追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

文字の大きさ
85 / 148
【 第八章 】 同じ思いを抱いている

② 急に混浴だなんて!!

しおりを挟む
 機嫌よく滞在先に戻ったアリアンロッドは、部屋でひとり落ち着いて考えごとをしていた。
 「またいらっしゃった折には」の言葉で思い返した。もはや自分がここを訪れることもないのだと。

 命の期限まで長くて1年半といったところ。実際、大聖女の披露目など無意味なのだ。すぐに隣国の王、ユングの君臨する土地となるのだから。
 かといって、残りの時に経験することをすべて無駄だとして過ごすのも、また違うだろう。命は元より有限なのだから、1年半が無駄だというなら人生の総時間40、50年だって、同じく無駄である。

 アリアンロッドは、滞在部屋から望む木々や草花、空舞う鳥や飛び交う虫の、それぞれに与えられた流れる時間を、感じ取ろうとした。

(最後の時まで変わらず過ごしたい。私にとっての「日常」を。)

 しかし、その時が迫れば迫るほど、日々を当たり前に過ごす、平静な自分でいられるだろうか。とてつもない不安が押し寄せてくる。

「入るぞ」
 アンヴァルが返事を待つことなく入室してきた。
 彼は最近たまに目にする、気になるアリアンロッドの表情というものがある。なまじ共に過ごしてきた時間が長いと、勘付いてしまう。
 彼女は重苦しい何かを抱えている。なのにそれを分かち合うつもりはないのだ、と──。

「急に入って来ないでよ」
「悪い」
「どうしたの?」

 アンヴァルは、下の者がまた住民から連絡を受けたと報告する。街はずれの森の中に温泉があるようだ。他に近場で湧き出たものがあり、今では滅多に使われなくなったところなので、一行にどうかと。多少不便だが、それは洞穴の中に湧き、静謐せいひつで趣ある風情らしい。

「行きたい!」
「そう言うだろうと、兵に下見に行かせた。明日には入りに行ける」
「大きなお風呂、久しぶり」
 アリアンロッドに笑顔が戻ったので、アンヴァルは嬉しかった。




 そこは触れ込み通り、森の奥に位置する、洞穴に湧く温泉だった。浸かりながら外の緑が見えるのだが、アリアンロッドの入浴の際には衝立ついたてが置かれているのであまり、といった様子。衝立の向こうにはアンヴァルと侍女が控えている。

「あ~~、いい! 生き返る~~!」
 ばしゃばしゃと羽を伸ばし放題のアリアンロッドだ。お湯を掻いたり、足をバタつかせたり、バスタブではできないことを存分にやっている。

「良かったな。はしゃぎすぎてのぼせるなよ」
「うん。本当に気持ちいいよ。ヴァルもどう?」
「ん? …………」
「……あっ、一緒にじゃなくて! 後で! 私が出た後でよ!」
「っそんな勘違いしてねえよ」

 こんなことで赤くなっているふたりを、また兵士のみんなに見られでもしたら、悶々とさせてしまうだろう。
 勘違いで恥ずかしくなったアリアンロッドはまたひとり、物思いにふけっていたのだが、ここでとうとうあれを感じてしまった。
「っ……」
 神の気まぐれの風を。

(ど、どうしよう、こんなところでっ……)
 周遊の途中なのだから、ちょうどよく帰ってこられればいいが、そうでなければ大勢に迷惑がかかる。不在の間、アンヴァルがごまかすのも難儀だろう。
 しかしそんなことを考えていても仕方ない。まず彼を呼ばなくては。

「ヴァ……っ」
 いったんその声を飲み込んだ。
「…………」
 一瞬で青ざめてしまった。
 今、自分は全裸なのだ。

(……とはいってもやっぱり呼ばなくちゃ!)

「ヴァル、来て! ……うっ」
 湯に浸かっていても身体が冷えていくのを感じ、思わず自身を抱きしめる。

「だからお前、そういう冗談を……え、まさか」

 彼は急いで衝立の向こうにまわった。
「アリアっ……」

 だがもうそこには誰一人存在せず、
「アリア……」

 もう一度小さく彼女の名を呼んだが、もちろん返事はないのだった。



◇◆◇


 アリアンロッドは目を開けた。自身の二の腕を両手で掴んだままの体勢で、あい変わらず湯に浸かっている。
 顔を上げても湯気で先がよく見えない。しかし少しの風が吹いてくると、湯気もだんだん飛んでいき――――。

「……あら?」
「…………ん?」
「…………えっ」

 目に入ってきたのは、上半身裸の男。
 金の短髪で目つきの鋭い大人の男が、泉を囲む岩に肩を広げもたれかかっている。
 彼の後ろの景色は、洞穴の入り口だ。アリアンロッドの目に、明るい外野の茂る緑が映る。
 そして、この男も表情が固まっている。突然奥に女が現れたのだ、度肝を抜かれただろう。

 ところで、男の上半身が裸、というが、湯に浸かっているわけなので、つまり。

「~~~~~~~!!」
 アリアンロッドの叫びは声にならなかった。

「女……? いつの間に入ってきたんだ?」
 男は後ろの入り口を振り返った。何も変わった様子はない。彼は訝しげに、薄い湯気の中のアリアンロッドを再度見つめる。

「そ、それ以上近付いたら、舌を嚙んで死にます!」
「はぁ?」

 突如現れた女が、なにやら怯えていることは分かったが、男は近付くも何もその場からまったく動いていないし、先にいたのは自分だと理解している。

「後から入ってきてそれはないだろう。お前、接待の女じゃないのか?」
「せっ……?」

(ええええーっと、落ち着いて、状況を整理しよう……)
 アリアンロッドは自分が神隠しで飛ばされたことを自覚した。更にその場は元々いた温泉と同じ処だということも。
 しかし、どうすればいいのか。全裸の男が立ちふさがる。いや、“浸かり”ふさがる。
 ともかく、胸の聖痕をひた隠すために背を向けた。

「そういう趣の接待にはあまり興味がない。もう良いから来いよ」

 びやっ…とおののいたアリアンロッドは、肩から少し振り向いて、首を小刻みに横に振った。
 湯の中にも関わらず青くなっている彼女の顔色を、男はまじまじと観察し、どうやら無関係の、ただの迷子らしいと思い至る。相手にするまでもないしもう出るか、と立ち上がった。

「!!!」
 アリアンロッドは大慌てで顔を湯に突っ込んだ。

「おいお前」
「~~~~!」
 苦しくなった彼女はすぐに顔を上げ、それから、目をつむったまま奥の方に顔を背ける。

「まさかここまで素っ裸で来たのか? ひとりで?」
「え、ええ……」
「着るものは?」
「……ない」
 男は、ふぅん。と行こうとした。

「あ、あの、布か何か……か、貸し……」
 彼を頼るしかない。
「待ってろ」
 男は外に出て、付きの女に指図した。

 少しの後、その侍女がアリアンロッドの元に持ってきたのは、十分に良質な衣服だった。身体を拭く麻布も渡され、アリアンロッドは温泉から無事出られることに。

 移動前、アリアンロッドがこの温泉に案内された時、近くに川が流れているのを見た。付きの女が言うには、彼女の主人は今、そちらで釣りを始めたとのこと。
 お礼を言うため、探しに行く。




「あ、あの……」

 川辺の岩に腰を据えている男は、声を掛けられ振り向いた。

「似合うじゃねえか、その服」
「あ、ありがとう。良いものを貸してくれて。ええと、お礼をしたいのだけど……」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...