錆びた剣(鈴木さん)と少年

へたまろ

文字の大きさ
28 / 91
第2章:風の調べとゴブリンとコボルトと

第8話:コボルト

しおりを挟む
「ルトング様!」

 森の中心部。
 大きく開けた場所に、簡素な造りの建物とも呼べない小屋が立ち並ぶ。
 その中でも一際大きな小屋の中から、キャンキャンと犬の吠えたてる声が聞こえてきた。

 中では少しばかりコリーのような面影を残す、雑種と分かる犬が片膝をついている。
 顔は確かに犬なのだが、人のように手足が長い。
 木で作った鎧を纏っており、犬の毛皮で頭の先からつま先まで覆ったような人物。
 そう、犬人の魔物であるコボルトだ。

 そのコボルトの下げた頭の先には大柄な狼のような顔をしたコボルトが、息の荒い雌のコボルトを脇に抱えて面倒くさそうにそちらを睨みつける。

「キャン!」

 そして手に持った木のコップを、小さなコボルトに向かって投げつける。
 コップの持ち手が額に当たり、悲鳴をあげるコボルトになお不快そうに片眉をあげる。

「貴様、俺が楽しんでるときに入ってくるとはいい度胸だ。そんなに殺されたいか?」
「ヒッ……」

 雌のコボルトを乱暴に草に突き飛ばし立ち上がったそれは、空になった手を自分の顔の高さまでもってきて爪を伸ばして威嚇する。
 不穏を察知した雌コボルトが慌てた様子で小屋を飛び出すが、男に睨みつけられてすくみ上った小さなコボルトはガタガタと震えながらもその場を動かない。

「重要な報告ですルトング様……」

 絞り出すように漏れ出た言葉に、ルトング様とよばれたそれはチッと舌打ちをしドカッと胡坐をかいて座った。
 それで報告が許されたと思ったのだろう。
 コボルトが言葉を続ける。

「ゴブサワの集落に向かわせた連中が先ほど戻って参りました」
「ああん? 結論から言え!」
「脅威となる存在が現れたようです」
「フンッ! なんだそれは。冒険者か? それとも、竜でも現れやがったか?」
「いえ、戻ってきたものたちの話では、人が2人と……その、なんとも形容しがたい力を秘めたゴブリンが……」
「はぁん? たかが人2人に、ゴブリンだぁ? んなもん、てめーらでなんとかしろや! それとも、その人様は英雄でもあらせられるってのか? 馬鹿馬鹿しい」

 コボルトの報告に興味を失ったのか、ルトングは首を左右にふって凝りをほぐすようにならすと瓢箪のようなものを手繰り寄せる。
 その中身を口に流し込むと、酒臭いげっぷをして手をヒラヒラと振る。

「まあいい、戻ってきたゴブリンどもは殺せ! それから、そいつらを率いてたコボルトを俺んとこに呼べ」
「あの……」
「その後でてめーも殺してやるから。俺のお楽しみを邪魔しやがって!」
「ヒッ!」

 ルトングの脅しに、しりもちをついて後ずさるコボルトにつまらないものでも見るような視線を向ける。
 そして鼻をならしてフンと笑みを浮かべると、あくびをしながら小指の爪で頬をかく。

「冗談だ……今回はな……本気にされたくなかったら、さっさと行け!」
「はっ! はひっ!」

 ルトングの脅しに、コボルトが慌てた様子で4足で駆け出す。
 
「まるで犬だな……腑抜けが」

 やっぱり殺すべきだったか?
 そんなことを考えつつルトングが、瓢箪を傾け……中が空だと気づくと垂れてきた一滴を長い舌で掠めるように口に運び舌なめずりをする。
 そのまま瓢箪を放り投げると、入り口に背を向けて横になる。

「あまり仲間を虐めるもんじゃないよ」
「……」

 横になったルトングの視線の先にはカーテンがかけられてあり、その奥から柔らかな少年のような声が掛けられる。
 片方の眉を持ち上げたルトングは、頬杖をついていた手をずらして額と目を覆う。
 すぐに姿勢を正し、正座をしてそちらに向き直る。

