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【 第七章 】 永遠に君のそばにいる
⑦ 無敵の人・アリアンロッドは尊死寸前
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――――ここはなんと、23年前の王宮界隈……。
応接間にアリアンロッドは通された。
「お紅茶をどうぞ」
初茶をいただいたら、しばらく三人家族の団欒を遠慮がちに眺めていたのだが、家長ルミエールの、妻かわいや息子かわいやのでれでれぶりときたら、凄まじきこと。
(これは出勤のたびに後ろ髪を引かれる思いでしょうね……。)
アリアンロッドは羨ましくて、少し寂しくなった。
(夫人は王宮に入れなくて、夫の帰りを待つしかなくても、このように子を生んで育てられるんだもの……)
しかし現在の世では、ディオニソスの生みの母である夫人は、すでに他界している。アリアンロッドは、彼女はきっと最後まで幸せだっただろうと、未知の未来を視た心地だ。
「あなた、お客様を放っておかれたら……」
「ああ、申し訳ない」
「いえいえ。親子水入らずのところに押しかけてしまって、すみません」
そこでグローアが笑顔でアリアンロッドに申し出る。
「アリー様。この子、ちょうど首がすわった頃なのです。よろしかったら抱いてあげてもらえますか」
「!」
降り注いだ僥倖に、アリアンロッドの心の中の正直なアリアンロッドが大わらわだ。その時、ルミエールの部下が彼を呼びに来た。
「ああ、やはりまだ仕事をしなくてはならないようだ。向こうの部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ」
グローアは静かに頷き、夫を見送った。そして再度、腕の中の我が子を客人の前に差し出そうとする。
(ディ、ディオ様を……抱ける……)
アリアンロッドは震える手を伸ばした。すると赤子が、わぁっと泣き出したのだった。
「えっ?」
瞬時に汗が飛び散るアリアンロッド。
「あら、どうしたのかしら。人見知りはしない子なのですけど」
「あ、顔を隠してるからかな」
言われてみればと、グローアは彼女の顔を覆うベールを、不思議そうに見た。
「あ、えっと……私の部族は、女性がおいそれと異性に顔を見せてはいけなくて……」
「そうでしたか。それではこの生後三月の男の前でも、いけませんでしょうか?」
「全然いいと思います!!」
張り切り笑顔全開で、アリアンロッドはベールをばりっと外した。
(ちょ、ちょっと失礼しますね……ディオ様!)
そしてその子を抱いたら即、涙が無意識にわっと溢れだした。それを見つめグローアも共感している様子であった。
「なんて可愛いの! 柔らかくて、清らかできらきらしてて、なんて尊い生きものなの……!!」
アリアンロッドは赤子を手放せず、しばらく抱かせてもらっていた。
頬ずりすると、とろけてしまいそうなほど柔らかい。もう離せない。
それでは、と、その間グローアは、紅茶を出そうと侍女と共に支度を始める。
ここでアリアンロッドに、とある感情がむくむくと芽生えだす。
―――このままこの可愛い子を連れ去りたい……。誰も追ってこられないところで、この子とふたりきりで……。
「ん?」
しかしすぐ正気に戻る。
―――あれ、いま私、犯罪者になりかけてなかった!? 重罪よそんなの!!
このような狂気じみた自分に初めて対面し、戸惑うばかりである。
────ありえない。妄想であってもありえないわよ!
自己嫌悪の波にゆらゆら流されている。
────で、でもね。連れ去って逃げ回って、その間この子の母親となってかけがえのない時を過ごし、5年ほどでとうとう捕えられて、斬首の刑に処されても、それで我が人生に悔いはないのでは……。
もしやアリアンロッドは何かに憑りつかれてしまったのだろう。
が。
「はっ! いけないいけない。完全に無敵の人の心理に陥っていたわ!」
と、辛うじて我に返ることができた。そのうちにグローアが紅茶とお茶菓子を持って戻ってきた。
────だめなの。私が連れ去って育てても、あの素敵なディオ様にはならない。
アリアンロッドは首を横にふるふるして、涙ぐんだ目でグローアを見つめた。
────こちらの聖母様に育てていただかねば、私の尊敬する、立派なあの人にはならないのよ!
