、だから、……兄みたいなもんだってこと」

 苦し紛れに言ったとはいえすぐに覆す事が出来ないのか、慎吾さんは私の兄なのだと譲ろうとはしなかった。

「そんな家族ごっこ、こいつにはなんの意味もなさない」
「『ごっこ』って、 あんたは歩ちゃんの何を知っててそんなこと」
「俺は、……芳野のことならなんだって知っている」

 そう言って啖呵を切ると、視線を慎吾さんに残しながら私の方へと向かってくる。無言で小田桐の服が入った紙袋を差し出され、思わず両手を引っ込めた。

「そ、それあんたのなんでしょ? だったら小田桐が持って帰んなよ」
「また今度お前んち行くから、置いといて」
「は、はぁっ? 勝手に決めないでよ」
「――」

 私が受け取る様子が無い事を察した小田桐は差し出した紙袋を下ろすと、すぐ側にある店の裏口の方へと向かう。扉の横に置いてあるゴミ箱の蓋を開け、何の躊躇いも無くその紙袋をポイッと放り込んだ。

「なっ、何してんの!?」
「……もういらねーから」
「ばかっ! 人がせっかく七年間も保管してたっていうのに!」

 小田桐がゴミ箱の蓋を閉め、私は慌ててゴミ箱に駆け寄ろうとした。その時、

「――聖夜まさやさん? そこに居るんですか?」

 その艶やかな声にそこに居たみんなが一斉に振り返った。
 スリットが深く入った黒いタイトなスカートから伸びる綺麗な足。谷間が見えそうなほどに胸元があいたシャツ。長い黒髪をなびかせ、真っ赤な口紅をつけたフェロモン満開な美しい女性がこっちを見ていた。




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