追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

文字の大きさ
75 / 148
【 第七章 】 永遠に君のそばにいる

⑦ 無敵の人・アリアンロッドは尊死寸前

しおりを挟む
――――ここはなんと、23年前の王宮界隈……。

 応接間にアリアンロッドは通された。
「お紅茶をどうぞ」
 初茶をいただいたら、しばらく三人家族の団欒を遠慮がちに眺めていたのだが、家長ルミエールの、妻かわいや息子かわいやのでれでれぶりときたら、凄まじきこと。

(これは出勤のたびに後ろ髪を引かれる思いでしょうね……。)

 アリアンロッドは羨ましくて、少し寂しくなった。

(夫人は王宮に入れなくて、夫の帰りを待つしかなくても、このように子を生んで育てられるんだもの……)

 しかし現在の世では、ディオニソスの生みの母である夫人は、すでに他界している。アリアンロッドは、彼女はきっと最後まで幸せだっただろうと、未知の未来を視た心地だ。

「あなた、お客様を放っておかれたら……」
「ああ、申し訳ない」
「いえいえ。親子水入らずのところに押しかけてしまって、すみません」

 そこでグローアが笑顔でアリアンロッドに申し出る。
「アリー様。この子、ちょうど首がすわった頃なのです。よろしかったら抱いてあげてもらえますか」
「!」

 降り注いだ僥倖に、アリアンロッドの心の中の正直なアリアンロッドが大わらわだ。その時、ルミエールの部下が彼を呼びに来た。

「ああ、やはりまだ仕事をしなくてはならないようだ。向こうの部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ」

 グローアは静かに頷き、夫を見送った。そして再度、腕の中の我が子を客人の前に差し出そうとする。

(ディ、ディオ様を……抱ける……)
 
 アリアンロッドは震える手を伸ばした。すると赤子が、わぁっと泣き出したのだった。

「えっ?」
 瞬時に汗が飛び散るアリアンロッド。

「あら、どうしたのかしら。人見知りはしない子なのですけど」
「あ、顔を隠してるからかな」

 言われてみればと、グローアは彼女の顔を覆うベールを、不思議そうに見た。

「あ、えっと……私の部族は、女性がおいそれと異性に顔を見せてはいけなくて……」
「そうでしたか。それではこの生後三月の男の前でも、いけませんでしょうか?」
「全然いいと思います!!」

 張り切り笑顔全開で、アリアンロッドはベールをばりっと外した。

(ちょ、ちょっと失礼しますね……ディオ様!)

 そしてその子を抱いたら即、涙が無意識にわっと溢れだした。それを見つめグローアも共感している様子であった。

「なんて可愛いの! 柔らかくて、清らかできらきらしてて、なんて尊い生きものなの……!!」

 アリアンロッドは赤子を手放せず、しばらく抱かせてもらっていた。
 頬ずりすると、とろけてしまいそうなほど柔らかい。もう離せない。
 それでは、と、その間グローアは、紅茶を出そうと侍女と共に支度を始める。

 ここでアリアンロッドに、とある感情がむくむくと芽生えだす。

―――このままこの可愛い子を連れ去りたい……。誰も追ってこられないところで、この子とふたりきりで……。

「ん?」
 しかしすぐ正気に戻る。

―――あれ、いま私、犯罪者になりかけてなかった!? 重罪よそんなの!!

 このような狂気じみた自分に初めて対面し、戸惑うばかりである。

────ありえない。妄想であってもありえないわよ!

 自己嫌悪の波にゆらゆら流されている。

────で、でもね。連れ去って逃げ回って、その間この子の母親となってかけがえのない時を過ごし、5年ほどでとうとう捕えられて、斬首の刑に処されても、それで我が人生に悔いはないのでは……。

 もしやアリアンロッドは何かに憑りつかれてしまったのだろう。

 が。

「はっ! いけないいけない。完全に無敵の人の心理に陥っていたわ!」
と、辛うじて我に返ることができた。そのうちにグローアが紅茶とお茶菓子を持って戻ってきた。

────だめなの。私が連れ去って育てても、あの素敵なディオ様にはならない。

 アリアンロッドは首を横にふるふるして、涙ぐんだ目でグローアを見つめた。

────こちらの聖母様に育てていただかねば、私の尊敬する、立派なあの人にはならないのよ!

 アリアンロッドは普段意識することもないが、彼女の他者に寄り添おうとする心根を育てたのはディオニソスであった。
 彼はここで育つべき人だと、アリアンロッドは痛いほど実感している。

 もはやグローアから後光が見える。彼女を一晩中拝み倒したい気持ちになる。

「ん??」

 その時、赤子を抱く腕が温かくなった。

「私の腕、びっしょり……」
「あらっ、ごめんなさい! たくさん布を詰めておいたのだけど、なかなか間に合いませんのよね……」

「……ははは……」
 アリアンロッドは苦笑いするしかなかった。

「私もこうやって、みんなに面倒みていただいて大人になれたので……大丈夫です」



 とりあえず着替えをもらい、この場にはグローアと侍女ひとりしかいないので、さくっと替えることにした。
 着替えを渡したグローアは同時に隣で、赤子の肌着を脱がしだした。

「……!」

 アリアンロッドが急に後ろを向くのでグローアは不思議そう。

――――い、いやね、私だって王宮に来る前は、ちびっこ同士で遊んでいたから見慣れてますよ? ええ、ええ、見慣れてるもんです。でも“ディオ様の”、となったら話は別……。

「すみません。そちらの布を取っていただけますか?」
「あ、はい!」
 しかし振り向かねば渡せない。

――――ディオ様を視界に入れなければ……彼女の顔だけ見ていれば……。

「これくらい布を用意すれば、今度こそ大丈夫かしら」
「こ、これくらい? どれくらい?」
「え? これくらい……」
「みみみ見ていいんですか!?」
「?? ええ」

 見た。

 口を手で覆い、身を捻って悶え、その尊さに酔いしれた。



 しばらくして、扉からルミエールが顔を出した。これにアリアンロッドは慌てて手で顔を隠す。
「やはり王宮に戻らなくてはならなくなった。今晩は帰れないから、ふたりでゆっくり過ごしてくれ」
「……分かりました」

 アリアンロッドはここからどうしようと考え、これ以上ここにいたら悶えすぎて生命維持の危機であるし、いつまた罪人心理に陥るかも分からないので、玄関に向かった彼を追うことにする。再び髪飾りで顔隠しの布を留め、礼を言ってそこを出た。



「エールさ~~ん!」
 馬車に乗る寸での彼に声をかける。
「ああっと、申し訳ない。慌て過ぎてあなたのことをほったらかしてしまいました」
 彼は正直者だ。

「何か大変な仕事でも?」
「いや実は、仕事はキリがついたのだけど」
「?」
「今から向かうのは妻のところです」
「妻……って、ふたりめの?」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

処理中です...