悪役従者

奏穏朔良

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エスポワールの提案とナテュール様の従者の件の因果関係が結びつかず、思わず眉を寄せると、「まあ最後まで聞け。」とエスポワールは言葉を続けた。

「クソガキが陛下より賜る2つの褒賞、何を願ったと思う?」

片方の口角をつり上げるエスポワール。

2つの褒賞。
1つは神殿の悪事を暴き、膿を一掃した件。
そしてもう1つが、今回の公爵夫人の目的を白日の元に晒したこと。これはナテュール様と王のあの約束の褒賞だ。

「はっ!まさか、ナテュール様が私を従者にと!?」
「それは先んじて王にダメだと釘を刺されたぞ。王の賓客を従者にはできねぇからな。」
「ぬか喜びさせやがって!!」

思わず拳を振り下ろすも、それはボスリと間抜けた音を立ててふかふかな布団に沈む。
神殿を蹴落とすには必要だったんだろうけれどそれなら僕の血筋なんてわからなくてよかった!!

「1つ目は王位継承権の永久破棄。」

しかしそんな僕を無視してエスポワールは言葉を続ける。

「……まあ、それは今の状況を考えれば妥当ですね。」
「そうだな。今回の件で民からの信頼は得たが同時に他の継承権を持つ奴らからより一層敵視されることになる。」

継承権を持ち続けたままの方がナテュール様の御身が危険だ。ましてやナテュール様自身が王の座を望んでいない以上、継承権の破棄なんぞナテュール様本人には痛手にもならない。

「そして2つ目。」

と、エスポワールはどこかからかうように更に口角をあげ、そして節ばった手で髭の生えた顎を撫でた。

「ロイの代わりに、冒険者『漆黒の暗殺者アサシン』を従者として付けること。」

「……え?」

少し開いた口から音がこぼれる。
今、エスポワールはなんと言った?

「上手いこと考ぇたもんだなぁ。今回、神殿の制圧に参加した冒険者は漆黒の暗殺者アサシンがロイだと知ってるが、貴族たちや一般市民は知りゃしねぇからなぁ。冒険者の方もジョルジュ・ベルナールのやつが口止めに回ってくれるとさ。」

ペラペラと止まらないエスポワールの言葉に、理解が追いつかない。

「で、ですが、王がダメだと……」
「王が言ったのは『賓客である旧アンスィヤン帝国皇家の生き残りであるロイ』を従者にするのがダメで『S級冒険者の漆黒の暗殺者アサシン』を従者にしちゃいけねぇなんて言ってねぇからな。」

それは屁理屈では、と思ったがナテュール様の従者であれるのならば最早屁理屈でもなんでもいい。
僕が希望を抱いたことに気づいたのかエスポワールはその瞳を弓なりにしならせた。

「そのS級冒険者が同じ剣豪エスポワールS級冒険者の息子ってなりゃ冒険者嫌いの貴族様なんぞ誰も気づかねぇさ。」

そう告げたエスポワールの言葉に、ようやく先程の「俺の息子になれ」という言葉の真意を理解する。

エスポワールは元子爵家出身だが今はただの平民だ。
漆黒の暗殺者アサシンに明確な平民・・としての地位を確立させ、それによって『賓客のロイ』と『冒険者のロイ』の存在を分けさせる。
元より漆黒の暗殺者アサシンの正体は不明だったのだ。市井や貴族たちの目を欺くには十分だろう。

「養子縁組の保証人はジョルジュとアダン・ニコラが。ナテュールの従者への推薦人はラファエル理事長がしてくれる。あの人も変わりモンだがリシャールの姓を持つ貴族だ。学園の人間としても従者の居なくなった王子に何かあると困るっていう名分もあるしな!」

と、ある程度説明にキリが着いたところで「全く!あの錬金術バカをたらしこむたぁやるじゃねぇか!」とガハガハ大口をあけて笑うエスポワール。更には膝まで叩き始め、その騒がしさに顔をしかめた。
ひとしきり笑ったエスポワールは「あ、そうだそうだ。」と再び僕の方を見やる。

「ただ学園では表面上『旧アンスィヤン帝国皇家のロイ』として通って欲しいってよ。流石にロイが辞めて代わりに漆黒の暗殺者アサシンがつくとなればクラスメイトなんかにはバレる可能性も大きいからな。声や動作知ってるやつには案外バレやすい。」

確かに、と思わず頷きかけたが、そうなると僕が従者としてナテュール様のお傍にいるのが難しくなるのでは?と思い直す。結局僕がロイとしてナテュール様のお傍にいれば、自ずと新しくついたであろう従者の正体もバレてしまう気がする。
なので

「……しかし、従者が傍にいないのも怪しまれるのでは?」

と、疑問を呈すも

「ジョブがアサシンだから姿を表さないって設定ですごり押すってクソガキが言ってたぞ。」
「ナテュール様が仰るのであれば問題ありませんね!あとクソガキではありません。」
「驚くぐれぇ通常運転で俺ァ安心したよ。」

ナテュール様がそう仰るならそれで万事解決である。

「それに、おめぇが旧アンスィヤン帝国皇家のロイとして常に傍にいた所でまた何か企んでるんだろーな程度にしか思われねぇよ。」
「どうしてッッ!!?」

エスポワールにまでどこか遠くを見るような目でそう言われ思わず渾身のツッコミが飛び出る。
そんな僕に視線を合わせず遠くを見たままエスポワールは言葉を続けた。

「俺にァ見えるぞ……学園内で『ナテュールを踏み台に亡国の皇族に成り代わり地位を得た黒幕』と噂される未来がなぁ……」
「やめてくださいよ!流石にそこまでの悪役顔じゃないでしょう!?!?」
「……」
「なにか言って!!?」

無言のまま慈しむような、憐れむような髭面に似合わない微笑みを向けてきたエスポワール。
勘弁して欲しい。流石にそこまでの噂は出ないはず。旧アンスィヤン帝国皇家だって証明するのも国王陛下直々なのだし……

(ただ、まあ、他の人間になんと言われたとしても……)

そう、例えどんな噂が立とうと、どんなありもしない中傷をされようとも。

「……僕はまだナテュール様のお傍に居られる……!」
「……ああ、よかったなぁ。」

両手で顔を覆い、押し殺す嗚咽に揺らす僕の肩をポンポンとあやすようなエスポワールのその手が、ただ温かかった。



**オマケ**


「ほら、試しに俺の事『お父さん』って呼んでみろ!」
「クソオヤジ。」
「いきなり反抗期の息子になっちゃった……」
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