アラサー社畜に新米死神が取り憑いたら、全然死なない

白柿

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前編

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 死亡予定時刻まで、あと1分。
 たった今、獲物は天井から吊るされた太いロープに、その細く白い首をかけた。
 ──さあ、仕事だ。
 とりあえず、まずは〝自社独自の通信体制〟ってヤツで、上司への報告を抜かりなく。

「おい。オレの記念すべき10人目、今から狩るぞ」

 そうと、深いため息が頭の中で響いた。

「ナラ君……これでも一応社長に対してその言い方は……といつもなら注意するところですが、今回だけは、見逃してあげましょう」
「……。」
「おめでとう、と言っていいのかな?」
「……当ったり前だろ」

 まったく、やれやれだ。そうだろう、ナラ?
 勉強も兼ねてコイツに取り憑いてから、1か月。ようやくこの10個目の霊魂で、長かった研修期間は終了。「新人、新人!」とうるさい悪魔のガキどもだって黙らせられるだろう。

「さよなら」

 殺風景でしずかな部屋にの呟きが響いた。
 一体、誰に対しての別れの挨拶だよ。
 未練だと言える人間なんて、誰もいないくせに。
 34なのに旦那はおろか彼氏さえいないし、もちろん子どももいないし、実家にだって何年も帰ってないだろう。
 ダチと言えるヤツだって、もうみんないなくなって──。
 いわゆる〝プライベートを犠牲にした〟っていうやつ?
 仕事に私生活を潰されたのか、仕事を言い訳にしたのかは、分かんねえけど。
 ただの金稼ぎに人生を捧げるなんて、時代遅れもいいとこ。
 少なくともオレは絶対このババアみたいにはなりたくないね。
 そんなことを考えているうちに、もうあと残り5秒だ。
 ──さあ、狩りの時間だ。
 時間きっかりに霊魂を回収できるよう、カウントを始める。

「……4」

 狙いが外れぬよう大鎌の刃の切っ先を正確に首に一度当ててから、振りあげる。
 今までの9人もこうしてきた。
 同じことをするだけだ。
 そう心中で唱えていたとき、ババアのきつく閉じられた目から涙がこぼれたかと思えば、踏み台を蹴ろうと足に力を込める。
 さあ、もうすぐだぞ──。

「3」

 この職務を全うしなければ──オレの霊魂は、永遠に輪廻の輪から消されちまう。
 そういうケイヤクだったはずだ。
 こいつを狩らなければ、オレは二度と、この世に生まれ変われない。
 これまでの9個の霊魂たちと、何も変わらないはずだろ?

「2……」

 ──それなのに、何で。
 何で、こんなにも胸がいっぱいで、苦しいんだ?
 死神は人間が死んでいくのを決して止められないと上司から教わった。そいつの死が確定するのを待ち、魂を回収する、それだけの簡単な仕事だと。
 死神はあの世の存在だ。この世を生きる人間には、触れることも話しかけることさえもできない。
 当然だ、死神なんだから──。

「1……」

 たった1秒だ。
 それしかないのに──、大鎌を持つ手が震えて──、振り下げたくねえ。
 どうしてオレは、こいつの霊魂を狩りたいと思えねえんだ?
 目の前で苦しむこいつを救ってやりたいと、思えねえんだ?
 頼むから──どんなに苦しかろうと、自殺なんか思いとどまれだなんて、願っちまうんだ?

 ──死神のくせに。

 たった1か月の間だったのに、その時間が、こいつの言葉が、表情が、溢れ出す。
 ヒマだからちょっとからかってやろうと思って、地獄から調達してきた魔王印の超激辛デスカレー、よくも美味そうに食ってくれたな。
 辛いものが好物だなんて知らねえよ。
 〝貴様を見守る地獄からの使者より〟ってストーカーも驚くメッセージも添えたのに、ビビるどころか半笑いで完食しやがって。
 終電まで残業して帰ってきてクタクタなはずなのに、誰からかも分からない食事がドアに掛かってるの見つけて「わっ、ラッキー♩」って、いつもご満悦で食ってたくせに──死んだらそれだってもう食えなくなっちまうんだぞ。
 あんなに楽しそうに見えたのに、どうしてこうなっちまったんだよ。
 やっぱり心の中ではツラかったのかよ。

