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第7章 確執
第2話~忘れたい事~
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「カナ!」
オフィスビルの入り口を出たところで、彼女を呼ぶ声が聞こえる。顔を上げると、特に変わった様子も無くいつもの様に柔らかい笑顔で出迎えてくれるジャックがいた。
側へと近づいていけば、車の扉を開けて叶子を包み込むようにしてエスコートしてくれる。全く普段通りの彼を見ていると、自分の悩みは何てこと無いのかもしれないと錯覚してしまいそうになった。
今日こそは彼達が何を企んでいるのか聞かせてもらえるだろう。聞きたく無いような気もするが、聞かないとすっきりしないと、ラ・トゥールに向かっている車中で話を切り出した。
「ねぇ、この間のお芝居って結局何だったの? 今日は二人で会ってても大丈夫なの?」
「ん? ――ああ、あれはもう済んだ事だから気にしなくていいよ」
「済んだ……って、私には説明無し?」
なるべく事を荒立てないようにとやんわり尋ねたつもりだった。首を傾げながらジャックの方を見ると、彼は一度視線を落としてからその視線を窓の外へと移した。窓ガラスに映るその表情は、先程までとは違い少し悲しそうな顔に変わったのがわかった。
「君を……巻き込みたくないんだ。それに、僕もあの件は早く忘れたい」
「あ……、――」
マスコミに散々つけ回され、自由に動く事すら出来なかった毎日。どうしたらこの事態を鎮める事が出来るのかと、彼は毎日考えて苦しんでいたに違いない。その事を知らなかったのは、他でもない叶子に迷惑が掛からないようにと必死に駆けずり回っていたから、彼女の耳に届く事が無かったのだろう。なのに、自分は何も知らされていないと、部外者扱いされた事にモヤモヤしていた。
「ごめん、なさい」
ポツリと呟いた後、膝の上で組んでいた手が彼の大きな手の平で包まれた。
「僕の方こそごめんね。沢山心配かけちゃったね」
叶子の手をそっと握りながら、ジャックは優しく微笑んだ。
◇◆◇
「いらっしゃいませ。ジャックさん、ご無沙汰しております」
「やぁ、こんばんは。本当に久しぶりだね」
狭い入り口に彼が先に入り、いつもの様に挨拶を交わしている。話の邪魔をしないようにタイミングを見計らって彼の後ろにいた叶子がヒョコッと顔を出すと、懐かしい人物に声を掛けた。
「あの、お久しぶりです、野嶋です。覚えてますか?」
「――? ああ! カナちゃん?? ……え? 何? え? え?」
最初に出迎えたのはラ・トゥールのオーナーで、叶子も勿論良く知る人物だった。絵里香には今日、自分が行く事をメールで知らせておいたのに、どうやら絵里香はその事を誰にも言っていなかったのだろう。オーナーは瞬きをも忘れて、ジャックと叶子を何度も見ては二人の関係を知りたそうにしていた。
どういう風にオーナーに説明すればいいのかと迷っていると、そのことに気付いたジャックが「ああ」と呟いた。
「ちょっとした縁でね、彼女は僕の大事な人なんだよ」
「え!? ええー?? そうでしたかー! それは、それは……、あのカナちゃんが! はぁー!」
仮にも自分の知り合いの前で、肩を抱かれながらそうやって紹介されるのは流石に恥ずかしい。
「ち、ちょっと……そんな説明の仕方、恥ずかしいよ」
と、頬を染めながらそう言ってしまったのを、すぐに後悔することとなった。
「ん? じゃあどんな紹介をしたら良かったのかな?」
叶子の顔を覗き込んだジャックの目は、明らかに恥ずかしがっている彼女を更に辱めようと企んでいる様な目つきになっている。その表情をみて顔をひきつらせていると、ジャックはここぞとばかりに喋り始めた。
「じゃあさ、こういうのはどう? 彼女は僕の愛する人です、もう僕は彼女しか見えません、彼女に人生の全てを捧げてもいいと思える程です! とか?」
「な、何言っ――そ、そんなの紹介でもなんでもないじゃないっ」
「ああ、そっか。単に僕の君に対する気持ちを並べただけになってしまったね」
「もっ、だからぁー!」
彼に追い討ちを掛けられて、とうとう耳まで真っ赤になってしまった。オーナーの顔を見る事が出来なくなった叶子は顔を両手で塞ぎ、彼の後ろに隠れてしまう。ジャックは自分の後ろに隠れている彼女を見ながら、ゲラゲラと満足そうに笑っていた。
彼が帰ってきてからもゆっくりと過ごす事が無かったせいか、叶子はジャックの取り扱い方を忘れていた。
ジャックは優しいだけでなく意外にSっ気がある。常にSな人なら身構える事も出来るが、こう忘れた頃にSな部分を出されると対応が間に合わない。
