大嫌いな腹黒騎士から兄の代用品として抱き潰される俺の話

胡蝶乃夢

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十四話

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「俺は一度たりともお前を親友だと思ったことはない。そう言ったのは事実――だが、それは軽蔑や侮辱の意味ではない。その逆だ」

 逆とはどういった意味なのか、わからない。
 真意を探ろうと見上げれば、揺らぐことのない強い眼差しと目が合い、視線が逸らせなくなる。

「お前は俺にとって初めから特別すぎた。友人なんて軽い言葉では足りないくらい、ひと目見たその時から恋焦がれていたんだ。お前に恋情を抱いていた俺は、ずっと恋人になりたかった」

 ひたむきにただ俺を見つめるアルタイルの表情が、苦々しく歪められる。

「お前が嬉しそうに『唯一無二の親友』と言うたび、どうしようもなく苦しかった。俺の想いは友情じゃない、激しい恋情だったから……ずっと好きだった。愛していたんだ」

 沈痛な面持ちで告げられたその声には、長年の想いが込められ、聞き覚えのある切なく掠れた響きがあった。

「お前は俺の初恋で、今も昔も変わらず、特別な唯一無二の想い人だ」

 そう真摯に告げた姿からは、嘘偽りなどなく、真実を語っているようにしか見えなかった。

「……俺が、想い人……初めて出会った頃から、ずっと……」

 そんなはずないのに、そんな言葉を信じたくなっている自分がいる。
 けれど、それが真実だと言うなら――

「なら……どうして、兄に誓いを立てたりした?! なぜ、兄の騎士になったりしたんだ?!!」
「お前を隣国に婿入りなどさせたくなかった。だから、王太子に絶対の忠誠を誓い、反意がないことを示し、俺の元へ降嫁させてくれと嘆願たんがんしたんだ」

 淀みなく、予想外のことを告げられ、困惑する。

 本当に、兄が想い人ではなかった?
 兄を愛していたわけではなかったのか?

「俺を降嫁させるために……絶対の忠誠を誓った……?」
「王国の騎士はすべて国王へ忠誠を誓うことが義務づけられている。王太子のシリウス殿下が王になることは間違いない。誓いを立てるのが早まっただけのことだ。俺が唯一の最愛を誓うのはお前だ」

 理路整然りろせいぜんと語られ、たしかに理屈としては間違っていない。

「そんな……」

 だが、それが本当だとしたら、なぜ俺はこんなにも辛い思いをしている?
 半年間も、苦しい思いをし続けなければならなかった?

 やり場のないいきどおりに駆られ、アルタイルを睨みつけて声を荒げる。

「どうして……どうして、そうする前に話してくれなかった?!」
「身勝手だったことは認める。お前の意思を無視して、勝手に話を進めたことも謝る。だが、反対派閥の勢力が増大し、情勢が切迫して急を要していたんだ。他の誰かにお前を渡すくらいなら、多少嫌われてでも手放したくなかった。だから俺は……」

 アルタイルは眉尻を下げ、心底申し訳ないと思っているような、神妙しんみょうな面持ちで言う。

「本当にすまなかった……俺の説明不足のせいで、お前に辛い思いをさせてしまった……」

 まるで自分まで傷ついているような悲痛な面持ちで、深々と謝罪したのだ。
 ……だけど、そんな顔をして見せたって、騙されてなどなるものか。

「俺を疎ましいと話していた……二人で悪く言っていたことは、言い繕えないだろ……?」

 騙されたくないと思いながらも、心の奥底では弁明して欲しい、説き伏せて納得させて欲しいと、願ってしまっている自分もいた。

「それは……そうだな、言い繕うのはやめよう」
「っ!」

 アルタイルの一語一句に動揺し、息を呑んで奥歯を噛み締める。

「完璧すぎる兄の影響なのか、お前は変に卑下ひげして自分を責める傾向がある。だから、気負わせないようにと黙っていたんだ」

 真っ直ぐに俺を見つめ、アルタイルは穏やかな口調で、そしてはっきりと語り聞かせる。

「民衆に人気があるお前は目立ちすぎて、よく悪質なやつらに目をつけられる。王位継承問題だけじゃない。次から次へと様々な問題が起きていたのを、俺とシリウス殿下が秘密裏ひみつりに対処していたんだ」
「え……二人がそんなことを……」

 知らなかった。秘密にされていたとはいえ、まったく気づきもしなかった。青天の霹靂せいてんのへきれきのような話にただただ驚く。

「純粋なお前に非がないことはわかっている。苦労して処理した端から問題が勃発するものだから、豚どもに振り回されることに苛立ち、つい愚痴ぐちをこぼしてしまったんだと思う。本心でお前を疎ましいと思ったことなど一度もない」

 労わるような眼差しで俺を見つめ、アルタイルは言うのだ。

「何気なくこぼしてしまった言葉が、お前を深く傷つけてしまったんだな……すまなかった、レグ……」

 深く後悔しているような面持ちで、掠れた声でアルタイルは懸命に訴える。

「ただ、これだけはわかってくれ。大切でなければ、こんな大変な思いをしてまで守ろうとはしない。俺もシリウス殿下も、間違いなくお前を大切に思っている」

 これまで、疎まれていると思い続けてきたのに……本当は二人から大切に思われていた?
 そんなこと、信じられないのに信じたくて、必死に訴えるアルタイルを信じたくて、わけがわからなくなって声を荒げる。