「……バカな真似やめろよ、ババア」

 いい加減フザけるのはもうやめろ。
 お願いだから、どうか頼む。
 思いとどまってくれ──。

「……ゼロ」

 ──時間切れだ。
 こいつは踏み台を蹴る。
 鈍く光る刃を、虚しさと共に一気に振り下ろした。
 その瞬間──。

「真剣白刃取り!」

 ……。

「……え?」

 え? ……は?
 何でオレの大鎌を止められて──。
 しかも、〝真剣白刃取り〟が──綺麗にキマってる──。

「吃驚した? 死神くん♩」

 ババアはそう言って、オレを見て──。
 そう、完全にオレと目が合ってるし、オレに話しかけてる。
 ──間違いなく、オレを見てる。

「な、何で……?」

 するとババアは吊り下がったロープから首を外し、踏み台からすとんと降り、言った。

「私、霊感あって。見えないフリするの、キツかったなあ」
「……はぁ?!」

 っつーことは、今までのは全部──演技?!
 ずっとオレのこと見えてた?!
 いそいそとこいつの食事を準備するところも?
 美味しそうに食べてるのをずっとそばで見てたときも──?
 ──死にたい。いや、もう死んでるんだけど。
 っつか、ホントに〝見える〟人間なんかいんの?!
 そういうの絶対信じない派だったのに!
 ──いや、生前のハナシ。

「いや~、死神稼業も会社員と似たようなものなんだね。じつはキミのスーツケースから名刺チョロまかさせてもらったんだ。それで、キミのところの社長さんとちょっとさせて頂いて」
「……。」

 っつか──何か、めっちゃイライラしてきた。
 さっきまでシクシク泣いてたくせに、ペラペラと良く回る口だな──しかもヘラヘラ笑いやがって──。
 まじムカつく。
 どうして、オレのことが見えてるくせに、首吊るフリなんかした?
 そのせいで、オレがどんな思いだったと──。

「……何で、死ぬフリなんかした? オレの反応が面白かったか? っつか、何でカミサマが死を決めたヤツが、まだ生きてやがんだよ」

 そう皮肉たっぷりに言ってやった途端、さっきまで笑ってた顔が急にしょぼくれて、チクリと良心にトゲが刺した。

「だって、死にたがらないと死神くん居なくなっちゃうってキミの上司さんが言うから」
「……は?」

 それは、どういう──?

「それで仕方なく、死ぬフリしたら、〝まだ死にたくないのにな〟って再認識してしまいまして……」

 そう言うと、目をキョロキョロと泳がせて、何か手足を、モジモジして──見るからに挙動不審になった。
 訝しんでいると、ふいに、上目遣いで。

「……だってまだキミと、一緒にいたいから」
「……。」

 ……。
 …………。
 ……か、かわ……。
 っ可愛いッ……!!
 オレも同じ気持ちだしもうまじかわいいかわいいかわいい──つかもうこいつオレのもんなんじゃね……?
 つか正直、今のセリフもう一回聞きてえ──頼んだら言ってくれっかな──?

「お、おい、今の……」
「?」

 ──って、オレは34のババアに対して何を──!!
 おいナラ、お前は一度死んでから今まで、めっちゃ努力して、苦労してきただろ──。
 オレは絶対、こいつの霊魂を狩って、正社員に──!
 もんもんと葛藤していると、ババアが口を開いた。

「まあ、社長さんだけでなく彼をとおして魔王様にもして何とか頂いたから、キミは私とこのまま一緒に暮らしても正式な〝死神〟になれるし、キミが働きたいときは働けばいいし、魔王様がその頑張り次第ではキミの〝生まれ変わり〟を約束して下さるって。ハイこれ、契約書」
「……。」

 そう言って、一枚の紙を手渡された。
 たしかにこれは間違いなく、魔王様の署名に捺印──。
 仕事のデキる女、こえぇ──。

「ということで全部、キミ次第だけど?」
「……あんたと一緒にいさせてください」

 オレがそう言うと、いつもなら傍からしか見ていられなかったはずの、満足げでかわいい笑顔を向けられる。
 ──もう死なせない。
 オレは彼女を抱きよせて、その身体のぬくもりを噛みしめた。
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