アリアンロッドは普段意識することもないが、彼女の他者に寄り添おうとする心根を育てたのはディオニソスであった。
彼はここで育つべき人だと、アリアンロッドは痛いほど実感している。
もはやグローアから後光が見える。彼女を一晩中拝み倒したい気持ちになる。
「ん??」
その時、赤子を抱く腕が温かくなった。
「私の腕、びっしょり……」
「あらっ、ごめんなさい! たくさん布を詰めておいたのだけど、なかなか間に合いませんのよね……」
「……ははは……」
アリアンロッドは苦笑いするしかなかった。
「私もこうやって、みんなに面倒みていただいて大人になれたので……大丈夫です」
とりあえず着替えをもらい、この場にはグローアと侍女ひとりしかいないので、さくっと替えることにした。
着替えを渡したグローアは同時に隣で、赤子の肌着を脱がしだした。
「……!」
アリアンロッドが急に後ろを向くのでグローアは不思議そう。
――――い、いやね、私だって王宮に来る前は、ちびっこ同士で遊んでいたから見慣れてますよ? ええ、ええ、見慣れてるもんです。でも“ディオ様の”、となったら話は別……。
「すみません。そちらの布を取っていただけますか?」
「あ、はい!」
しかし振り向かねば渡せない。
――――ディオ様を視界に入れなければ……彼女の顔だけ見ていれば……。
「これくらい布を用意すれば、今度こそ大丈夫かしら」
「こ、これくらい? どれくらい?」
「え? これくらい……」
「みみみ見ていいんですか!?」
「?? ええ」
見た。
口を手で覆い、身を捻って悶え、その尊さに酔いしれた。
しばらくして、扉からルミエールが顔を出した。これにアリアンロッドは慌てて手で顔を隠す。
「やはり王宮に戻らなくてはならなくなった。今晩は帰れないから、ふたりでゆっくり過ごしてくれ」
「……分かりました」
アリアンロッドはここからどうしようと考え、これ以上ここにいたら悶えすぎて生命維持の危機であるし、いつまた罪人心理に陥るかも分からないので、玄関に向かった彼を追うことにする。再び髪飾りで顔隠しの布を留め、礼を言ってそこを出た。
「エールさ~~ん!」
馬車に乗る寸での彼に声をかける。
「ああっと、申し訳ない。慌て過ぎてあなたのことをほったらかしてしまいました」
彼は正直者だ。
「何か大変な仕事でも?」
「いや実は、仕事はキリがついたのだけど」
「?」
「今から向かうのは妻のところです」
「妻……って、ふたりめの?」
応接間にアリアンロッドは通された。
「お紅茶をどうぞ」
初茶をいただいたら、しばらく三人家族の団欒を遠慮がちに眺めていたのだが、家長ルミエールの、妻かわいや息子かわいやのでれでれぶりときたら、凄まじきこと。
(これは出勤のたびに後ろ髪を引かれる思いでしょうね……。)
アリアンロッドは羨ましくて、少し寂しくなった。
(夫人は王宮に入れなくて、夫の帰りを待つしかなくても、このように子を生んで育てられるんだもの……)
しかし現在の世では、ディオニソスの生みの母である夫人は、すでに他界している。アリアンロッドは、彼女はきっと最後まで幸せだっただろうと、未知の未来を視た心地だ。
「あなた、お客様を放っておかれたら……」
「ああ、申し訳ない」
「いえいえ。親子水入らずのところに押しかけてしまって、すみません」
そこでグローアが笑顔でアリアンロッドに申し出る。
「アリー様。この子、ちょうど首がすわった頃なのです。よろしかったら抱いてあげてもらえますか」
「!」
降り注いだ僥倖に、アリアンロッドの心の中の正直なアリアンロッドが大わらわだ。その時、ルミエールの部下が彼を呼びに来た。
「ああ、やはりまだ仕事をしなくてはならないようだ。向こうの部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ」
グローアは静かに頷き、夫を見送った。そして再度、腕の中の我が子を客人の前に差し出そうとする。
(ディ、ディオ様を……抱ける……)
アリアンロッドは震える手を伸ばした。すると赤子が、わぁっと泣き出したのだった。
「えっ?」
瞬時に汗が飛び散るアリアンロッド。
「あら、どうしたのかしら。人見知りはしない子なのですけど」
「あ、顔を隠してるからかな」
言われてみればと、グローアは彼女の顔を覆うベールを、不思議そうに見た。
「あ、えっと……私の部族は、女性がおいそれと異性に顔を見せてはいけなくて……」
「そうでしたか。それではこの生後三月の男の前でも、いけませんでしょうか?」
「全然いいと思います!!」
張り切り笑顔全開で、アリアンロッドはベールをばりっと外した。
(ちょ、ちょっと失礼しますね……ディオ様!)
