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【 第一章 】 時の河を超える聖女
⑯ 未来の私からの伝言
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アンヴァルと分かれたアリアンロッドは、広間への扉を開ける前に、胸元でぎゅっと拳を握り呼吸を整えた。
「よし、行くわ! ……っ」
扉を開けたら即時、アリアンロッドの挙動は凍った。
おびき寄せるはずの男が広間の奥、壇上の椅子に腰かけているのだった。
「ほう、これは……」
男は、脇に警備兵と侍女をふたりずつ従え、アリアンロッドを目にするや否やニヤリとほくそ笑んだ。
アリアンロッドにとっては非常に気味の悪い存在だ。心が拒否して全身が硬直してしまう。
その時、目に飛び込んできたものがあった。
男の傍らの警備兵が、重みのありそうな箱を両腕で抱えている。どうやら金庫のようだ。
そこから視線をずらすと侍女の手にあるのは、あの牢の前で目にした特製の鍵だった。
「ちょうどいいところにおいでだ、敵国の姫」
「……?」
腰を上げた彼を目前にし、アリアンロッドのこめかみに冷や汗が流れる。とっさに護身用の棒を構えはしたが、気持ちが負けてしまう。
男は手の空いている使用人ふたりに何かを指図し、この場から放った。そして、
「この金庫の正しい鍵穴を教えてもらおうか」
と、アリアンロッドににじり寄りながら言い渡す。
しかしアリアンロッドには、彼の言葉がうまく聞き取れなかった。まったく身に覚えのない話であるからだ。
「正しい鍵穴?」
敵方を注意深く見てみると、金庫には錠前が4つ付いてる。
イナンナの説明の一部が、たった今、脳裏に浮かぶ。
(金庫のことだったのね! 4つの錠前という頑丈な守りで、施錠した本人にしか開けられない何かというのは。)
「どういうこと? そこには何が入っているの?」
男は相変わらずニタリと笑っているが、怪訝な顔にも見える。
「ここでとぼけるか。貴様がここに所持品を……不死鳥の指輪を入れたことは、侍女らが目撃しているのだぞ」
「なんのこと? 私はそんなの知らな……イナンナ!」
そこに先ほど主から命を受け、場を離れた警備兵が連れてきたのは、片足を引きずるイナンナだった。
彼女は朦朧としている。昨日血を流し、ろくな手当も受けず、それから何も食していないのだから当然だ。
そして侍女も戻ってきた、あの大鎌を持って。
「さあ、言いたいことは分かるな? ああ、まずその手に持つ棒を放してもらおうか」
「っ……」
アリアンロッドは棒を捨て、ありあまる敵意をもって男を睨みつけた。
「このまま金庫を持ち帰り、下の者に1万回試させるのもいいが、我はせっかちなのだ。先ほどからやらせているこやつもな、それほど試行せぬうちに混乱してやり直しとなる。そのうちに貴様がイナを取り返しにくるかと待っていたが、よもや本当にやってくるとは」
イナンナこそ囮だったのか、とアリアンロッドは腹立たしさでいっぱいになる。ともかく下手に動くとまた彼女が痛めつけられる状況だ。
冷静を努め、左の書斎の欄間を盗み見た。アンヴァルの姿はまだ確認できない。
今はとにかく時間稼ぎだと、思考をフルに回転させる。しかし、いまだ男の言い分を理解し得ない。
「あなたの侍女は、確かに“私が”そこへ指輪を入れたと言ったの?」
「そうだな。貴様らが屋敷に到着し、応接間にて待たされた時だろう? 侍女がこの金庫に貴重な物を保管するよう言った。実際に保管し施錠したのが貴様か貴様の家来かは知らぬ」
この言葉でアリアンロッドは思い出した。
ここには自分たちより後からやってきた、聖女の証を持つという者がいたことに。そしてそれは身元が割れぬまま姿を消した。
初めて和議について聞いた時は、あれもこれも信じられなかった。ここが1年先の未来だということも、ここで起っていることも。
────でも、もしここが、“本当に1年後”というだけで、“現実の世界”なら……。国は隣国と和議を結ぶと実際に決めたんだ。
なら、私が1年以内に王宮に無事帰還するということは、確かなのよね……。
それにしても大概おかしいのよ。なぜわざわざ私が使者に?
過去には大聖女が他国に訪問し、国同士の和平条約を締結した記録もある。それはよほど政治的手腕に長けた、熟練の女性であったと想像できる。
心配性で完璧主義のディオ様が私に大役を任せるなんて。……となれば、あえて私を送る必要が出てきた……? ────
アリアンロッドは、ひとまず出まかせに頼ることにした。
「施錠したのは、供の者よ。私はただそれを見ていただけ。思い出してみるわ、だからイナンナに手荒なことはしないで」
そしてアンヴァルの撃つ矢道を少しでも開けるために、金庫を持つ兵に言った。
「その金庫をもっと私に近付けて、錠前を見せてちょうだい。早く思い出したいの」
兵は言われた通り、彼女に向って前進した。
思い出そうと頑張るふりをして、アリアンロッドは更に考えを巡らす。
────もし無事にここを出て、元の時間に帰ったらどうする?
