追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 第七章 】 永遠に君のそばにいる

⑥ ノーブルな兄弟との出会い

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「……オークの木……?」
 目を開けたらそこは、サラサラ木の葉の揺れる空の中。アリアンロッドは力強い樫の木の枝に腰かけていた。そよそよポニーテールの髪を揺らす、薫風が心地よくて、今はそこから飛び降りる気も起きなかった。
 温和な空気に包まれ、彼女が少しまどろみ始めたその時────。

「大聖女様!」
 よく響くテノールの美しい声が聞こえてきた。

 まだ慣れない“役職”で呼ばれ、軽く焦りが込み上げたアリアンロッドは、はっとして声の出所、下方を見まわした。
「誰……?」

 捉えた姿は、この樫の木の下で、こちらを目を細め見上げるひとりの男。じっくり見てみると、洗練された身のこなしに、爛漫な面立ちの眩い、若い青年だった。

「あなた様は大聖女ですね?」
 一度会ったら忘れられない、華やかな目鼻立ちの男の登場に、アリアンロッドは、胸の奥から湧き上がる甘酸っぱさを感じた。
「お気をつけてお降りください。供の者を呼びましょうか?」
「い、いえ、自分で降りられるわ」
 急かされているわけでもないが気が焦り、枝からさっと飛び降りた。すると男は直ちに跪く。

「あなたは誰? 私を知っているの?」
「いいえ、存じ上げません。ですが、あなた様は我が国の大聖女かと」

 アリアンロッドは戸惑いを隠せない。確かに今まとう衣装は大聖女のものだが。彼の自信に満ちた表情はなんなのか。
 しかし大聖女と認めてくれるのなら好都合だ。王宮内は聖女以外の高貴な婦人を受け入れることはできないのだから。

「しかし我々の大聖女は今日も宮殿の奥深くにおられるので、あなた様はきっと未来さきの世からいらしたのでしょう」
「!!」
 時空を移動する者だと当てられ驚いて、なぜそう思うのかを尋ねた。

「当たりですか? 過去からか未来からかと迷ったのですが、未来と申したのは推測です。なぜならあなた様は垢抜けていらっしゃるから」

(意味が分からないわ……。それにしても、笑顔が眩しい人)

 突然現れたこの男性の煌びやかさに目を奪われる。特段派手な恰好をしているわけではないのに、隠しきれない眩さ──色白の端正な顔立ち、凛々しい佇まい、透き通る声。
「はっ」
 アリアンロッドは、見惚れている場合ではない、と首をぶるぶる振った。
「えっと、大聖女がいらっしゃるということは、ここは王宮よね。過去なのかしら……」

 男は迷うアリアンロッドの手を取り、こう申し入れる。
「私に何かお助けできることはございますか?」
「ええ。今、何年か教えてくれる?」

「暦ですか? ……何年だったかなぁ? 覚えていません。調べれば分かりますけど」
 彼はにっこり笑った。端麗な容姿にそぐわない、ぶっきらぼうなタチが顔を出し、飄々とした雰囲気を放つ。
(暦は部下に覚えさせておけばいいものね)

「じゃあ、まずあなたの名前は?」
「ルシオーレと申します。あなた様のことは何とお呼びいたせば?」
「私は、アリーよ」
「アリー様、素敵な名前だ」
 彼は貴族の中でもかなり高位な立場だと推察できる。頼りになりそうだ。まずはこの衣装を着替えたいと話した。

「でしたら、我が妻の住居へご案内いたします」

 という具合に王宮を出て、馬車で数分のところに建つ邸宅に連れていかれ、手際の良い侍女らに急に囲まれたと思ったら、活動しやすく良質なドレスを着せられた。

「あの、顔も隠したいのだけど」
「ベールはあるかな?」
 そこで彼の妻が彼女のお気に入りのそれを差し出してくれたので、アリアンロッドは一安心できた。

「さて、次はどちらへお連れいたしましょうか」
 アリアンロッドは下手に王宮に戻るのも、と躊躇したが、この神隠しの意義も掴めずにいて。
「とりあえず、今は何年何月の……」
「ルシオーレ様、失礼いたします」
 ちょうどそこで、使用人が彼らに報告にやってくる。

「ルミエール様がお越しでございます」
「弟が?」

「兄様!」
 表情に焦りが垣間見える、ルシオーレの弟だという人物が、足早に扉をくぐり現れた。

「やはりこちらにいらしたのですね」

 その人物の顔が目に飛び込んできた時、アリアンロッドはなぜか懐かしい気分に浸った。
(あれ……? この人のこと、私、知ってる?)

