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第7章 確執
第7話~かくれんぼ~
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今日にいたっては、毎週月曜日に訪れるだるさに加え筋肉痛にも悩まされてしまった。一瞬、体調不良を理由に会社を休もうかと思ってしまうほど、全身が疲労感と痛みで悲鳴を上げていた。
本当の理由を会社にそのまま伝えるわけではないにしろ、若い子じゃあるまいし恋人と戯れた挙げ句に仕事を休むなんて、三十代半ばの責任ある大人になった今では流石に出来やしない。きっと、後ろめたい気持ちで一杯になり、ゆっくり身体を休めるどころか精神的にも疲弊するのはわかりきったものだった。
それでも、朝はあんなに痛かった身体も夕方になれば幾分楽になっている。帰る頃にはほとんど感じさせられないほどにまで回復した。
「さてと」
今日の仕事を全て終え、オフィスを出ようと荷物の整理をしていると、隣の島から健人が慌てて飛んできた。
「ちょっとちょっと! カナちゃん、まさか帰る気じゃないよね?」
「? 帰っちゃ悪いの?」
「いやいやいやいや。今日、創立記念日の会場の下見と打ち合わせに行くって約束しただろ?」
「……ああ」
そう言えば、幹事である健人の補佐役に任命され、今日そんな約束をしていた事を思い出した。なんでも今年は業績も良かったという事もあり、例年と違って会場もランクアップして一流ホテルでやれる程の予算が出たらしい。業績が良かったと言うのは本当の話ではあるけれども、今年は招待客のリストに彼の会社であるJJエンターテイメントを入れたと言う事が会場のランクアップの一因にもなっているのだと風の噂で聞いた。
あれ程の大企業の仕事に携われる事など一度も無かったのが、去年叶子が担当したあの一件以来順調に依頼を貰えていて、今では上得意となっていた。
ジャックの会社は大企業らしく、難しい注文が多く尚且つ細かい。だが、さすが外資系とあって他社と比べると報酬が群を抜いている分、遣り甲斐は多分にある。だからこそボスは「あのJJエンタを招待するのだから!」と、来るかどうかわからないと言うのに、一流のホテルでのセッティングを命じた。
「はぁ」
仕方ない、とばかりに再び荷物をデスクの上にドサッと下ろす。もう一度椅子に腰掛けて頬杖をつくと、上目遣いで目の前に立ち塞がる健人を見上げた。
「で? 幹事様はいつ頃出れそうなんですかね?」
「もうちょっと! あと十分で終われるから!」
そう言いながら、健人は自席へと急いで戻っていった。
◇◆◇
「ねぇ……、本当にこんな所でやるの?」
下見をさせて貰った会場を見るなり、叶子は思わず呟いた。
「こちらの会場は、通常はパーティションで三つの会場に分けることが出来るのですが、この様にパーティションを全部取り払えば立食でしたら約千名程の宴会が可能です」
会場では明日の宴会のセッティングをしているのか、十数名のスタッフが黙々と大きな丸テーブルを運んだりクロスを敷いたりしている。そんな中、二人の横で資料を抱え込んだ宴会予約の女性が、誇らし気に微笑んでいた。
「千人……って。流石にそんなにも人数は集まりません」
「だな……」
「かしこまりました」
担当の女性は嫌な顔一つせず、「でしたら、この内の一つのスパンで話を進めましょうか」と三つに部屋が分かれる中でも、大、中、小とあると言う。
「小で――」
健人が言おうとしたその時、今の今まで黙々と作業をしていたスタッフ達が一斉に入り口の方に視線を向け、「いらっしゃいませ」と、全員手を止めて深く頭を下げた。
明らかに自分達が入って来た時とは違う態度にムッとする。彼らの視線の先を辿って後ろを振り返ると、軽く手を上げて挨拶に応えているその相手と視線がぶつかった。
「げっ!!」
「――?」
慌てて背の高い健人の後ろに隠れるが時既に遅く、絨毯を踏みしめる音が徐々に近づいてきた。宴会予約の女性は近づいて来る相手に対し、ピンと背筋を伸ばして緊張感で張り詰めているのが横目でわかる。
「カナちゃん、あの人知り合い?」
「う、ち、ちょっと」
どうか気付かれませんようにとの祈りも虚しく、ピタッと叶子の横に足音が止まると同時に急に首の後ろを掴まれた。
