月夜に散る

朔弥

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 広い日本家屋の縁側の柱に背を預けるように千秋ちあきは座った。浴衣姿で片膝を立てて座れば裾から白い脚が覗くが、その事を気に留める様子もなく外を眺める。
 青白い月の光が目の前に広がる庭園を美しく照らす。
 千秋はここから眺める景色が好きだった。
 心地良い夜風が優しく千秋の髪を撫でていく。

「また、ここにいたのか···」
 声をかけられ、千秋は声の主の方へ顔だけ向けた。
 そこには落ち着いた色合いの着物を着た、誰をも魅了させるほど整った顔立ちの男性が立っていた。ただ、彼は人とは異なり血のように紅い瞳を持ち、額に生えてた2本の角が闇よりも深い漆黒の髪の隙間から伸びている。
 人が鬼と呼ぶ異形の者。
鬼柳きりゅう···」
 千秋は彼の名を口にした。
「初夏とはいえ、あまり夜風に当たると躰を冷やすぞ···」
 鬼柳は自分の羽織りを脱ぐと、千秋の肩から羽織らせた。
「人の子は躰が弱いからな···」
 陽の光をあまり浴びず、この屋敷の中でずっと生活をしている千秋の肌は白く華奢な躰つきをしている。
「これぐらい大丈夫だよ···鬼柳は俺を大事にしすぎだ」
 くすりと笑い、目を伏せるその表情ははかない影を落とす。
「愛しい者を大切にして何が悪い」
 鬼柳は千秋の背と膝の裏に手をまわし、軽々と抱き上げた。そのまま座敷の中へと歩いていく。
「まだ外を見ていたかったんだけど···」
 過保護なこの鬼に言ったところで戻ってくれくれはしないと分かってる千秋は、文句を言いながらも大人しく鬼柳に抱きかかえられていた。
 彼がここまで千秋の躰を大切に扱うのには理由があった。もう千秋の命の期限がきているからだった。
 人の命は何千年と生きる鬼と違い短い。そして常に強い気をまとう鬼の邪気に当てられ続ければ、その短い命は更にむしばまれていった。


 あと何回この躰で目を覚ます事が出来るだろうか···


 千秋は鬼柳の顔を見つめた。
 この命がきれば、また次の生へと魂は引き継がれていく。幾度となく輪廻を繰り返し、その度に彼は自分を探し出し迎えに来た。
 それは出会う回数と同じく、死にゆく自分を見送らなければならないという事。


 また彼を独りにしてしまう···


「どうした?」
 千秋の視線を感じた鬼柳は、座敷に敷かれた布団の上にそっと降ろしながら問いかけた。
「···何でもないよ」
 悲しみを誤魔化すように微笑んだ千秋は手を伸ばし、鬼柳の頬に触れる。
「ねえ鬼柳···抱いて···」
 告げた千秋の言葉に鬼柳は辛そうな表情を浮べた。
 抱けば、その分だけ千秋の死期を早めてしまう。
「千秋···それは···」
 少しでも長く一緒にいたい。
 例え鬼である自分の生きる時間を考えれば一瞬の事のように思えるかもしれないが、それでも···。
 

「鬼柳、最初にした約束···覚えてる?」
 千秋の言葉に鬼柳はビクッと肩を震わせた。
 初めて人の子を愛おしいと思い、俺のモノになれと言ったあの日。彼は鬼の姿である自分を恐れるでもなく柔らかな笑みを浮べ、

 ─── 最後まで愛してくれるなら

 そう言った。
 愛する事など造作もない、そう思い約束した。だが、こんなにも辛い事とはその時の自分には知る由もなかった。
「最後まで愛してくれるって···言ったよね」
「···ああ」
 溢れ出しそうになる想いをグッと押し殺し、鬼柳は千秋の唇に口づけた。
 舌を絡ませ、求め合うように何度も唇を重ねた。
「んんっ···き···りゅ···」
 口づけの合間に、千秋は熱っぽい声で彼の名を囁いた。
 自分を抱くよりも、寄り添い長く時間を過ごしたいと想う彼の気持ちを知りながら、千秋はたったひとつの我儘を言う。
 次に生まれ変わった時、彼の事を思い出せる保証など、どこにもない。
 だから···魂に彼の存在を刻みつけたかった。
「鬼柳···俺が忘れないように···お前が俺を見つけられるように···刻んで···」
 鬼柳からの返事はなく、代わりに首筋に尖った牙を軽く立てた。
「痛っ······」
 微かな痛みが走り、血が滲む。
 鬼柳は噛み傷に舌を這わせ、血を舐め取っていった。


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