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13.慣れてきた

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 その日から、俺たちは同じベッドで寝るようになった。

 翌日、リオンは「もう十分だろう」と自分用の寝袋を出そうとしたけど、俺がゴネて止めさせた。なんのために長々説得したと思ってんだ。
 お前と仲良くなるためなら、俺は労力を惜しまねえぞ!

「暇なやつだな…」

 リオンが呆れながら洗濯物を干している。

 俺が異世界に来てから一週間ほどが経った。

 今日も雲一つない良い天気。
 この家に来て数日、リオンを手伝って俺も家事にチャレンジしている。

「やっぱ友情を深めるには共同作業だよな!あ、リオン、ハンガーってどこにあんの?」
「ハンガーってなんだ。服を干すときはこの紐にくくりつけろ」

 当たり前だが日本にあるアイテムがこの世界にゃほとんどない。

 もちろん洗濯機や掃除機だって皆無。
 電気という概念がないから電化製品が存在しないのだ。
 服を洗うときはタライの中で揉んで、掃除したけりゃ箒で掃く。

 アナログな生活を目の当たりにすると、改めて現代日本の便利さが身に染みるよな…。

「アオトの世界はよほど恵まれているんだろうな。その歳で家事炊事がここまで出来ないとは」
「う、うるせー!現代人は皆こんなもんなの!こっちだって魔法が使われてんだろ!」

 電気が通っていない代わりに、この世界では魔法が生活を助けている。

 各家庭のいたるところに魔法陣が描かれた紙が置いてあるらしく、それで火を使ったり水を出したりしているのだそうだ。
 上流階級ともなれば、電化製品クラスのちょー高度な魔法だって使われているらしい。

 リオンだって騎士団長なんだから、そういう魔法くらい使っていいものを。
 いつだか「エアコンみたいな魔法陣買えよ!」と抗議したら、理解不能って顔で「必要ない」と一蹴された。

 こいつ、いよいよ修行僧かなにかじゃないのか。

「こっちにも季節があるんだろ?この先もっと暑くなったら、俺生きていけねーよ…」
「死にゃしねえよ。どんな極暑地帯で生きてたんだお前」
「う~~ん…」

 確かに、地球温暖化なんてこっちにゃないだろうけども。
 冬はどうするんだよ。吹雪になっても暖房すらつけられない家なんてヤダよ、俺。

 いや、さすがにその頃には日本に戻れてるか?

 …戻れるんだよな?

「ダメだ、あんま考えないようにしよ…」
「…?」

 ふとしたときに不安を思い出してしまう。

 聖女召喚の儀式に関する国王からの通達はまだ来ない。
 資料が見つからないのだという。リオンも城へ行くときは毎回調べてきてくれるようだが、騎士団の仕事もあるので限界がある。

 最後の儀式は現国王の在位前に行われたんだっけ。
 あのおっさん、そんなに老いぼれてもなかったし文献くらい残ってそうなもんだけどな。

 あくまで一般人の俺は、そう簡単に城へ調べに行けないのももどかしいところだ。
 できることならもう一回城へ行って、帰るための手段とか調べあさりたいのに。まあ行ったところで、この世界の文字なんて読めないけどさ。

 つまるところ、現状できるのは家事手伝いのみ…。

(ってフザケンナ。花嫁修業かっつーの!)

 頭をかきむしっていると、リオンが横からのぞき込んできた。

「大丈夫か。腹減ってイラついてるのか?」
「え、あー…ちょっと考え事を…」
「考え事?」
「うん――…って、あっイヤ、今日の朝食なにかなーってな!ハハ!」

 危ねえ危ねえ。
 あわてて適当に誤魔化しちまった。

 いつまでも落ち込んでるなんて気づかれたくない。それじゃまるで慰めてほしいみたいじゃないか。

 コイツの優しさに甘えつづけるなんて、男としてみっともないだろ!

「…」

 リオンは黙ってこちらを見下ろしている。
 な、なんでそんなに見つめてくるんだ。不安感が顔に出てただろうか。

「なんだよ…?な、なあ、まだメシ食べねーの?」

 つとめて笑顔を作ってたずねた。ホラ、俺めちゃくちゃ元気だぞ。

 と…。

「…!」
「…そうだな。そろそろ朝食にするか」

 リオンが唐突に頭を撫でてきたのだ。

 子どもでもあやすみたいにポンポンって…。びっくりして思わず固まった。
 コイツがそんなふうに触ってくることなんてなかったから…。

 リオンはそのまま、カゴを持ってスタスタ室内へ戻っていく。

 後に残された俺は、バカみたいな顔して自分の頭を触った。

(…なんかアイツ、人に触るの慣れてきた、か…?)

