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14.月光に照らされて

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 そして今日も夜が来る。

 初めこそ抵抗があったリオンも、もうずいぶん共寝に慣れたようだ。
 俺が風呂から上がり髪を拭きつつ二階へ上がると、すでに椅子に座っていた。

 手に例の絵を持って…。

「あー…、来るの早いな?」

 一瞬、反応に困り、当たり障りのない言葉を投げかけた。
 リオンは「ああ」と相槌を打つ。

 そして、俺の濡れた髪を見て眉をひそめた。

「ちゃんと乾かせ。濡らしたまま寝るな」
「あ…あぁ、分かってるっつの、ウルサイな~」

 この家にはドライヤーに類する魔法陣が置いてないのだ。
 つまり髪はタオルだけで乾かさなくちゃいけない。

 さすがにその設備は備えとけよ…と思うが、リオンには必要ないらしい。
 髪質なのか何なのか、タオルだけで十分コイツの金髪はツヤツヤが保持されるのだ。
 もしかすると、魔力を持っていることとも何か関係があるのかもしれない。

 う、うらやましすぎる。

 てなわけで、髪が乾くのは時間がかかるのだ。
 ふてくされてタオルをワシワシやっていると、不意にリオンが呼びかけてきた。

「…ホラ、こっち来い」
「えっ」
「拭いてやる」

 …まじか。

 リオンはベッドに腰を下ろし、自分の膝をうながしている。
 す、座れってことか?

(ホントに人慣れしてきたな…)

 なんかデカいライオンを手なずけた気分だ。
 ちょっと面食らいつつも、断る理由もないので「オネガイシマス」と言ってリオンの前に座った。

 …うわ、やっぱコイツ背高いな。

 改めて自分との体格のちがいに驚かされる。
 前に目算したら俺より20センチ近く高かったんだよな。

 腕の中にスッポリ収まっちまいそうだ。
 俺が余計チビに見えるので、もうちょい低くてもいいと思う。

「お前ほんとに小さいよな。黒いサーザみたいだ」
「な、なんて?」

 聞くに、こっちの世界のネコに似た小動物のことらしい。つまりネコっぽいって言われたんか?

(んん…?それはもしや人慣れというより、動物慣れ…)

 思えば今朝の頭ポンポンも、親しみというより小動物を撫でるかのような感じだったような…。

 い、いや、これ以上は俺のプライドが傷つくのでやめとこう。
 ネコとして認識されてるなんて悲しすぎる。

 無心で身を預けていると、リオンがボソッとつぶやいた。

「…やっぱり、不思議な気分だ」
「え?なにが」
「俺がこうして誰かの頭に触っていることが…。なあ、アオトの世界ではこれが普通なのか?」
「あ~、まあ…」

 フツウかと聞かれるとよく分からんな。

 さすがに高校生にもなって髪を乾かしてもらうことはそうないし、最後に親に拭いてもらったのも小学生ごろのことだ。
 でも、少なくとも俺に抵抗はないし、むしろ心地いい感覚さえある。

 兄貴がいたら、きっとこういう感じなんだろうな…。

「逆にこっちの世界じゃどうなんだよ?同性同士の恋愛がタブーっつーけど、それって線引きムズくね?スキンシップは犯罪じゃないわけだろ?」
「受け取り手による。挨拶の握手やハグなら問題ないが、触る箇所によっては不快に思うだろうし、場合によっちゃ通報される。もちろん、性器の挿入など極刑だな」
「お、おぅふ…」いきなり生々しいワードはヤメテ。
「お前だって、女性相手に妙なマネはしないだろ?それと同じだ、俺のような人種――こっちの言葉でガニメデというが――の場合…対象が男だというだけで」

 は~。まあ、日本でだってセクハラの基準はあいまいだもんな。
 てこたぁ、この場合相手――つまり俺が嫌がってさえいなけりゃ、過度なスキンシップも罪にはならんのか。

 あれ?そんなら思ったより地球の価値観と変わらないんじゃ?

 しかし、と言ってリオンはつづける。

「ガニメデだと判明している者には、基準が一気に厳しくなる。例えば明日、俺が性的志向を公言したとする。その時点で騎士団長の地位ははく奪、城への出入りは禁止され、部下たちは俺に近寄ることも嫌がるだろう」
「え」
「街でも無論、同じ扱いだ。落とし物を拾えば受け取られず、肩のゴミを払ってやろうとすれば警吏が飛んでくる。街の皆はときどき食材を無償で分けてくれるが、ひとたび俺の秘密が広まれば、無償どころか売り渋りも十分ありうる」
「え、ええっ!?」

 まるでバイキン扱いじゃんか!セクハラどころか近寄ってすらいない段階でソレってヤバすぎだろ!