「なぜ、そこまで二人が大変な思いをする必要がある!? 俺だって自分のことくらい自分で対処できる! 言ってくれれば、自分でどうにかしたのに!!」

 アルタイルは言いにくそうに、少し困った顔をしながら、説いて聞かせる。

「王位継承問題も笑って聞き流してただろ。それに純粋すぎて裏表のない直情型なお前は、下心の機微に疎くて腹の探り合いや腹芸はらげいなんてできない。余計にひっかき回され、何度手を焼かされたことかわからないぞ」
「お、俺だって腹芸くらいできる! ……それに、想い人だなんて適当なこと言って、やっぱり俺のことが疎ましくて仕方ないんじゃないのか?!」

 俺の性分しょうぶんも原因だなんて、納得できない。
 なおも疑う俺に、アルタイルが眉を顰めてもどかしげな表情を浮かべた。

「だから、それは言葉のあやだと言っているだろ! どんなに可愛くても愛しくても、苛立つものは苛立つだろ? レグ、俺の話を――」

 コンコンコンコン。

 アルタイルの声を遮って、部屋の戸を叩く音が響いた。

「まだ拗れているのか?」

 凛とした通る声が聞こえ、従者が扉を開け、その声の主――兄が姿を現す。

「そろそろ喧嘩けんかは止めにしてくれないか? また壁を壊されるのではないかと、召使いたちが怯えて泣きついてきたぞ」

 アルタイルは懸命に弁明しようとしていたが、誓いを立てられた兄自身はどう思っているのか。
 俺は逡巡しながら、おずおずと口を開いて兄に問う。

「……あの、兄上はアルタイルをどう思っているんですか? 薔薇園で騎士の誓いを立てた後、顔を寄せていたのは……あれには特別な意味があったのではないですか?」

 兄の返答で真偽が明らかになる。
 緊張で冷や汗が流れ、固唾かたずを飲んで震える拳を握りしめた。

 兄はいつもと変わらない柔和な笑みで俺を見つめ、ゆっくりと口を開く。

「アルタイルがレグルスを降嫁して欲しいと言うから、試してみたんだ。ただ美しい見目に惚れ込んでいるのだとしたら、似ている私が誘惑したら靡くだろう。大事な弟を不義な男に嫁がせる気はない」

 兄は歩み寄ってきて、指先で俺の顎を撫でて掬い、その美しい顔を近づけて妖艶に微笑んで見せた。
 兄弟なのに艶っぽい仕草にドキッとし、顔が紅潮こうちょうしてしまう。
 姿形はよく似ているはずなのに、俺には真似できない。まったく違うと体感する。
 老若男女誰もが魅了され、とりこにされてしまうであろう、そんな魔性の笑みを湛えて兄は語る。

「わざとレグルスを悪く言って揺さぶってみたが、アルタイルは不満の一つもこぼさなかったぞ。それに、少し顔を近づけただけで、死ぬほど嫌な顔をされた……この世の終わりみたいな苦渋くじゅうに歪んだ顔は実に見物だった。ふふふふふ」

 にわかには信じ難い気持ちで困惑する。
 こんなに完璧で魅力的な兄から誘惑され、微塵も靡かないでいられるなんてことがあるのか。
 それじゃあ、本当に俺のことを――

「昨晩も言ったが、私は弟の幸福を願っている。私の騎士たちが結ばれることを、心から祝福するとも」

 ――それは、夢の中で兄が言ってくれた言葉と同じだ。
 もしや、昨晩の出来事は夢ではなく……まさか、まさか現実の出来事だった……?

 心臓がドクンと脈打ち、胸が高鳴って、逸る気持ちを抑え、俺は震える声で兄に問う。

「兄上……兄上は本当に、俺のことを自分の騎士だと思ってくださっているんですか?」

 縋るような気持ちで見つめれば、兄は俺の目を真っ直ぐに見つめ返し、答える。

「当然だ。レグルスは私の自慢の弟であり、誇るべき私の騎士だ」

 兄が俺を自分の騎士として認めてくれていた……。
 それは、俺が幼い頃からずっと思い描いていた夢だ。
 待望の夢が現実になった。報われる喜びに胸がいっぱいになり、泣きそうになる。

「っ! ……兄上……」

 兄は真剣な表情をして俺を見据え、右手を差し出して命じる。

「レグルス、私の騎士として辺境伯領へ行き、功績を上げて歴史に残る英雄となってくれ」

 俺は兄の前に跪き、その右手を恭しく取り、手の甲に額を当てて応える。

「はい……我が王へ絶対の忠誠を誓います。全身全霊をかけて圧倒的な勝利を捧げます」

 心からの誓いを立て、兄の指先へと口づけした。
 顔を上げて見上げると、兄は満足そうに頷いて見せる。

「私の騎士たちは最強なのだから、敗北など万に一つもないだろう。そして、私も完璧な王となることを誓おう」

 兄もそう誓い、俺の額に手を当て、呪文を唱えて魔法をかけた。
 それは、王家直系に伝わる、深い絆を結ぶ特殊な魔法だ。
 俺の身体は兄の魔力で回復し、力があふれんばかりにみなぎっていく。

 名実共に俺が兄の騎士として認められた証。
 これ以上なく誇らしい気持ちになり、どんな強敵にも負けはしない自信に満ちあふれる。

「うん、いい顔になった」

 兄は俺の頬を撫でてそう呟き、少し切なげに微笑みかけた。
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