「いつお戻りで」
「あー、君が盛ってる時かな」
「声を掛けてくださればよかったのに」

 先ほどまで横柄な態度で偉そうにしていたとは思えない豹変っぷり。
 少し緊張した面持ちだが、それでも尻尾が左右に大きく振られていることから喜びの感情も読み取れる。

「王は厳しくならねばならない……だが、優しくもないとな」
「イエス、マイロード」

 カーテンの奥の言葉に、ルトングは深く頷き言葉を返す。
 次にカーテンが揺れたときには、そこには誰も居なかった。

「おいっ! 誰か!」
「はっ!」

 すぐにルトングが声をあげると、若いコボルトが顔を出す。
 
「さっきの奴に伝えろ。ゴブリンを殺すのはなしだと」
「はっ!」

 こんどのコボルトはルトングの言葉を預かると、2本の足で駆けっていった。
 ルトングが、その姿に満足そうに頷く。

「あいつは見所があるな」

 そう呟くと、立ち上がって乱れた衣服を正す。
 
「お優しい方だ……だからこそ、あの方の役に立ちたいと思えるのだが。そうか……そうだな。俺もそうあらねば、そう思われぬか」

 何度となく思ってきたことだが。
 どうも短慮なところがあるのは、彼の悪い癖だ。
 自覚してはいるが、ついカッとなってしまう。
 
「ゴブリンロードだぁ?」
 
 それからしばらくして、報告に来たコボルトに対して威圧を込めた言葉で問いかける。
 先ほどの反省はなんだったのか。

「間違いないと、ゴブリン共が申しておりました。それと中に送り込んだゴブリンが1匹帰ってきません」
「チッ!」

 思わず舌打ちをする。
 そのゴブリンは取り込まれたのか。
 それとも捕まったのか。

 どちらにしろ、あっちにゴブリンが戻ったのはまずい。
 しかも、こちらに対抗しうる力を持った相手がいる状況で。

 ゴブリンロード。
 たかがゴブリンとはいえ、キング種である自分では荷が勝ちすぎる相手だ。

 そしてロードの配下は、全能力が1段階上書きされる。
 それに対して、キングの能力は統率力と知性が1段階上がる。
 士気をあげることで、ポテンシャルを最大限に引き出すことは出来るが。
 全幅の忠誠と引き換えに全能力を1段階引き上げることは出来るが。
 条件が厳しい。
 ロイヤルと呼ばれるその種は、群れの中でも3匹しかいない。

 コボルト1匹に対して、ゴブリンなら3~5匹当たれば確実に負ける。
 すなわち3匹のロイヤルでは、ロード配下のゴブリンなら安全マージンを取って最大で9匹しか相手にできないのだ。
 
「俺が出たらどうにかなるか?」

 ルトングが親指の爪を噛みながら、苦々しい表情を浮かべる。
 
「それに人間どもだ。ゴブリンロードと一緒にいるような人間……士気をあげるために、ゴブリンロードが狩った獲物なら良いが」

 もしそうじゃなかったら。
 人とゴブリンが手を組んだなら。
 
「馬鹿馬鹿しい」

 そんなことあるはずがない。
 人間は、魔物を毛嫌いしている。
 下等な生物と侮って、狩りの対象にする程度に。
 腹立たしいことだが。

 いずれ、人間どもも狩ってやろうと考えていたが。
 そのためには群れを拡大しなければならない。
 だが、里にいる純粋な雄は自分だけ。
 他の雄は殺されたか、虚勢されたものばかり。
 
 まあ、キングである自分の種を植え付けて増やした方が、遥かに群れの質はあがるだろうが。
 ルトングは自嘲気味にそんなことを考えて鼻を鳴らすと、億劫そうに立ち上がる。

