あの日の約束

朔弥

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告白

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 理科準備室のドアをノックしようとした京也は、ドアに手が当たる手前で動きを止めた。
 放課後のこの時間は備品管理や翌日の授業の準備をする為に理科準備ここ室を使用する教員の中でも一番歳の若い古賀が一人でいる事が多い。その為、篤史の言っていた色々なタイプの奴が古賀に告白をしに来る時間帯にもなっていた。
 ドア越しに聞こえてくる声がまさにその最中だった為、京也はノックをする事を躊躇ためらった。


『先生···好きなんです···僕、本当に···』


 緊張しているのか、微かに震えながら伝える声が聞こえた。
 流石に勇気を出して告白をしている最中にドアをノックするほど無粋ではない。京也はドアの横に背を預け成り行きをそっと見守る事にした。
 

『悪いが、生徒に手ぇ出すほど困ってないんでね···恋愛ごっこなら他をあたれ』


 突き放すような冷たい言葉。
 毎回、断る時に古賀が言い放つ台詞セリフだが、告白をしていない京也が聞いても胸に突き刺さる。
 京也は溜め息を吐きながら廊下の窓の向こうに広がる空を見上げた。

 はっきりと生徒と付き合うつもりはないと聞いた後に想いを伝えれるほど自分の神経は図太くない。
 今日も先生の近くにいられるだけでいいか···。
 そんなふうにぼんやりと考えていると、ドアが勢いよく開けられ中にいた生徒が飛び出してきた。一瞬、彼と視線が交わる。その瞳には涙が滲んでいた。
 ドアの外に人がいた事に驚いた顔をした彼だが、直ぐに顔を背け走り去っていく。


「相変わらず冷たい言い方···」
 ドアを軽くノックしながら部屋の中へと入った。
 授業中は人当たりの良い口調で話しているのに、放課後になった途端に口調も表情も険しくなる。自身で生徒を寄せつけない為にそんな態度をとっているのだろうが、綺麗な顔立ちで冷めた雰囲気をまとっても色気が増しているだけだと感じるのは自分だけではない筈だ、と京也は白衣を羽織り備品の棚を確認している古賀の横顔を眺めた。
 そんな京也の視線を感じた古賀は視線だけをチラリと向けた。
「さっさと諦められるようにしてやった方が親切だろうが。俺を好きになったなんて、ただの幻想だ。卒業して広い世界を見れば高校ここでの事なんて青春の思い出くらいにしか思わねぇよ」
 その言葉は自分にも向けられているように聞こえる。古賀は自分がここへ来る理由に気づいているのだろう。
「···そんなの···分かんねぇじゃん···」
 自分の気持ちを否定されたようで、京也は悔しそうに小さく絞り出すように呟くと、古賀の右腕を掴み自分の方へと向かせた。
 自分の気持ちを押し殺す事が出来ず、溢れ出すのを止められない。
「ずっと···一年の時から先生を見てた···その気持ちが本物じゃないなんて···あんたが決める事じゃねえだろ!」
「離せ···ガキの恋愛ごっこに付き合うつもりはないと言ってるだろ」
 冷ややかな視線が注がれる。
「だったら、そのガキの手ぇ振りほどいてみろよ」
 左肩を掴み、後ろの棚に押さえつけた。
「─── っ」
 涼やかな表情だった古賀の眉が僅かに歪む。
「···なあ、先生。俺の気持ち···気づいてたんだろ?何で他の奴みたいにさっさと追い払わなかったんだよ···」
「······」
 古賀は答えなかった。京也と視線を合わせず硬い表情のまま唇をきつくつぐんだ。



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