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② 「正式」にかなうものはございません。
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「大丈夫ですか?」
部屋に戻った私に、アンドレはグラスをゆっくりと捧げ、気遣いの言葉をささやく。
「見苦しいところを、ごめんなさい……」
「いえ」
彼はそれ以上なにも言わない。ただ穏やかな微笑みをたたえている。
「本当に恥ずかしくて情けないわ……」
私は震えていた。こんな姿、ほんとうは見せたくないの。
「恥ずかしくて情けないのは、あちらでしょう?」
そう言ってほしかった。きょとんとした顔で悪気なく言ってくれるから、つい本音がこぼれてしまう。
「こちらも彼の所業を吹聴してまわりたい!!」
だって悪いのはあちらだもの。なのに私の評判を下げるようなことばかり、ふたりして言いふらしているのでしょう。
「言って回るどころか、見せてやればいい」
「え?」
彼は今実験している魔法の道具を私に手渡した。
「あなたはあなたの思うままに行動してください。僕の魔法があなたを守るから」
「これ、カーテンね」
「これを、ここぞという時、部屋に掛けておいて」
「勝負カーテン?」
「そのようなものです」
ふしぎなことを言われ、ふたりでくすくすと笑った。
「これが成功したら……」
「ん?」
「これで合格としてもらえますか?」
「……?」
私は少し考えて、そういえば業務を始めた頃、一月めの課題として新たな通信魔法を考案するように、と言い渡しておいた。これをクリアする必要があるから、ここでその成果を見せるということか。
「あなたのアイデアを、その威力を、私で実証するということ?」
「約束は守ってくださいね?」
「約束破りなんて最低よね?」
さぁ、応援してくれる人もいるのだから、けじめをちゃんとつけましょう。ズルい大人は見過ごせないわ。
私が婚約者ニクラスとそのお相手アイノ・ルディーンを呼び出したのは、私の家の応接間であった。本当は現当主も巻き込んでの話し合いとしたかったが、ニクラスはそれなら話し合いには応じないと頑として聞かず、この密室状態に。
「ニクラス様、今ここでそちらのお嬢様と私のどちらかを選んでいただきます。私はあなたの意思を尊重するつもりです。挙式まで一月を切った今だからこそ、踏みとどまるなり……」
彼女がここで乗り出してきた。
「初めてお目にかかりましたけど、ハルネス家のシルヴィア様。ニクラス様よりお歳は上でしょうか、適齢期というものをご存じです?」
視力ありますか?
彼女は自信満々の笑顔で私をじっと見ている。
「適齢期がどうであれ、私がニクラス様の正式な婚約者であることに違いはありません」
「あら、正式な婚約者って偉いのですか?」
「偉いかどうかは分かりませんが、裁量権があるのは正式な婚約者です」
私も彼女の笑顔に対抗してみた。すると彼女は青筋を立てて声を荒げる。
「正式正式うるさいわ! ニクラス様のお心はもう私にあるのですっ。なりそこないの奥様はご退場いただけるかしら!」
この様子に、案外こちらのお嬢様は彼に本気なのだ、ということが分かった。
「まぁ、ニクラス様のお心? あなたにあると思っていて?」
そちらが逆上するなら、こちらももう微笑みを取り戻しません。
「当たり前でしょう? ニクラス様は今の婚約を破棄して私と結婚するっておっしゃいましたから! ね、ニクラス様!」
彼女はニクラスの肩をゆすって急かした。
しばらく顔を伏せ存在感を消していた彼は、やっと顔をのっそり上げる。その顔は生気の失われたそれだった。
「では、ニクラス様。選んでくださいませ」
名指しされた彼は更に縮こまってしまった。
「私を選ぶに決まっているでしょう? シルヴィア様のおっしゃりよう、面白くて涙が出ますわ」
そしてまた彼女はニクラスの隣に寄り腕を絡ませる。
「さんざんシルヴィア様の悪口おっしゃっていましたものね。可愛げのない女だとか、色気も若さもないとか。婚約破棄は既定路線ですわよねぇ?」
「……破棄しない」
アイノは目を大きくさせ、その挙動はぴたりと止まった。
「私はシルヴィアと結婚する!」
「……は、はぁ!?」
顔を青くしたニクラスと顔を真っ赤にしたアイノ嬢。これで着火済み、私が口出しせずとも、あとは成り行きに任せよう。
「アイノ、君とは結婚直前の燃え盛るアバンチュールだったんだ!」
「なんですって!?」
実はこの話し合いを設定してから、レーヴ家現領主、つまりこの彼のお父上にすべて話した。これが正式な婚約者の権利。
レーヴ侯には、息子の女遊びの件に関して目をつぶっていたことを謝罪され、全面的に私に協力すると。
昨夜たんまり叱られただろう。レーヴ家こそ私の実家ハルネス家との繋がりを、喉から手が出るほどに欲していたのだから。
「ひ、酷いですわ! いい大人がよく恥ずかしげもなく言えますわね!」
「とにかく婚約破棄はしない! 今月私はシルヴィアと結婚する!」
「私のこと愛してるって言ったのに!」
「シルヴィアは歳をとっても、まぁ美人だからな!」
……見苦しい。
そこで私は立ち上がった。一刻も早くここを出たいから、言いたいことだけを簡潔に。
「アイノ様、この方の恋の噂をご存じなかったですか? 相当派手に遊ばれていた方ですわよ?」
「き、聞いてはいたけれど、私という女神に出会って真実の愛を見つけてしまったって!」
「アイノ様、あなたももう18なら一端のレディとして、考える力を身に付けるべきですわ」
「なっ……」
