追放聖女アリアンロッドは過去も未来もあきらめない! ~救国の乙女は願いを胸に時の河を超える~

松ノ木るな

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【 第十二章 】 それぞれの価値

① 救うべき命、見捨てるべき命?

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 決戦の時は刻々と迫る。
 アリアンロッドはこのところ、あの幸福な夢を思い出しては、心地よい浮遊感に身を委ねていた。今からでも、いつであっても、きっと彼は国よりも何よりも私を選んでくれるの、と胸を焦がし、そしてすぐにそんな浅はかな自分を責める。隣国との決戦を止められない罪滅ぼしとして、潔くそこで果てるのは覚悟の上でいたかった。

 そんな切羽詰まった日々の最中に、敵国方面から王宮へ一報が届く。それは隣国に放った密偵の使用する、連絡経路を通ってきた暗号文であった。


「イナンナからの連絡!? 本当に!?」
 アリアンロッドも議会に招かれ、進行役から詳細を説明されるところだ。
「敵軍は手始めに、こちらの、ある地区の乗っ取りを画策中だそうです。相対し戦いを始めるでなく、これは奇襲。東部の街を崩してそこを拠点とし、全土にじわりじわり…、ということでしょう」

 アリアンロッドは歓喜した。敵国の計画の話など今は耳に入ってこない。イナンナが生きていた。それだけで、神への感謝の心でいっぱいだ。
 喜びの中、隣に座する、ディオニソスの手にあるその密書を取ろうとする。したら彼は、さっと手を引っ込めた。

「罠かもしれないよ」
「……!」

 真顔になるアリアンロッド。ディオニソスはそんな彼女を切なげな眼差しで見る。
 彼女は「そんなことない」と言いたいだろう。しかしその言葉には責任が重くのしかかる。

 大聖女は多くの民の命を預かっている。「信じたいから」などと安易に言えるはずもない。

「……密書の中に一枚、手紙が添えられていた。君宛ての」
「!」
 それも、初めに受け取るディオニソスに葬られる可能性の高いものであった。それでもイナンナは彼に委ねた。

「これも罠かもしれない。しかし、君に届けよう」
「ディオ様……」

 アリアンロッドは少し震える手でそれを受け取った。そこには清廉な筆跡でこう書かれていた。

“むしのいい話だと分かっておりますが、どうか信じてください
あなたに助けていただいた命は
いつ消えても惜しくない、つまらないものですが
残りの生でもう一度、ただの一度きりでも、己を誇らしく思える瞬間が欲しいのです”

 アリアンロッドは、確かに彼女は生きていて、生への執着が垣間見えることが嬉しくて、温かな気持ちで目を潤ませた。

「信じるわ。敵国のそれはどういう計画なの?」
「どうやらこれでいよいよ、本格的な開戦となりそうだな」

 議員らは説明する。それは現時点から4日後の朝に、東の一領土の全民を捕虜として捕らえると計画されているようだ。なのでこちらは領民を避難させた上で応戦したい。王宮から送る隊は明朝に発たせても4日かかる。しかし伝書で連絡するだけなら2日。隊は間に合わないのでまず民を逃がすことに専念したい。たとえ街が焼かれようとも人々さえ生存させれば、と考えている。しかし1日の猶予で街の馬車などを使って他へ逃がせるのは全民のおよそ七割。それをどういった者にするのか、という話だ。

「三割の者を見捨てる、ということ?」
「そうです」
 アリアンロッドは、その三割の捕らえられた民の受ける仕打ちを思い、動揺した。

「それをあなた様に委ねます」
「え?」
「国の民の命運は、大聖女様、あなたのものですから」

 目線をまっすぐに向けて言い渡してくる宰相が、アリアンロッドには手厳しく思えた。しかしそのための大聖女だ。これに関して議員にできるのは、あくまで助言。
 今夜、月の上る頃、大聖女の決定により関係者は夜明けに向けて準備を始める。大聖女の決意までの制限時間はわずか数刻──。