「はは、――あ、ほら、カナ行くよ」
「……、――? あ、」
顔を塞いでいた手をふいに剥がされたと思ったら、そのまま彼に引っ張られるような状態で歩き始めた。
「……」
ジャックといると嫌でも視線を集めてしまう。窓際のカップルも、ここのスタッフも仕事の手を止めてまで彼を見ている。彼が注目されるのはいつものことで、当の本人もそれに慣れたのか至ってマイペースだ。だが、そうなると、次に注目されるのが当然叶子で。これ程ハイスペックな男性だと、どんな女性を連れているのかが皆気になるのであろう。自分に視線が移るのを感じると、いてもたってもいられなくなった。
「ね、ちょっと、手! 手!」
「ん? ……ああ」
叶子の手首を捉えていた彼の手がパッと離されたと思ったら、何を勘違いしたのかガッチリと繋ぎ直した。満足そうに微笑んではいるが、明らかに叶子を困らせたくてやっているのがわかった。
「ち、ちが――?」
叶子の言葉を遮るように、急に立ち止まると彼女の前に立ちふさがる。背の高い彼に覆いかぶさられるようにして上から覗き込まれ、目の前に大きな黒い影が出来た。
「あんまり、我侭言うと――」
次の言葉は、誰にも聞かれないように身体を折るようにして耳元に囁かれた。
「ここでキスするよ?」
「ばっ!? ……ひゃあっ!」
ジャックが離れようとした時、軽く耳に息を吹きかけられて身体がゾクッとした。叶子の前に立ち塞がっているジャックは、“で、どうする?”と言いたげに叶子の様子を伺っていた。
「は、はい。もう言いません……っ」
「素直でよろしい」
そう言ってポンポンと頭を撫でてから、また手を引かれて店内を進んだ。
ジャックのSっぷりがエスカレートしてるような気がして、一抹の不安を感じる。テーブルに辿りつくと、お互い向かい合うようにして座ったことで、やっとその手は開放された。
「……ふぅ」
ホッとした様子の叶子を見て、ジャックはクスクスと笑いをこらえていた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです」
聞き覚えのある声がし、ゆっくりと顔を上げる。
「やぁ、久しぶりだね、マサ君」
ジャックとも勿論顔見知りだったその男性は、一通り彼と挨拶を交わすと叶子へと視線を移した。
「久しぶり。元気だった?」
「あ、うん、元気」
突然の元彼の登場で、さっきとは違う意味で心臓がドキドキしている。お互い顔を合わせにくいのか視線を合わせる事が出来ず、叶子は不自然な笑みを見せた。
オフィスビルの入り口を出たところで、彼女を呼ぶ声が聞こえる。顔を上げると、特に変わった様子も無くいつもの様に柔らかい笑顔で出迎えてくれるジャックがいた。
側へと近づいていけば、車の扉を開けて叶子を包み込むようにしてエスコートしてくれる。全く普段通りの彼を見ていると、自分の悩みは何てこと無いのかもしれないと錯覚してしまいそうになった。
今日こそは彼達が何を企んでいるのか聞かせてもらえるだろう。聞きたく無いような気もするが、聞かないとすっきりしないと、ラ・トゥールに向かっている車中で話を切り出した。
「ねぇ、この間のお芝居って結局何だったの? 今日は二人で会ってても大丈夫なの?」
「ん? ――ああ、あれはもう済んだ事だから気にしなくていいよ」
「済んだ……って、私には説明無し?」
なるべく事を荒立てないようにとやんわり尋ねたつもりだった。首を傾げながらジャックの方を見ると、彼は一度視線を落としてからその視線を窓の外へと移した。窓ガラスに映るその表情は、先程までとは違い少し悲しそうな顔に変わったのがわかった。
「君を……巻き込みたくないんだ。それに、僕もあの件は早く忘れたい」
「あ……、――」
マスコミに散々つけ回され、自由に動く事すら出来なかった毎日。どうしたらこの事態を鎮める事が出来るのかと、彼は毎日考えて苦しんでいたに違いない。その事を知らなかったのは、他でもない叶子に迷惑が掛からないようにと必死に駆けずり回っていたから、彼女の耳に届く事が無かったのだろう。なのに、自分は何も知らされていないと、部外者扱いされた事にモヤモヤしていた。
「ごめん、なさい」
ポツリと呟いた後、膝の上で組んでいた手が彼の大きな手の平で包まれた。
「僕の方こそごめんね。沢山心配かけちゃったね」
叶子の手をそっと握りながら、ジャックは優しく微笑んだ。
◇◆◇
「いらっしゃいませ。ジャックさん、ご無沙汰しております」
「やぁ、こんばんは。本当に久しぶりだね」
狭い入り口に彼が先に入り、いつもの様に挨拶を交わしている。話の邪魔をしないようにタイミングを見計らって彼の後ろにいた叶子がヒョコッと顔を出すと、懐かしい人物に声を掛けた。
「あの、お久しぶりです、野嶋です。覚えてますか?」