彼女は返答につまり、最後には項垂れた。
「失礼」
私は一礼をしてそこを後にした。
部屋に戻った私に、アンドレはグラスをゆっくりと捧げ、気遣いの言葉をささやく。
「見苦しいところを、ごめんなさい……」
「いえ」
彼はそれ以上なにも言わない。ただ穏やかな微笑みをたたえている。
「本当に恥ずかしくて情けないわ……」
私は震えていた。こんな姿、ほんとうは見せたくないの。
「恥ずかしくて情けないのは、あちらでしょう?」
そう言ってほしかった。きょとんとした顔で悪気なく言ってくれるから、つい本音がこぼれてしまう。
「こちらも彼の所業を吹聴してまわりたい!!」
だって悪いのはあちらだもの。なのに私の評判を下げるようなことばかり、ふたりして言いふらしているのでしょう。
「言って回るどころか、見せてやればいい」
「え?」
彼は今実験している魔法の道具を私に手渡した。
「あなたはあなたの思うままに行動してください。僕の魔法があなたを守るから」
「これ、カーテンね」
「これを、ここぞという時、部屋に掛けておいて」
「勝負カーテン?」
「そのようなものです」
ふしぎなことを言われ、ふたりでくすくすと笑った。
「これが成功したら……」
「ん?」
「これで合格としてもらえますか?」
「……?」
私は少し考えて、そういえば業務を始めた頃、一月めの課題として新たな通信魔法を考案するように、と言い渡しておいた。これをクリアする必要があるから、ここでその成果を見せるということか。
「あなたのアイデアを、その威力を、私で実証するということ?」
「約束は守ってくださいね?」
「約束破りなんて最低よね?」
さぁ、応援してくれる人もいるのだから、けじめをちゃんとつけましょう。ズルい大人は見過ごせないわ。
私が婚約者ニクラスとそのお相手アイノ・ルディーンを呼び出したのは、私の家の応接間であった。本当は現当主も巻き込んでの話し合いとしたかったが、ニクラスはそれなら話し合いには応じないと頑として聞かず、この密室状態に。
「ニクラス様、今ここでそちらのお嬢様と私のどちらかを選んでいただきます。私はあなたの意思を尊重するつもりです。挙式まで一月を切った今だからこそ、踏みとどまるなり……」
彼女がここで乗り出してきた。
「初めてお目にかかりましたけど、ハルネス家のシルヴィア様。ニクラス様よりお歳は上でしょうか、適齢期というものをご存じです?」
視力ありますか?
彼女は自信満々の笑顔で私をじっと見ている。
「適齢期がどうであれ、私がニクラス様の正式な婚約者であることに違いはありません」
「あら、正式な婚約者って偉いのですか?」
「偉いかどうかは分かりませんが、裁量権があるのは正式な婚約者です」
私も彼女の笑顔に対抗してみた。すると彼女は青筋を立てて声を荒げる。
「正式正式うるさいわ! ニクラス様のお心はもう私にあるのですっ。なりそこないの奥様はご退場いただけるかしら!」
この様子に、案外こちらのお嬢様は彼に本気なのだ、ということが分かった。
「まぁ、ニクラス様のお心? あなたにあると思っていて?」
そちらが逆上するなら、こちらももう微笑みを取り戻しません。
「当たり前でしょう? ニクラス様は今の婚約を破棄して私と結婚するっておっしゃいましたから! ね、ニクラス様!」
彼女はニクラスの肩をゆすって急かした。
しばらく顔を伏せ存在感を消していた彼は、やっと顔をのっそり上げる。その顔は生気の失われたそれだった。
「では、ニクラス様。選んでくださいませ」
名指しされた彼は更に縮こまってしまった。
「私を選ぶに決まっているでしょう? シルヴィア様のおっしゃりよう、面白くて涙が出ますわ」
そしてまた彼女はニクラスの隣に寄り腕を絡ませる。
「さんざんシルヴィア様の悪口おっしゃっていましたものね。可愛げのない女だとか、色気も若さもないとか。婚約破棄は既定路線ですわよねぇ?」
「……破棄しない」
アイノは目を大きくさせ、その挙動はぴたりと止まった。
「私はシルヴィアと結婚する!」
「……は、はぁ!?」
顔を青くしたニクラスと顔を真っ赤にしたアイノ嬢。これで着火済み、私が口出しせずとも、あとは成り行きに任せよう。
「アイノ、君とは結婚直前の燃え盛るアバンチュールだったんだ!」
「なんですって!?」
実はこの話し合いを設定してから、レーヴ家現領主、つまりこの彼のお父上にすべて話した。これが正式な婚約者の権利。
レーヴ侯には、息子の女遊びの件に関して目をつぶっていたことを謝罪され、全面的に私に協力すると。
昨夜たんまり叱られただろう。レーヴ家こそ私の実家ハルネス家との繋がりを、喉から手が出るほどに欲していたのだから。
「ひ、酷いですわ! いい大人がよく恥ずかしげもなく言えますわね!」
「とにかく婚約破棄はしない! 今月私はシルヴィアと結婚する!」
「私のこと愛してるって言ったのに!」
「シルヴィアは歳をとっても、まぁ美人だからな!」
……見苦しい。
そこで私は立ち上がった。一刻も早くここを出たいから、言いたいことだけを簡潔に。
「アイノ様、この方の恋の噂をご存じなかったですか? 相当派手に遊ばれていた方ですわよ?」
「き、聞いてはいたけれど、私という女神に出会って真実の愛を見つけてしまったって!」
「アイノ様、あなたももう18なら一端のレディとして、考える力を身に付けるべきですわ」
「なっ……」
彼女は返答につまり、最後には項垂れた。
「失礼」
私は一礼をしてそこを後にした。
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