「…………」
 アリアンロッドの顔は強張った。
 議員の男らは大聖女の、取りも直さず神の、“間違いのない”答えを求めている。
 ディオニソスはそこで、男王として議員らを牽制した。
「あとは定刻まで、私と大聖女、ふたりで話し合う。皆はできる限りの支度を、ただ今から進めよ」
「「「はっ」」」
 ディオニソスはそっとアリアンロッドの肩を寄せ、彼女を隠すようにしてその場を退室した。



「ふぅ。神の力の前でひとの王など、無力なものだな」
「ディオ様、あなたの意見は?」
「それはもちろん、まず若者を優先して逃がすべきだ。神に正解を乞うまでもない」

 それはアリアンロッドにも分かる。生産性が違う。
 よって捕えられた後の人質としての価値も違う。しかし命を選別するにそれでは、単純過ぎるとも思える。

「間違いではないと分かるわ。若ければ若いほど……でもそんな簡単に決めていいのかしら」

 ディオニソスは彼女の次の言葉を静かに待つ。

「生産性で言ったら、健康体で体力のある40歳の大人と病床の10歳の子の差は? 病床の子はその子で、将来性というのもある、今は病床でもいつかは働けるかも。かといって今は働けなくても、長く人々のために働き貢献した老人が、今働き盛りの若者と、命の価値が違うとは思えない」

 彼女はここで“命の価値”を口にしてしまった。納得のいくまで考え抜かなくては、後々まで引きずることになる。

「そのための時間だ。より細かく指令を出さなくてはならない。現地で役人らが混乱しないように」
「あの、ヴァルの意見も聞きたいのだけど」
「今日は周辺の地盤調査に出ているのではなかったかな。誰か居所を知っているだろうか」

 ディオニソスが下の者らに尋ねるのも待ちきれず、アリアンロッドは大聖女の衣装を脱ぎ捨て、活動しやすい衣服で王宮の人間に聞いて回った。もはや大聖女が誰と話していてもお構いなしだ。このたびの大聖女はそういう存在だと周知されている。
 アンヴァルの居場所の情報を掴んだ彼女は、王宮を出て少し行ったところの丘に向かった。アンヴァルは結局見つからず、そしてまたどこかへ、冷たい強風に吹き飛ばされていったのだった。





「ここは……洞窟かしら」
 アリアンロッドはうっそうと茂る木々に包まれた岩崖の、洞窟の入り口にいた。日の光に照らされ、深そうないわやだと知る。その時、奥から物音が聞こえてきた。

「誰だ、そこにいるのは?」

 奥から用具を持って人が出てきた。それはアリアンロッドより少し背の低い少年だ。彼は自分の仲間かと思って出てきたようだが、そこにいたのが妙齢の女性であることに驚く。アリアンロッドも早速自己紹介してもいいものかためらい、とりあえず友好的な態度で接してみることに。

「初めまして。私、初めてこの地域にやって来たのだけど。あなたはここで何をしているの?」

 上品なレディに声を掛けられ、彼はなかなか気分が上がった様子。
「秘密基地を作っているんだ」

 アリアンロッドは首を傾げる。
 少年の言うには、先人がある程度掘っていた穴を町の子どもたちで見つけ、皆で更に掘ろうという話になった。それを彼の祖父が知って、子らは咎められるのだろうと思っていたが、彼はそれどころか積極的に協力してくれた。道具も祖父からの物のようだ。

「ここ2年くらいで意外と広くなったんだ!」
 少年はとても明るく、この洞穴についてべらべらと話す。祖父にこの秘密基地を認めてもらえたことがよほど嬉しかったらしい。農作業の片手間にやる遊びなので、少しずつ大きくなるのを感じる程度だが。

「いつかここに住めるようにしたくてさ」
「面白そうね」
 利便性は置いといて、とアリアンロッドは思った。

「ここは町の近くなの?」
「近くと言えば近くだけど。ここは森の入り口だよ。昔はきっとこの辺にも家があったんだ。そばに貝塚ミッデンがあるし」
 アリアンロッドはそう聞くと、過ぎ去った時代への浪漫を感じた。

 ふたりは話をしている間にどんどん打ち解けていき、少年は泊まるところもないというこのレディを自宅に連れて帰ることにした。

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