あの日の約束

朔弥

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再会

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 月日はあっという間に過ぎ去っていく。季節は5度目の冬を迎えようとしていた。 
 古賀は理科準備室で何時ものように授業で使用する実験器具の確認をしていた。
「古賀先生、まだ残っていますか?私は先に職員室に戻りますので、ここの戸締まりをお願いしても?」
「ええ···もう少しかかるので戸締まりはしておきます」
 部屋に誰もいなくなると古賀は窓に近づき外を眺めた。すっかり日が落ち、明るい時間帯ならここから校門が見え生徒達の行き来する姿が見えるが、今は薄闇に飲み込まれ人の形がぼんやりと認識出来る程度だ。
 毎日、古賀はこの窓から校門を眺めていた。
 あの日···京也がこの学校を卒業し門をくぐって出ていった日からずっと。
 大学を無事に卒業していれば社会人になっているだろう。
 迎えに行くと言っていた彼が姿を現す事はなかった。
 当たり前だ···。自分は何を期待していたのだろうか。待ってなんかいないと自分は言い切った。大学生活の中で数多くの出会いがある彼にとって自分の存在など、すぐに高校時代の苦い思い出と変わるだろう。
「···それでいい···」
 小さく呟き、自嘲気味に笑みを浮べた。


 ─── コン コン


 ドアがノックされる音が静かな部屋に響いた。
「何か忘れ物ですか、先生······」
 先にここを出た先生が忘れ物でもしたのかと、ドアを開けた。
「······つ···辻本······か?」
 ドアの外にはスーツに身を包んだ青年がたたずんでいた。大人っぽく整った顔の青年だが、ムキになって告白をしてきた少年の面影が重なる。
「先生···お久しぶりです」
「な···んで···」
 目の前に京也がいる事が信じられず、声が上擦うわずる。
「何でって···迎えに行くって言いましたよね、俺。就職して、ちゃんと自分の力で生活出来るようになったから···迎えに来たんですよ」
 口元に笑みを浮べ京也は言った。
「忘れてたんじゃ···ないのか?···社会人になっても何も言ってこなかったじゃねぇか···」
「先生が言ったんですよ?他人の人生を背負う覚悟···就職したばかりの頃は仕事を覚えるだけで精一杯だったけど···やっと会いに来れた···」
 目を細め笑う表情は、背伸びして大人っぽく見せていた学生の頃とは違い余裕が感じられ、大人びた雰囲気にドキリと心がざわめく。
「···お前···喋り方も変わってないか?」
「そりゃ···社会に出れば言葉遣いに気を遣いますよ。先生は相変わらず口が悪いですね」
「うるせぇよ···」
 年下にくすりと笑われ、古賀はむっとした表情を浮かべる。
 自分だけがこの場所で時間ときが止まったままのような錯覚におちいりそうだ。

「先生···待たせちゃった?」
 顔を覗き込まれ、信じないと言いながら待ち続けていた事を見透かされそうで思わず視線を外した。
「待ってねぇよ···大体、そんな約束なんかしないって言っただろが···いつまでもお前を待ち続けるわけねぇだろ」


 ─── 嘘つき


 耳元に顔を寄せた京也は囁いた。
「先生、自分の気持ちと違う事を言う時、目を合わせないの···気づいてた?」
「─── っ」
 気持ちを見透かされた驚きに目を見開き、思わず京也の顔を見つめた。

 そこにはあの日と同じ強い眼差しの彼がいた。

「誤魔化さずに聞かせてよ···先生。俺の気持ちはずっと変わらない。先生が好きだよ···幻想でもない···本気だって言っただろ」
「···俺は···生徒に手ぇ出すわけには···」
「もう生徒じゃないよ···」
「······」
「先生、いい加減に俺が好きだって認めろよ···」
 京也の手が古賀の頬に触れた。
「嫌なら···殴って逃げればいい···」
 あの日と同じ言葉を繰り返す。
「···先生···」
 吐息と共に近づく唇を古賀は逃げずに受け入れた。
 優しく唇が押し当てられ、下唇を舐められる。
「今度は口···開けて先生···」
 僅かに開いた唇に吸い寄せられるように京也は口づけ、隙間から舌を押し入らせた。
 歯列を割って奥へと入り込む。
「んぅっ···」
 口腔内をまさぐられる息苦しさから、古賀の鼻腔からくぐもった声が洩れる。
 今まで触れられなかった分を埋めるかのように京也は古賀の唇を貪った。
「ん···っ···ふぅ···んんっ···」
 上顎うわあごを撫でられ舌を絡めるように愛撫されるうちに古賀の唇から洩れる吐息に気持ちの良さそうな声が混ざり始めていた。
「先生···」
 京也は唇を離すと、口づけで上気した表情の古賀を見つめた。
 今すぐにでも抱きたい気持ちをぐっと押し殺す。
「先生ん家、行っていい?抱きたい···」
 京也の熱っぽい言葉に古賀は、
「···先に···校門で待ってろ」
 とだけ言った。
 肯定と捉えた京也は嬉しそうに笑みを浮かべると、軽く口づけ教室を出ていった。



 部屋に誰もいなくなると、古賀は力が抜けたように頭を抱えその場にへたり込んだ。
「なんでそんなに上手いんだよ···」
 京也の舌が口腔内を蹂躪じゅうりんするようにまさぐる度にゾクゾクと半身に甘い痺れが走り、立っているのがやっとだった。
「年下相手に足腰立たなくなったとか···マジかよ···」
 深い溜め息を洩らした。そして、京也の出ていったドアを見つめる。

 あの日、もうここへは来るなと追い出した自分の姿が浮かぶ。
 待ってなんかいない。そう言った自分がずっと待っていたなんて···。
 自信ありげな京也の顔を思い浮かべ、絶対に教えてやらない···そう心の中で呟いた。




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