おひとりさまの準備してます! ……見合いですか?まぁ一度だけなら……

松ノ木るな

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第一話 彼と私の共通点?

③ 私がひとりで生きていくには。

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 つまり彼の、“何らかの事情があって一緒になれない恋人”は、こちらの彼女。

 彼女をよく見てみると、童顔ではあるが、年の頃は私よりけっこう上のようだ。そしてその装い、醸す雰囲気、まさか既婚者……?

 ってことは、彼の縁談は彼女の差し金なのでは? 道ならぬ恋に溺れているふたりが水面下で関係を続けるために、体面を整えようとして……。彼は気が進まない、といった様子であるけれど。

 だって彼、見るからに彼女にベタ惚れで、言いなりになってる。でも、彼女も彼女で、見合いが気になって乱入してきた、ってとこ? そりゃこんなふうに乱入されたら、どこの御家も怒って退室するわ。

 馬車で2時間かけてやってきて、こんな茶番に付き合わされた私って……。お父様には罰として、丸一日お出かけに付き合ってもらおう。

 なんて少し考え事をしていたら、何やら話が進んでいる。

「だからね、このホテルの厨房を貸し切ったわ!」
「……。どういうことだい?」

 見合いの真っ最中だというのに、当人である私は普通に放っておかれている。

「家に動ける料理人がひとりもいないのだもの、私が作るしかないでしょう?」
「作るって何を」
「今夜のディナー」
「…………」

 何の話なんだ。この場を閉めてからにしてもらいたい。彼らの顔をちらりと目に入れると、エイリーク様の表情が完全に固まってしまっている。もう帰っていいだろうか。

「はぁ。シャルロッテ。今、見合いの最中なのだが」
「あら!? 夕方ではなかったの?」
「13時からだと言っておいただろう?」
「じゃあ! もしかして、そちらのご令嬢が……」

 年上恋人の貴婦人が、私をじろっと見てきた。虫も殺せないような淑やか顔なのに、なんだか非常に迫力のある美女だ。

「あなたも手伝ってくれないかしら!?」

「!??」
 手を握られた。

「どうしてそうなる!? せめて自宅でやれ!」
「だって家じゃ手の空いている使用人がろくにいないのよ。だから、ここのレストランの料理人も貸し切ったわ!」

 ええと、どういう話になっているのだろう。

「さぁ、厨房へ行きましょう!」
「シャルロッテ! よそのご令嬢に、そんな下働きのようなことを……!」
「あらぁ、箱入りご令嬢は、料理の一つもできないの?」

「んん!?」
 何ですかその言い草は。

「できないじゃない、普通はしない! 世間のご令嬢は君とは違うんだ」

 その時なぜか、私の中で、めらっとした感情が沸き起こった。

「いまいち状況が分かりませんが、どうやらお困りのようですし、私もお手伝いいたしましょう。今夜のディナーを用意するのですね?」

 あ、つい、言ってしまった。

「ええ! 私の家の、50人分!」
「こちらで用意して、お料理が冷めてしまわないかしら?」

 何を言っているのだ、私。自分でも面倒事に首突っ込んでいると分かるけれど。

「家すぐ近くだから!」
「あ、あの、エレーゼ嬢……」
「はい?」

 なによ、あなたの恋人の乱入でこんな訳の分からないことになっているのに、困り果てた顔して。相手が年上だから、いさめることもできないの? 情けないわね。

「私、お料理、たまにするのですよ。私も世間一般のご令嬢とは違いますので」

「エレーゼ……」
 お父様も見合いのつもりで来たのに見合いが始まらなくて、戸惑っているばかり。

「お父様の分もこしらえてくるわ。ダイニングテーブルでお待ちくださいね」

 ま、ここで十分な働きさえすれば、縁談をこちらからお断りしても角が立たないでしょう!



***

 借りたエプロンをドレスの上に装着した。

 貴婦人はご愛用を持参したようだ、ガーベラ色のリネンに裾レースがあしらわれていて、こんな場面でもスタイリッシュ……よくお料理されるのだろうか。

 昨今、上流貴族の間で、“非生産的な、たゆまぬ努力”をあえて娯楽とする風潮がある。

 長きにわたり下々の民をこき使い、うるおい豊かな天上暮らしを享受する貴族は、贅沢で幸福な反面、社交のみに費やす日々が退屈で仕方ない、という人生の飢えがあった。そこから近年では、未来への展望、つまり挑戦心や目標を持つことこそ至高、という流行ブームが生まれたのだ。

 たとえば、芸術家を雇う側であるだけでなく、貴族本人が趣味の範囲を超え、名を隠した上でその腕を認められる芸術家となる、それはみなの憧れに。もちろん貴族でも、その腕前で金銭を得ることを引け目とする必要はない、など、自己実現のために柔軟な考え方がされるようになった。まぁそれを苦々しく思う、保守的な勢力もあるのだけど。

 とりあえず料理もそのうちのひとつだ。ただし、これをたしなむのは主に男性。平民の間では、料理は女性の仕事であるが、それは男性がより力のいる仕事をこなしているから。当然の役割分担なのだろう、しかし実際、料理も力のいる作業だ。包丁も鍋も重くて危ない。湯も油も女性が扱うには危ない。だから世界的に有名な料理人はみな男性。

 それをこちらのいかにも華やかな、細腕の貴婦人が好んでやっていると? 料理なんて言って、使用人に用意させた生地でクッキーやパイを焼くだけではないでしょうね――。

「……って、えええええ!??」

 貴婦人の右手に大きなマグロ! 尾をがっつり掴んで、左手にマグロ包丁!!

「あ、私、左利きなのよ。そんなに珍しいかしら」

 驚いたのはそこではありません。

 周りの料理人らも苦笑いしている。でも余計なことは何も言えないのだろう。

「私はマグロのステーキとスープを作るから、あなたはメインディッシュ以外のものをお願いするわね」

 屈託のない微笑みを投げかけられた。

「分かりました……」

 まぁ、料理人のみんなと力を合わせて、いろいろ作ってみるか。私だって、これぐらい何でもないわ。なんだってできる。

 だって私は、ひとりで生きていけるように日々努力を惜しまず、自活力を磨いているのだから――――。



 私は結婚なんてしない、お父様とずっと暮らしていく。でもお父様はいつまでも健在ではない。

 お父様が健やかな老後を送れるように、何年も前から私は身分を隠し、薬師のところに学びにいっている。看護見習いとして現場に入ると、この頃はなかなか動けているという自負も出てきた。

 そしてお父様がいつかお隠れになった後、そこからが問題だ。領主である兄は決して私をぞんざいに扱うような人ではないが、彼にも家族がいて、私が邪魔な存在にならないとも限らない。屋敷を出てコネクションのない平民として、職を持って暮らしていく計画も進めていかなくては。

 今はまだ、“自分にできること”の選択肢を増やしている時なのだけど。やっぱりその時節によって職業の需要も違うだろうし、とにかくひとりで生計を立てられるように、何でもできるようにしておく。料理なんて当たり前にできなくては困る。

 衣食住、すべて自分の手で――――。

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