ここで起こったことをディオ様に黙っているわけにはいかないから。
王宮にすぐに戻って……。
そう、頼まなくてはいけない。私たちふたりを使者にして和議の場を設けることを。決裂することが分かっている、それを。
そもそも相手はまともに和睦するつもりなんてなかった。相手にとってこの和議は指輪を強奪するために、私たちをおびき寄せる罠。それでもこの場を設定するしかない。実際に起こっていることなのだから。
そのとき私はどう立ち回る? このまやかしな和議を、我が国の都合のいいように成功させるため、ヴァルと打ち合わせて乗り込むわよね? 書状を持って。
そうだ、今ここには“1年後の私”がいる! 後からやってきた使者というのは、私自身!!
きっとその“私”は今も動いている。ということはもしかして、川に落ちた私を助けたのは私?? わたし泳げないけど、1年特訓すれば人を抱えて泳げるようになるのかな?
そして未来の自分たちが存在するということは、無事にここを出られる、ということの証明なのだわ。────
「きっと、うまくいくんだ」
小さく独り言が漏れた。近くの、金庫を抱く兵に苦笑いを見せるアリアンロッドだった。
そこで左の欄間を再度確認したら、動くアンヴァルの影が見えた。
脚立の位置を調節し、クロスボウを構え狙いを定める、というのはすぐにとはいかない。あと少し、時間を稼がなくては。
「となると、この金庫は未来の私の置き土産……?」
金庫と侍女の持つ鍵を交互に眺めてみた。
────でも和議を結ぶつもりもないのに、中身が本物の国宝であるはずがないわよね。
入っているとしたら模造品か……。だとしたらそんなことがバレたら、あの男のことだもの、またイナンナが鎌の刃の餌食になる。
第一、どこが正解の鍵穴かなんて未来の私しか知らない。自分だったら、どの数字にセットする……?
「ああっ!!」
アリアンロッドは大声を上げてしまった。その様子に、男はまたニヤリと笑う。
「思い出せたか?」
────思い出してしまったわ。もうずいぶん前のような気もするけど、たった1日前のことよ。
あれはただの閑話だった。
それでもきっと、1年たっても私は忘れていない。
これは未来の私からの伝言なんだ。中身は分からないけれど、今、“開けてもいい”って! ────
「上から順に……左から5、7、5、7、番目の鍵穴よ」
アリアンロッドは神妙に宣言するのだった。
「よし、行くわ! ……っ」
扉を開けたら即時、アリアンロッドの挙動は凍った。
おびき寄せるはずの男が広間の奥、壇上の椅子に腰かけているのだった。
「ほう、これは……」
男は、脇に警備兵と侍女をふたりずつ従え、アリアンロッドを目にするや否やニヤリとほくそ笑んだ。
アリアンロッドにとっては非常に気味の悪い存在だ。心が拒否して全身が硬直してしまう。
その時、目に飛び込んできたものがあった。
男の傍らの警備兵が、重みのありそうな箱を両腕で抱えている。どうやら金庫のようだ。
そこから視線をずらすと侍女の手にあるのは、あの牢の前で目にした特製の鍵だった。
「ちょうどいいところにおいでだ、敵国の姫」
「……?」
腰を上げた彼を目前にし、アリアンロッドのこめかみに冷や汗が流れる。とっさに護身用の棒を構えはしたが、気持ちが負けてしまう。
男は手の空いている使用人ふたりに何かを指図し、この場から放った。そして、
「この金庫の正しい鍵穴を教えてもらおうか」
と、アリアンロッドににじり寄りながら言い渡す。
しかしアリアンロッドには、彼の言葉がうまく聞き取れなかった。まったく身に覚えのない話であるからだ。
「正しい鍵穴?」
敵方を注意深く見てみると、金庫には錠前が4つ付いてる。
イナンナの説明の一部が、たった今、脳裏に浮かぶ。
(金庫のことだったのね! 4つの錠前という頑丈な守りで、施錠した本人にしか開けられない何かというのは。)
「どういうこと? そこには何が入っているの?」
男は相変わらずニタリと笑っているが、怪訝な顔にも見える。
「ここでとぼけるか。貴様がここに所持品を……不死鳥の指輪を入れたことは、侍女らが目撃しているのだぞ」
「なんのこと? 私はそんなの知らな……イナンナ!」
そこに先ほど主から命を受け、場を離れた警備兵が連れてきたのは、片足を引きずるイナンナだった。
彼女は朦朧としている。昨日血を流し、ろくな手当も受けず、それから何も食していないのだから当然だ。
そして侍女も戻ってきた、あの大鎌を持って。
「さあ、言いたいことは分かるな? ああ、まずその手に持つ棒を放してもらおうか」
「っ……」
アリアンロッドは棒を捨て、ありあまる敵意をもって男を睨みつけた。
