イシュタムの手の上で踊る少女は死を望む。そして救済を求める

鴨酢

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【第二話】目覚め、そして激情

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目覚めるとそこは知らない場所だった。

「あぁ。勝浦に来ていたんだった」

私、佐野蓮太郎《さのれんたろう》はうつ病の治療のため過度なストレスの要因となる都会から離れ、あまり人間関係に悩まないで済むように海辺の町、勝浦に来ていた。

「そういえば昨日倒れて……」

そういえば自分は濡れたままだった。
だから熱でも出たのだろう。

慌てて辺りを見回すと、隣には体育座りで静かに読書をしているショートヘアのよく似合う少女がいた。

「君は昨日の! 体は大丈夫なのかい!?」

「大丈夫じゃないのはアンタでしょっ!」

急に立ち上がったと思うと少女は私の頭を掴んで枕にたたきつけた。

かなりびっくりしたが冷静になって質問をした。

「昨日僕は君が目覚めた後、倒れたはずなんだが……君が助けてくれたのか?」

彼女は少し考えた後、事情を話してくれた。
走り去った後、急に誰かに背中を引かれたような気がして戻ってくると、倒れてる私を見つけたそうだ。

背中を引かれたなど、何とも奇妙な話だが助けて貰ったことには変わりない。

「ありがとう」

「なんで……私を助けたの?」

彼女が小声で問いかけてきた。

「・・・・・・」
「自殺しようとしてる人を見捨てるなんてできないだろ?」

私は偽りの言葉を言った。
そう、偽り。
本当は過去から解放されたい、許してもらいたいだけ。

「そう」

彼女は見透かしているかのような口ぶりで返事をした。

「君は何故死にたかったのかな」

私が一番気になっていたこと。
どうしてあそこまで彼女は死にたかったのか。

「きっと貴方と同じよ」

自分の頭を覗かれているようで怖かった。

その時、彼女は悲しげな表情をしていた。


時刻は昼を回り、日差しも強くなっていた。

勝浦の海が一望できる和室で静かな時を過ごしていた。

「そういえば名前を聞いていなかったね」

「立波《たつなみ》いろは」

「おぉ、いい名前だね」

「お世辞は結構です」

場を和ませようと一生懸命褒めたつもりだったんだが、軽くあしらわれてしまった。

「僕の名前は佐野蓮太郎」

「蓮《ハス》ですか……」

「よく分かったね」

あまり蓮太郎の蓮の漢字を当てられる人はいないのだが……

そんなことよりも何故「蓮」が気になったのか。

「お昼ごはん、何がいいですか?」

急な話題転換にも驚いたがそれよりも……

「お昼まで作ってくれるのかい? 看病までしてもらって悪いよ」

「あなたは病人でしょ? こんな暑い日に出歩くの?」

彼女の言うことはごもっともだが、さすがに気が引ける。

「で? 何が食べたいの?」

「・・・・・・」
「冷やし中華で」

強い圧に押しつぶされた気分だ。


昼食を食べ終わり、和室で静かな時間を過ごしていた。

隣で読書していたいろはが急に立ち上がったと思うと静かに玄関の方へ歩いて行ってしまった。

急いで追いかけると彼女はドアに手をかけていた。

外に出ようとする彼女の腕を掴み引き留めた。

「どこに行くつもりなんだ……」

「離して」

「また自殺しに行くつもりなんだろ! そんなの逃げてるだけだ! 周りのことなんて考えないで自分だけが楽になりたいだけだろ?」

大きな声で怒鳴り、いろはの手首を強く握りしめた。

分かっている。
分かっていたんだ。
全て自分に対する言葉であることを。
分かっていても認めたくないこの気持ちを彼女にぶつけた。

「痛い……」

彼女の言葉でハッっと我に返り、急いで手を離した。

いろはは何も言わず家を出て行った。

あぁ。なんて哀れなのだろうか。
 
「・・・・・・」

波音も聞こえない静寂で一人、立ち尽くした。
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