「あの方を頼るわけにはいかねーよな。良いところをみせねーと」

 天井を見上げて、強く決意をした。
 
「具足を持て! 武器を用意しろ!」
「はっ!」

 パタパタとコボルトが集まってくる。
 ルトングに鎧を着せ、手にハルバートを渡す。

「あの方が持ってきてくれたこの武器で、そのゴブリンロードとやらを血祭りにあげてやる」

 ルトングが身に着けた鎧は、少し淡い光を放っている。
 強化の魔法が施されているのだろう。

「これだけでも勝てそうだが……確実じゃねーな」

 祈祷が使えるコボルトに、強化を掛けさせる。
 全身の筋肉がさらに肥大し、身体が一回り大きくなる。
 それに合わせるように、鎧も輝きを増しそのサイズを変える。

「戦争だお前ら! 目標はゴブサワ! そこにゴブリンロードが現れたらしい! 相手にとって不足なし! 俺とやつの決闘の場を用意しやがれ」

 森を獰猛な狼の遠吠えが木霊する。
 まるで戦前に陣太鼓を打ち鳴らしたかのように鼓舞された他のコボルトが、それに応えるようにわーわーと声を上げる。
 いくつもの獣の遠吠えに、眠りについていた鳥たちが音を立てて枝から飛び立ち、森のあちらこちらから動物たちが離れるように駆け出す

 そしてそれは遠くにいた、鈴木達にも聞こえていた。

『馬鹿じゃねーの……』

 警戒してくださいと言わんばかりのお祭り騒ぎに、俯瞰の視点を広げれば戦の準備をしている犬たちが。
 奇襲にも夜襲にもならない状況。
 それどころか、自分たちの居場所をこれでもかとアピールする標的に思わずため息とともに漏れ出たのはそんな言葉。

 それに同意するように頷いているのは、眠っているニコの傍で鈴木に触れているフィーナ。
 鈴木に触れることで、その言葉を聞くことが出来るわけだが。

「本当に……愚かですね」

 心底呆れた様子の主に対し、似たような感想を述べて立ち上がる。

「迎え撃ちますか?」

 そう問いかけるが、返事はない。
 立ち上がると同時に鈴木から手を離したわけだ。
 そうなる。

 少し恥ずかしそうにしゃがんで、鈴木に触れるフィーナ。

『うん……』

 なんとなく気まずそうに返事が返ってきた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

シシルナ島物語 少年薬師ノルド/ 荷運び人ノルド 蠱惑の魔剣

織部
ファンタジー
 ノルドは、古き風の島、正式名称シシルナ・アエリア・エルダで育った。母セラと二人きりで暮らし。  背は低く猫背で、隻眼で、両手は動くものの、左腕は上がらず、左足もほとんど動かない、生まれつき障害を抱えていた。  母セラもまた、頭に毒薬を浴びたような痣がある。彼女はスカーフで頭を覆い、人目を避けてひっそりと暮らしていた。  セラ親子がシシルナ島に渡ってきたのは、ノルドがわずか2歳の時だった。  彼の中で最も古い記憶。船のデッキで、母セラに抱かれながら、この新たな島がゆっくりと近づいてくるのを見つめた瞬間だ。  セラの腕の中で、ぽつりと一言、彼がつぶやく。 「セラ、ウミ」 「ええ、そうよ。海」 ノルドの成長譚と冒険譚の物語が開幕します! カクヨム様 小説家になろう様でも掲載しております。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺、何しに異世界に来たんだっけ?

右足の指
ファンタジー
「目的?チートスキル?…なんだっけ。」 主人公は、転生の儀に見事に失敗し、爆散した。 気づいた時には見知らぬ部屋、見知らぬ空間。その中で佇む、美しい自称女神の女の子…。 「あなたに、お願いがあります。どうか…」 そして体は宙に浮き、見知らぬ方陣へと消え去っていく…かに思えたその瞬間、空間内をとてつもない警報音が鳴り響く。周りにいた羽の生えた天使さんが騒ぎたて、なんだかポカーンとしている自称女神、その中で突然と身体がグチャグチャになりながらゆっくり方陣に吸い込まれていく主人公…そして女神は確信し、呟いた。 「やべ…失敗した。」 女神から託された壮大な目的、授けられたチートスキルの数々…その全てを忘れた主人公の壮大な冒険(?)が今始まる…!

処理中です...