「このまま金庫を持ち帰り、下の者に1万回試させるのもいいが、我はせっかちなのだ。先ほどからやらせているこやつもな、それほど試行せぬうちに混乱してやり直しとなる。そのうちに貴様がイナを取り返しにくるかと待っていたが、よもや本当にやってくるとは」
イナンナこそ囮だったのか、とアリアンロッドは腹立たしさでいっぱいになる。ともかく下手に動くとまた彼女が痛めつけられる状況だ。
冷静を努め、左の書斎の欄間を盗み見た。アンヴァルの姿はまだ確認できない。
今はとにかく時間稼ぎだと、思考をフルに回転させる。しかし、いまだ男の言い分を理解し得ない。
「あなたの侍女は、確かに“私が”そこへ指輪を入れたと言ったの?」
「そうだな。貴様らが屋敷に到着し、応接間にて待たされた時だろう? 侍女がこの金庫に貴重な物を保管するよう言った。実際に保管し施錠したのが貴様か貴様の家来かは知らぬ」
この言葉でアリアンロッドは思い出した。
ここには自分たちより後からやってきた、聖女の証を持つという者がいたことに。そしてそれは身元が割れぬまま姿を消した。
初めて和議について聞いた時は、あれもこれも信じられなかった。ここが1年先の未来だということも、ここで起っていることも。
────でも、もしここが、“本当に1年後”というだけで、“現実の世界”なら……。国は隣国と和議を結ぶと実際に決めたんだ。
なら、私が1年以内に王宮に無事帰還するということは、確かなのよね……。
それにしても大概おかしいのよ。なぜわざわざ私が使者に?
過去には大聖女が他国に訪問し、国同士の和平条約を締結した記録もある。それはよほど政治的手腕に長けた、熟練の女性であったと想像できる。
心配性で完璧主義のディオ様が私に大役を任せるなんて。……となれば、あえて私を送る必要が出てきた……? ────
アリアンロッドは、ひとまず出まかせに頼ることにした。
「施錠したのは、供の者よ。私はただそれを見ていただけ。思い出してみるわ、だからイナンナに手荒なことはしないで」
そしてアンヴァルの撃つ矢道を少しでも開けるために、金庫を持つ兵に言った。
「その金庫をもっと私に近付けて、錠前を見せてちょうだい。早く思い出したいの」
兵は言われた通り、彼女に向って前進した。
思い出そうと頑張るふりをして、アリアンロッドは更に考えを巡らす。
────もし無事にここを出て、元の時間に帰ったらどうする?
ここで起こったことをディオ様に黙っているわけにはいかないから。
王宮にすぐに戻って……。
そう、頼まなくてはいけない。私たちふたりを使者にして和議の場を設けることを。決裂することが分かっている、それを。
そもそも相手はまともに和睦するつもりなんてなかった。相手にとってこの和議は指輪を強奪するために、私たちをおびき寄せる罠。それでもこの場を設定するしかない。実際に起こっていることなのだから。
そのとき私はどう立ち回る? このまやかしな和議を、我が国の都合のいいように成功させるため、ヴァルと打ち合わせて乗り込むわよね? 書状を持って。
そうだ、今ここには“1年後の私”がいる! 後からやってきた使者というのは、私自身!!
きっとその“私”は今も動いている。ということはもしかして、川に落ちた私を助けたのは私?? わたし泳げないけど、1年特訓すれば人を抱えて泳げるようになるのかな?
そして未来の自分たちが存在するということは、無事にここを出られる、ということの証明なのだわ。────
「きっと、うまくいくんだ」
小さく独り言が漏れた。近くの、金庫を抱く兵に苦笑いを見せるアリアンロッドだった。
そこで左の欄間を再度確認したら、動くアンヴァルの影が見えた。
脚立の位置を調節し、クロスボウを構え狙いを定める、というのはすぐにとはいかない。あと少し、時間を稼がなくては。
「となると、この金庫は未来の私の置き土産……?」
金庫と侍女の持つ鍵を交互に眺めてみた。
────でも和議を結ぶつもりもないのに、中身が本物の国宝であるはずがないわよね。
入っているとしたら模造品か……。だとしたらそんなことがバレたら、あの男のことだもの、またイナンナが鎌の刃の餌食になる。
第一、どこが正解の鍵穴かなんて未来の私しか知らない。自分だったら、どの数字にセットする……?
「ああっ!!」
アリアンロッドは大声を上げてしまった。その様子に、男はまたニヤリと笑う。
「思い出せたか?」
────思い出してしまったわ。もうずいぶん前のような気もするけど、たった1日前のことよ。
あれはただの閑話だった。
それでもきっと、1年たっても私は忘れていない。
これは未来の私からの伝言なんだ。中身は分からないけれど、今、“開けてもいい”って! ────
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