「――? ああ! カナちゃん?? ……え? 何? え? え?」
最初に出迎えたのはラ・トゥールのオーナーで、叶子も勿論良く知る人物だった。絵里香には今日、自分が行く事をメールで知らせておいたのに、どうやら絵里香はその事を誰にも言っていなかったのだろう。オーナーは瞬きをも忘れて、ジャックと叶子を何度も見ては二人の関係を知りたそうにしていた。
どういう風にオーナーに説明すればいいのかと迷っていると、そのことに気付いたジャックが「ああ」と呟いた。
「ちょっとした縁でね、彼女は僕の大事な人なんだよ」
「え!? ええー?? そうでしたかー! それは、それは……、あのカナちゃんが! はぁー!」
仮にも自分の知り合いの前で、肩を抱かれながらそうやって紹介されるのは流石に恥ずかしい。
「ち、ちょっと……そんな説明の仕方、恥ずかしいよ」
と、頬を染めながらそう言ってしまったのを、すぐに後悔することとなった。
「ん? じゃあどんな紹介をしたら良かったのかな?」
叶子の顔を覗き込んだジャックの目は、明らかに恥ずかしがっている彼女を更に辱めようと企んでいる様な目つきになっている。その表情をみて顔をひきつらせていると、ジャックはここぞとばかりに喋り始めた。
「じゃあさ、こういうのはどう? 彼女は僕の愛する人です、もう僕は彼女しか見えません、彼女に人生の全てを捧げてもいいと思える程です! とか?」
「な、何言っ――そ、そんなの紹介でもなんでもないじゃないっ」
「ああ、そっか。単に僕の君に対する気持ちを並べただけになってしまったね」
「もっ、だからぁー!」
彼に追い討ちを掛けられて、とうとう耳まで真っ赤になってしまった。オーナーの顔を見る事が出来なくなった叶子は顔を両手で塞ぎ、彼の後ろに隠れてしまう。ジャックは自分の後ろに隠れている彼女を見ながら、ゲラゲラと満足そうに笑っていた。
彼が帰ってきてからもゆっくりと過ごす事が無かったせいか、叶子はジャックの取り扱い方を忘れていた。
ジャックは優しいだけでなく意外にSっ気がある。常にSな人なら身構える事も出来るが、こう忘れた頃にSな部分を出されると対応が間に合わない。
「はは、――あ、ほら、カナ行くよ」
「……、――? あ、」
顔を塞いでいた手をふいに剥がされたと思ったら、そのまま彼に引っ張られるような状態で歩き始めた。
「……」
ジャックといると嫌でも視線を集めてしまう。窓際のカップルも、ここのスタッフも仕事の手を止めてまで彼を見ている。彼が注目されるのはいつものことで、当の本人もそれに慣れたのか至ってマイペースだ。だが、そうなると、次に注目されるのが当然叶子で。これ程ハイスペックな男性だと、どんな女性を連れているのかが皆気になるのであろう。自分に視線が移るのを感じると、いてもたってもいられなくなった。
「ね、ちょっと、手! 手!」
「ん? ……ああ」
叶子の手首を捉えていた彼の手がパッと離されたと思ったら、何を勘違いしたのかガッチリと繋ぎ直した。満足そうに微笑んではいるが、明らかに叶子を困らせたくてやっているのがわかった。
「ち、ちが――?」
叶子の言葉を遮るように、急に立ち止まると彼女の前に立ちふさがる。背の高い彼に覆いかぶさられるようにして上から覗き込まれ、目の前に大きな黒い影が出来た。
「あんまり、我侭言うと――」
次の言葉は、誰にも聞かれないように身体を折るようにして耳元に囁かれた。
「ここでキスするよ?」
「ばっ!? ……ひゃあっ!」
ジャックが離れようとした時、軽く耳に息を吹きかけられて身体がゾクッとした。叶子の前に立ち塞がっているジャックは、“で、どうする?”と言いたげに叶子の様子を伺っていた。
「は、はい。もう言いません……っ」
「素直でよろしい」
そう言ってポンポンと頭を撫でてから、また手を引かれて店内を進んだ。
ジャックのSっぷりがエスカレートしてるような気がして、一抹の不安を感じる。テーブルに辿りつくと、お互い向かい合うようにして座ったことで、やっとその手は開放された。
「……ふぅ」
ホッとした様子の叶子を見て、ジャックはクスクスと笑いをこらえていた。
「いらっしゃいませ。お久しぶりです」
聞き覚えのある声がし、ゆっくりと顔を上げる。
「やぁ、久しぶりだね、マサ君」
ジャックとも勿論顔見知りだったその男性は、一通り彼と挨拶を交わすと叶子へと視線を移した。
「久しぶり。元気だった?」
「あ、うん、元気」
突然の元彼の登場で、さっきとは違う意味で心臓がドキドキしている。お互い顔を合わせにくいのか視線を合わせる事が出来ず、叶子は不自然な笑みを見せた。
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