「――? ……きゃあっ!? ち、ちょっと!」
「何で隠れるんだ」
恐る恐る顔を上げる。態度が気に食わないとばかりに、眉間に皺を寄せたブランドンがじっと叶子を見下ろしていた。
本当の理由を会社にそのまま伝えるわけではないにしろ、若い子じゃあるまいし恋人と戯れた挙げ句に仕事を休むなんて、三十代半ばの責任ある大人になった今では流石に出来やしない。きっと、後ろめたい気持ちで一杯になり、ゆっくり身体を休めるどころか精神的にも疲弊するのはわかりきったものだった。
それでも、朝はあんなに痛かった身体も夕方になれば幾分楽になっている。帰る頃にはほとんど感じさせられないほどにまで回復した。
「さてと」
今日の仕事を全て終え、オフィスを出ようと荷物の整理をしていると、隣の島から健人が慌てて飛んできた。
「ちょっとちょっと! カナちゃん、まさか帰る気じゃないよね?」
「? 帰っちゃ悪いの?」
「いやいやいやいや。今日、創立記念日の会場の下見と打ち合わせに行くって約束しただろ?」
「……ああ」
そう言えば、幹事である健人の補佐役に任命され、今日そんな約束をしていた事を思い出した。なんでも今年は業績も良かったという事もあり、例年と違って会場もランクアップして一流ホテルでやれる程の予算が出たらしい。業績が良かったと言うのは本当の話ではあるけれども、今年は招待客のリストに彼の会社であるJJエンターテイメントを入れたと言う事が会場のランクアップの一因にもなっているのだと風の噂で聞いた。
あれ程の大企業の仕事に携われる事など一度も無かったのが、去年叶子が担当したあの一件以来順調に依頼を貰えていて、今では上得意となっていた。
ジャックの会社は大企業らしく、難しい注文が多く尚且つ細かい。だが、さすが外資系とあって他社と比べると報酬が群を抜いている分、遣り甲斐は多分にある。だからこそボスは「あのJJエンタを招待するのだから!」と、来るかどうかわからないと言うのに、一流のホテルでのセッティングを命じた。
「はぁ」
仕方ない、とばかりに再び荷物をデスクの上にドサッと下ろす。もう一度椅子に腰掛けて頬杖をつくと、上目遣いで目の前に立ち塞がる健人を見上げた。
「で? 幹事様はいつ頃出れそうなんですかね?」
「もうちょっと! あと十分で終われるから!」
そう言いながら、健人は自席へと急いで戻っていった。
◇◆◇
「ねぇ……、本当にこんな所でやるの?」
下見をさせて貰った会場を見るなり、叶子は思わず呟いた。
「こちらの会場は、通常はパーティションで三つの会場に分けることが出来るのですが、この様にパーティションを全部取り払えば立食でしたら約千名程の宴会が可能です」
会場では明日の宴会のセッティングをしているのか、十数名のスタッフが黙々と大きな丸テーブルを運んだりクロスを敷いたりしている。そんな中、二人の横で資料を抱え込んだ宴会予約の女性が、誇らし気に微笑んでいた。
「千人……って。流石にそんなにも人数は集まりません」
「だな……」
「かしこまりました」
担当の女性は嫌な顔一つせず、「でしたら、この内の一つのスパンで話を進めましょうか」と三つに部屋が分かれる中でも、大、中、小とあると言う。
「小で――」
健人が言おうとしたその時、今の今まで黙々と作業をしていたスタッフ達が一斉に入り口の方に視線を向け、「いらっしゃいませ」と、全員手を止めて深く頭を下げた。
明らかに自分達が入って来た時とは違う態度にムッとする。彼らの視線の先を辿って後ろを振り返ると、軽く手を上げて挨拶に応えているその相手と視線がぶつかった。
「げっ!!」
「――?」
慌てて背の高い健人の後ろに隠れるが時既に遅く、絨毯を踏みしめる音が徐々に近づいてきた。宴会予約の女性は近づいて来る相手に対し、ピンと背筋を伸ばして緊張感で張り詰めているのが横目でわかる。
「カナちゃん、あの人知り合い?」
「う、ち、ちょっと」
どうか気付かれませんようにとの祈りも虚しく、ピタッと叶子の横に足音が止まると同時に急に首の後ろを掴まれた。
「――? ……きゃあっ!? ち、ちょっと!」
「何で隠れるんだ」
恐る恐る顔を上げる。態度が気に食わないとばかりに、眉間に皺を寄せたブランドンがじっと叶子を見下ろしていた。
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