「本日の会議中、オーレ兄様の組下の間で乱闘が起こり、厄介な状況になっています。今すぐ王宮にお戻りください」
 ルシオーレの一つ下の弟、ルミエールも、カリカリしてはいても流麗な仕草でその育ちの良さを思わせる。彼の背丈はやや低く、大人の男性だとは分かるのだが、表情に幼い印象を受ける。

「やれやれ。すべての業務の進め方を綿密に指示し、任せたというのに……」
「オーレ兄様。あなたが現場で監督しておられれば、万事うまくいくのですよ。なのに、こうして呑気に休憩しておられるばかりで」
「それでいつも期限内に仕事が終わるのだから、いいではないか」
「確かにあなたの執務は効率的で、かつ指示が的確なおかげで、私の組よりよほどうまく回っていますが……。気持ちの上で、配下らを鼓舞するために、あなたも現場におられた方が」
「いつまでたっても私を頼るようでは、個々の成長に繋がらないのだ」
 そこでルシオーレはルミエールに目配せをし、そのまま目線をアリアンロッドまで流した。

「ああ、お連れの方がいらっしゃいましたか。失礼。そちらの貴婦人は?」
「私が外国から招いた、特別なゲストだ。非常に強力な占い師殿だよ」

 ルシオーレは遅ればせながら、アリアンロッドにも紹介する。
「アリー様、これは私の弟です。エールと気安く呼んでやってください」
「初めまして。兄がお世話になっています」

(エールさん? その名前、聞き覚えのあるような、ないような……)
 アリアンロッドは上の空で挨拶を返した。

「しかし兄様! 父が伏せられ、我々が中心となって実務をこなさなくてはならない今……」
「我らは最後に責任を追う立場だが、業務を行うのは下の面々だ。彼らの成長を阻害してはならない」
 ルシオーレのもっともらしい説法に、ルミエールも少々たじろいだ。

「お前も子どもが生まれたばかりなのだから、妻子のところにもっと顔を出すと良い。まぁ、今はお前の言うことを聞き、大人しく王宮に戻り励もう」
 話がどんどん進んでいく中、アリアンロッドは少しぼんやりしていた。

「アリー様、そういったわけで、本日はこの弟があなたを案内いたします」
「「えっ」」
 アリアンロッドとルミエールは同時に声を挙げた。急に客人を押し付けられおののいたルミエールは、白目を剥いている。

「くれぐれも丁重に、おもてなししてくれ」
 そうルシオーレは有無を言わさず、軽やかにその部屋へと去っていった。兄の妻宅に客人と共に取り残された弟は、困惑顔のまま微動だにできず。

 そんな彼にアリアンロッドも少々申し訳なく思う。
「あの、エールさん。丁重でなくても構わないので、友達のように扱ってください」
「友達?」
「ええ、友達」
「それはいい」
 にっこり笑った彼は、大人の男なのにとても可愛い。まったく人の好さそうな破顔であった。

「それでは、兄にもああ言われてしまったし、我が妻の邸宅に案内しますか」
「私がお邪魔してもいいんですか?」
「ええ、良ろしければ、ここからすぐ近くですし。あまりお構いはできないと思いますが。小さい赤子がいるので」
 ルミエールは胸元の両手で、赤子の小ささを表し、顔をほころばせた。

 それからまた馬車で数分のところ。小ぶりだが、可愛らしい邸宅が建つ。庭には花壇が敷き詰められ、居心地も良さそうだ。

「エール様? こんな昼間に珍しいのですね。ご政務ははかどっておられますか?」
 主人の帰宅に、すぐに奥間から出てきたのは、小さな赤子を大事に抱く、碧眼の美しい夫人であった。

(すごい美人……。ん? この人こそ、誰かに似てる……)

「お客人がいてね」
 妻子の前で機嫌のいい彼がアリアンロッドを振り向き、家族の紹介を始める。

「アリーさん。これが妻のグローア、そして息子のディオニソスです」

「ディ……」

 ここでルミエールの正体が、この国の現王の息子、第二王子ということが確定したのだが、アリアンロッドはそれどころではなく、彼が指し示す、夫人の胸元の男児を、目玉が飛び出すほどにただ、見つめていた。

(ディ………………)

 アリアンロッドは次の瞬間、全身硬化した。

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