 出会ったころに感じた分厚いバリアが、ビミョーに薄くなってきたような気がする。

 そういや、この前料理しているときもそうだった。俺が肉を焦がしそうになったとき、俺の手を持ってフライパンを支えてくれたのだ。
 今までも言葉でアドバイスをくれたことはあるが、直接触って助けてくれたのはあれが初めてだった。

 人と近寄ることに抵抗がなくなってきている感じがする…。

 ほほう。

「意外と篭絡ろうらくは早かった…ってことか?」

 ニヤリとした。

 これまで間違いを犯さないよう、人と関わることすら避けてきた男だ。
 朴念仁みたいな性格だし打ち解けるには時間がかかると思ってたが、案外ちょろかったな。

(やっぱ一緒に寝るっつー提案が聞いたな。ナイス俺!)

 ほーらやっぱり、アイツの心配は杞憂だったんだ。

 たとえ男が好きだろうと、一緒に寝る程度のことで事案にはならんのだよ。
 アイツが慎重になりすぎてただけだ。
 現に俺といたって、変な気を起こしてはないようだし。

 日常的に人と触れ合っていれば、正しい距離感はすぐつかめるもんさ。

 このままどんどんアイツのバリアを壊していけば、いずれは周りの奴らとももっと打ち解けられるんじゃないか?

(ひとりぼっちのままなんてかわいそうだもんな)

 俺は作戦が上手くいったことを悟ってほくそ笑んだ。


 ~~~~~


「…くしゅっ」

 城の敷地内に、騎士団長のくしゃみがひびいた。

 碧人と朝食をとったあと、リオンはいつもどおり城へ出向した。

 今日は騎士団の訓練がある。広い中庭では部下たちが散らばって剣の模擬試合を行っている。

 リオンは彼らの指南役だ。実力が突出していて部下たちでは相手にならないので、彼らの間を周って剣の指導を行っているのである。

(風邪か)

 リオンは無表情のまま鼻をすすった。

 心当たりはある。
 毎夜、碧人に毛布を取られるので体が冷えたのだろう。

 はじめ、碧人自身は自分の寝相は良い方だと言っていたが、どうやら単なる思い込みだったようだ。夜中に腹を足蹴にされて起こされたことも何度かある。まあ、言って寝相がどうなるもんでもないので本人には伝えていない。

 いい加減、新しいベッドを買うという案も浮かばないではなかったが、一度はじめてしまった手前やめどきが分からなかった。碧人に文句が出ないうちはこのままでいいか、というのがリオンの本音なのだ。

 帰りに追加の毛布を注文しておこう。

 そう思ったリオンはふと、周りからの視線を感じて顔を上げた。

「……なんだ」

 模擬試合をしていた部下たちがそろって自分を凝視しているのだ。
 みな幽霊でも見たような顔をしている。

「…団長が、くしゃみをした……!?」

 部下からの驚きの声にリオンは眉をひそめた。

「くしゃみくらいするだろ。何をそんなに驚いてる」
「いや…はじめて見ましたよ、団長のくしゃみなんて。風邪ですか」
「団長も風邪とか引くんですね…よかった、ちゃんと人間で…」
「オイ、俺をなんだと思ってたんだ。恥ずかしいから訓練に戻れ」
「団長が恥ずかしがった!?」

 もはや珍獣扱いである。ますます顔をしかめるリオン。
 横にいた副団長のケビンが笑いながら言った。

「団長があんまり完璧なもんで、本当に人間なのかと半ば疑ってる奴らも少なくないんですよ。ほらお前ら、団長命令だぞー戻れ戻れ」

「…」リオンは首をかしげるばかり。

 …俺はそんなふうに思われていたのか。

(そういえばアオトもそんなこと言ってたな)

 自分自身は完璧だなんてとんでもない、むしろ欠陥だらけだと認識しているのだが。

 碧人はその欠陥を欠陥とは言わなかった。
 肯定し、歩み寄ろうとさえしてくれている。

「…」

 今朝、碧人の頭を撫でた感触が、今も手に残っている。

 小動物に似たやわらかい髪だった。
 そのあとの呆けた顔も脳裏に浮かんで、リオンはちょっと笑った。

「…!?団長が…思い出し笑いを…!?」
「…うるさいぞ、ケビン」

 副団長にすら驚かれた。
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