「失礼すぎだろ!人をなんだと思ってんだ!」
「逆だ…アオトの方が常識外れなんだよ。お前にバラした時点で、最悪その未来も覚悟してたんだが」
「うえぇっ!?そんな思いカミングアウトだったの!?」

 ぜ、全然分かってなかった。
 そうか、リオンこいつが抱えている秘密はそれほどまでに重いものなのか。
 そうとも知らず、俺ってば「気にしすぎんな!」みたいな軽いノリで押し切っちゃったよ…。

 どおりでキスやら共寝のとき、あれだけ確認してたわけだ。

 自分が怖くないのか、気持ち悪くないのか…って。

「…」

 異世界のヤバさを知るとともに、俺はふと疑問がわいて首をかしげた。

「うーん?でもそれってさ、元から同性あ…ガニメデだって分かってるヤツへの対応だろ。異性愛者だけど男が好きになっちった~とかいう場合はどうすんの?」

 頭を拭く手が止まった。

 アレ?と思って振り返ると、リオンがびっくりした顔で俺を見つめている。

「?どしたん」
「何言ってんだ…そんなことあるわけないだろ。性的志向が女性だったのが、いきなり男性に変わるなんて…」
「いや、そういう奴もいるだろ。まあ会ったことはないけど」
「…」

 な、なんだ。そんな変なこと言ったか?
 地球にいるパートナー同士でも、そういうケースは少なからずあるだろ、多分。

 一丁前に考えてるけど、実際のとこどうなのかは知らん。
 再三言うが、そのテの話は詳しくないんだよ。てかなんでこんなこと真面目くさって議論してんだろ?

「俺の世界にゃ、男が好きな男も女が好きな女も、両方好きなヤツも色々いるらしいぞ。相手のことが好きになっちゃえば、性別なんて関係ないんじゃねーの?」

 結局、テキトーに結論づけてしまった。

 リオンは目を瞬かせている。考えたこともなかったって顔だ。
 まあ、こっちのヤベー価値観が根付いてちゃ無理もない。

 しばらくの沈黙。

 リオンが低い声で聞いてきた。

「…なら、お前もこの先、男を好きになるかもしれないと…そういうことか」
「…」

 …ン?

 なんか風向きが変わったぞ。
 な、なんだ?いつの間にか、不穏な気配がするような。

「…ま、まあ…そういうことになんのかな?」

 ちょいどもりながら返答した。リオンからのアクションはない。

 あ、あれ?

 もしかして俺、今コイツに対してすげーこと言った?

 相手を好きなら性別も関係ない。
 ということはつまり、俺自身も男に恋することがあるかもしれないわけで。

 そして目の前には、男しか好きになれん男がいるわけで…。

「お前にとっては俺も恋愛対象なわけだ…」
「ファッ!!?」

 変な叫び声が漏れた。

 タオルが肩からするりと落ちる。

 手で無理やり振り向かされた。
 両頬をつかまれ、リオンと至近距離で見つめ合うかたちになる。

 コイツの目が心なしか熱を帯びているような気がして…。

 な、なんか体がゾワゾワしてきた。

「ま、ま、まてっ、早まるなリオン!俺は一般論の話をしただけで、別にお前が好きってわけじゃ…!」
「それなら嫌いか?」
「い、いや、嫌いってわけでもねーけど…」
「なら問題ないだろうが。まさかこの俺を対象範囲に入れてくれるヤツがいるなんて、思ってもみなかった」

 う、うわーっうわーっ!メーデーメーデー!

 互いの顔はもはやぶつからんばかりに近づいている。
 こんなに近くリオンの顔を見るのは、初日のディープキス以来だ。

 あ、そーいやあのときもキスはしたか!
 いや、だからあれはただの治療だったんだっけ?
 なんだっていい、とにかく一度経験があれば二度目も…って何考えてんだ俺!

(だ、だめだ、もう逃げられない…)

 俺はとうとう見ていられず、ぎゅっと目を閉じた。

 くちびるに触れる感触はない…。

 まだない…。

 まだ…来ない…?。

 …すると。

「…ぶっ――…うはっ、ははははっ!」

 突然、笑い声が響いた。

 俺はびっくりして目を開いて、さらにびっくりして目を丸くした。

 リオンが腹を抱えて笑っているのだ。
 そりゃもう、すっげー楽しそうに。

「お、お前っ……急に身構えすぎだ……あははっ!」

 見たことがないくらい快活な笑顔だった。

 一瞬呆けて…、すぐに自分が担がれたことに気づいてハッとした。

「なっ…か、か、か、からかったのか…!?」
「どもりすぎだっての…顔まっかだぞ!」
「……!!」

 ブワッと顔に熱がいって、耳の先まで赤くなってしまった。

 く、くそ、くそっ!一瞬覚悟したんだぞ俺!
 この恥ずかしさどうしてくれんだ!
 またキスされんのか…とか思っちゃったじゃんか!

 怒りをぶつけようにもどうしようもなくって、俺はリオンの胸板をポカスカ叩くしかなかった。

 リオンは本当にうれしそうに、涙がにじむまで笑いつづけた。
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