運命の人

まる。

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第7章 確執

第4話~形勢逆転~

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 まだデザートを食べ終えていないと言うのに、急かすようにジャックは息継ぎをする間もなく牽制球を投げつけた。それは、すぐ側でテーブルやクロスの傾きをチェックしているをしてこちらに聞き耳を立てているのであろう、ここラ・トゥールのホールマネージャーであるギャルソンの正博に向けて投げたものだった。
 正博は相変わらず無表情をキメている。少し席を外している間に一体何があったのかは知らないが、大事な人に馴れ馴れしくしないで欲しいとばかりに牽制した。

「ねぇ?」

 頭の中で考えている事に対して彼女に同意を求めるが、勿論叶子はそんな事に対して同意を求められているとは微塵も思っていない。

「あの、今日は……ちょっと」

 早く自分の家へ行こうと言う彼の案に対しての返事のつもりで、叶子は言葉を濁した。

「……え?」

 まさか、断られるとは全く予想もしていなかったせいで、叶子が何を言っているのかわからなくなる。彼女の肩越しに見える正博の口の端が、ほんの少しクッと上がっているんじゃないかと被害妄想を膨らませた。
 動揺を隠しきれないジャックは、誰が見ても意気消沈した様子だ。デザートフォークを手にしている叶子の手を両手で包み込むと、自分が席を離れている間に一体何があったのか説明して欲しいと懇願した。

「やだ、そんな大げさな」

 あまりにも真剣な眼差しに目を丸くした叶子は、困った様に眉尻を下げた。
 叶子にとっては大したことはないことかもしれないが、ジャックにとっては彼女に誘いを断られたのは一大事だ。ちゃんと理由を聞かないと手を離さないと言わんばかりの面持ちで、何も言わず叶子の目をじっと見つめた。

「別に――何も無いよ? 絵里香と話した後……彼と話してて。それだけだよ?」

 背後にいる正博を見なくても気配でそこにいるのがわかるのか、振り返らずとも正博の方を指差している。誘いを断られた事で完全に我を忘れたジャックは、そんな事ですらまるで疚しいことでもあるかの様に見え、一人勝手にどんどん被害妄想を膨らませた。

「じゃあ! 今日がダメな理由は?」
「それは……」

 理由を問うと、途端に口篭り出す。

(何故? どうして理由を言えない? ……そうか、ここでは話せない理由があるのか。もしかして、マサ君に『もう少しで仕事が終わるから、後で会おう』とかって約束を取り付けられたとか?)

 完全に歯止めが効かなくなったジャックは、人目もはばからず自身の感情を一気に吐き出した。

「何? ここでは聞かれたくない様な事なの?」
「ええ、まぁ」
「っ!? カナ? 僕と君は恋人同士だよね? 愛し合ってるんだよね!?」
「えっ、ええ?? 急に何言い出すのよ!」

 ジャックの声がどんどん大きくなるどころか、大きな目は少し涙目になっている。明らかに様子がおかしいと感じた叶子は、周りを見回しながら何とか彼を鎮めようと試みた。が、なだめられたからと言ってそう簡単に収まるような人ではない言うのも良くわかっている。

「ねぇ、ここじゃあれだから出よう?」
「……わかった」

 そう言われて上手く逃げられたような気がしたものの、仕方なく店を出ることにした。


 会計を終え、絵里香とオーナーに見送られながら駐車場へと進む。オーナーと話している時はいつものジャックだったが、二人きりになった途端、釈然としないのかだんまりを決め込む。
 駐車場に入る手前で叶子がピタリと足を止めると、彼の方へと振り返った。

「もう! どうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いよ。何であそこで話せないのかがわからない」
「だって、みんな見てるし恥ずかしいもの」
「みんな? 君が聞かれて困るのはただ一人だけだろ!?」
「はいぃ?」

 ジャックは完全に興奮状態にあるのに対し、叶子は何を言っているのかさっぱりわからないとでも言いた気な顔をしていた。
 理解して貰えないとおもったジャックは、仕方ないとばかりにもう少し核心に触れてみることにした。

「どうせ『後で会おう』とか言われたんじゃないの? 久しぶりのデートなのに僕よりあの男をとるの?」   

 自分で言いながらも、二人がこっそり会っている所を想像してしまって悔しさで目頭が熱くなる。過去に付き合ってきた女性達に対して、これほどまでに熱くなるなんて全く無かったと言うのに。
 会える時間が少な過ぎるのが悪いのか、単に歳を重ねるにつれて寂しさが募ってしまっているのか。何故なのかはわからないけれど、自分では制御しきれない感情がどんどんと風船の様に膨れ上がっていく。
 そんな状態のジャックと相反して、叶子は変わらずポカーンと口を開けていた。

「あの男……って、もしかしてマサヒ――、中村君のこと?」
「……」

 彼が黙って頷くと、ポカンとしていた叶子は急にケタケタと笑い出した。

「あ、あのさ、彼は絵里香の彼氏だよ? そんなわけないじゃない」
「え? マサ君が絵里香ちゃんの彼なの?」

「そうよ?」と叶子が言うと、何処かホッとしたような表情を浮かべて彼女は笑っている。

「……? じゃあ、何で今日はダメなの? 何で店の中では言えなかったの?」

 単なる自分の早とちりだったのかと思ったのも束の間、新たな疑問が浮かんできたせいでまだ心から安心出来ない。たが、次の瞬間、安心以上のものを叶子から与えられることとなった。

「っ……」

 ひとしきり笑った後、ジャックの胸に彼女が飛び込んできた。思いも寄らぬその行動に、思わず流されそうになる。自分が納得のいく答えを聞くまでは、と、条件反射で彼女の背中に回していた手をギュッと握り締めた。

「来て?」

 なのに、そんな艶っぽい声で啼かれてしまうと、流石の彼も抑えがきかず身体が一気に脱力してしまう。

(ああ、僕ってダメな男だな)

 なんて思っていると、ジャックの耳の側にグロスも全部落ちきった無垢な唇を寄せ、溜息混じりにこう言った。


「……生理なの」
「……。――っ!? ぅあっ?!」

 ジャックの顔が一気に顔が紅潮する。それもそのはず、何故だか彼はその言葉を聞くと異常に恥ずかしがるのを知っていた叶子は、悪戯心で彼の耳元でそう囁いたのだった。しかも、先程の店の中での仕返しとばかりに、囁いたついでに彼の耳朶を食んだのが効いたのか、ジャックは耳を押さえながら顔を真っ赤にさせていた。



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