そしてその子を抱いたら即、涙が無意識にわっと溢れだした。それを見つめグローアも共感している様子であった。
「なんて可愛いの! 柔らかくて、清らかできらきらしてて、なんて尊い生きものなの……!!」
アリアンロッドは赤子を手放せず、しばらく抱かせてもらっていた。
頬ずりすると、とろけてしまいそうなほど柔らかい。もう離せない。
それでは、と、その間グローアは、紅茶を出そうと侍女と共に支度を始める。
ここでアリアンロッドに、とある感情がむくむくと芽生えだす。
―――このままこの可愛い子を連れ去りたい……。誰も追ってこられないところで、この子とふたりきりで……。
「ん?」
しかしすぐ正気に戻る。
―――あれ、いま私、犯罪者になりかけてなかった!? 重罪よそんなの!!
このような狂気じみた自分に初めて対面し、戸惑うばかりである。
────ありえない。妄想であってもありえないわよ!
自己嫌悪の波にゆらゆら流されている。
────で、でもね。連れ去って逃げ回って、その間この子の母親となってかけがえのない時を過ごし、5年ほどでとうとう捕えられて、斬首の刑に処されても、それで我が人生に悔いはないのでは……。
もしやアリアンロッドは何かに憑りつかれてしまったのだろう。
が。
「はっ! いけないいけない。完全に無敵の人の心理に陥っていたわ!」
と、辛うじて我に返ることができた。そのうちにグローアが紅茶とお茶菓子を持って戻ってきた。
────だめなの。私が連れ去って育てても、あの素敵なディオ様にはならない。
アリアンロッドは首を横にふるふるして、涙ぐんだ目でグローアを見つめた。
────こちらの聖母様に育てていただかねば、私の尊敬する、立派なあの人にはならないのよ!
アリアンロッドは普段意識することもないが、彼女の他者に寄り添おうとする心根を育てたのはディオニソスであった。
彼はここで育つべき人だと、アリアンロッドは痛いほど実感している。
もはやグローアから後光が見える。彼女を一晩中拝み倒したい気持ちになる。
「ん??」
その時、赤子を抱く腕が温かくなった。
「私の腕、びっしょり……」
「あらっ、ごめんなさい! たくさん布を詰めておいたのだけど、なかなか間に合いませんのよね……」
「……ははは……」
アリアンロッドは苦笑いするしかなかった。
「私もこうやって、みんなに面倒みていただいて大人になれたので……大丈夫です」
とりあえず着替えをもらい、この場にはグローアと侍女ひとりしかいないので、さくっと替えることにした。
着替えを渡したグローアは同時に隣で、赤子の肌着を脱がしだした。
「……!」
アリアンロッドが急に後ろを向くのでグローアは不思議そう。
――――い、いやね、私だって王宮に来る前は、ちびっこ同士で遊んでいたから見慣れてますよ? ええ、ええ、見慣れてるもんです。でも“ディオ様の”、となったら話は別……。
「すみません。そちらの布を取っていただけますか?」
「あ、はい!」
しかし振り向かねば渡せない。
――――ディオ様を視界に入れなければ……彼女の顔だけ見ていれば……。
「これくらい布を用意すれば、今度こそ大丈夫かしら」
「こ、これくらい? どれくらい?」
「え? これくらい……」
「みみみ見ていいんですか!?」
「?? ええ」
見た。
口を手で覆い、身を捻って悶え、その尊さに酔いしれた。
しばらくして、扉からルミエールが顔を出した。これにアリアンロッドは慌てて手で顔を隠す。
「やはり王宮に戻らなくてはならなくなった。今晩は帰れないから、ふたりでゆっくり過ごしてくれ」
「……分かりました」
アリアンロッドはここからどうしようと考え、これ以上ここにいたら悶えすぎて生命維持の危機であるし、いつまた罪人心理に陥るかも分からないので、玄関に向かった彼を追うことにする。再び髪飾りで顔隠しの布を留め、礼を言ってそこを出た。
「エールさ~~ん!」
馬車に乗る寸での彼に声をかける。
「ああっと、申し訳ない。慌て過ぎてあなたのことをほったらかしてしまいました」
彼は正直者だ。
「何か大変な仕事でも?」
「いや実は、仕事はキリがついたのだけど」
「?」
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